TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです   作:西春江

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四話『一休みだよっ』

「雨たくさん降ってるね〜」

 

 封印が空を見上げながら呟いた。

 

「あんまり雨に触れるなよ。マジンになるぞ」

「え? そうなの?」

 

 封印が目を丸くしてこちらを向く。

 

「ほら、これをやる」

 

 俺は背負っていた鞄を下ろし、その中から魔道具をいくつか取り出して、封印の方にぽんぽんと放る。

 

「ありがと。でも、メリスは?」

吸血属(ヴァムピーラ)になったからなぁ。少しぐらいは大丈夫だ。でも、長時間は危険だからさっさと帰るぞ」

「りょーかーい」

 

 封印はいつも通りの調子で、軽快に答える。

 

 雨の危険性を理解していないらしい。

 

 

 

 迷宮を出てから、すでに数時間。俺たちはようやくコロニーの入口へとたどり着いた。

 

 濡れた靴が地面を叩くたびに、重い音がする。身体は冷えているし、疲労も蓄積している。

 

 それでも、目の前の白い扉が見えた瞬間、ほんの少しだけ安心する。

 

 扉の前で、ナナがケーブルを伸ばした。

 

 ――ガチャリ。

 

 金属音が響き、施錠が解除された。

 

「さ、行こう」

「ねぇ、この中ならこの服脱いで大丈夫だよね?」

 

 そう言って封印は雨対策の魔道具を脱ごうとする。

 

 封印の今の姿は、俺が免疫迷宮に入った時と、とても似ている。

 

 全身を覆う黒い防護服、素肌を一切露出させないマスクとヘルム。

 

「いや、付けたままで頼む」

「えぇ? これ疲れる」

 

 わかる。確かにあれは息苦しいし、着脱も面倒だ。

 

「頼む。あれだ、その服には除染効果もついてるんだ。一応、な」

「うーん。わかった」

 

 そして、俺たちはコロニーの中へと足を踏み入れた。

 

「お、本当に迷宮に行ってたんだな。言ってくれれば着いて行ったのになぁ。でも、良くやった!」

「シーラちゃん。迷宮に行ったのねぇ……辛いことがあったのに……良く帰ってきてくれたわ」

「ほら、これを食べなさい」

 

 次々に声がかり、気づけば道の両脇には人が集まっていた。

 

 老若男女、顔見知りの住人たち。

 

 誰もが俺を見て、笑顔を浮かべ、賞賛の言葉を贈ってくる。

 

 ――居心地が悪い。なんだこれは。

 

「あぁ、皆んな君の話で持ちきりだよ」

 

 足を組み替えながら、ガレットは口元に微笑を浮かべてそう告げた。

 

「秘密の作戦……みたいなのじゃないんです?」

「一度もそんなことは言ってないと思うけど?」

 

 確かに。

 

「ん? てことは、皆んなこのコロニーが滅ぶって知ってるんですか?」

「情報統制は必要だよ。シーラちゃん」

 

 そう言って悪い笑みを浮かべる。

 

 まぁ、わざわざ要らないことを言ってたださえ少ない住民を減らす意味はないか。

 

「喜んでいるよ。魔王がやっと死ぬってね」

「勝ったも同然みたいな感じで言われても困りますけどね」

「ははは。期待しているよ」

 

 やがて、ガレットが咳払いをひとつ鳴らす。

 

「それで封印は?」

「そこの……魔道具を身に纏ってる奴」

 

 ガレットの目線がそちらへと向く。

 

「ほぉ……」

 

 感嘆の息をもらしながら、目を細める。

 

 視線の先で、封印がピクリと肩を揺らした。

 

「こ、こんにちは」

 

 緊張を押し殺しながら、それでも封印は小さな声で挨拶をする。

 

「やぁ、こんにちは」

 

 ガレットはにこやかな表情で応える。

 

「魔道具を脱いでもらってもいいかい?」

「メ、メリス?」

「あぁ、もう脱いでも大丈夫だ」

 

 俺の言葉を受けて、封印は一瞬ためらい、そして覚悟を決めたように魔道具のパーツを外していく。

 

 ゴトンと重い音が床を叩く。

 

「——あぁ、間違い無い」

 

 ガレットの声音が、少しだけ感慨深げに響いた。ようやく、という気配がそこにあった。

 

 長く追い続けていた何かを、ようやくこの手で掴めた——そんな安堵の色を含んだ顔つきだった。

 

 しかし、封印は居心地悪そうに視線を泳がせ、ガレットから目を逸らしている。

 

「……ガレットさん、封印のことについて幾つか聞きたいことがある」

 

 俺が口を開くと、ガレットさんは封印から目を離し、こちらに視線を移した。

 

「少しだけ二人きりになろうか」

 

 俺はナナに視線を向ける。

 

「封印を頼む。それと、外で変なものを食うなよ。あと魔道具を装着しておいてくれ」

 

 封印は眉をひそめながらナナの後ろについてく。

 

