TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです 作:西春江
ノクトル視点――少し前
オリオティスが、そこにいた。
足がふらふらとおぼつき、今にも倒れそうだった。
私は、限界が近いのだろうと思ったが、すぐに違うと悟った。
「オリオティス……?」
私がその言葉を呟いた時、オリオティスの周囲に光る球体が現れる。
幾度も見てきた加護。
加護は、その人の性格に基づき与えられているという説がある。
オリオティスが殺傷性のある光を生成する能力だ。
敵を一瞬で蒸発させ、苦しむ隙も与えてくれない優しな殺意。
だが、なぜ、それを私に向けているかが、理解できなかった。
いや、理解はしていた。ただ、納得なんて絶対にしたく無かった。
「イリス!」
咄嗟に叫んで、私はイリスの身体を覆い隠すように飛び込んだ。
次の瞬間、世界が真っ白に塗りつぶされた。視界も、聴覚も、すべてが光に飲まれる。
やがて、閃光は収束し、色と音を取り戻した現実が舞い戻ってくる。
「い、今の何」
震える声で、イリスが尋ねる。
私は呼吸を整える間もなく、呆然としたままの彼女の肩を掴む。
「イリス……イリス……あの人を」
私は唇を強く噛み、歯を食いしばる。
「ッ……! マジンが現れたわ! あいつを、オリオティスを――殺すのを、手伝って!!」
イリスは顔を歪める。
その一言で何が起きたのかを理解したようだ。
「『
私は魔法を唱えながらオリオティスがいた方向に視線を向ける。
が、どこにもいない。
「どこに……」
視線を向けたその先に、オリオティスの姿はなかった。
「シーラ……!」
脳裏に、あの少女の姿が浮かんだ。
「シーラの場所に戻るわ。マジンが向かってるかもしれない」
イリスの額に汗が浮かぶ。
「は、早く行かないと!」
二人で駆け出し培養設備に着いたが、シーラがどこにもいない。
「ど、どこに」
焦燥感が喉を締めつける。時間がない。
いくら吸血属でもオリオティスと対面した瞬間に死ぬだろう。
その時、
「ノクトルー」
シーラの声がした。
イリスは声に反応し、駆け出す。
だが、遅かった。
「メリス!」
イリスの叫びが空気を震わせ、視界の端にありえない光景が映る。
シーラの首が宙を舞っていた。
吸血属は不死ではあるが、シーラは違う。
彼女は不完全な吸血鬼。中途半端な存在。
「うそ……」
イリスがポツリと呟き、呆然としている。
記憶を無い。生まれたばかりの存在のような彼女にとって、メリスは唯一の家族だったのかもしれない。
「ノクトル……」
イリスの瞳には涙が溢れていた。
思考を巡らせる。今この状況を、どうやって好転させるか。
だけど、もうすべてが、遅すぎたのかもしれない。
オリオティスはマジンに堕ち、シーラは死んだ。
「……あのマジンに向かって魔法を放てる?」
「……わ、わからない……っ」
「撃つしかない。貴女が撃たないと、私たちはシーラと同じ目に遭う」
イリスの目が揺れる。恐怖と後悔がせめぎ合っている。
「だから——」
言いかけた、その瞬間、オリオティスの周囲に、光る球体が浮かび上がった。
そして、世界が真っ白に染まった。
音が、消える。
色も、形も、すべてが一瞬で奪われる。
「生き、てる。しな、ナい」
音と色が戻った世界で、オリオティスは立ち尽くしていた。
「オリオティスの加護は――殺傷能力のある光を放つ加護よ。撃てる限度は7回。残りは……4発。周囲に浮かぶ光る球体、それが残弾数。私の加護でも、きっと耐えきれない……」
私は静かに告げる。
「私はこれから、残弾を全て使い切らせる。だから——」
後ろで恐怖に立ちすくむイリスへと、視線を向ける。
「逃げて」
私は言葉を残し、背を向けた。
