TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです 作:西春江
「大丈夫?」
イリスが俺を心配そうに覗き込む。答える気にはなれなかった。
自分でもよくわからない。ただ、ひどく疲れていた。
「……すまない」
「なんのこと?」
ナナがフワフワとこちらに近づいてくる。
「マスター、ノクトル様の場所に戻りましょう」
「……ああ、わかった」
そう返して、俺はノクトルのいる方向へ歩き出す。
すぐ後ろには、黙ってついてくるイリスの気配。
「イリス、離れてくれ」
「え、さっきはいいって——」
喉が詰まり、うまく声が出ない。
「頼むから、俺から離れるんだ」
「うん……わかった」
イリスは寂しそうに俯いたが、すぐに無理やり笑顔をつくった。
少し歩き、ノクトルの影が見えてくる。
「ノクトル様。お怪我は大丈夫ですか」
「……死にはしないわ。もう少ししたら回復魔法も使えるし」
ノクトルは息を整えるように一度瞼を閉じ、それから懐に手を差し入れる。
「一応、オリオティスのマセキは回収しておいたわ。でも、イリスに食べさせるのは……少しだけ待ってほしい」
「わかった。魔王戦までには、頼む」
「……ありがと」
ノクトルは立ち上がる。すぐにその身体がふらついた。
「俺が背負うよ」
「……えぇ、助かるわ」
ノクトルを背負い、脱出ルートに足を向けかけた時。
「マスター、機能が停止していない多脚型貨物兵がいるようです。情報を全て盗んだ私なら、それらを乗っ取ることができます」
ハッキングし、機械属を仲間にできるということか。
「わかった。その線で行ってみよう。場所はわかるんだよな?」
「お任せを」
ナナに連れられ来た場所は圧巻と呼ぶのに相応しい場所だった
培養設備なんて目じゃないレベルの代物。
そこには、整然と並べられた数多の機械属が眠っていた。
蜘蛛のように脚を広げたもの。
人の形を模した鋼の巨躯。
長大な脚を持つ四足獣のような機械。
「……暴走したりしないんだよな?」
「のーぷろぐれむ。司令塔は魔王が排除済み、これらが勝手に動き出すことは万にひとつもありません」
確かに、この景色を見てしまったら魔王が機械属を真っ先に排除したのも納得できる。
「……なに、あれ」
イリスが小さく呟く。
その視線を追った俺の目に、異様なものが飛び込んできた。
建造途中のまま放置された、山のような巨躯。
そこから何本もの鉄の足が突き出している。
見慣れた多脚式戦闘兵の数倍、いや数十倍のサイズ感。
他の機械属とは次元が違うと、直感的に感じた。
「対魔王多脚式戦闘兵〈ルインアーク〉と呼ばれるものです。建造途中で機械国家が滅んでしまったようですがね」
ナナの言葉に少し、安堵した。
あんなものが作られていたら、きっと人類は生き残っていない。
「こっわぁ……」
俺は無理やり視線を外し、別の機械たちへと目を向ける。
それらは確かにルインアークと比べれば見劣りする。
だが、手頃でちょうどいい。
「……好きなのを持っていっていいんだよな?」
ナナ球体を縦に揺らす。YESということだろう。
「私は楽できるなら何でもいいわ。シーラとイリスで好きに選んできて」
「じゃあ、ノクトルに一番良さそうなの選んでくるね」
駆け出すイリス。
その背を追いかけようとして、ふと背中の重みを思い出す。
「下すか?」
「えぇ、そうね。そうしてくれると助かるわ」
俺は慎重に膝を折り、ノクトルを背から下ろした。
「じゃ、俺も行ってくる」
何台か選ぼうとしたが、逆に大所帯になると操作も大変だしマジンにバレる危険性もある。
だから一台だけということになった。
とはいえその一台もあらかた決まってはいるのだが。
「これで合ってるのか?」
「いえす。人を運ぶのを目的とするなら、これで間違いありません」
俺の目の前にあるのは八つ脚がついている機械。
蜘蛛型の輸送用機械属らしい。
「こいつ戦闘とかはできるのか?」
「できません」
「……戦闘ができた方がいいんじゃないか?」
