TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです   作:西春江

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三話『マジンだよっ』

 あの一連の出来事を見て俺は確信した。

 

 彼女は、危険だ。

 

「メリス見てくれた?」

「あ、あぁ。すごいな。魔法なんて」

 

 彼女の手から、今もなお岩が出現している。

 

「岩……あのマモノの魔法か?」

「そう! そうなんだよ!」

 

 俺の呟きに、封印が笑顔でうなずいた。

 

「でも、あの子みたいな威力は出ないんだよね」

 

 あの子? 一度殺されかけた相手だぞ?

 

 どれだけ切り替え早いんだ。

 

「それについては、私がお教えしましょう」

 

 ナナがピカリと球体を光らせ、宙にホログラムのような映像が浮かぶ。

 

 ……そんな機能もあったのか、こいつ。

 

砲発甲類(ゼプター)には、魔法を強化する特殊器官がついていました。あの角ですね。ですが、封印様にはそれがありません」

「私にツノって生えてくるかな?」

 

 ありえねぇ。

 

「宝食属には食べたマセキに姿を変えられる者も存在したらしいので、いつかは可能かもしれません」

「おぉ、楽しみだね」

 

 ありえるのかよ。

 

 ツノの生えた封印少女?

 

 脳内にその光景が浮かんで、あまりの似合わなさに頭がクラクラした。

 

 ただ、これで確定した。

 

 この少女は未来演算装置(ランガルジア)の結果に映っていた少女で間違いない。

 

 そして、同時に、俺が封印を殺すことを現実味を帯びてきた。

 

「ありえねぇ」

 

 そんな呟きを聞いた封印がこちらに顔を向ける。

 

「どうしたの?」

「なんでもない」

「ふーん?」

 

 検討、だ。

 

 俺がするのは処分の検討。

 

 この少女の危険性は分かった。

 

 なら、次に俺がすることは敵意はあるか、この少女が未来を生きるとして害になるのか。

 

 処分の検討はそれをしてからで全然遅くない。

 

 いつも通り、いつも通りでいい。

 

「封印、その魔法でマモノを殺せたりしないか?」

 

 封印はキョトンとした顔になる。

 

「できないのか?」

 

 もし、出来るなら迷宮脱出がかなり楽になる。

 

「うーん。飛ばすのってどうすればいいの?」

「封印様、『(タッチ)』を『(バレッド)』にしてみてください」

「『(バレッド)』『(ロック)』」

 

 封印がそう言った瞬間、手のひらから拳サイズの岩が出現する。

 

 一秒ほど空中に滞在したのち、ビュンっと音を立て、炸裂音と共に壁を砕いていた。

 

「こわぁ」

 

 え、怖すぎない? 今何キロでてた?

 

 もし人に当たっりなんかしたら、ただじゃすまないだろ。

 

「おぉ、すごい」

 

 すごい。確かに、封印の言葉は理解できる。

 

 だが、問題が1つ。

 

「……ナナ。これでマモノを倒せると思うか?」

「三級程度なら倒せるかと」

 

 人間相手には十分すぎる魔法だが、マモノ相手では話が変わる。

 

 マジン、マモノ、マジュウ――それらは生前の個体より遥かに強くなっている。

 

 魔法ひとつで片付く相手じゃない。

 

 先ほどの砲発甲類(ゼプター)も、角という特化器官を使って、あの威力を撃っていた。

 

 人間は魔法の多様性はあっても、専門性では到底及ばない。

 

 それに、多様性といっても問題がある。

 

 どんな状況にも適応できる多様性。だがそれは、裏を返せば何1つとして特化しきれていないということでもある。

 

 魔法の種類は多い。だが、1つ覚えるのにすら、膨大な時間と訓練が必要だ。

 

 まぁ、だからこそ、この少女が、たった一度の食事で魔法を吸収したことが、異常だ。

 

