TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです   作:西春江

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二話『マモノだよっ』

「ねね、メリスは何でここに来たの?」

「何でって言われてもなぁ……」

 

 お前を使って魔王を倒しに来たよ。

 

 で、最終的には殺すつもりだよ——なんて、冗談でも口にできるわけがない。

 

「お前が世界を救うらしい。だから助けに来た」

「わたしが? 世界を?」

「あー……俺に聞かないでくれ。俺もよく分かってない」

 

 この少女が世界を救う? どこをどう見たらそうなる。

 

「これを着てくれ」

 

 そう言って俺は、予備の服を封印へと向かって放り投げる。

 

 サイズは少しデカいが我慢してもらうしかない。

 

「ありがと」

 

 封印少女は、素直に礼を言いながら着替え始める。

 

 長い薄桃髪を持て余しながら服と格闘しているその姿は、どこからどう見ても普通の女の子だった。

 

 この少女に魔王は……無理だな。

 

「ナナ、道は分かったか?」

「こちらです」

 

 浮遊するナナが進行方向を示す。

 

 封印も着替えを終えたようで、ぽてぽてとナナのあとに続く。

 

「ねぇ、世界を救うってどうやって?」

「さっきも言ったけど、俺もよく分かってない」

「少しも?」

 

 少しは……知ってるな。

 

「……お前が魔王を退治するらしい。魔王ってのはな、よく分からん生き物で、よくわからんぐらい強い」

 

 魔王の情報はこの程度、あり得ないぐらい強い、雨を降らせた元凶、殺せば止む。

 

 皆その程度しか知らないのだ。

 

 大抵が情報を手に入れる前に殺されてしまう。

 

「私がそれをやっつけちゃうんだ?」

「……いやぁ、流石にそれは無いだろ。多分、お前は僧侶枠とかバッファーだな」

「否定された?!」

 

 事実だ。むしろ本音では、後方支援でも荷が重いとすら思っている。

 

 ただし、それは口に出さない。まだ出さない。

 

 俺の見立てでは、魔王戦の最中に、こいつが眠っていた何かを目覚めさせて、俺をパワーアップさせてくれる……はず。

 

 というか、それ以外想像できない。

 

「……」

 

 だが、気になることが1つ。

 

 この少女は「着いていく」と言った。だが、それはどこまでを指している?

 

 コロニーに戻って「はい、お疲れ様でした」では困るんだ。

 

 その後も魔王討伐に協力してもらわないとダメだ。

 

「封印は、魔王討伐に協力してくれるのか?」

 

 キョトンとした顔で、封印は首をかしげる。

 

「メリスが助けてくれたから、それぐらいのお礼はするよ」

 

 こいつ、魔王がどれぐらいの存在か分かってないな。

 

 けれど、着いてきてくれるなら文句は言うまい。

 

 無駄口叩いてボロが出る前に黙っておこう。

 

「でも、魔王を倒した後は、私のお願いを聞いて欲しい」

「お願い?」

 

 魔王を討伐した後、そんな時は来ない、何て、口が裂けても言えない。

 

「私の……家族を探して欲しいの」

 

 その言葉に、思考が一瞬止まった。

 

「――家族……家族? お前には家族がいるのか?」

「わかんない」

 

 知らずに言ったのか。

 

「……わかった。魔王を討伐できたら、家族を探すのを手伝おう。だから、魔王討伐に協力してくれ」

「うん、任せて!」

 

 封印はポンっと自分の胸を叩いた。

 

「じゃあ、まずは迷宮から脱出しよう」

 

 

 

 当初の予定では、封印〈球体〉を持ってロープで地上まで運ぶ予定だった。

 

 吸血属(ヴァムピーラ)の腕力なら、まあギリいける。

 だが。

 

 封印が解放されたことで、話はまったくの別物になった。

 

 その瞬間から、俺たちは第二のルートを選ばざるを得なくなったのだ。

 

 そして、それが意味するところは……ひとつ。

 

 ——マモノだ。

 

 マジュウ、マジン、そしてマモノ。

 

 狂った存在の総称。

 

 マジュウは獣が狂った姿。

 

 マジンは人が狂った姿。

 

 ただ、マモノは別枠、元から狂っている。

 

 そして、マモノの多くは迷宮に潜んでいる。

 

 それらを全て回避し、地上を目指すなんて——不可能だ。

 

「前方注意。魔素反応……微弱ではありますが、検出。マモノです」

 

 ナナの声が静かに響いた。球体の表面に赤い光がじわりと滲み出す。

 

