TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです   作:西春江

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十八話『妹だよっ』

 私がマセキを食べると、その人の記憶が流れ込んでくる。

 

 楽しかった事、寂しかった事、辛かった事、それら一部が無理矢理、頭に流し込まれる感覚。

 

 私が「私」でありながら、同時に「俺」になり、「僕」になり、そしてまた私に戻る、そんな感覚。

 

 だけど、今日食べたマセキ――ノクトルの仲間のマセキは、少し様子が違った。

 

 

 

 ――

 

 

 

「まずは、こんにちは。……何を言えばいいかわかりませんね」

 

 誰の声だろう。私でも、俺でも、僕でもない。

 

「私の名前はヴィリア。貴方のお腹の中にいる魔法使いです」

 

 記憶が語りかけてくるなんて、普通はありえない。

 

「自己紹介はこの辺で、まずは何が起きているのか説明しましょうか」

 

 何かがおかしいのだと、そう悟った。

 

「貴方が見ているのは私の記憶で間違いありません。少しだけ魔法で小細工をしましたが、基本的にはいつも通り不変です」

 

 ヴィリアは少し悲しそうに笑い、すぐに表情を整える。

 

「私はこれから魔王戦を向かい死にます。それが未来演算装置(ランガルジア)が出した結果らしいです」

 

 彼女はそう言いながら微笑んだ。

 

「未来では、私がマジンとなり、私の記憶を引き継いでくれる人が現れるらしいです。やり方はわかりませんがね。魔法か、それともまた別の何か……」

 

 彼女は椅子にゆっくり腰掛け、こちらを見やる。

 

「私の記憶――言ってしまえば魔法の知識を貴方に授けたい。後は魔王戦の記憶も譲渡しましょう。それと、少しの思い出を引き取っていただけませんかね」

 

 彼女は本を読み始める。

 

「これも読めなくなるんですよ……あぁ、嫌ですねぇ」

 

 だけどヴィリアは、すぐに言葉を続けた。

 

「でも、魔王に負ける方が嫌ですよね」

 

 それじゃあ、と言いながら彼女は立ち上がる。

 

「私の魔法の知識、どうか全て喰らってください」

 

 それから、私の頭の中に魔法の知識が叩き込まれた。

 

 戦い方や術方、多重術式のやり方も。

 

 そうして、思い出も――

 

 

 

 ――

 

 

 

 夜中、焚き火の光だけが場を支配していた。

 

 そんな時、ふと異変に気づく。

 

「ノクトル……泣いているんですか?」

 

 黒煙に包まれた少女がピクリと体を揺らす。

 

 顔が見えないが、泣いていると何故か私は思ってしまった。

 

「……泣いてないわ」

 

 声が震え鼻声だ。嘘にも程がある。

 

「泣くのを隠す必要はありませんよ。隠したくなる気持ちはわかりますがね」

「泣いてないって……!」

 

 私は読んでいた本を閉じる。

 

「何があったんですか、私で良ければ話を聞きます。あ、でも解答に期待はしないでください」

 

 最後の一言は余計だったかもしれない。

 

 自信の無さがバレる。

 

「ヴィリアみたいな幼女にわかるわけないわ……だから大丈夫よ」

 

 頭の中で何かが破裂する。

 

 私が、幼女――?

 

「ま、待ってください。私のことを幼女だと思っていたんですか?!」

 

 ノクトルがこくりと頷く。

 

「少女と言いなおしてください! 少女は褒め言葉ですが幼女は何か馬鹿にされている気がします!」

 

 幼女と少女じゃ話が変わってきます。

 

「いや……貴方は幼女でしょ」

 

 私の中で何かが限界を迎え、私とノクトルの論争が勃発してしまいました。

 

 そうした会話の中で、泣いている理由をノクトルがようやく口にしてくれました。

 

「……元の世界」

 

 彼女は別の世界からやってきたのだという。

 

 しかも帰り道はわからないし、この世界が嫌いらしい。

 

「ほら、信じてない」

「信じてはいますよ。並行世界……のようなものはあってもおかしくありません」

 

 並行世界……ノクトルの言った言葉が正しいとして、帰る方法はあるのでしょうか。

 

 簡単なことではなさそうですね。

 

 

 

 ――

 

 

 

 記憶が流れ込んでくる。

 

 幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも。

 

 自分とヴィリアの境界線が曖昧になってきた頃、ようやく最後の記憶に到達した。

 

 断片的に、しかし重要な事は零さず。

 

 私の脳は悲鳴を上げる。

 

 

 

 ――

 

 

 

