TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです   作:西春江

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二十話『VSナナだよっ』

 ▽▲▽▲▽

 

 

 

「俺は何をすればいい?」

 

 ルインアークの操縦は全てをナナに任せている。

 

 正直、俺が出る幕では無い。

 

『マスター、砲撃支援をお願いします』

 

 電子音混じりの声が船内に反響する。

 

 ナナはルインアークの中枢に組み込まれており、こうして機械越しにしかやり取りできない。

 

 俺は金属製の椅子に腰を下ろす。瞬間、壁が変形し、銀色の板が光を走らせ、映像板に切り替わった。

 

 ノクトルがいる方角――先ほど砲撃が降り注いだその場所が拡大表示される。

 

『砲台の三割の使用権を譲渡します。残りは私にお任せください』

 

 俺は頷く。

 

 人間程度がやる必要があるかは疑問だが、ナナが言うには必要なことらしい。

 

 機械属も完璧では無いと言うことだ。

 

 俺はノクトルの方向を確認する。

 

 膨れ上がった煙から、何かが飛び出してくる。

 

 ――ノクトルだ。

 

 俺は照準を合わせる。

 

 甲高い駆動音が響き、砲台が自動で追尾を始めた。

 

 瞬間、世界を切り裂く弾幕、空が砲火で塗りつぶされる。

 

 ノクトルは疾風のように飛び回り、その全てを避けようとする。

 

 だが、ナナの演算が導き出す角度とタイミングが、確実に避けれない弾を混ぜ込んでいく。

 

 光弾がノクトルを掠め、閃光が弾ける。

 

 黒煙……はもう消えているように見えるが、結界はまだ健在だ。

 

 勝つには、どうにかして結界を破らないといけない。

 

 「ん……?」

 

 そのとき、ノクトルが右手を掲げ、次の瞬間、空が覆い尽くされた。

 

 巨大な影、映像を切り替えた俺の目に映ったのは――流星群のように降り注ぐ隕石だった。

 

「何でもありか?! あいつ!」

 

 黒い岩塊が大気を裂いて迫りくる。

 

 空気が焼け焦げる匂いが船内にまで伝わってくる気がした。

 

 だがルインアークの触手群が撃退。

 

 鋼の鞭が空を切り裂き、隕石に突き刺さる。

 

 轟音――光と破片が散り、大地に届く前に砕かれた。

 

 まさに、化け物同士の戦い。

 

 だが、少しだけ希望が見えた。

 

 あの力は、俺がいる時には使っていなかった。

 

 それは多分、死体を食べるため。

 

 だが、今それをしてでもこの力を使ったということは――焦っている。

 

「勝てる」

 

 ノクトルは怯まず、今度は加護を発動する。

 

 彼の周囲に浮かぶ数十の光。俺の脳裏にオリオティスの名が閃くと同時に、それらが一斉に撃ち出された。

 

 世界が白に染まる。

 

 瞬間、ルインアーク内部の魔陣が起動した。

 

 床に刻まれた無数の符号が光を帯び、巨兵を覆う盾が展開される。

 

 盾が世界を覆い、連撃を弾き返した。

 

 ……持った。だが長くはない。

 

 盾は数度しか張れない。

 

 しかもこの出力では、想定よりずっと早く限界が来る。

 

 ノクトルはそれを見越してか、上空を高速旋回し、次々と槍のような光を投げ放つ。

 

 盾が軋み、ひびが走る。

 

 ついに、一本の槍がルインアークに突き刺さった。

 

 衝撃でルインアークが傾ぎ、地鳴りが船内を揺さぶる。

 

 警告音が赤く点滅し、砲撃の照準が狂う。

 

「ナナ?! 結界損壊率は?!」

「――七割達成」

 

 ――いける。間に合う。

 

 結界さえ破れば、勝てる。俺たちの勝ちだ。

 

 ノクトルの周囲から迸る無数の光弾が、ナナの弾幕と、空中で衝突し、火花の雨を降らせる。

 

 オリオティスの加護が完全に回復するまで、あと七分。

 

 それまで耐え抜けば、この戦いは終わる。

 