そして、マジンとなったオリオティスと、視線を交差させる。
オリオティスの周囲に、再び光の球体が浮かび上がる。
私は静かに呟く。
「『
即座に濃密な煙が辺りを覆い、視界を遮った。
イリスの退路を確保するための、わずかな時間稼ぎ。
「ノクトル!」
「逃げて!」
私が叫ぶと同時、浮かぶ光球がひとつ消える。
眩い閃光が世界を白く塗りつぶし、刹那、色と音が戻ってくる。
私の加護が着実に削れているのを実感する。
「な、ぜ?」
オリオティスの顔が驚愕に染まっていた。
私が何度も加護を食らい生き延びているのが不思議なのだろう。
オリオティスが剣を抜き構え、私に向かって走ってくる。
加護での戦いは分が悪いと判断したのだろう。
私は手のひらをオリオティスに向ける。
「『
撃ち出した魔素が、直線的に火花を走らせるようにオリオティスへ向かう。
そしてまた、光球がひとつ消える。
私の炎と、彼の加護の光が正面からぶつかり合い、完全に打ち消しあった。
オリオティスが駆けてくる。距離、五十メートル。
「『
足元に即席の地雷を仕込む。
彼は足元の小石を拾い、それを軽く放る。石は地雷へ一直線に飛び、着弾と同時に炎上が巻き起こる。
変な小細工なんてするんじゃなかった。
「『
風魔法による回避行動。
ヴィリアのように後方へ跳ぶイメージを頭に思い描いたが、現実は非情だった。
「わっ!?」
不慣れな体勢と魔力制御の甘さが仇となり、跳ぶどころか、ただ転がるようにして地面を滑り、岩肌に肩を打ちつけた。
ゴロゴロと土の上を転がるたびに痛みが走る。
「あぁ、もう! 『
魔法陣が空気を切り裂き、魔素が一気に吸い上げられる。
刹那、空気が裂ける音とともに現れたのは、異界の獣。
約二メートルはある、四肢で地を蹴る獣の姿。青黒いツノが頭部から伸び、その全身が魔素の揺らぎを纏っている。
その姿を目にした瞬間、私は少し安堵した。
「ま、じゅう」
オリオティスが呟き終わると同時、光る球体がまたひとつ消費され、世界は白一色に染まる。
元に戻った時にはレマルラニーアは何処にもいなかった。
「あ、あぁ……」
虚ろな声が、喉から漏れた。
彼の周囲には、もうひとつも光球が残っていなかった。
すべてを消費し切ったらしい。
同時に、私の加護もすでに尽きていた。
「『
詠唱と同時に、大気を貫いて槍が走る。
けれど、それすらも軽く、まるで紙屑のように剣で弾かれた。
「オリオティス、私、私よ」
命乞いに舵を切るが、マジンには無意味らしい。
オリオティスの瞳は、何も映していなかった。まるで見知らぬ人を見るような、無表情な顔。
オリオティスが、ゆっくりと、しかし確実に私へと歩み寄ってくる。
「『
再び風魔法を放つ。今回は成功した。足元から生じた風が体を持ち上げ、私は弾かれるように数メートル後方へ跳んだ。
膝をつきながらも、息を整える。頭の中には、何度もヴィリアの魔法動作が浮かんでいた。
次も成功させる。
そして、イリスが逃げる切れる時間を稼ごう。
「『
詠唱したのに、風は起きなかった。体内の魔素が完全に枯渇している。
足元がぐらつく。目の前がぐにゃりと歪む。
もう、魔法は使えない。
魔素管理も知らず、加護に甘えきっていたツケ。
私は戦闘経験の浅さを、今ここで思い知ることになる。
オリオティスは静かに距離を詰め、もう目の前まで来ていた。
「……最悪」
私は、目を閉じた。
「ノクトル! 『
少女の声が、空気を裂いた。
振り返ると、そこにはイリスがいた。
岩が一直線に飛び、オリオティスの右腕を直撃する。
金属の小手を貫通し、赤黒い血が噴き出した。
その液体が、私の頬に、そして服に降りかかる。
イリスがオリオティスに手を向け、魔法を唱えようとする。だが、
「ぁ…………」
イリスがぽつりとつぶやく。