「なら、三級以外のマモノは基本無視。封印の力を上げつつ、脱出を目指す」

「おぉー!」

 

 封印が元気よく片手を挙げる。まるで遠足でも始まるかのような無邪気さだった。

 

 

 

「ほ、本当に撃っていいの? 死んじゃうよ?」

 

 隣で手のひらを震わせながら、封印が不安げに呟く。

 

「あぁ、殺すつもりでドカンとやってくれ」

 

 俺の視線の先には、腐食牙獣(ハードル)がいた。

 

「で、でも結構可愛いよ? あの子はいいんじゃないかなぁ」

 

 封印が呟くように言った。どうやら少しばかり情が湧いてしまったようだ。

 

 その気持ちはわからなくもない。

 

 あれを見るまでは、俺だって同じだったかもしれない。

 

「少し待て、よく見てみろ。その考えは変わることになる」

 

 言い終えるのとほぼ同時、ハードルの腹部が、不快な音を立てて裂け始める。

 

 びっしりと生えた内側の牙。腐肉のように蠢く筋。

 

 そして、滴る緑の粘液は、腐敗した果実のような甘ったるさを鼻に押し込んでくる。

 

 この瞬間、封印の表情から情が消えた。

 

「『(バレッド)』『(ロック)』」

 

 封印の掌から、岩弾が勢いよく飛び出す。

 

 空気を裂き、岩は獣の腹部にめり込むように直撃した。

 

 緑の粘液を巻き散らしながら、ハードルの体は崩れ落ちる。

 

 容赦ねぇ。

 

 俺は警戒しつつ近づき、倒れたハードルの様子を確認する。

 

 もう動かない。息もしていない。完全に絶命していた。

 

「うへ、うへへへへへ」

 

 封印が死体に駆け寄り、マセキを探そうと笑いながら覗き込んでいる。

 

 目を輝かせて、まるで宝物を発見した子どもみたいに。

 

 ちょっと引く。

 

 

 

 免疫迷宮を進み始めて、数時間。

 

 順調だった。

 

 腐食牙獣(ハードル)のマセキを二個。

 毒針鼠(ハリバチ)のマセキを一個。

 炎吹亀足(ヒバチシズク)のマセキを一個。

 

 これらのマセキを封印が食したことで、得られた魔法は三つ。

 

 (ロット) (ポイズン) (フレイム)

 

 大抵の人間なら、この魔法を習得するとなったら一年はかかるはずだ。

 

 だが、それを封印は一瞬で会得した。

 

 ――化け物だ。

 

 最初は三級マモノですら脅威だったが、今では不意を突けば、あっさり仕留められるほどには成長していた。

 

 これならもう、あとは脱出するだけ。そう、楽勝だと思っていた。

 

「なんだあれ」

 

 何気なく前を向いた瞬間、俺の思考が止まる。

 

 数メートル先、通路の奥に何かが立っていた。

 

 いや、誰かだった。

 

 シルエットは完全に人間。

 

 身なりこそボロボロだが、確かに人の形をしていた。

 

 だが、迷宮の性質上、他の探索者が紛れ込むこともまずあり得ない。

 

「あれに向かって魔法を撃てるか?」

 

 距離がある。気づかれる前に仕留めるのが理想だ。

 

「え? 待ってよ……あれ、人じゃないの?」

 

 封印が不安げに俺を見上げた。

 

 戸惑いが、その目に浮かんでいる。

 

 当然か。見た目だけで判断すれば、あれはどう見ても人間だ。

 

 撃てないと感じるのも無理はない。

 

「封印。あれは——」

 

 俺が正体を口にしようとした、その瞬間。

 

 ――目が合った。

 

「勇者サマァァァァァァァァ!!」

 

 耳をつんざく叫びが、迷宮内に響き渡る。

 

 発狂したかのような声と共に、それが走り出す。

 

 狂気に満ちた笑み。焦点の合わない目。皮膚は青白く、血の気がまったくない。

 

