TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです 作:西春江
ヴィーの八本の足が土を踏み躙る。
機体の中は静寂で包まれていた。
俺達が最初に向かうのはノクトルが魔王と戦った場所。
半壊した王城だ。
魔素の影響で、そこら一面には
魔素を感知したら赤く咲き変わる謎大き花だ。
目的は魔王がいるかを把握する事。討伐はまた別日だ。
――俺は、まだイリスの最後を決めれていなかった。
最後の最後までやれないとは、自分の甘さが嫌になる。
夏休みの宿題を最後の最後まで取っておく子供のようだ。
今日の、夜――イリスの最後を決める。
その考えが、嫌でも頭を支配する。
ヴィーの多脚が地を揺らし数時間が経った頃、目的地が見えてくる。
「見えたわ。あれよ」
ノクトルが窓の外に指を向ける。
そこは、綺麗な花が咲く更地だった。
そこ以外にはボロい建物がいくつか建っているが、何故かそこだけボロい建物が半壊している建物になっている。
何かで破壊された後のようだった。
「なんか、あそこだけ何も無いね」
イリスが疑問を投げかける。
「……オリオティスの加護せいね」
怖っ。
たまに思うが、よくあれに勝てたな。
不意打ちじゃなかったら全員死んでた気がする。
「ナナ、魔王の気配は?」
「……見えません。どこにも、一切」
その言葉にどこか安堵してしまう。
魔王と戦わなくて済むから安堵した。
……いや、違うな……イリスを、まだ殺さなくて済むから安堵したが正しい。
「クソっ……」
俺は奥歯を噛み締める。
「……とりあえず……そうだな。もう少し近寄って確認する。少しでも魔王の気配があったら教えてくれ」
了解と言って頷くナナ。
ここにいないとなると、次の目的地に向かうまでに数日が掛かる。
コロニー崩壊までのタイムリミットかなり縮む。
いない方が嬉しい――だが、いてくれないと困る。
俺の中で相反する二つの気持ちが揺れていた。
「何かの魔素を検知しました」
聞きたく無い言葉が、俺の耳に入ってしまう。
途端、揺れる心臓に冷や汗が垂れる額。
俺は窓の外を確認する。一面には
その景色は幻想的で、これから起きる事など全てを忘れそうになる。
「ヴィーはここに置いてバレない程度に近づく。まだ魔王かわからないんだよな?」
頷くナナ。
「……よし、いこう」
俺達はヴィーを降り、直接で向くことに。
魔王かはまだわからない。
だが、こんな場所で魔素を検知したということは、十中八九それだろう。
「き、緊張してきたかも」
震えるイリス。
そんなイリスにノクトルが肩に手を乗せる。
「大丈夫よ。接近するだけなら私が成功してるわ」
……心のどこかで、この検知した魔素は魔王なんかじゃなく全く別の生き物だと思いたい自分がいた。
だから、どうしたという話ではある……イリスの命がただ数日伸びるだけ、そこに救いはなく結果は何も変わらない。
「あれ、なに……?」
イリスの呟き心臓が加速する。
俺は感情を押さえつけ、少しの希望を信じイリスの視線を追う。
見えた。
「なんだ……あれ」
俺は目を凝らす。
紅色のローブを着て、何か帽子のようなものも付けている。
帽子で隠れているが、髪は――金。いや、所々に白色が混ざっている。
帽子の影でよく見えないが、俺の中で一つの確信が芽生える。
「……女の子?」
ノクトルから聞いた魔王の情報とは幾つも相違点がある。
身長がデカく、青い瞳、青い顔の金髪の青年だと聞いていた。
じゃあ、あれは誰だ――?
「うそ……! どんな格好をしているの!?」
ノクトルが俺の肩を掴み聞いてくる。
「か、髪が金髪で、ちょくちょく銀髪が混ざってる。あとは……そうだな。魔法使い、みたいな格好って言えばいいのか?」
直後、ノクトルが何かに気づき脱力する。
いや、気づいたというより何かの確信を得たらしい。
「な、なんなんだ? あれは、魔王なのか?」
俺は焦り含んだ声でノクトルに聞いた。
「私の、仲間よ」
その言葉で気づく、あれはノクトルのパーティーメンバーの一人だ。
いまだに死体が健在ということは、マジンか魔王かのどっちか。
魔王はイリスと同じ力を持っている可能性が高い。
「近づいて魔王かを判別する。ナナは俺に着いて来てくれ。他は待機で頼む」
ナナが頷く。
だが、イリスが俺の服を掴む。
「わ、わたしも」
俺は首を横に振る。
「大丈夫。死ににいくわけじゃない。それに、人数は少ない方が楽だ」
逃げるのに特化しているのはこの中で俺のみ。
イリスとノクトルを連れて行くとなるとかえって手間が増える。
「や、ヤバかったら逃げてね?」
俺は頷く。
「見つかってもだよ?」
俺は頷く。
「死なないでね!」
……昔、似たようなやり取りを俺とイリスが逆の立場でした気がする。
俺が心配される側に回るとは思ってもいなかった。
俺は息を吐き、言葉を紡ぐ。
「もちろん」
接近して数分。
ようやくナナの解析範囲に入る。
ナナが奴を凝視し始める。
「マスター、悲報です」
遂に、来てしまった。
心臓がうるさく、俺はいまだにこの状況に慣れていない。
俺は口をゆっくり開く。
「……逃げるぞ。そして、明日の朝――」
俺は覚悟を決める。
このあと、イリスと会話をすることも。彼女の最後を決めることも。
それが、俺ができることだ。
そうして、俺は息を吸い言葉を発した。
「奇襲を仕掛ける」
「――あれは魔王ではありませんよ?」
ナナが急にプッと笑い出し、すぐに笑いを我慢しようとし始める。
だが、口から声が漏れ笑いを我慢できていないのが目に見えてわかった。
俺は、脳に入った言葉を理解できないままでいた。
あれは、魔王じゃない?
