TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです 作:西春江
十六年と少し。
それがマモノ討伐に消えた対価。
……血液が不足し始める――なんてことは起こらない。
俺の能力、万物の創造に使う素材は血液じゃない。
それは、俺が何度かついてきた嘘だ。
この嘘は必要だった。止められる可能性があったし、心配されるのは苦手だ。
じゃあ、対価は何か。
――寿命だ。
▽▲▽▲▽
「勝つ」
短く言葉を吐き出し、俺は懐から小瓶を取り出した。
中身は少量の血液。
吸血属には万物創造を強化させる手段が一つだけある。
だがそれは諸刃の剣で、大抵の吸血種が命を落とす原因がこれだった。
小瓶の蓋を外し、飲み干す。
血を取り込み、そこから一時間。万物創造は自動化される。
これまでは複雑なゲーム機を作ろうとすれば、頭の中で部品の設計図を必死に組み上げなければならなかった。
だが今は違う。願うだけで形が現れる。思考と同時に構築される。
ただし、致命的な欠点が一つ。
――寿命の設定ができない。
ようするに、地球はかいばくだん〜なーんて、言ったらいったい何年分の寿命が消費されるか分からない。
使用はくれぐれも要注意。
ただし、俺はその点の問題を解決できる。
「
掌に黒い物体が浮かび上がる。
魔素を蓄える魔道具。そして、その内部にはすでに十分な魔素が満ちていた。
俺には魔法の才があった。
しかも、世界でも指折りの天賦と呼べるほどの。
……だが。
魔法を「扱う」才は、なかった。
俺の体内にある魔素は、常人の十分の一にも満たない。
魔法を使えば一瞬で魔素病を発症し、命を落とす。
異世界特典に喜んだこともあったが、すぐに絶望に変わった。
「はぁ……」
吐息とともに、視線を前へ。
イリスと二人でノクトルを倒さない理由。
それはいくつかある。
一つ、イリスはノクトルを殺せない。
あんな甘々な少女だ。俺でも苦しいことをあいつができるとは思えない。
一つ、今じゃなく未来の方が可能性は高い。
ノクトル――魔王があれだけの力を扱える事を考えると、あいつはまだまだ成長途中だ。
だから、時間さえあれば、イリスは届く。
……だから。
仕方ない。
仕方ないから、負けてもいい。
とはならない。
俺は全力をもってノクトルを殺す。
そして一人で英雄になり、明日、イリスにブチギレられる。
準備は整った。もう、逃げる理由も無い。
「『
転移魔法、あまり使いたくはなかった。
使いすぎれば、転移酔いと呼ばれる厄介な症状に陥る。
逃走に使わなかった簡単な理由だ。
体が急激に圧縮される感覚に襲われ、視界が一瞬白く染まる。
気づいた時、俺は上空にいた。
さっきまでの温もりを帯びた風はどこにもない。
肌を裂くような鋭い寒気が、容赦なく全身を叩きつけてくる。
「うぉぉぉぉぉ?!」
転移魔法の事故が怖く、上空に転移させた。
だが、もっと、恐怖を感じる場所に転移してしまったのかもしれない。
「『
脳に鋭い痛みが走り、同時に無数の情報が雪崩れ込む。
……反応が、ない。
魔素濃度の高い生き物はどこにもいない。
まさか、イリスの方へ――
その瞬間、視界の端で黒い影が揺らめいていた。
そう言えば、魔王は黒い靄が走って見えないんだった。
今思えば、それはノクトルの加護が影響していたのだろう。
影へ向けて、手を伸ばす。
「『
激痛が脳を引き裂き、同時に黒弾が数条、空を裂いて飛び出した。
ノクトルはこちらに気づき、歪んだ笑みを浮かべる。
俺が放った魔法はノクトルに直撃した――はずだ。
立ち込める土煙の向こうに影は見えない。
「『
着地の衝撃を風で散らし、ふわりと大地に降り立つ。
「『
魔弾を散布し、即席の罠を仕掛ける。
「『
瞬間、俺の体が上空へ向かって上昇する。
土煙の上に躍り出ると、冷気が肌を裂いた。
まずは、結界と黒煙を破ることだけを考える。
「『
魔素が一気に削れる。内臓を抉られるような虚脱感。
直後、五条の黒弾が光を裂き、土煙へと突っ込む。