 髪は緑がかったロングで、片腕が欠損しており、そこから黒い液体のようなものがトロリと垂れていた。

 

 ——間違いない、アレはマジンだ。

 

 だが、それを口にする暇は俺には与えられなかった。

 

「ッ?!」

 

 咄嗟に防御する間もなく、視界が回る。

 

 衝撃で身体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。

 

 骨がきしみ、喉の奥から濁った声が漏れた。

 

 必死に立ち上がり、体勢を整える。

 

「あ」

 

 目の前にマジンがいた。

 

「消費半年!」

 

 透明な板が眼前に現れ、マジンの追撃を防ぐ。

 

「勇者様ぁ。俺、オレァ。あなたをタスケたぃ。勇者サマァ」

 

 完全にイカれてる!

 

「じ、じゃあ、オレを助けてくれ。見逃してくれるだけで——」

 

 俺が懇願するように声をかけたが。

 

「勇者サマァァァァァァァァ!」

 

 意思疎通は不可能らしい。

 

 俺は周囲、封印の位置を確認しようと目線を動かす、すぐに視界に入った。

 

 俺の真後ろ。一緒に吹き飛ばされていたらしい。

 

「そこか! こいつを殺せ! お前の魔法で!」

 

 封印の手が震えていた。

 

「何をやってる! 早く殺せ!」

 

 俺の怒号にも、封印はその場に立ち尽くしたままだ。

 

「に、人間。そ、その人は」

「こいつは人間じゃない! マジンだ! もうとっくに死んでる!」

 

 俺の叫びを聞いても封印の手は震えていた。

 

「クソッ……! 俺が代わりにやる! 消費半年」

 

 俺がそう言った直後だった。

 

「ダメ!」

 

 封印が飛び込んできて、俺の腕を押さえつける。

 

 指先から放たれた攻撃が逸れ、黒岩が通路の壁を砕いた。

 

「馬鹿野郎! クソッ! 消費一月!」

 

 俺の掌から煙が溢れ出す。

 

 すぐさま視界は塞がりマジンと俺の位置を特定する術は両者無くなる。

 

 

 

 

 煙を使いマジンをまいた俺たちは、炎吹亀足(ヒバチシズク)討伐した場所まで戻っていた。

 

「お前、死にたいのか……!」

 

 封印に向かって怒りを露わにする。

 

「ち、ちが」

「お前の邪魔が無ければ、マジンを殺せてた。お前が邪魔をしたせいで、俺は死にかけた……!」

 

 一歩、踏み出す。封印はビクリと肩を揺らす。

 

「あれはマジンだ。人間の範疇を超えた化け物だ。人だと思うな。お前が食ったマジュウ、マモノと同じだ」

「で、でも……に、人間だったよ?」

「姿だけだ。あいつの言動を見たろ」

 

 勇者。その言葉が何を意味するかは知らないが、頭がおかしいのは誰が見てもわかる。

 

 それをこいつは理解しようとしない。

 

 ただ、人間と同じ見た目というだけで。

 

 それは、いい事なのかもしれない。

 

 普通に生きる上では大事だろう。だが、今この場所でそれを持ち込まれると死ぬ。

 

「……あ、あの人は、人間じゃないの?」

 

 その言葉に一瞬、ほんの一瞬迷う。

 

「あいつは人間じゃない。だから、殺していいんだ」

「……こ、殺したくない」

 

 まだそんな事を言えるのか。

 

「今、死にかけたのを覚えていないのか?」

「覚えてる……でも」

「でもじゃない。マモノも、マジンと同類なんだ」

 

 全て等しく、雨の影響でおかしくなった者たち。

 

「ここから出るにはあいつを殺すしかない。……お前は殺さなくてもいい」

「じゃあ——」

 

 封印が少し顔を明るくする。

 

「俺の邪魔をするな」

 