『重力制御装置機動。魔素を全て使い切ります』

 

 低く響くナナの声と同時に、巨体ルインアークが浮遊を始めた。

 

 重力が逆巻き、床下から軋む音が響く。

 

 真下から迫るノクトル、俺は照準を合わせ、放つ。

 

 直撃。ノクトルが空中で体勢を崩し、地面に叩きつけられ、土煙を巻き上げながら転がった。

 

 ――破れた。

 

 映像越しに確かに見た。結界が砕け散る光の断片を。

 

 目標は達成した。あとは作戦どおりにいけば勝てる。

 

 だが、その刹那。

 

 映像に映るノクトルの周囲に、眩い球体が幾つも浮かび上がった。

 

「早すぎる……!」

 

 加護の回復まで七分、そのはずだ。以前より強くなった?

 

 映像は白に塗り潰され、轟く爆音とともに船内が焼け焦げる匂いに満たされた。

 

 慌てて映像を再確認するが、いない。

 

 ノクトルの姿が、どこにも。

 

「どこに……!」

 

 耳を裂く金属音。船体が引き裂かれる音。

 

 次の瞬間、全身を衝撃が貫き、俺は壁を突き破って遠くへと吹き飛ばされた。

 

 意識が混濁する中、口の中に冷たい異物が差し込まれる。

 

 目を開けると、俺の口腔を抉るように指を突っ込んでいるノクトルの姿があった。

 

「私が苦戦した吸血属(ヴァムピーラ)は貴方だけよ……!」

 

 その顔は炎光に照らされ、血と汗に濡れ、狂気と歓喜がないまぜになっている。

 

 口を動かそうにも顎を封じられ、言葉は一つも出せない。

 

「でも、感謝するわ。困難な食の方が、私にとってはずっと甘美だから」

 

 そう、ノクトルが言い。俺を殺そうと指を向けた直後。

 

 遠くから地鳴りのような音が聞こえた。

 

 ――ルインアークが堕ちた時に作動する、自爆装置の音。

 

 俺はその音に安堵し、自然と口角が上がっていた。

 

「ほんとうにっ……!」

 

 そう言いながらノクトルは俺守るように抱きしめ、汗と鉄錆と土の匂いが肌にまとわりつく。

 

 大地そのものが裏返ったような爆発が襲い、意識が白に塗り潰される。

 

 

 

 気づいたとき、俺は巨大なクレーターの中心に倒れていた。

 

 視線の先、ノクトルは煙を背に、立ち尽くしていた。

 

 あの大爆発を受け止め、しかも俺を守りながら――やはり、魔王は人の理から外れている。

 

 ノクトルがこちらを鋭く睨む。

 

「私が守らなかったら死んでたわよ」

「……逆に何で生きてるのか聞きたいくらいだ」

 

 彼女はゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「もう、寿命が無いんでしょう?」

 

 俺は掌を向け、虚勢を張る。

 

「嘘ね。あれを作って、肝心の魂を殺す手段を作れなかった。そうなんでしょう?」

「どうだろうな? 案外、次の瞬間にはお前は死んでるかもしれない」

 

 ハッタリ。

 

 こいつを殺す手段なんて、一つもない。

 

 だが、時間さえ稼げれば。まだ希望は残っている。

 

 俺はじり、と後退する。だが、ノクトルは距離を詰め続ける。

 

「私の脅威になる存在は……今のところ、この周囲には確認できないわね」

 

 そう呟き、彼女の視線が一方向を射抜いた。――バレた? まさか。そんなはずは。

 

「……やっとね。いただきます」

 

 彼女の掌から、幻想的な剣が生まれる。

 

 血の結晶のような刃。吸血属(ヴァムピーラ)の力に似ているが、明らかに別格だと感じる。

 

 寿命の消費もいらない幻想の剣、あれから尋常じゃないほどの魔素を感じる。

 

 そして、その剣が――俺に向けて振り下ろされた。

 

 

 

 ……痛みを、感じなかった。

 

 

 

 何が起きたのか理解できず、俺は反射的に頭上へ視線を向ける。

 