轟音。衝撃。
大地が揺れ、鈍い音が幾度も反響し、土の匂いが鼻腔を満たした。
……その手応えと同時に、俺は気づく。
魔素携帯の中身が空っぽになっていた。
「
躊躇する暇は無かった。
俺の手のひらに魔素携帯が出現する。
次の瞬間、ぐらりと世界が傾く。重力が牙を剥き、俺の身体を地に叩き落とそうとする。
「うぉ!? 『
ふわりと着地した。
浮遊の残り時間は、まだあったはずだ。なのに――これは。
「仲間だと思ってたわ」
女性の声が背後から届く。俺は反射的に振り返った。
そこに、ノクトルがいた。
黒煙は半分ほどが消失し、半身ほどが露になっていた。
あれでもまだ、足りないらしい。
「俺は、友人になれると思ってたよ」
視線が、混じる。
「聞きたかったことがある。最初から俺たちを騙してたのか?」
問いに、ノクトルは小さく首を振った。笑みを崩さぬまま、答える。
「食に目覚めたのは、今さっきよ」
その一言に、俺は息を吐く。胸の奥にかすかな安堵が灯った。
……ずっと、隠し通していたわけじゃなかった。
「そうか……じゃあ一つ提案だ。俺達の仲間に戻ってくれ」
俺の言葉に、ノクトルは目を丸くした。次いで、堪えきれぬといったように笑い出す。
「お前が笑うのもわかる。でも、こうも思わないか? この世界には飯が少ないと。俺達に協力して飯、人間を育てる環境を作ろう。そうすればお前の飢えも満たせるんじゃないか?」
俺は脳から出てくる言葉を必死に整理し、ノクトル、魔王に伝える。
だが、俺の必死の説得に、彼女は笑い続ける。
「ふふっ。私が食べたいのは人の記憶よ。そんな食事には興味がないわ」
……悪趣味だ。
「私は、貴方が食べてみたい。貴方の苦悩も痛みも、全て味わいたい」
交渉は決裂。
どうせ、こうなることはわかっていた。
やることは変わらない。
「じゃあ、頼みたいことがある」
「なに?」
「イリスを見逃してくれ。俺のことは食ってくれて構わない」
そう告げ、俺は深く頭を下げた。
土煙の隙間から、青い花がちらりと視界に映る。
甘ったるい香りが鼻をかすめ、妙に鮮明に意識へと焼き付いた。
「えぇ、いいわよ」
……ん?
「いいのか?」
「生まれたばかりの赤ちゃんを食べる気はないわ?!」
狂人の常識は理解できない。
そんな当たり前の事みたいに言われても逆に困る……。
けど、そうか。いいのか。
『魔素感起機器』
バレないように呟く、手のひらに小さなボタンを出現させる。
「なぁ、本当に仲間に戻る気は無いのか? そうだ。俺を食べるのは数年後でもいいんだぞ?」
ノクトルは顎に手を当て、楽しげに悩む素振りを見せた。
「熟した物はすぐに食べないとね」
俺は息を吐いた。
「はぁ……わかった。んじゃ、もう一度聞くぞ? 俺を食ったらイリスを見逃してくれるんだな?」
「えぇ、数百年は食べないでしょうね」
「そうか……じゃあ、交渉は成立だ」
俺は深く息を吐きだし、手の中のボタンを、強く押し込む。
魔素感起機器は
次の瞬間、轟音とともに大地が崩れ落ちた。
花の甘い匂いは消え去り、辺りは土の匂いで満ちる。
舞い上がる土煙が、視界を完全に覆い隠した。
「消費一月!」
体が弾けるように飛び、一瞬で戦場から離脱した。
「『
手のひらを、ノクトルが潜んでいると思われる方向の上空に向ける。
放たれた魔法は一瞬で消え、代わりに空から魔弾の雨が降り注ぐ。
光の粒が土煙に反射し、周囲は小さな閃光でちらつく。
「『
脳に鋭い痛みが走り、手のひらから魔法が放たれる。
五発の魔弾は煙の奥で鈍く響く音を立てる。
「『
地面に魔法を設置する。緊急避難用の空間魔法だ。
万が一、攻撃を避けられなくても、この罠に踏み込めば安全圏に瞬時に退避できる。
これで、いつでも逃げれるとそう思った瞬間だった。
「――?!」
煙が突如膨れ上がる。
その中から、黒い影が走り出てくる。
剣を構え、俺に振り下ろす――ノクトルだ。
「消費一月!」
体が反射的に横へ弾け飛ぶ。回避は成功した。
しかし、ノクトルは間髪入れずに追いかけてくる。