その言葉で理解した。イリスは撃てなかった。
きっと、撃つ覚悟を持ってここにきたのに。筋金入りのお人好しだ。
オリオティスが剣をイリスに振り下ろそうとした。
「早く逃げ――ぁッッッッッ!」
私は彼女をかばおうと身を投げ出した。
けれど、オリオティスの剣は容赦なく私の胸を裂いた。
首から下が全部熱を帯び、感覚という感覚全てが叫んでいる。
そして、オリオティスが剣を振り下ろす。
膠着するイリスは、真っ二つに——なるはずだった。
オリオティスが握っていた剣は、力なく宙を舞い、地面へと転がった。
否。地に落ちたのは、剣だけじゃなかった。
彼の、片腕もだ。
「っ……!」
見る間に、鮮血が噴き出した。オリオティスの顔が驚愕と苦痛に歪む。
次の瞬間、オリオティスの胸に一本の剣が、深々と突き立っていた。
刃は肉を裂き、骨を砕きながら、ゆっくりと下へ……スライドする。
ゴボ、と濁った音がした。
赤黒い血液が、まるで壊れた蛇口のように溢れ出し、私の頬に、生温かく降りかかる。
腐ったような臭気が鼻腔を突く。マジン特有の、あの嫌な匂い。
「間に合った……」
その声に、私は目を見開く。
そこに立っていたのは、イリスよりも少しだけ背の高い少女。
白銀の髪が血液に赤く染まり、真紅の双眸がこちらをまっすぐに見据えている。
「メ、リス? 生きてたの?!」
イリスが震える声でそう呟く。
メリスが、そこにはいた。私たちは、確かに彼女の死をこの目で見たはずだ。
首が宙を舞い、血が噴き出すあの場面を、私も、イリスも、確かに……見届けたはずだった。
「な、何で……貴方、生きてるのよ……」
喉を震わせて問いかける。声は掠れ、弱々しかった。
「俺のことはラッキーガールと呼んでくれ」
ふざけたような声音。
「ノクトル、怪我は大丈夫か? いや、大丈夫じゃないやつだなこれ。……何でお前生きてるの?」
その言葉にイリスが、私のすぐそばに膝をついた。肩を震わせて、今にも泣き出しそうな声で。
「ごめん。私のせいで。……ごめん」
「安心しろイリス。ノクトルは回復魔法を使える…… ん? そうか魔素切れか」
そう呟くと、シーラは腰の鞄をガサゴソと漁り始めた。
そして、取り出したのは見慣れた果実。
それを私の口元に差し出す。私は震える顎で、それをなんとか噛み砕いた。
「『
口の中に広がるのは、ほんのり甘く、薬草のようなえぐみのある味。
《魔素果実》。微量の魔素を補給できる特殊な食品。ただし中毒性があるため、常用は禁物だ。
けれど、今はそんなことを気にする余裕は無い。
傷口がじわじわと閉じていくのを感じた。
それでも、傷が完全に癒えるには、まだ時間がかかりそうだった。
「ノクトル、私のせいで、ごめん」
「ふぅ……別に……いいわ。それより、何で逃げなかったの?」
問いかけた言葉は、責めるものではなかった。
ただ、どうして――という気持ちが漏れただけ。
イリスは、小さく唇を震わせた。
「メリスまで死んで、ノクトルまで死ぬのは……嫌だった……」
私は目を閉じた。怒る気なんて、起きるはずもなかった。
「……私も、ごめんなさい。オリオティスが、まさか、あんな風になってるなんて……思わなかったわ」
ことの発端は私だ。
私がオリオティスが生きていると勘違いしていたのが悪かった。
「……次は頼むぞ、と言いたいが、別にこれはノクトルが悪いことじゃない。ていうか仕方がなかったと思ってる。ていうか悪いのは
シーラが眉間に皺を寄せ、ぶつぶつと考え込み始めた。
次第に口元に影が落ちていき、妙な沈黙が落ちる。
そして、それを打ち破るように。
「ね、ねぇ、何でシーラは生きてるの?」
イリスが首を傾げて問う。
「ん、あぁ? それは――」
そして、何が起こったか説明を始めた。