「戦力はイリス様とマスターで充分だと思います。それに、魔王相手に機械属は役に立ちません。それなら、輸送に特化している方がいいのです」
ナナの説明を聞いて納得した。
「イリス様と一緒に見なくて良いのですか?」
俺は眉を歪める。
「……一緒にいられるわけがないだろ」
これが本音で全部だ。今あいつと共にいるのは結構、いやかなり辛い。もう少しだけ時間が欲しい。
「……早く接続してくれ」
「りょーかーい」
ナナが機械属を開きその中に入る。
俺も続いて入る。中身はこの前とは少し違っていた。
この前の機械は無機質な空間、と言った感じだったが、こいつは人が乗るようにちゃんと設計されていた。
椅子があったり、窓があったり、車のような感じだ。
「揺れが酷そうだな……」
「揺れは少ないように設計されていますし、魔法で揺れを直接削っています。ご安心を」
ナナそう言った瞬間、機械属がが動き出す。
……本当に揺れは少なかった。
「どうなってんだこれ」
俺達はノクトルが待つ方へ向かった。
そして、そこには変な光景が広がっていた。
イリスが、身長の高い女を引きずっていた。
「あ、あいつ何してんの……?」
マジン、かと思ったがどうも違う。マジンのような不健康さは感じず、美しいとさえ思う。
イリスは俺たちが乗っている機械属に気づき、こちらに視線を向ける。
「あ、メリスだ。……メリスだよね?」
イリスがそう言って、俺たちが乗る機械属へと指先を向ける。
俺は急いで降りて、自分が自分だということを証明した。
「んで、なんだこいつ」
「拾った」
拾った?何言ってるんだこいつ。
整った顔立ちにグラデーションのかかった青い髪、こんな美女が落ちてるわけないだろ。
「マスター、それは機械属です」
「……これが?」
どこをどう見ても機械には見えない。
「人の国を内部から滅ぼす時用の機械属らしいです」
その説明を聞いてゾッとする。
「え、じゃあ何この子、夜な夜な人を殺したりするの?」
「そういう用途もあったらしいですが、基本は内部分裂を狙っていたようです」
「恐ろしすぎるだろ機械属?!」
機械属のことが怖くなり、魔王の気持ちがだんだんと理解できてきた。
「今すぐ捨ててこい……!」
「で、でもこの子がいればノクトルの面倒がずっと見られるよ?」
「私?」
まさか、イリスはこいつをメイドみたいな感じで雇おうとしているのか?
内部分裂を狙う機械属をうちのメンバーに? 冗談じゃない。
「ダメだな。今の話聞いてなかったのか?」
イリスが頬を膨らませる。
「マスター、私がその機械属を操ることは可能です。一台、2台も誤差の範囲内です」
その話を聞き、最悪なシナリオが頭をよぎる。
「……お前が内部分裂を狙い始めるなんてことは起きないんだよな?」
「……のーぷろぐれむです」
「なんか自信無さそうだな?!」
ナナが俺の前にくる。
「冗談です。そのようなことは確実に起きません」
イリスがこちらを見つめてくる。
確かに、人型の機械なんて人の夢だ。
だが、中身が内部分裂を狙う機械?冗談じゃ……ない。
「しゅっぱーつ!」
イリスが船内で元気よく手を上げる。
「おー」
それに両手を挙げ加わるナナ。
「本当に良かったの?」
「……ナナを信じる」
ノクトルが訝しむ。
ヴィーが八本の足を動かし始める。
ちなみにヴィーというのは俺達が搭乗している多脚輸送兵のことだ。
多脚輸送兵だと呼びずらいとイリスが文句を言ったせいで、名前をつけることになった。
ちなみに命名者はイリス本人だ。
乗り始めてから数時間が経った。
「これ楽だね」
イリスが呟く。
「そうね。今まで歩いてたのが馬鹿らしくなるわ」
多脚輸送兵は俺たちの数倍はある進行速度を出していた。
脚が八本あるというだけで地形を無視し楽々と進んでいる。
濡れた地面など関係なしだ。
それに雨も無効化できるし、多脚輸送兵様々だ。
「マスター、今日はこの辺で休憩を挟もうと思います。また、明日の朝から進行を再開しようと思います」
「ん、了解」