魔法使いの戦いは近距離では、とても分が悪い
「消費半年!」
俺の周囲に半透明の板が浮かび上がる。
鈍い衝撃音と共に、ノクトルの剣とぶつかり合う。
ノクトルが片手を伸ばす。指先が俺に向かう。
イリスと同じ方法での攻撃、あんなもの食らったら死ぬ。
「消費一月!」
俺は盾から弾け飛び、再び回避するが、足に激痛が走った。
「あぁッッ!!!」
何をされたのか確認する余裕はない。
俺は先ほど魔法を撃った地面に着地し、手を伸ばす。
魔法を起動させると――世界の色が一変した。
雨が降り続ける戦場ではなく、目の前は真っ白の、データのような空間。
緊急避難用だから、装飾もデザインもない、冷たく無機質な白だ。
「っ!」
すぐに足を確認する。
右足がない。血が止まらず、痛みが鋭く突き刺さる。
「『
痛みが少しずつ和らぐ。
この空間に留まりたい、そう思ったが、ここにいる間にイリスが殺されるかもしれない。
すぐに戦場に戻らなくてはいけない。
「『
直後、真っ白な世界に裂け目が走った。
――まだ、俺は魔法を使っていない。
裂け目から黒煙が溢れ、少女が現れる。
剣を大きく振り上げ、俺を狙う――ノクトルだ。
剣が俺の首から下を一閃する。
「あぁぁぁッッ!!」
鋭い痛みが全身を突き抜ける。
「っ……! 消費一月っ……!」
反射的に能力を使い、体を横へと弾き飛ばす。
衝撃で意識が白く塗りつぶされるが、奥歯を食いしばって耐える。
その時、ノクトルが剣を放り投げた。軌道は俺から逸れ――外した、そう思った。
「あぁぁぁッッッ?!」
剣が空を滑り、まるで吸い寄せられるように俺の腕に直撃。
腕の感覚が、一瞬で消え失せた。
視界が滲み、意識が暗闇に飲み込まれかける。
「『
呪文を絞り出すと同時に、世界がひっくり返る。
無臭の虚無から一転して、花の甘い匂いに満たされた空間へ。
しかし、それも一瞬で鉄の匂いへと塗り替えられる。
また、来る。あいつは必ず追ってくる。
本来、転移先など特定できるはずがない。
だというのにノクトルは、当たり前のようにそれをやってのける。
……やっぱり、魔王は化け物だ。
血は止まらず、激痛で体が言うことを聞かない。
立たなければならないのに、指一本動かせない。
――逃げないといけない。
「はぁ……はぁ……」
掠れた声が漏れ、意識が途切れそうになる。
その瞬間、空間がバリバリと音を立てて割れ始めた。
液体のような黒い影が滲み出し、形を取り……ノクトルが姿を現す。
――魔王とのタイマンは三分にも満たなかった。
倒れたまま、俺はノクトルを見上げる。
彼女は笑っていた。
「せめてイリスがいたら、ね。貴方のことだから、逃したんでしょう?」
ノクトルの手が、白く細い指先が、俺に伸びる。
「それじゃあ……いただきます」
食べられるというのは、どういう感覚なのだろう。
少なくとも前の世界では、まったく無縁の概念だった。
「……や、め」
「いただきます」という言葉が、俺はずっと嫌いだった。
食べ物に感謝、その価値観が俺は理解できなかった。
もし、自分が食べられるとして、捕食者に「いただきます」という一単語で片付けられたら、俺はそいつを嫌悪する。
食べられる側になって、理解した。
やっぱり、いただきますはクソだ。
そんな、どうしようもない思考をしながら、俺は自分の命が終わるのを待っていた。
イリスのことを、考えるのは怖かった。
――死ぬのが怖くなってしまうから。
「……?」
ノクトルの腕が止まり、視線が後ろへと向かう。
その刹那、鈍い音が響く。
彼女の細い体が、鈍い衝撃音と共に吹き飛び、
俺は、霞む視界を無理やり持ち上げる。
そこには鉄の巨影。
六本の足を持つ多脚貨物兵が、地を踏み荒らす音を響かせながらこちらに立っていた。
丸型の扉が開き、中から飛び出してきたのは、蒼髪の少女。
彼女は迷いなく俺のもとに駆け寄ってくる。
「マスター、二クレめです。まだ動けますよね?」
俺は、力無く頷いた。
ナナが手に持っていた小瓶を開け始める。