 そこには、ノクトルの剣。だが刃は俺の頭蓋に届くことなく、空中でピクリと震えていた。

 

 見えない力に邪魔されるように。

 

 ノクトルは、どこかを見ながら狂気的な笑みを浮かべていた。

 

 ノクトルの視線の先を追う。

 

 イリスが、そこにいた。

 

 手をノクトルに構え、抵抗する彼女がそこにいた。

 

「なんで……」

 

 俺は、自然と声が漏れていた。

 

「メリス……助けに来たよ」

 

 声は、震えて、表情は曇っていた。自分でも無謀な行為だと理解している。

 

 ノクトルは剣を放り捨て、俺の首を鷲掴みにする。

 

「お願いノクトルっ! メリスを殺さないで!」

 

 懇願、首を掴まれ宙に浮かぶ俺は、ただ彼女らの姿を目に焼き付けるしかなかった。

 

「見てイリス、覚えるの、記憶に焼き付けて、いつか、私が貴方を楽しめるように」

 

 死の間際、俺の脳裏にふと疑問がよぎる。

 

 なぜ、イリスとノクトルはここまで違ってしまったのか。

 

 もし環境が違えば、イリスもまたこの怪物のようになっていたのだろうか。

 

「やめてっ! ノクトルっ!」

 

 イリスが絶叫し、魔素を練り上げる。手のひらに魔素が集うが――間に合わない。

 

 俺はその表情、最後の記憶として心に刻みつけ、覚悟を決める。

 

 ノクトルがもう片方の手に剣を生成し、躊躇なく、容赦なく、迷いもなく、振り下ろし、俺の体を両断した。

 

 

 

 ――だが、その瞬間。

 

 

 

 ノクトルの表情が、驚愕に染まった。

 

 見開いた瞳が、俺の断面を見つめて震えていた。

 

 斬り裂かれた俺の体から流れ出たのは血ではない。

 

 代わりに溢れ出したのは、水色の魔素液体。金属片がカランと散り、床に弾ける。

 

 血肉の代わりに、機械と魔が詰め込まれた構造物が崩れ落ちていく。

 

 俺の、いや――。

 

 

 

「私の脚本は、楽しめていただけたでしょうか」

 

 

 ノクトルの顔が歪み、現状を把握しようと努めようとする。

 

 だが、時すでに遅し、ノクトルの腹から幻想的な紫苑色をした剣が突きでる。

 

 遅れて血飛沫が舞い、赤い弧を描き、藍魔花(ラバーラ)の甘い香りと血液の鉄臭い匂いが充満した。

 

 その背後に、彼女がいた。

 

 イリス様より少しだけ背丈が大きく、綺麗な白銀に髪をそめ、深紅の双眸を持つ彼女が。

 

「大手柄だ。ナナ」

 

 マスターの声が聞こえた刹那、私は心の底から安堵する。

 

 ――マスターの力で、マスターと瓜二つの人型機械属を造り、私がマスターを演じる。

 

 あぁ、ようやく責務を果たせたと、ただそれだけを思い、意識は闇にゆっくりと溶け落ちていった。

 

 

 

 ▽▲▽▲▽

 

 

 

 幻想的な紫苑はノクトルの腹部を突き破り、絶命の窮地に追い込んだ。

 

「メリス?!」

 

 イリスが俺を見つめ、瞳を大きく見開いた。

 

 正直……こいつがここにいることの方が問題なのだが、今は別問題。

 

 俺は剣をゆっくりと引き抜き、それに合わせるように苦し気な声を漏らす。

 

「うそっ……! 何これっ……!」

 

 魔王がふらつき、震え始める。まるで重力を失ったかのように、不安定に揺れる姿。

 

「魂の……上書きだ。仕組みは俺もよくわからん」

 

 途端、魔王の身体は水のように形を崩し、光に反射する液体へと変化した。

 

 そして瞬時に形を取り戻す――が、そこにいたのはあの少女ではなく、見知らぬ男の姿になり、再度液体へと戻る。

 

 液体は必死に人の輪郭を保ちながら、こちらへにじり寄ってくる。

 