悲報、じゃないのか?
「お、おまえ」
な、なぜこんな時に限って悪趣味な嘘をつく?!
「奇襲を仕掛ける」
ナナが俺の真似をし始める。
「うわぁ……!」
俺は耳を塞いで花園の中に埋まる。
花の、甘い甘美な匂いが嫌なほど鼻腔を刺激する。
すると、俺の耳を塞いでる手をゆっくりと持ち上げまるナナ。
「マスター、格好つけたいのもわかります。ですが、私の話を最後まで聞かないのは、なんせんす」
そうしてナナが話を続ける。
「マスターにとって魔王が悲報なのはわかります。ですが、私からしたら魔王がいない事の方が一大事なのです」
その言葉を聞き理解した。
俺は早とちりをしてしまったらしい。
確かに、こいつからすればコロニーの全滅に間に合わない事態の方が悲報だ。
「わ、わるかった……」
「許します。では、早速。マジンの対処をしましょう」
「やるぞ」
ノクトルが無言でこくり頷く。
魔王じゃなかったと報告した時から様子がおかしい。
終始無言で、何に対しても反応がいまいちだ。
オリオティスに続き、仲間がマジン化したのが心に来ているのかもしれない。
俺は掌をマジンに向ける。
「消費一年」
本当はイリスの魔法に頼りたかったが、人を殺せない癖は抜けていない。
だから、俺がやる。
掌から放たれた弾丸はマジンの胸を貫く。
そして、ゆっくりと崩れ落ちるマジン。
「……一応聞くけど、食べていいんだよな?」
ノクトルは上の空だった。俺の声に反応しない。
「……ノクトル?」
ノクトルがピクリと体を反射させる。
「え、えぇ。食べて、大丈夫よ」
その言葉を聞きマジンの死体に近づく。
ナナがケーブルのようなものを伸ばしマジンのマセキを回収し俺に渡してくる。
それを、イリスに渡そうとした。
だが、彼女の顔を見た瞬間、無意識的に伸びた腕が止まった。
「メリス?」
「……なんでも、ない」
――魔王が、いなかった。
それは、俺にとっては朗報で、だが、同時に逃げる理由にもなってしまう。
今日の夜、俺は話すつもりだった。
「食べちゃダメなの?」
「いや、そういうわけじゃない……少し、待ってくれ」
魔王がいなかったから、今日話さなくてもいいと、そんな甘い考えが彼女の顔を見た時に浮かんでしまう。
「私はあちらで待機しておきます」
そう言って、ナナがノクトルを連れてどこかへ向かった。
圧をかけられたのだと、いやでも理解した。
……やるしか、ないのか。
「……あぁ」
雨の隙間から陽の光が漏れ、俺とイリスを照らし続けている。
幻想的なまでに美しく、だが、世界を忘却の彼方に向かわせる危険な雨。
この雨を、俺は止めないといけない。
イリスを、見た。
彼女は俺の目を見つめ返し不思議そうにする。
『お前を殺そうとしている』と言いたかった。
全てを吐き出して楽になりたかった。
だが、その先が怖かった。
言ったら、どうなってしまうんだ?
俺は……彼女に嫌われたくない。
だから先を見ることすら拒否してしまう。
「……っ」
視線を向ければ、イリスは微笑んで、心配そうにこちらを見ている。
その笑みが、まるで背中を押すように最悪の考えが浮かんだ。
浮かんでしまった。
魔王が、いなかった。
なら、もういいんじゃないか。俺は、十分頑張ったろ。
その言葉が、俺の甘さを増長させる。
俺は、意識せずに……気づいたら呟いていた。
「――俺と、逃げないか」
その言葉が自分から出たのか、一瞬信じられなかった。
巫女様も、ノクトルも、ガレットも、レベリカも、ナナも、イリスも、あいつの想いも——すべてを踏みにじる、救いようのない行為。
俺は、すぐそれを訂正しようと口を開けるが、言葉が喉から出なかった。
そして、それを聞いたイリスは目を大きく開く。
だが、すぐにイリスから言葉は聞けなかった。
長い沈黙が場を支配する。
そうして、焦燥が限界を迎えそうになった時、イリスが口を開いた。
「メリス」
彼女は、優しく語り掛けるように俺の名前を呼ぶ。
「私、メリスになら殺されてもいいよ」
その言葉は、予想外で、けれど、俺が恐れていた最悪の答えだった。
殺されてもいい。
それはつまり、俺の計画がどこかで露見していたということ。
そして、もう一つ。彼女は……自分の状況を把握し、死を望んでいるということ。
それをされてしまったら、俺は何も出来はしない。
「知ってた、のか……」
喉の奥から掠れた声が漏れる。
「……うん。知ってたよ」
イリスは俺の正面に座る。
俺は現在地面に座り込んでおり、見つめ合う形になった。
「いつから……」
「……脚がわしゃわしゃしてる子に乗った時、メリス達が話してるの聞いたの」
脚がわしゃわしゃ?