 雨の隙間から差し込む陽光が、濡れた大地と私の体をそっと温めてくれる。

 

 滴る雨粒が髪や服を濡らす感覚は、重苦しく、それでいてどこか現実味が薄いような、不思議な感触だった。

 

 体は思うように動かず、声も出ない。

 

 足を動かすことも、手を伸ばすことも叶わないのだと、私は静かに悟る。

 

 このままではマジンになるのも時間の問題だ。

 

 未来演算装置(ランガルジア)で私がこうなる事は聞いていた。

 

 でも、理解しているはずなのに、恐怖は消えなかった。

 

 やはり、怖いものは怖いのだ。

 

「……ノクトル」

 

 思わず、私は彼女の名を呼んでいた。

 

 もしも、あの時、彼女がああなることを事前に知っていたのなら――私は魔王討伐に協力していなかっただろう。

 

 ――私達は敗北した。

 

 オリオティスの加護で不意打ちが成功して、結界を破壊するのに至ったまでは良かった。

 

 結界は破ったのに、魔王には私たちの攻撃が一切通じなかったのだ。

 

 魔法か、加護か、それとも未知の力か――理由は分からない。

 

 攻撃が通じないと悟ったオリオティスは、即座に撤退を判断した。

 

 しかし、魔王の魔法は私たちを引き裂くように分断し、私はどうにか状況に対処しようと足掻く間に、オリオティスは致命傷を負ってしまった。

 

 レーベルは私を守るために、あっさりとその命を散らした。

 

 ――負ける事は聞いていた。

 

 私だけに教えられた情報。

 

 この敗北が必ず未来の糧になると聞いていた。

 

 だから、私は苦渋の判断をした。

 

 私とレーベルが死ぬのを聞いた。

 

 私は覚悟した。レーベルにもその事は伝えた。

 

 だけど、話が違う。

 

 ――ノクトルが、死んだ。

 

 魔王との戦いで最初に目をつけられたのはノクトルだった。

 

 私達の危機を幾度も救ってきたノクトルの加護。

 

 それを容易く破り、ノクトルを捕食した。

 

 文字通り――捕食。

 

 光景は今でも、鮮明に頭の中で繰り返される。

 

 骨が砕け、肉が潰れ、内臓が押し潰される。耳をつんざくあの音が忘れられない。

 

 私が後悔に押しつぶされていた時、変化は起きた。

 

 魔王の姿がノクトルに変わった。

 

 元の世界に帰りたいと夜な夜な懇願し、涙を流していた少女――あのノクトルに。

 

 ノクトルは自分の事をノクトルだと認識していたし、彼女との思い出も彼女は覚えていた。

 

 それでも、動作の節々から、喋り方から、価値観の相違から彼女が、彼女じゃ無くなったのだと悟った。

 

 私が思うに、魔王の力は食した者に成り代わる力。

 

 それがどの程度の限度があるかは知らない。

 

 だが、きっとそうだ。

 

「私の、せい……」

 

 呟いた声はとても小さかった。

 

 原因はわかった。肉体のマジン化現象だ。

 

 ふと、思い出す。

 

 私の記憶を引き継ぐ者がいることを。

 

 そのためには、マジンにならねばならず――ここで死ぬことが条件だった。

 

 今なら、わかる。

 

「魔王……」

 

 魔王はノクトルを捕食し、記憶を引き継いだ。

 

 その力を持つ者は極めて少ないだろうが、皆無ではない。

 

 きっと、私の記憶を受け継ぐのも似た力を持つ何か。

 

 魔王級の力を持つ者が、魔王に挑む。

 

 それなら、勝てるだろうか。

 

「……わた、しの記憶は、どうでしたか」

 

 私は空に向かって語りかける。

 

 記憶を引き継いでくれるなら、ここも見ているのだと、淡い期待を込めて。

 

「……ノクトルと、レーベルと、オリオティスとの旅は、楽かったですか……?」

 

 寒さは徐々に薄れ、陽光の温もりも、今や感じ取れない。

 

「……ノクトルを、お願いします」

 

 この工程に意味があったと信じて、私はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 声はもう出ない。

 

 瞼の裏には、皆との思い出が静かに、鮮やかに蘇る。

 

 その幸せな時間も、ほんの束の間、私は深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 俺は走っていた。

 

 藍魔花(ラバーラ)の花園にできた巨大なクレーター、その壁の裂け目に地下通路が見えた。

 

 俺はすぐにそこに逃げ込んだ。

 

 幸い、ノクトルが追ってくる気配はない。

 

 現状が全くわからない。

 

 せめて、ノクトルの身に何が起こったのかを理解しないといけない。

 