ヴィーの充電には俺たちの魔素が関わってくるらしい。
俺たちの魔素を回復させるためにも一時休憩というわけだ。
俺達は寝る準備を始める。多脚輸送兵の中は充分なスペースがあった。
そして、いつも通り食事を摂り俺達は夜を明かそうとする。
「おやすみ」
「えぇ、おやすみ」
あれ以来、俺はイリスとの会話は減っていた。
何を話せばいいか、わからなくなってしまったのだ。
——そして、機械国家を後にしてから数日後。
多脚輸送兵の巨大な足が、突如として止まる。
きしむような音とともに、ナナの聞き慣れた声が響いた。
「マスター。今日はここで休憩をとります」
ナナの聞き慣れたセリフが聞こえてきた。
「りょーかい」
気のない返事をしつつ、俺は車窓を覗き込む。
外には、小さな集落があった。
だが、家々のほとんどは屋根が崩れ、壁は雨に打たれて泥色に染まり、
人の気配などとうに絶えている。
だが、少しだけ特殊なものが目に入った。
「ねぇ、あれなに?」
「海、ね。久しぶりに見たわ」
そこには海が広がっていた。
けれど、それは俺が想像していたような青く澄んだものではない。
雨の影響で水面は濁り、波は鈍く泡立ち、遠くまで灰色が続いている。
「おぉ、あれが海。ねぇ外出てもいいかな?」
俺の横顔を覗き込むイリス。
「ノクトル、イリスに煙を頼む」
俺がそう言った瞬間、黒い煙がふわりとイリスを包む。
「何してるの? メリスも一緒に行こうよ」
「いや、俺は……」
足が前に出ない。
海を見るだけのことなのに、俺はイリスの最後を想像してしまっていた。
そんな俺に、黒い煙がまとわりついた。
ノクトルのほうを見ると、そっぽを向いている。
「わかった……行くよ俺も」
輸送兵の外に出ると、潮の匂いが鼻をついた。
「ノクトルとナナは一緒じゃなくていいのか」
俺の問いに、イリスは苦笑する。
「いいんだよ。だって、最近メリスと喋れてなかったから」
やっぱり、気づかれていたか。
「ほら、いこ」
手を引かれながら歩く。
けれど、口は閉じたままだった。
——この少女を前にすると、喋れなくなる。
時間が経てば慣れると信じていたが、むしろ逆だった。息苦しさだけが積み重なっていく。
「泳いでみようかな」
何やら危ないことを言い始めた。
「ダメだ。海は魔王の影響で汚染されてる」
「そっかぁ……じゃあ、魔王を倒した後に来ないとね」
息が詰まり、喉が渇く。脂汗が背を伝う。
あぁ、そうだな。なんて言えるはずもなかった。
「魔王を倒した後のやる事を決めとかないとね」
俺の胸に、締め付けられるような痛みが走る。
「……魔王を倒す前じゃ、ダメなのか」
「魔王を倒した後の方が楽しめると思うんだよね。色々できることも増えるし。ほら、海泳いだり」
当然、俺の意図など伝わるはずもなかった。
「魔王の討伐に失敗する可能性もある。一応、魔王を倒す前にやることも決めておこう」
「悲観すぎる……!」
イリスが唇に指を当てて考え込む。
潮風に揺れる髪が、子供っぽくも、儚く見えた。
「じゃあ、美味しいものを食べたい」
「あぁ」
それくらいなら、俺の力で叶えられるだろう。
少しばかり消費はするが、惜しくはない。
「あとは、可愛い服を着てみたい!」
「それも多分行ける」
ヴィーがいるおかげで移動問題が消えた。
服くらいなら見つけられる。無ければ作ればいい。
「ん……?」
イリスは、俺を金色の双眸で真っ直ぐに見つめてきた。
やがて、口元に微笑を浮かべ、静かに言葉を落とす。
「あとは、メリスとまた旅がしたい」
その言葉を聞いた途端、喉に何かが詰まった。
魔王を倒す前の話だろとも、何も……イリスのその言葉に答えてやれなかった。
何としても、何が何でも。それをしてしまったら、俺は俺を許せなくなってしまう。
魔王だけは……ダメだった。
魔王だけは……許せない。許してはいけなかった。
……それをしたら、俺の妹は――
「メリス……?」
心配そうにイリスが顔を向ける。
「悪い……少し、な……」
その言葉を最後に、俺はヴィーの中へ逃げるように戻った。