……もしかして多脚戦闘兵。それ以外にありえないか。
思い出す。あの時、確かにノクトルと話をした。
だが、聞いた所でバレるまでには至らないと思っていた。
俺のミスだ。
「最初は、何のことかわからなかったけど……段々わかるようになっちゃった」
顔を伏せ、指先で花をいじりながら告白するイリス。
「だけど、何で私殺されるんだろうって思ったの」
視線を横に流し、近くに落ちていた小さな花をつまんで弄ぶ。
光に透ける花弁が、彼女の横顔で散る。
「ほら、機械国家から出た時情緒おかしかったじゃん」
そんなことも、あった気がする。
……ていうか、あれをずっと引きずっている。
「だからね。聞いたのナナに」
「……は? 聞いたって……ナナが教えてくれたのか?」
頷くイリス。
ナナが、教えた? なんで?
「私って魔王だったんだーって……最初聞いた時、私メリスに殺されると思って怖かった。でもね、メリスも私を殺すの同じぐらい悩んでたから、もういいかなって……最悪逃げればいいしね」
その笑みは淡く、どこかあきらめにも似ていた。
「逃げないのか……?」
思わず問いかけると、イリスは小さく吹き出した。
「逃げないよ。だってメリス達と一緒にいたいし……それに、ね」
彼女の声は穏やかで、憂いなどひと欠片も含んでいない。
「巫女様とレベリカを見て思っちゃったの。魔王って……生きてちゃダメなんだなぁって……雨のせいだもんね」
俺はその言葉を聞いた時、心臓の鼓動が早くなる。
頭の中が真っ白になり、反射的に口を開いていた。
「そんな事はない……! 魔王が生きていたらダメなんて、誰も言っていない!」
イリスは目を丸くしたが、すぐに笑い出す。
「何言ってるの? メリス、私を殺そうとしてるじゃん」
否定の言葉が出てこない。
焦燥だけが膨れ上がっていく。
「私、メリスになら殺されてもいいの」
また、その言葉。
違う。俺はそんな未来なんて望んでいない。
「私ね。封印が解けた時、すごい不安だったんだ。自分が誰かもわからないし、今いる場所もわからない。だから、助けてくれたメリスが頼もしくて、お姉ちゃんみたいに思っちゃったの」
イリスは静かに語る。
今までの思い出を、記憶を。
「メリスと一緒に旅をしたの楽しかったぁ。この世界に生まれて、初めて出会えたのがメリスで良かったぁ」
だからと、彼女は続ける。
「メリスが困ってるなら、助けてあげたいの……」
俺は……無言だった。
俯いたまま、言葉が一つも出てこなかった。
「魔王を倒した後、私、海を泳いでみたい」
イリスの声が震え始める。
「あと、可愛い服も、美味しい食べ物は……巫女様に貰っちゃった」
彼女は、もう届かない未来を、夢をみるように語る。
「家族も……探さないと」
俺は、何も言えない。
喉が塞がれたみたいに、声が出てこない。
「ねぇ、私はメリスに殺されても恨まないよ」
頬を伝って、熱いものがこぼれ落ちる。
こんな話、聞きたくなんてなかった。
「俺は、お前を殺したくない」
気づけば本音が漏れていた。
「俺も……一緒に海に行きたい。俺は、泳げないから、お前が楽しそうに泳いでいるのを見て、いつもみたいに、お前が馬鹿をして、俺が、怒って……」
そんな、日は来ない。
彼女はもう決意している。
自分が死ぬことを。
「お前は……生き残らないとダメだ」
必死に顔を上げると、イリスは微笑んでいた。
「私なら、大丈夫だよ」
そう言って、彼女はすっと立ち上がる。
「メリス」
名前を呼ぶ声は、驚くほど優しくて、穏やかで。
「魔王まで、まだ時間は余ってるよ」
「――」
「私と、いーっぱい! 思い出作ろうね!」
イリスは満足そうに笑い、俺の手からそっとマセキを取り上げると、ためらいなく口に放り込んだ。
俺は声を上げられなかった。
もし彼女が、死を選んでしまったら。
俺には、それを認めることしか――できなくなる。