 突き放すようなその言葉に、封印の肩がまた小さく震えた。

 

 それでも、泣き出すことなく、黙って俺の言葉を受け止めるように、ただ、うなだれる。

 

 

 

 

「ポジティブに捉えよう」

 

 誰に向けた言葉でもない。だが、口にすれば少し気が晴れる。

 

 あいつは人間を殺すことをためらった。それはつまり、魔王としての才能が無いってことだ。

 

 俺が殺さなくても済むかもしれない。

 

「だけど、この旅の途中で、あの癖は直さないといかん……」

 

 ぶつくさと呟きながら、俺は地面に転がっていた石を蹴った。

 

 カン、と乾いた音が響いて遠くへ跳ねていく。

 

 戦闘中は怒鳴っていたが、今こうして冷静になってみると、仕方ないようにも思えてきた。

 

 初見でマジンを見たら、人間と見間違う人もいる……いるよな?

 

 いや、いないか。

 

 だってゾンビみたいな見た目だったし。

 

 そんな事を考えている間に、マジンと邂逅する。

 

「勇者、さまぁ?」

「俺は勇者じゃない」

 

 指先をマジンに向ける。

 

「消費半年」

 

 マジンがこちらに向かって走り出し始める。

 

 先ほど、俺と封印を吹き飛ばした謎の攻撃にはクールタイムがあるらしい。

 

 指先から淡く、透明な弾が発射される。

 

 マジンに向かって真っすぐ飛び、わずかに狙いは逸れたが、右肩をかすめた。

 

 呻き声。マジンの動きが一瞬鈍る。

 

 最初からこうしておけばよかった。

 

「もう一回。消費——」

 

 口を開きかけ、しかし、そこで思考が横切る。

 

 ……何年分、消費する?

 

 この技は切り札だ。使うなら、もっと重要な局面で。

 

 今ここで使いすぎれば、あとがない。無駄遣いは避けたい。

 

 その迷いが、命取りだった。

 

 風を切る音。空気が震え、視界が一気に反転する。

 

「ッッッ!?」

 

 風を裂く音とともに、世界が裏返ったように視界がぐらつく。

 

 気づけば俺の体は地面に叩きつけられていた。視界がぶれる。骨が、軋む音が聞こえる。

 

 さっきの技、奴が放った衝撃波のような一撃。あれが再び放たれたのだ。

 

 俺の悪い癖のせいで、クールタイムが間に合ってしまった。

 

「『(バレッド)』『(ランス)』!」

 

 喉を裂くように魔法を詠唱するマジンの声が聞こえ、立ち上がろうとするが、激痛がそれを許さない。

 

「消費半年!」

 

 咄嗟に叫ぶ。視界の前に透明な盾が生成される。

 

 飛んできた光の槍が、バチン、と音を立てて盾と衝突。激しく火花を散らして、両方とも弾けた。

 

「勇者様ァ……あなたを、守りたかった」

 

 うわごとのような声が聞こえる。

 

 マジンが、ゆらりと立ち上がり、ふらつきながらもこちらへと歩み寄ってくる。

 

 その姿は、どこか哀しげだった。

 

 この世に未練を残し、目的も失い、それでもただ記憶に追いすがる。

 

「……人違いだ」

 

 呟きながら、指を再び伸ばす。

 

「……」

 

 マジンは、虚ろな目でこちらを見つめていた。

 

 肩を貫かれた傷が深く、立っているのもやっとの状態だった。

 

「消費半年」

 

 再び放たれる透明の弾。

 

 それは音もなく、まっすぐにマジンの頭部を貫いた。

 

 頭を失ったそれは、ただの抜け殻のように、ゆっくりと地面に倒れこんだ。

 

 

 

「メリス! 大丈夫?!」

 

 息を切らしながら封印が駆け寄ってくる。顔面は紙のように白い。

 

 さっきのマジンといい勝負の蒼白さだ。

 

「……大丈夫に見えるか」

 