 ……やっぱり来た。

 

 武装はコロニーから持ち出した剣が一本のみ。

 

 不意打ちで勝てる、だろうか。

 

 吸血属(ヴァムピーラ)の力を使えば容易く勝つこともできる……が、ある理由を一点に能力はあまり使いたくない。

 

「封印、隠された力とかで何とかできたりしないか?」

 

 俺の問いかけに、封印はぴくっと肩を跳ねさせ、戸惑ったような顔を見せた。

 

「え、えぇ? む、無理だよ」

 

 先までの意気込みはどこに行ったんだ。

 

「ナナ。本当に……合ってるんだよな?」

 

 何のことか、詳細は語らずとも、ナナには通じたらしい。

 

「封印様の内部からは、一般人とは比較にならない魔素反応があります。……私の計測が正しければ、間違っていません」

「私、すごい?」

「中の上です」

 

 すごい微妙。

 

「……一度、退こう。マモノが離れるまで待つ。封印、ナナ、引くぞ」

 

 そう言いかけたその刹那――。

 

 空を裂くように、黒い何かがこちらに飛んできた。

 

 警告も予兆もなく、空気を引き裂く現れたそれは、視界を掠めた瞬間には、背後で、炸裂音と共に壁を砕いていた。

 

 遅れて響く轟音が、警報の代わりとなる。

 

「は、走れっ!」

 

 怒鳴り声が反射するより早く、俺は駆け出していた。

 

 ナナもすぐに反応し、滑るように並走する。

 

 だが、一人だけ、その場に取り残されていた。

 

「何してる! 早く走れ!」

 

 俺の声が、焦り混じりの怒号に変わる。

 

 封印は、まるで時間が止まったかのように立ち尽くしていた。

 

「う、動けない」

 

 一目見て、恐怖で腰が抜けたのだと理解した。

 

 封印はこちらに向かって歩き出そうとするが、恐怖がそれを許さない。

 

 そして、そいつは姿を現した。

 

 暗がりの中から、ずしりとした音を立てながら、一体のマモノが姿を現す。

 

 全身を銀色の甲殻で覆い、その体長はゆうに一メートルを超えていた。

 

 まるで、巨大なカブトムシ――だが、その見た目は生物というより兵器に近い。

 

 確か、名前を砲発甲類(ゼプター)

 

 頭部の角に見える部分は砲塔のようになっており、そこから超高圧の岩弾を連射してくる。

 

 分類は二級。

 

 ベテランでも逃げ出す化け物。

 

 ――運が悪い。

 

「クソッ!」

 

 俺は一本しかない剣を、力任せに放り投げる。

 

 剣を軌道を描き、砲発甲類(ゼプター)に向かって――当たらなかった。

 

 軌道の先は砲発甲類(ゼプター)の一メートル真横。

 

「下手すぎるっ!」

 

 ――思い出した。俺は神なるノーコンだった。

 

 そんなことを考えている間に砲発甲類(ゼプター)がジリジリとこちらに距離を詰める。

 

 どうも、あいつは俺と同じノーコンらしく、当てられる距離まで近寄ってきている。

 

 不幸中の幸い。だが、何かしないと俺も封印も結局はミンチになる。

 

 1つ、手はあるにはある。だが、使いたくない。

 

 

 

 ▽▲▽▲▽

 

「万物の創造?」

 

 俺がそう問い返すと、ガレットは満足げに頷いた。

 

「そう、それが吸血属(ヴァムピーラ)における一番強力な力」

 

 そう語る彼の手には、どこか年代を感じさせる装丁の一冊があった。

 

 そのまま彼は椅子に腰かけ、脚を組んで優雅な態度を崩さない。

 

「万物……え、じゃあ、ゲーム機とか作れちゃったりするんです?」

「ゲーム機……が何かは知らないが、万物だからね、大抵の物が作れるはずさ」

 

 おぉ、この世界でゲーム機に触れることは無いと考えていたが、どうもそうじゃないらしい。

 

 まずは何を生成してみようか。

 

 手のひらを宙に向け、やりたいゲームのタイトルを思い浮かべる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ……!」

 

 ……沈黙。何も、起きない。

 

 俺の手のひらは空を切ったまま、まったくの無反応。

 

 音もなければ、光もない。ただの無。

 

 何となく予想はしていたが、どうもポンポン生成できるほどチート能力ではないらしい。

 

「今、使い方を教えよう。とはいっても、いくつか条件があるんだけどね」

 