 二人きりになった部屋の空気は、重たく、そして静かだった。

 

「……わかっている。君が何を知りたいのか。」

 

 先に口を開いたのは、ガレットだった。

 

「……あれは、なんですか」

「……教えなかったのは悪気があったわけじゃない。少しでも魔王討伐の可能性を高めたかった。あの時、彼女のことをしゃべっていたら、君は迷宮には行かなかっただろう?」

 

 俺は小さく頷く。

 

「それじゃあ、今は教えてくれるんです?」

「まだだね。魔王討伐の後、この場所で全て教えよう」

「……わかりました。魔王討伐の後で、必ず話をしましょう」

「意外だね」

 

 そう言ってガレットは笑う。

 

「何がです?」

「彼女について、もっと食い下がると思っていたよ」

「それは……どうせ、教えてくれないですし……必要なことなんですよね」

「あぁ、必要なことだ。——でも、僕が言える義理じゃないけどさ。君、あの子に情は無いのかい?」

 

 その一言が、俺に突き刺さり、はらわたが煮え繰り返りそうになる。

 

 だが、それを感情のままにぶつけるわけにはいかない。

 

 だから俺は、低く、絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「それは違いますよ。ただ、あいつは——とっくに死んでるってだけです」

 

 死人に執着しても意味は無い。

 

 それはこの世界に来て嫌というほど知ってしまった事実だ。

 

「でも、俺が魔王討伐に成功した後、貴方の言い分を聞いてどうするかはわかりません」

「あぁ……。わかっているよ。それが僕の責任だ」

 

 そう言って、ガレットはわずかに視線を伏せた。

 

 一拍置いて、彼は再び顔を上げる。

 

「彼女を……殺せそうかい?」

「…………殺す必要が、あるんですか?」

「ある、と言いたいね。未来演算装置(ランガルジア)でも、魔王討伐の後の未来は見えないんだ。ただ、ある情報一点において、彼女は殺さないとまずいと僕は踏んでいる」

「その情報は?」

「教えられない。君がこの情報を聞いてしまったら勝率が下がってしまう」

 

 またそれか。

 

 最後にそう言って、ガレットは立ち上がった。

 

「シーラちゃん、少し待っててくれるかい? 次に向かう場所について話したい」

「はぁ…?」

 

 そう言い残しどこかへ向かう。

 

 扉の外で声がし、ガレットが帰ってくる。

 

 隣には……だれだこいつ。

 

 人間……だろうか。

 

 体から黒い煙のようなものが溢れ上がり、肌は少しも見えないし、顔も一切見えない。全てが煙で隠れている。

 

「どうも……」

 

 煙人間が挨拶をした。 

 

 聞き取れたその声は女性のように聞こえる。

 

「えと、どうも?」

 

 戸惑いながらも挨拶を返す。

 

 こういうのは、まずは礼儀だ。コミュニケーションの第一歩。

 

「彼女はノクトル。ノクトルは加護を持っていて、見ての通り姿が良く見えない」

 

 加護——世界からの祝福。

 

 特殊な力を授かり、それで苦労することもあるようだが、基本的には便利で強い。

 

 崩壊する前の世界なら、稀にいるぐらいのものだったが、今では話が全く違う。

 

 加護もちが生まれるだけで祭りが起きるぐらいだろう。

 

「えと、よろしくお願いします? ノクトルさん?」

「よろしく。ノクトルでいいわ。あと敬語もいらない。貴方みたいな小さな女の子から敬語は……ちょっと悲しい」

 

 ノクトルは黒いモヤをまとう腕を差し出してくる。

 

「よ、よろしく」

 

 握手を交わす。

 

 手のひらがふわりと熱を帯びていた。煙のせいか、彼女自身の体温かはわからないが。

 

「単刀直入に言わせてもらうわ」

「は、はぁ?」

 

 表情は黒煙で見えないが、何か焦っている様子だった。

 

「——オリオティスを助けてほしい」

 

 オリオティス——少し前、俺より先に魔王討伐に向かい。

 

 そして敗北した勇者。死んだと聞いたが、助ける?

 

「助けるって、オリオティス…さんは死んだって聞いたけど」

 

 疑問をぶつけると、ノクトルはガレットに顔を向ける。

 

「それはこいつが勝手に流した出鱈目よ」

 

 ガレットは苦々しげに眉を下げ、肩をすくめた。

 

「……じゃあ、助けるって具体的には何をすれば」

「機械国家オーシャントに行きたい。もちろん、私も同行するわ」

 

 機械国家オーシャント。

 

 機械種たちが住んでいる。いや、住んでいた場所。

 

 魔王が真っ先に滅ぼしたと聞いたことがある。

 

 今は遺跡と化した土地に過ぎないが、それでもなお、多くの謎と危険が眠っている場所だ。

 

「ま、待ってください、いや、待て、オーシャントに行くってここから一週間は掛かる。魔王討伐に間に合わなくなるかもしれない。それに着く頃には雨の影響で全員マジンになる」