 俺、地面にめり込みかけてたぞ。

 

「わ、私どうすればいい?!」

 

 涙声まじりの叫びに、俺はかろうじて首を動かす。

 

 体中に激痛が走り、内臓が軽くズレてる気がする。

 

 でも、俺は吸血属(ヴァムピーラ)。再生能力だけは人間離れしているらしい。

 

 死ぬ気は一切しない。

 

「焦らなくていい。俺は吸血属(ヴァムピーラ)だからな。簡単には死なん」

 

 言いながらも、肋骨のあたりがミシリと音を立てた気がした。

 

 封印は目をぱちくりとさせて俺を見る。

 

「だ、大丈夫ってこと?」

「大丈夫なわけあるか、今にも死にそうだ」

「えぇ? ど、どっちなの?!」

 

 封印は俺の周りをぐるぐる歩き回りながら、どうにも処理しきれないらしい。

 

 ちなみに、大丈夫って言葉は気持ちの問題であって、状況はまったく大丈夫じゃない。

 

 そんな騒がしい中、ひょいと視界の端に映り込んできたのはナナだった。

 

「マスター、マジン討伐おめでとうございます」

 

 俺たちの上空からふわりと舞い降りるナナ。

 

 さっきまでどこにいたのかと思えば、天井に張り付いて戦闘を傍観していたらしい。

 

 封印はというと、未だにモジモジと落ち着かない様子で、俺のそばにしゃがみこみ、何かを言いたげに口を開いては閉じる。

 

「どうした?」

 

 声をかけると、封印はビクリと肩を跳ねさせ、小さく口を開いた。

 

「その、ごめん、なさい。……メリスが死にかけた」

 

 ……怒る気はもうとっくに消えていた。

 

「もういいんだ。……それに、俺も悪い事をした。急に人を殺せなんて言われて、納得する奴はいないよな」

 

 そもそも、俺がもう少し早くマジンの危険性を伝えていれば、こんな状況にはならなかった。

 

「でも、もしマジンと次戦う機会があったら、その時はよろしく頼みたい。俺の能力はゲージ制なんだ。あまりポンポン撃ちたくない」

「で、でも……あれは人じゃあ……」

 

 ……やはりまだダメか。

 

 さっきの戦いで死にかけたのに、封印の中ではマジン=敵という構図が完成していない。

 

「……マジンは殺さないといけない。その人のためにも」

「その人のために?」

 

 封印が首をかしげる。俺は言葉を選びながら、ゆっくりと話す。

 

「……あいつらは無意識の状態で人を殺したがってる。そういう生き物なんだ。もし、自分が死んで、自分の死体が人を殺してたら嫌だろ?」

「うん……」

「だから俺達が殺してやるんだ。きっとその方がマジンも喜ぶ」

 

 沈黙のあと、封印は力強くうなずいた。

 

「……う、うん。わ、わかったよ。次、頑張ってみる」

 

 その言葉を聞いて、ようやく俺は深く息を吐いた。

 

 するとその瞬間、俺の目の前にポトリと何かが落ちた。

 

「マセキ?」

 

 落とした主はナナだ。

 

「暇でしたので」

 

 俺たちの会話中、マジンのマセキをちゃっかり回収していたらしい。

 

「助かる。じゃあ封印これを……」

 

 俺はマセキを手に取り、しかし、そこでふと手を止める。

 

「どうしたの? メリス?」

「いや、マジンのマセキを食べるのって怖くない?」

「? 全然?」

 

 ことの重大さがわかっていないらしい。

 

「宝食属は食べたマセキの記憶が入ってくるんだよな? 人間の記憶はちょっと怖くないか」

「任せて、私さっきは役に立たなかったから、今回は頑張ってみるよ!」

 

 言葉だけなら頼もしい。でも、その無邪気さが逆に怖い。

 

 乗っ取られでもしたらどうするんだ。

 