 俺たちの寝首をかくタイミングなら幾らでもあった。

 

 それなのに俺たちは生きている。その理由を知らないといけない。

 

「メリス……」

 

 背中からイリスの声がした。

 

 振り向くと、彼女は目をしっかりと開けていた。

 

 先ほどまでの虚ろな瞳とは違う。ようやく、目覚めたのだ。

 

「起きたか。……状況が最悪を通り越した」

 

 俺はイリスを背中からそっと下ろし、言葉を続ける。

 

「ノクトルが魔王だった。意味がよくわからんと思うが、信じろ」

「……信じるよ」

 

 その言葉に耳を疑った。

 

 先の、オリオティスの加護から逃げている最中に頭を打ったかと思ったが、どうやら違うらしい。

 

 目がはっきりとしている。

 

 ……逆に心配になる。

 

「ヴィリアちゃんの記憶を見てきたから」

 

 ヴィリア……あのマジン?

 

「ノクトルが、魔王に食べられてた……」

「……そうか」

 

 その一言で、現状を理解した。

 

 そりゃ、そうだ。ここから、機械国家から、コロニーまで無事で帰れるわけがない。

 

「……これからどうするの?」

 

 イリスが、心配そうに俺を見上げる。

 

 俺は彼女を見つめながら、顎に手を当てる。

 

 正直、どうすればいいか判断にあぐねている。

 

 ナナ、もとい未来演算装置(ランガルジア)は、ここで魔王を倒さねばならないと言った。

 

 だが、未来は見えず、勝率は一割を切る。

 

 ――逃げるべきだ。

 

 今回のは、合理的判断の上での撤退だ。

 

 イリスに生きてほしいとか、そういうんじゃ無い。

 

 ただ、勝てない。

 

 イリスに視線を向ける。

 

 こいつはまだ成長の途中だ。

 

 これから異様なほど強くなる。

 

 何年後か、何百年後か、倒す可能性はその時の方が高いだろう。

 

 ……逃げる。そうするべきだ。

 

「イリス」

 

 イリスが、俺を見上げる。

 

「撤退だ。ナナは憤怒に染まるだろうが、そんなの知らん。ここで死ぬ方が――」

 

 その瞬間だった。

 

 どこからか、叫び声が聞こえた。

 

 汽笛のような音。だが、生き物が発していると直感した。

 

「な、なに、今の声」

「わからん……」

 

 視線を音のする先へと向ける。

 

 暗闇の奥、壁を伝うように何かが動いている。

 

 四足歩行、白い肌、目は無く、口だけが異様に開いている。

 

 視界に捉えた瞬間、戦慄が肌を走った。

 

 マモノだ。

 

 俺が来たときには、こんな化け物はいなかった。

 

 ノクトルが何らかの方法で召喚したとしか思えない。

 

 追ってこないのかと考えていたが、違うらしい。

 

「メリス……? 何が見えたの?」

「目が無くて、口だけの化け物」

「怖っ?!」

 

 ジリジリと暗闇の奥からこちらに迫る。

 

 何体、いるのかわからない。

 

 俺は恐怖で一歩後ろに後ずさる。

 

 そして、俺は気づいてしまう。

 

「……クソ」

 

 ――二人で逃げる。それが、叶わない夢になってしまったのだと。

 

 ノクトルに逃すつもりは、微塵も無いのだ。

 

 ……いや、これは好都合だ。

 

 イリスとは一緒にいられなくなる。だが、それでいい。

 

 魔王討伐を、俺が生きていい理由にしてはいけない。

 

「イリス、逃げるぞ」

 

 彼女がこちらに顔を向ける。

 

「ノクトルは……?」

「あれはもうノクトルじゃない」

 

 そう告げ、俺は背負っていた物資をいくつか下ろす。

 

 イリスは不思議そうに俺を見つめてくる。

 

 俺はそれを無視し、必要なものを取り出した。

 

「あとは全部持っていけ。使い方はナナに聞け」

 

 眉をひそめるイリス。

 

「何言ってるの……?」

「わからんか?」

 

 視線の先、暗闇の中でマモノがジリジリと迫る。

 

 俺は恐怖を殺し、鞄から取り出した薬を幾つか口に放り投げる。

 

 タカンス。マーツァル。フェリスクス。

 

 どれも人間の限界を取り払う代物。

 

 本来なら、魔素の限界値も上がったりするのだが、俺には無縁だった。

 

 魔法の才は妹に全て取られていた。

 

 俺はそれを思い出し、自然と笑みがこぼれる。

 

 「……すごいな」

 