 

 この女の子、ワイルドにも程があるだろ。

 

「それは大丈夫。私の加護があれば、一週間程度余裕で雨に耐えられるわ。それに――」

 

 ノクトルはガレットを一瞥する。

 

「機械国家オーシャントには、僕たちの知らない魔王に関する情報があるはずさ。情報の解析は……ナナに任せるといい」

 

 ……とっくに彼らの中で、行動の方針は固まっているらしい。

 

未来演算装置(ランガルジア)が……出したんですか?」

「あぁ。オリオティス救出。それを成せば成功率が高まる」

 

 確かに、仲間に勇者が加われば、それだけで戦力は格段に上がる。

 

 俺がサボれる暇ができる。

 

「それと、ノクトルちゃんは加護の影響で未来演算装置(ランガルジア)を使っても未来がわからない。それは、彼女が生き死ぬ保証がないというわけだ。できるだけ見てやってほしい」

 

 そして、ガレットは「それじゃあ」と言葉を言い。

 

「君たちには機械国家に向かい、その足で魔王討伐に向かってほしい。魔王の位置についてはおおよそ把握しているからね。間に合いはするさ」

「わかり……ました。次の出発はいつですか?」

 

 俺が問うと、ガレットは少し考え込み、指をパチリと鳴らした。

 

「明日朝」

 

 

 

「そういうわけで……明日の朝、コロニーを出ることになった」

 

 俺の報告に、封印はベッドの上で足をパタパタさせながら、軽く返事を返した。

 

「おぉ、りょーかーい」

 

 この部屋は俺の私室――のはずなのだが、封印が当然のようにこの部屋に居座っている。

 

 封印は自分の部屋を持っていない。

 

 いや、持っていてもおかしくない立場ではあるのだが……事情が事情だけに、仕方なく俺の部屋に泊まらせている。

 

 まさか、数日前まで封印されていた少女とルームシェアになるとは、人生は本当に読めない。

 

「それじゃ、おやすみ」

 

 俺は荷物をまとめ終え、扉に手をかけたところで、背中に声が飛んできた。

 

「え? 一緒の部屋で寝ないの?」

「当たり前だ」

「当たり前なの?」

 

 少女二人が同じ部屋で寝るのは当たり前……どっちだ?

 

 いや、中身が男なのがいけないのだ。

 

 この少女に邪な感情は冗談でも一切湧いていないが、客観的に見て良くは無いだろう。

 

 そして俺は、自他共に認める健全でまともな人間である。

 

 変な誤解を招くようなことは避けたいし、なにより、自分の良心が許さない。

 

「俺は別の部屋で寝るから。おやすみ」

「ちょ、ちょっと待って、ね、寝るまで待ってほしい」

 

 しかし、封印は慌てたように俺を引き止めてきた。

 

「お前は子供か……いや、子供だな」

 

 子供かよ、と言いたかったが、正真正銘の子供だった。

 

 なんなら、封印が解放された直後、記憶はゼロ。赤ん坊と言ってもいい。

 

 これは、ネグレクトになってしまうのか?

 

 いろいろな責任とモラルが頭をよぎり、結局、俺はため息をついた。

 

「わかった。寝るまでこの部屋にいる」

「やったぁ! あ、メリスがいいならずっとこの部屋にいても――」

 

 俺は無言のまま、じっと視線を送った。

 

「ご、ごめん」

「ほら早く寝ろ。明日も早いんだぞ」

「わ、わかった! おやすみメリス!」

「おやすみ」

 

 封印は布団に潜り込み、目を閉じた。

 

 部屋の明かりは、魔導灯の微光だけが残っている。

 

 淡い光が、眠りについた少女の横顔をほんのりと照らしていた。

 

 俺は部屋の隅にしゃがみ込み、数日の出来事を思い返していた。

 

 色々なことがあった。

 

 大体封印絡みだが。

 

 脳にノイズが走る。

 

 思考がぼやけ、まぶたが重くなる。俺にも眠気がやってきたようだ。

 

 カクリ、と頭が揺れる。

 

 俺は、勇者になって、封印を解放し、黒煙少女を仲間にし、勇者を助けに向かう。

 

 少し前までならこんな事考えられなかった。

 

 人生に希望がなく、だけど死ぬのは悔しすぎて、このままコロニーの片隅で俺は死に絶えるのだろう思っていた。

 

 脳に幾つもノイズが走り、眠い目を擦りながら隣に眠る少女を覗く。

 

 薄桃色の髪を持つ少女が、静かに寝息を立てていた。

 

 まるで人形のように幻想的で、宝食属と呼ばれる化物には見えない。

 

 この少女を殺す必要はあるのかは、今の俺には到底理解できない。

 

「おやすみ。メリス。ありがとね」

 

 脳にノイズが走る中で、誰かが俺にふわりと毛布をかけてくれたような、そんな感覚があった。

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