「ナナ、大丈夫だと思うか?」

「自ら人格を手放さない限り、乗っ取られはしないと思います」

 

 封印はすでにマセキを手にして、食べる気満々だ。

 

 先ほどの戦闘で生じた罪悪感が、彼女の中にくすぶっているのが見て取れた。

 

 きっと、償いたいんだろう。

 

 なら、今の俺にできることは——

 

「……わかった。マセキを頼む」

「任せて!」

「も、もし、何か危なそうだったら、すぐに言えよ?」

「任せて!」

「それか吐き出せよ? ぺっだぞ? ぺっ」

「任せて」

「それと——」

 

 封印が少しだけ眉を寄せて、俺をチラッと見る。言い過ぎたかもしれない。

 

 それでも彼女は、にこりと笑って言った。

 

「任せてメリス、私頑張るから」

 

 その言葉のあと、封印は手にしたマセキをパクリと口に入れ、迷いなく飲み込んだ。

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

「君に魔王討伐の任務を授けたい」

「正気か?」

 

 向かいに立つのは、名をガレットといった青年。

 

 年の頃は二十代半ばといったところ。その瞳に浮かぶ光は妙に落ち着き払っていて、どこか悟りきった雰囲気すら感じられた。

 

「あぁ、未来演算装置(ランガルジア)が予測した結果に、君がいた。もちろん、行くかどうかは君の自由だ」

 

 未来演算装置(ランガルジア)——かつて機械属(スケルトン)が遺した、未来予測の魔道具。

 

 その魔道具が導き出した未来に、この俺が映っていた? 冗談だろう。

 

「……何かの間違いだろ。俺は魔法が多少使える程度で、魔王を討伐できるほどの賢者でもなければ、英雄でもない」

 

 確かに、コロニーの中では、そこそこ魔法の扱いに長けている方かもしれない。

 

 けれど、それはあくまで井の中の蛙。

 

 世界がまだ崩壊する以前なら、せいぜいちょっと器用な奴で済まされた程度だろう。

 

「あぁ、言い忘れていたね。魔王を討伐するのは君じゃない」

「なに?」

「最近、一人の子供が生まれた。その子が、魔王を討伐するんだ。君にはその子の護衛と教師役をお願いしたい」

 

 教師? 護衛?

 

「……待て。そいつは魔法が扱えるのか? 未来演算装置(ランガルジア)が予測したからと言って――」

 

 問いの途中で、ガレットは俺の言葉を遮った。

 

「あぁ、扱えるとも。君の想像以上に、ね」

 

 ガレットの目が細くなる。

 

 どうもこの男は未来演算装置(ランガルジア)に取り憑かれているようだ。

 

 末期だな。末期。

 

「君が! この依頼を引き受けてくれることを、心から願っているよ!」

 

 男は両手を広げ、大仰なジェスチャーで言った。

 

「ありえねぇ」

「よろしく頼むよ。——ハロルド君」

 

 

 

 結論から言おう。俺は魔王討伐の話を断った。

 

 当然だ。俺にできる仕事じゃないと直感で分かったからだ。

 

 だが、ガレットから持ちかけられた教師役の依頼だけは引き受けた。

 

 ――で、今だ。

 

「ありえねぇ」

 

 目の前で、齢わずか六つの少女が淡々と魔法を紡いでいる。

 

 しかも、多重術式。

 

 こんなもん、子供が扱っていい代物じゃない。

 

「それができちゃうんだよなぁ。先生」

 

 少女は天真爛漫に笑う。

 

 俺があの域に達したのは10歳前後、と言いたいが、多重術式なんて俺の人生で一度たりとも成功したことはない。

 

 普通なら、彼女に嫉妬するのだろう。

 

 だが、人間が人間に嫉妬するのは、近い存在だからだ。

 

 俺は彼女を、同じ人間だとは到底思えていない。

 

「どうだい? 私の先生役、引き受けてくれるのかい?!」

 