 ガレットは静かに言葉を続ける。

 

「万物の創造には限界があってね。生成するには、ある物質が必要なんだ」

「物質、ですか」

「もちろん、僕も持っている。けれど吸血属(ヴァムピーラ)は、それを他者から奪うことで補う。それが吸血という行為の本質だ。君にもいずれ、それができるようになる……かもしれない」

「かもしれない、ってことは?」

 

 ガレットは肩をすくめた。

 

吸血属(ヴァムピーラ)化には段階があってね。力が完全に目覚めるには時間がかかるんだ。君の場合、早くても数十年後……かな」

「……うーわ」

 

 遠すぎる未来にげんなりしながら、俺は訊ねてみた。

 

「……じゃあ、その物質ってやつ、俺はどれぐらい持ってるんです?」

 

 ガレットは、顎に手を当てて考え込み、ニヤリと笑った。

 

「そう、だね。僕の予想は――――」

 

 

 

 ▽▲▽▲▽

 

 

「半年消費」

 

 頭の中で想像する。今、必要なものを。

 

 手のひらを砲発甲類(ゼプター)に向けた瞬間、手のひらから高速の黒い塊が射出した。

 

 想像したのは砲発甲類(ゼプター)が使用していた弾丸。

 だが、想像以上の反動に、体が吹っ飛んだ。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 尻もちどころか、完全に宙に浮いて、ゴロゴロと数回転。

 

 地面を這いながら止まる頃には、息が軽く上がっていた。

 

 強烈な衝撃を受けながらも、俺はすぐさま顔を上げ、砲発甲類(ゼプター)に視線を向ける。

 

 ――全身を分厚い装甲で覆ったマモノ。

 

 カブトムシにも似たその外殻は、自然の摂理を無視するような硬度を誇り、下手な剣では刃が立たない。

 

 だが、そんな鉄の怪物も、いまの一撃には対応できなかったようだ。

 

 砲発甲類(ゼプター)の左半身、装甲に命中した黒塊が内部に喰い込み、爆ぜるように炸裂する。

 

 甲殻がバチンと音を立てて弾け、破片が宙を舞う。

 

 砲発甲類(ゼプター)はバランスを崩して体勢を崩した。

 

 俺は転がっていた剣に向かって駆け出す。

 

 「封印! 今のうちに逃げろ!」

 

 叫ぶと、封印は即座に反応して後方へと飛び退く。

 

 その後ろ姿を一瞬で視界の端に押しやり、俺は剣を拾い、間髪入れずに突進する。

 

 倒れ込んでいる砲発甲類(ゼプター)。その巨大な身体に向かって、刃を突き立てた。

 

 甲殻の隙間に吸い込まれるようにして、剣が深く刺さる。

 

 砲発甲類(ゼプター)は、カエルが潰されたような、気持ちの悪い声を漏らした。

 

 なおも暴れようと身を震わせるが、刃を深く押し込むと、その動きも徐々に弱まっていく。

 

 ……そして、完全に動かなくなった。

 

 「あぶねぇ! 死ぬかと思った!」

 

 コロニー引きこもり少女を働かせすぎだ。

 

 「わ、私も、死んじゃうかと思った」

 

 情けない声が背後から聞こえる。

 

 振り向けば、封印が地面に座り込んでいた。顔は青ざめ、腰が完全に抜けている。

 

「立てるか?」

「だ、大丈夫!」

「本当か……?」

 

 返事の割に、彼女の足はぷるぷる震えている。

 

 沈黙した砲発甲類(ゼプター)の死体へ視線を戻す。

 

 仰向けに倒れたその巨体は、もう動く気配すらない。

 

 俺はそっと近づき、鞄からナイフを取り出す。

 

 死体の中心、やや胸のあたりを狙い、刃を突き立てる。

 

 ザクリ、と甲殻の下に隠された内層を裂くと、ぬるりと緑色の体液が溢れ出した。

 

 なまぐさい。

 

「うぇ?! メリス! 可哀想だよ!」

 

 悲鳴に似た声が飛んでくる。振り返ると封印がこちらを見ていた。

 

「さっき殺されかけたろ? それを思い出せ」

 

 それに、恨みがあってこんなことをしているわけではないんだ。

 

 砲発甲類(ゼプター)の体内に光る物体を見つけ、俺はそれをそっと取り出す。

 

「なにそれ?」

 

 恐怖は治まったらしい。

 

 封印がぺたぺたとこちらに近づいてくる。

 

「マセキ。コロニーに持って帰ったら資産になる」

 