 薬の効果で血が熱く流れ、心拍が早まる。

 

 思考が少しぼやけ、全身が軽く、浮遊するような倦怠感が混ざる。

 

 それでいて、今なら何だってできそうだ。そんな万能感すら、頭を駆け巡る。

 

「……ま、待ってよ! 本気なの?! 死んじゃうよ?!」

 

 イリスが必死に俺の腕を掴む。

 

 その必死さに心が揺れるが、振り切る。

 

 薬の効果か、思ったより簡単に手が離れた。

 

「メリス!」

 

 俺は手のひらをマモノに向け、少し思案する。

 

 一年も使ってしまっては勿体無いかもしれない。

 

「半年消費」

 

 手のひらから放たれた光が、目の前のマモノを弾けさせた。

 

 まだ威力がありすぎるかもしれない。

 

 よう、調整だ。

 

「な、なんで。……一緒に逃げようよ?」

 

 イリスの声が震える。

 

「無理だ。ノクトルが何をしてくるかわからん。俺は時間を稼ぐ」

 

 言葉と同時に、俺は再び手のひらを向ける。

 

「二ヶ月消費」

 

 手のひらから光が放たれる。が、死んでいない。威力不足か。

 

「じゃ、じゃあ私が代わりに囮をするから」

「俺じゃあ、ノクトルを倒せない。生き残るべきはお前だ」

 

 マモノは俺に警戒し、こちらに近づこうとしない。

 

 暗闇の奥からの遠距離狙撃。しかも高威力。

 

 奴らは戸惑うしかない。そのまま戸惑い続けてくれたら楽になってくれるが……。

 

「な、なんで……」

 

 

 

 なんで。

 

 

 

 その一言が頭の中で何度もこだまする。

 

 何故だろうか。

 

 あぁ、そんなのは……とっくに理解している。

 

「俺には……妹がいた」

 

 気がつくと、言葉が勝手に口から漏れていた。

 

 だが、止める気は沸いてこなかった。

 

「妹……?」

「あぁ、そうだ……この世界に来た当初、俺は無気力だった」

 

 ここで最後なら、全部白状してしまおう。

 

 本当は、あの時、全てを語るつもりだった。

 

 でも、イリスの最悪な答え――自分が死ぬ、と言われた俺は言葉を飲み込んでしまった。

 

 だが、状況は動き続ける。

 

「ようやく自殺できたのに、続きが、しかも一からリスタートだなんて聞いてなかった」

「自殺……?」

 

 漏れる言葉全部が情けなかったが、それでも続ける。

 

「転生だ。色々あった。まぁ、最悪だったよ」

 

 脳裏にあの世界の記憶が蘇る。

 

 俺は生きることが下手で、逃げ出した。

 

 今でもその時の判断が悪い事だったなんて、一切思っていない。

 

「だけど、そんな俺に起点が訪れた」

 

 マモノが一歩、また一歩と近づいてくる。

 

 もう怯えてはいない。ただ、時間が欲しい。

 

「妹ができた。あいつを起点に、俺の人生は面倒な方に変わった――消費三ヶ月」

 

 マモノの頭が破裂し、血飛沫が散る。

 

 黒い液体が地面に飛び散り、硫黄のような臭気が鼻をついた。

 

「最初は嫌だったさ。でも、そのうちどうでも良くなって……守らないといけないと思うようになった」

 

 脳裏に浮かぶのは、巫女様。

 

 自分の境遇とどこか重なり合い、自然と好感を抱けたのも今なら分かる。

 

「そこからは努力して生きたよ。あいつの見本になるように生きたさ」

 

 言葉にしながら、自分の喉が乾くのを感じる。

 

 イリスは黙ったまま俺を見つめている。

 

「何も見えない未来に突き進むのが俺の役目だった。失敗しても、成功しても、止まってはいけない。背中を見てる奴が、心配するからな」

 

 マモノの数は増え続けていた。

 

 暗闇の奥から影が湧き出すように、止めどなく。

 

「だけど、そんな俺にまた起点が訪れた」

 

 ――あの時のことは、今でも夢に見る。

 

「あいつが、妹が勇者に選ばれた」

「勇者に……? で、でも」

 

 イリスの声が細く震える。俺はただ頷いた。

 

「あぁ、死んだよ」

「……っ!」

 

 俺が着いて行こうと思った時には遅かった。

 

 俺の元に帰ってきた妹は、俺の知っている妹ではなかった。

 

 血に塗れ、泥にまみれ、髪は乾いた藁のようにパサついて。

 

 彼女を見た俺は、喉が詰まり何も喋れなくなった。世界に絶望した。

 