 俺は、その才能を見た時点で、とっくに惚れ込んでいたのだろう。

 

 きっと、この化け物は勇者になると、そう確信していた。

 

 だから、失敗するなんて思いもしていなかった。

 

 

 

「話が違うだろうが……! ガレット!!」

 

 怒声と共に、俺はガレットの胸倉を掴み、壁に叩きつけていた。

 

 拳を握りしめた手からは血が滲む。

 

「……僕は嘘をつかないよ」

 

 尚も笑みを浮かべるガレット。その顔に、俺の怒りは限界を超えた。

 

「貴様のせいで……勇者様が……あの子が死んだんだぞ!! まだ十歳だった! あいつには姉がいたんだ! ずっと、旅の間も会いたいって……! 何で……なぜ貴様は……笑っていられるんだ!!」

 

 俺の叫びも虚しく、ガレットはまるで全てを達観したような顔で俺を見つめ返す。

 

 その視線が、さらに俺の激情を煽った。

 

「ハロルド君。君に最後の依頼だ」

「誰が貴様の指示など聞くかッ!」

 

 俺は左手に魔力を集中させ、ガレットの頭に向けた。

 

 至近距離。魔法を撃てば、間違いなく殺せる。

 

「最後の依頼は————」

「貴様ァァァァァァァ!!」

 

 だが、次の瞬間、俺の耳に飛び込んできた依頼の内容が、俺の思考を凍りつかせた。

 

 言葉が……出てこない。

 

「いいのかい。———が死んだ意味がなくなってしまうよ」

 

 その言葉が、何よりも重くのしかかる。

 

 

 

 もし、俺の人生を誰かが外から見ていたとしたら、きっとこう言うだろう。

 

 なんて滑稽な男だ。守れもしなかった少女にすがり、魔道具の奴隷として踊らされるだけの、哀れな奴だと。

 

「俺ァ……勇者様を……」

 

 言葉は続かない。唇が震え、喉が詰まり、思考は霞む。

 

 意識は闇へと沈み、ただひとつの想いだけを残して。

 

 もし、次があるなら。

 

 もしも、もう一度だけチャンスがあるなら。

 

 今度こそ、あの少女を守ってみせる。

 

「ラミア……」

 

 ——そうして、俺は自分でも、何を呟いたのかもわからずに、意識は真っ暗な闇の中へと消えた。

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

「んぐ……」

 

 喉の奥で呻き声が漏れると同時に、唐突な痛みが体中を走った。

 

 全身がだるい。けれど、それ以上に痛い。

 

 目を開けると、視界に焚き火の揺れる炎が映る。どうやら、眠っていたらしい。

 

 あぁ、そうだ。

 

 俺はマジンと戦い、疲れた体を休めていたんだ。

 

 封印がマセキを食べた直後、いつも通り気絶した。

 

 だか、問題はその後だった。なかなか起きない。

 

 マジンのマセキを食べるのには時間がかかるのだろうと、勝手に予測し、一度休憩を挟んだ。

 

 怪我した体で封印を背負えるほど俺は強くない。

 

 焚き火がパチパチと乾いた音を立てた。

 

 その炎のそばに、ぽつんと座る一人の少女がいた。

 

 薄桃髪が、炎の揺らぎに照らされてきらめいている。

 

 彼女はじっと火を見つめていた。

 

「起きてたのか」

 

 声をかけると、彼女はゆっくりとこちらに振り向いた。

 

「あ、ああ。おはよう、メリス」

 

 ぼんやりとした表情で、封印は再び焚き火に目を戻す。

 

「大丈夫か? だから言ったろ。イカれた奴の記憶は見るもんじゃないって」

 

 ……彼女はただ黙っていた。

 

「封印……?」

 

 俺が呼びかけると、彼女はようやくゆっくりと口を開いた。

 

「あの人の記憶を見たんだ」

 