 俺は詳しくないが、どうやら魔素を内包しているらしく、武器やシステムの強化に使えるらしい。

 

「おぉ、キラキラしてるね」

 

 封印の目がまばゆいほど輝いている。まるで宝石を見た子供のように。

 

 ――その時、不意に。

 

 記憶の奥から、声が蘇った。

 

 遠くで誰かが笑い、あたたかくて、でもどこか嫌な――そんな記憶。

 

『――マセキは金になるんだぜ。あと、戦闘にも役立つ』

 

 確か、そんなことを言いながら、あいつは掌の中で赤く輝くマセキをコロコロと転がしていた。

 

 くすんだ空の下で、その光だけがやけに鮮明だった。

 

 俺は少し不安になって、咄嗟に聞いてしまった。

 

『ば、爆発とかしないよな?』

 

 するとあいつは、ガハハと大袈裟に笑い出した。

 

 風になびく長い髪が、光を受けてきらめき、美しかった。

 

『ははははははっ! 大丈夫! 私なら爆発なんてミスしないから!』

 

 ――爆発する時はするのかよ。

 

 心の中でツッコみながら、反射的に半歩、距離を取っていた。

 

『な、なんで距離を取るんだよ?!』

 

 ――頬を膨らませるあいつの顔が、唐突に目の前にフラッシュバックして、胸の奥がざわめいた。

 

 そうだ……あいつもマセキを好んでいた。

 

 忘れていた。

 

 綺麗とかは関係なく、合理的な理由なのがあいつらしいが。

 

 その点、封印とはまるで真逆の性格。

 

 その違いが俺を安堵させる。

 

「……あげるよ」

 

 ぽそりと俺がそう言うと、封印の顔がパァッと明るくなった。

 

「いいの?」

「あぁ、爆発させるなよ」

「え? 爆発するの?」

 

 そんな不穏な言葉を真に受けたのか、封印の顔色がみるみる不安げなものに変わっていく。

 

 だが、俺は彼女の言葉を無視して、鞄に手を伸ばす。

 

「え、え? これ爆発するの?」

「うるさいなぁ。爆発なんてするわけないだろ」

「どっち? どっちなの?」

 

 封印はマセキをじっと見つめながら、眉間に皺を寄せていた。

 

 完全に信用していない。

 

 まあ、正直な話、俺自身もよくわかってはいない。

 

 相当運が悪いとか、特殊な条件でもなければ、普通は大丈夫だと思う。

 

「自分を信じろ」

「信じられないよ?!」

 

 泣きそうな顔でマセキを握る封印を横目に、開いた鞄から缶を取り出す。

 

 機械属(スケルトン)が作った栄養食。

 

 能力を使った後は腹が減る。

 

 缶を開けると、ふわっと香ばしい匂いが立ちのぼり、食欲を刺激した。

 

「わ、美味しそうだね」

「あぁ、そうだな」

 

 黙々とスプーンを口に運び始める。妙な食感だったが、悪くない。

 

 鳥っぽい味だ。何の肉かはわからんが……まぁ、味が良ければそれでいい。

 

「……私の分は?」

 

 少し間を空けて、封印が小声でそう呟いた。

 

 だが、俺は視線を外さず、缶詰を空にする。

 

「ねぇ、メリス」

「ないぞ?」

 

 封印はまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。

 

「な、なんで」

「もう残り少ないんだよ。……後少しで脱出できるから、少し我慢してくれ。それに、あれだ。マセキあげたろ?」

「この石くれたのってそういう意味だったの? 私、喜んじゃったよ?!」

「悪い」

 

 少し罪悪感を感じる。

 

 だが、今甘やかしたら、最後の一線が曖昧になる。

 

 今のうちに心を鬼にしておかないと、いざというときに決断が鈍る。

 

 その時だった。

 

 封印が、不意に黙った。

 

 やけに静かだ。もしかして、本当に理解してくれたのか?