 嗅いだことのない、金属と腐敗が混じったような異臭が鼻を刺す。

 

「俺、ワタシィ、まだ……食べたい」

 

 その声に、背筋が凍った。

 

 直後、液状の触手が俺に向かって迫る。

 

 逃げなければ、と頭では分かっているのに、足が動かない。

 

 疲労が今になってきたのか、万物創造の後遺症か、はたまた別の何かか。

 

「メリス!」

 

 そのとき、俺の前に小さな背中が飛び出した。

 

 イリスだ。俺を庇うように立ちはだかる。

 

 触手が、彼女を見て一瞬だけ止まった。

 

「かぞ、く」

 

 液体が、どこからかその言葉を吐き出した。

 

 言葉を聞いた途端、イリスは震え始める。肩を小さく揺らし、動揺を隠せずにいる。

 

「……っ」

 

 ……イリスの目的は、家族を探すこと。

 

 再会が、最悪の形で叶ってしまった。

 

 だが、イリスは一歩、前に踏み込んだ。魔王から目を逸らさない。

 

「ずっと、探してたよ」

 

 魔王は液体状の体で必死にもがき始める。

 

「ボクはぁ、ただ、タベタカッタァ……」

「――私は、それを許せない」

 

 イリスは右手を突き出した。

 

「私は、世界を救うの。そう決めたから」

 

 光が集まり、魔法が形を成す。

 

「私は! メリスとまだ一緒いたい!」

 

 叫びと同時に、魔法が解き放たれた。

 

 轟音とともに炎が弾け、液体の魔王を包み込む。

 

 その光景を、俺はただ瞼に焼き付けることしかできなかった。

 

 ――人に魔法を放った。

 

 あれを人と定義していいかは分からない。

 

 だが、イリスはためらわず……家族に魔法を解き放った。

 

 喜んでいいかわからんが……成長は成長だ。

 

 しかし次の瞬間、燃え盛る炎の中から、一本の触手が飛び出した。

 

 イリスは気づいていなかった。

 

 回復魔法を使える人物は、もうどこにもいない。

 

 触手が、致命的な一撃になるかもしれない。

 

 

 

 ――そう気づいた時には、体が自然と動いていた。

 

 

 

 指先を魔王に向け、息を絞る。

 

「――消費一年」

 

 言葉と同時に空間が歪み、黒い物体が目の前に生成される。

 

 ……それは、何時もより小規模だった気がした。

 

 音もなく射出され、一直線に魔王へ突き刺さる。

 

 触れた瞬間、液体は気化し、光の粒子となって消え去った。

 

 ――死んだ。

 

 音もなく、静かに終わった。

 

 直後、力が抜け、俺は膝から崩れ落ちる。

 

「メリス?!」

 

 イリスが慌てて駆け寄る。

 

「……大丈夫。力が抜けただけ」

 

 俺はそう言いながら立ちあがろうとするが、足がフラフラとし、どうも立ち上がるのが難しい。

 

 イリスが俺を抱きしめてくるが、抱きしめ返す力も、余裕もどこにも無かった。

 

「メリス……! メリスぅぅぅぅ……!」

「だから、大丈夫。まだ死ねんしな」

 

 嗚咽混じりの声が、胸に響く。

 

 俺は、空を見上げる。

 

 ――雨が、止んでいた。

 

「……呆気ないもんだな」

 

 止むことのないと思われていた雨が、静かに終わりを告げていた。

 

 雨の切れ間から差し込む光ではなく、何の濁りもない本物の陽光。

 

 それが俺たちを照らし、冷え切った体をじんわりと温めていく。

 

 忘れていた。

 

 雨が上がった時の清らかさを。

 

 雲ひとつない空の、陽光の暖かさを。

 

 「雨やんだね……」

 

 イリスが小さく呟く。

 

 「あぁ、ようやく終わりだ」

 

 言葉と共に、胸の奥で何かがほどけていくのを感じた。

 

 俺はそれを実感しながら、ゆっくりと立ち上り息を吐きだし、まだ俺に抱きついたままのイリスの頭を、静かに撫でた。

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