 ……あぁ、そういうことか。

 

「それは……辛かったな。やっぱり、これからはマジンのマセキは食べないようにしよう。色々めんどそうだし」

「いや、私はマセキ食べ続けるよ。あの人の想いも引き継いだからね」

 

 こいつは後悔という言葉を知らないらしい。

 

「あのマジンの記憶はどんなだった?」

「それがね。勇者の仲間だったんだよ。断片的にしか見れなかったけどね」

「勇者の、仲間?」

「そう、それがね——」

 

 封印は、他人のことなのに自分のことのように語りはじめた。

 

 声はどこか誇らしげで、でも、少し寂しそうでもあった。

 

「楽しかったなぁ……守ってあげたかったなぁ……」

「封印、やっぱりマセキは食べたらダメだ」

 

 しつこく感じるだろうが、わかるまで何度でも言ってやる。

 

「でも、でも、見てよメリス。私、マセキを食べたおかげで凄いことできるようになったんだよ」

 

 そう言った封印は、近くに落ちている石に手のひらを向ける。

 

 魔法だろうかと一瞬予想する。

 

 だが、その予想はすぐ外れることになった。

 

 石が何の動作もなく、カンと音を立てて弾け飛んだ。

 

「魔法、じゃないよな」

「うん。多分、マジンさんが使ってた能力、かな」

 

 嫌な記憶が蘇る。

 

 謎の力で押し潰される記憶。

 

「あの力を複製したのか……すごいな」

「ふふん」

 

 封印が自慢げにする。

 

 だけど、それでも、俺の中のマセキを食べるなという警告は止まなかった。

 

「……お前、自分が誰か忘れてないだろうな?」

「私? 私の名前はハロルド」

「お前……!」

「ごめん。ごめん。冗談だよ」

 

 心臓に悪い……!

 

 俺が怒りを視線に込めると、封印はケラケラと笑い出した。

 

「私の名前は——」

 

 ああ、そうだ。

 

 お前には、本当の名前なんてない。

 

 俺が勝手に封印と呼んでるだけで。

 

「——ラミア」

 

 焚き火がパチンと弾ける。

 

 その音と同時に、封印が静かにそう口にした。

 

 

 ラミア。

 

 

 その名前を聞いた瞬間、俺の心臓がバクリと跳ねた。

 

 頬が強張り、冷や汗が背中をつうっと伝っていく。

 

 そして、こらえきれなかった感情が、声になって漏れた。

 

「お前は……ラミアじゃない!!」

 

 耳に届いた怒鳴り声が、自分のものだと気づくまでに時間はかからなかった。

 

「ご、ごめん……?」

 

 封印はきょとんとしていた。

 

 怒鳴られた理由も、なぜ俺がそんなに取り乱したのかも、何もわかっていない。

 

「あ……悪い。今のは忘れてくれ」

「え? えぇ?」

「封印……いや、あれだ。俺が、名前をつけたいんだ」

「えぇ?! 絶対嘘だよね!? だってあんなに嫌がってたじゃん!」

 

 クソ。こういう時に限って勘がいい。

 

「早くコロニーに帰るぞ。俺達に残された時間は少ない」

 

 あと、ほんの数週間でコロニーが崩壊する。

 

 猶予はもうないんだ。

 

「露骨に話逸らしたよね?」

「ほら、早く立ち上がれ。時間は有限だ」 

「え? えぇ? ま、待ってよ。怪我は大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈……ごふぉ?!」

 

 言い終える前に、内臓の奥からこみ上げてくるものがあった。

 

 そして、次の瞬間、口から熱い血が溢れ出した。

 

「えぇ?! 怪我してるじゃん?! 吐血だよ? 致命傷じゃん?!」

「ほら、早く……ごふぉ!」

「うわぁ?! 死んじゃうよ?!」

 

 そんなやり取りをしつつ、俺たちはようやく迷宮を脱出した。

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