 それが、数年続いた。

 

「ハロルドの記憶で……お前は彼女を認識したはずだ」

「……わからない。ハロルドさん以外のことは、少ししかわからなかったから……」

「そうか……なら、お前はまだ気づいていないんだな」

 

 ならば、仕方ない。ここで告げよう。

 

「……数年が経った。再び、俺に起点が訪れる」

 

 マモノに向けて、ボソリと「消費三ヶ月」と呟く。

 

 次々に頭が破裂していく音が、空間を赤黒く染め上げる。

 

「俺が、勇者に選ばれた」

 

 イリスの目が大きく見開かれる。

 

「死ぬ理由ができたと思った。妹のように、明るい奴のフリを、ようやく辞められると……そう思った。だが、そこで――面倒なことが起きた」

 

 彼女の体が小さく震える。俺は深くため息を吐いた。

 

「あぁ、そうだ。お前と出会った」

 

 イリスを視界に入れた途端、胸の奥で怒りが込み上げる。

 

 だが、その矛先は彼女じゃない。ずっと、ずっと自分自身に向けて燃え続ける火だ。

 

「お前は……俺の妹と姿が同じだった」

「……え?」

 

 イリスの喉が震え、掠れた声が漏れる。

 

「似ているなんて物じゃ無い。全く同じだった」

 

 自分の声が震えているのを自覚する。

 

 本当は、これだけはイリスに伝えたくなかった。

 

「一度、自分の名前を思い出したとか言ったことがあったな」

「……うん」

 

 小さく頷くイリス。

 

「あれは俺の妹の名前だ」

 

 だから、俺は彼女を拒絶した。

 

 偽物に、名前を語らせたくはなかった。

 

「……お前は俺の妹を食べたんだ」

 

 魔王……イリスには食べたものを複製する力があった。

 

 記憶も、魔法も、加護も、全て。

 

 それができて、姿程度コピーできないわけがないだろう。

 

 イリスの息遣いが荒くなる。

 

「ち、ちが……」

「違わない。多分……ナナとガレットさんの仕業だ」

 

 食べた者の姿も、力もコピーできる。

 

 ノクトルを見た時に確信した。

 

 きっと、何らかの方法で封印前のイリスにコピーさせたのだ。

 

 イリスの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

「ん!? べ、別に怒っていないぞ?!」

 

 慌てて否定する。声が裏返っていた。

 

「はぁ……ただ、あれだ。お前に知ってほしかっただけだ」

 

 イリスはゆっくりと口を開く。

 

「な、なんで……メリスは私なんかに、優しくしてくれたの……?」

 

 涙で濡れた顔。震える肩。

 

 その姿に、胸が軋んだ。

 

 ――言いたくない。

 

 だが、もう全てを曝け出すと決めたのだ。

 

「俺は、お前を……妹だと……思ってしまった」

 

 イリスの瞳が多きく揺れた。

 

「え……」

 

 言った瞬間、喉が詰まりそうになった。

 

 だけど、それは絶対に認めてはいけない感情だった。

 

 認めたら――俺は俺を許せなくなる。

 

 だから、頑なに姉呼びを拒絶し続けたのだ。

 

「だから、お前に死んでほしく無い……それが俺の全てだ」

 

 全てを、告白した。

 

 イリスに何を思っているかも全て。

 

 だから、ここから、未来の話だ。

 

「……俺に、お前を守らせてくれ。大事な奴を……二度も失いたく無い」

 

 本当は「妹を守らせてくれ」と言いたかった。

 

 けれど、それだけはどうしても口にできなかった。

 

「……私じゃ、勝てないかもしれないよ」

 

 首を横に振る。

 

「お前ならやれる。何年後か、何百年後でも」

 

 イリスが嗚咽を漏らし始める。

 

「私は、一緒にまだいたいよ……」

 

 俺は――微笑んだ。

 

「イリス」

 

 そこで、一度だけ言葉を区切る。

 

「……ごめんな」

 

 俺はその言葉を最後に、彼女に背を向ける。

 

「一応言っておくが、負けるつもりはない」

 

 背中を見せる俺は、今までで一番大きく、強くあらねばならない。

 

 もう二度と、心配をかけないように。

 

 マモノが迫る。

 

 間に合った――ギリギリだ。

 

 乱戦になれば、俺の力はイリスを巻き込む。

 

 だから。

 

「走れ!」

 

 俺の叫びと同時に、彼女は涙を振り切るように駆け出す。

 

 その背を追うように、群れが牙を剥いた。

 

 俺は、静かに息を吐いた。

 

「――消費十年」

 

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