「あなたがイリス様に責任を感じているように……私とガレット様も、あなたとノクトル様に責任を感じています」
赤黒い液体が中に入っており、それを俺の口元まで運んでくる。
痛みが少し引き、口を開く余裕ができた。
「……全治」
体の痛みが一瞬で引き、負傷箇所が全て治療される。
何年消費したか何て考えたくないが、使ってなかったら死んでいるから仕方ない。
「マスター、私の本体は別の場所に隠してあります。どうぞ、私を置いて乱転移で一時撤退を」
俺はナナの言葉に頷き、口を開く。
「……これは、勝てる未来か?」
一瞬の沈黙。
そしてナナの顔に、渋い影が落ちた。
答えは、言葉にしなくても分かる。
だが、ナナがくれたコンテニュー権、存分に使わせてもらおう。
「『
視界が白に染まり、転移魔法が作動する。
次の瞬間、俺は知らない大地を踏みしめていた。
途端――吐き気、全身に痛みが走る。
転移酔い。耐えられず、膝をつき、地面に手をつく。
「マスター、大丈夫ですか」
顔を上げると、そこには……球体のナナ。
「……なんで」
「未来を見てここで待機していました。共に魔王を討伐しましょう。れっつごー、です」
そんな軽い声と共に、その球体をふわふわさせながらこちらに近づいてくる。
吐き気に耐えながら、俺は問いを重ねる。
「……ここはどこだ?」
俺は荒い息を漏らしながら口を開く。
「花園から、徒歩数時間の場所です」
思わず息を呑む。そんな遠くまで。
だが、それなら……逃げられる可能性はある。
「……このまま逃げたらどうなる?」
「……最悪を迎えます」
そうか、まぁ、別にいい。
「……なら、やることは変わらん」
俺は立ち上がり、ノクトルのいる方向を睨む。
一つ、策がある。
その作戦はナナが必要で、当初は無理だと判断していたし、俺も無駄に寿命を削ることはしたくなかった。
だが、今ここにはナナがいる、形勢は最悪。
未来を見て、待っていた。それが何を意味するかは――お互い分かっている。
「俺が何を言うか、もうわかってるんだよな?」
「えぇ、もちろん」
ナナはその球体を光らせる。
最近は、人型の方と喋っていたから、少し懐かしい。
「マスター、今この瞬間、マスターは本当のマスターになりました。私の目的はマスターと世界に尽くすこと、何でもご命令ください」
本当の、マスター……?
今まで偽物の関係だったのか。
胸に小さな棘が刺さる。だが、構っている時間はない。
「……じゃあ、俺達のために死んでくれ」
未来が見えるナナにしか意味がわからない言葉。
俺の言葉に、彼女は一切迷わず答えた。
「はい。マスターと、世界のために」
俺は空飛ぶ球体に触れ、少しの間、躊躇する。
ナナはそれをわかっているのだろう、何も言わない。答えない。
正直な話、俺はこの作戦に乗り気ではない、やりたくない。怖い。
――死にたくない。
だが、それでも、あの子の顔を思い出すだけで、躊躇は軽く消え失せた。
このファンタジー世界とは、とても似合わないSF球体に触れ言葉を紡ぐ。
「対魔王多脚式戦闘兵〈ルインアーク〉」
――世界が震えた。
轟音。 天地が悲鳴を上げる。
鉄と鉄が擦れ合い、あり得ない構造物が生成される音。
大気が振動し、鋼色が視界を侵食していく。
空は鉄で埋まり、大地は無理やり押し割られ、ただの虚無だった場所に、異形の巨兵が生えてきた。
六本の脚、一本が大地を踏みしめるだけで、地表が陥没し、地震のような振動が広がる。
背から伸びる無数の触手は、意思を宿したかのように蠢き、空気を裂いて唸りを上げる。
圧倒的な質量感を放つ機械生命体が、そこに立つ。
存在そのものが災害であり、人類最後の切り札。
「ナナ、作戦はわかるんだよな?」
「お任せを」
「んじゃ、あとは任せた」
次の瞬間、〈ルインアーク〉の装甲が変形を始めた。
背部から鉄の塊が隆起し、軋み音を立てながら砲身がせり出す。
閃光。
砲台から放たれた光線が、大地を裂き、空間そのものを抉り取った。
轟音が世界を貫き、音よりも早く衝撃が押し寄せる。
ノクトルのいた方向――その大地が、容赦なく爆ぜ散った。