 

 気になって彼女をチラリと見ると、封印はマセキをつまみ上げ、まじまじと眺めていた。

 

「キラキラしてて美味しそうだよね」

 

 その言葉と同時に、彼女はマセキを口元に持っていき――

 

「ばっ?!」

 

 放り投げたそれは、完璧な放物線を描いて、彼女の口に吸い込まれた。

 

 俺の思考が硬直する。

 

「今すぐ口を開けろ! ナナ! お前のケーブルでこいつの口の中から引っ張り出せ!」

「いんぽっしぼー」

 

 ナナが球体を光らせる。

 

「ん?! んぐぐぐぐ!」

「バカ! 早く開けろ!」

 

 封印は頑なに口を開けず、呻きながら喉をゴクンと動かす。

 

「驚いたから、ビックリして食べちゃった」

 

 固まる俺の前で、封印は少しずつ不安そうな顔になっていく。

 

 こういう時こそ落ち着くべきだ。

 

「嘔吐剤……なんて無いよな。じゃあ一度腹を捌いて、回復魔法で、いや……魔法使える奴がいねぇ」

「メリスが怖いこと言ってる!?」

 

 マセキを食べた奴なんて聞いたことがない。

 

 聞いた事が無いということは=そういう意味だ。

 

 そんな不安を確信させるように、封印がバタリと倒れる。

 

「な――っ」

 

 慌てて駆け寄り、脈を取り、呼吸を確認する。

 

 命に別状はなさそうだが、今後どうなるかは分からない。

 

 俺がカバンから解毒剤を探し出そうとした、その時。

 

「だ、だいじょうぶ」

 

 封印がノロリと体を起こした。

 

「だ、大丈夫って、そんなわけないだろ。今解毒剤を使う」

「ほ、ほんとうに大丈夫なんだよ」

 

 彼女は立ち上がり、ぴょんぴょんとその場で跳ねてみせた。

 

 ……逆に不安になる。

 

「大丈夫なわけあるか。一度横になれ。んで——」

「私、思い出したから」

 

 ——思い出した? その言葉に一瞬、思考が追いつかなかった。

 

「おもい、だしたのか?」

「見ててね。メリス」

 

 封印が手のひらを宙に向ける。そして。

 

 「『(タッチ)』『(ロック)』」

 

 バチッと空間がひずみ、何もなかった空間に突如として岩が出現した。

 

 この現象、魔法だ。

 

「ま、ほう? 魔法を、思い出した?」

「マセキを食べたらね。記憶が戻った……いや、できたんだよ」

 

 マセキを食べることで、新しい記憶ができた?

 

「マスター。あれは宝食属です」

「……なんだそれ?」

「かなり昔、魔王が生まれるよりも前に滅んだ種族。マセキを食べることで、能力を取り込み、自分のものにできる種です」

 

 マセキを食べることでコピーして、己の糧とする。

 

「……そんなことが、できるのか?」

 

 この世界を歩けば、マジュウと出会うことなど珍しくない。

 

 空を飛ぶもの、地を這うもの、理を歪めるような存在さえいる。

 

 その多くが、人間では到底扱えない魔法を有している。

 

 それを、彼女は――いや、「宝食属」は、片っ端から自分のものにできる?

 

 すべての魔法を、ただ喰らうことで、コピーすることが可能?

 

 ……ありえない。

 

 この世界には、国をまるごと焼き尽くす魔法も、一つあれば集落が安泰になる魔法だってある。

 

 それを、この小さな少女が、無償で、代償もなしに、手に入れてしまうというのか?

 

 そんな都合のいい力、あるはずがない。

 

 何か大きな制約、代償、致命的な欠点がなければ、世界はすでに滅んでいるはずだ。

 

 だが――もし、その制約が彼女には存在しなかったら?

 

 ……この少女は、化け物になれる。

 

 いや、それすらも生ぬるい。

 

 世界を変え、世界を喰らい尽くす、災厄そのもの。

 

 ——次代の、魔王の器。

 

「メリス! 私すごいでしょ!」

 

 無邪気な声が、俺の思考を断ち切った。

 

 封印の顔が、ぱっと華やぐ。

 

 青色の瞳が、まるで太陽のように輝く。

 

 喜びをそのまま体現したような笑顔で、彼女はクルクルと回りながら、誇らしげに笑っていた。

 

 その姿は、年相応の少女にしか見えない。

 

「これで私もメリスの役に立てる!」

 

 なのに、その純粋な瞳が、かえって怖かった。

 

「……最悪だ」

 

 ぽつりと、言葉が漏れる。

 

 ふと脳裏に浮かんだ最悪の未来図――その輪郭が、ほんの少しだけだが、現実味を帯びてしまった。

 

 もしこのまま、彼女が成長していけば。

 

 いつか、誰よりも強くなり、誰よりも恐ろしい存在になったとしたら。

 

 その時、彼女を止める役目は、きっと俺だ。

 

 最後に、俺が彼女を殺さなければならない。

 

 未来演算装置(ランガルジア)が演算した結果が、ほんのわずかに、現実に足を踏み入れた。

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