終末世界に先はない   作:空想の墓場

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ガチ田舎と終末世界はちょっと似ている

 

 ――ずっと、隕石が落ちてこないかなと思っていた。

 

 いや、隕石なんかじゃなくたっていい。自分じゃどうしようもできない、制御不可能かつ外的な理由で、何の気兼ねもなく一日休める日が欲しかった。それこそ突然風邪をひくとかだっていい。

 

 学校はそれなりに楽しかった。勉強は少し……、かなり嫌いだったけど。

 

 友達は人並みにいたし、放課後は毎日のように遊びまわっていた。駅前の喫茶店、外装の剥がれ落ちたカラオケ店、いつ行っても満室の図書館。

 

 いわゆるイツメンのみんなと過ごした日々と、私が浮かべた笑み、浮かんだ感情は嘘じゃない。周りから見たら平凡で、ありきたりな日常でも、満たされていた、と言っていいと思う。

 

 でも、そんな日々の中で漠然と、このままじゃいけないということも感じていた。楽しい日々には、なにか罰があるんじゃないかとさえ感じていた。

 

 桜の木の下には死体が埋まっているように、この楽しさが形の無い脅威となって、私に報いをあたえるんじゃないかという恐怖があった。

 

 だから、遊んでいても、休んでいても、寝ているときでさえ、本当の意味で気が安らいでいたことはなかった。

 

 楽しいだけでいられたらいいのに、世界はそれを許してくれない。どんなにきれいなプールだって、一滴でも汚水が混じった時点でそれは汚水だ。それと同じで、100の幸せよりも1の不安が心はざわつかせる。

 

 このままでいいのかという漠然とした不安。いつだってあたしに付きまとって、一時たりとも忘れられたことのない焦燥。

 

 考えすぎだと思いこもうとして、それでも心はざわめきに満ちていた。このざわめきは、自分じゃどうしようもできない。だからと言って、他人に肯定してもらったところで消えるものでもなかった。

 

 ふと、隕石が落ちてきて、日常のあらゆるを壊してくれないかな、なんて思った。

 

 人が死ぬのは嫌だ。家族も友達も、犬も猫も大好きだけれど。なにもかもを止めたいと思った。

 

 消えてしまいたいわけでも、死にたいわけでもない。どうしてかすべてをやめてしまって、何一つ気負うことなくただ茫然と過ごしてみたいと願っていた。

 

 だけど世界は待ってくれなくて、たった一日休んだだけで授業はちんぷんかんぷんなほど先へ進んでしまう。

 

 ……ちゃんと出席していたからと言って、理解できていたとは限らないけど。

 

 本当にただ一日でいい。年に一回、誰にも文句を言われることなく堂々と休める制度があったらいいのに。

 

 そんな考えとそれを否定する諦めが混在したまま、繰り返しの毎日を過ごしていた。

 

 この代り映えのしない街を変えるような何かを、心のどこかで待ちながら。

 

**

 

 今は何時なんだろう。手のひらで網膜を灼く光を遮りながら空を見る。もしあたしにサバイバルスキルがあれば、太陽の位置から正確な時間まで言い当てられたのかもしれないけど、付け焼刃の知識ではかろうじて昼前だろうということしか分からなかった。

 

 これが文明の利器に甘えていた代償かと自分の無力さを痛感する。スマホひとつ失っただけで時間すら見失ってしまうなんて、なんと現代人のバブちゃんなことか。これで昔の人は時計なんかなくても時間通りに起きて、雨期や乾季を理解していたっていうんだから尊敬とかいうレベルじゃない。ホントに同じ人間かとすら思う。

 

 鍛えればいずれは同じことができるようになるのだろうか。いやまぁ、一度は疑ったものの同じ人間なんだし、できない道理は無いよなぁ。今日から練習してみようか。

 

 ものの便利さは確かに暮らしを豊かにしたけど、同時に人を弱くしたんじゃなかろうか。自分の感覚よりもデジタルな情報のほうが信ぴょう性がある、そう思うようになったのはいつからだったか。

 

 道具という外付けのハードウェアと、人間の感覚というソフトウェアはトレードオフなのかもしれない。のぼせた頭でそんなことをボーっと考えていると、あてにならない腹時計が「ぐぅ」と頼りない鳴き声を上げた。

 

 聞かれてないよね? 思わず周囲をさっと横目で見渡したが、こちらを見ている人は誰もいなかった。そもそも、人がいないんですけどね。あははははは。

 

 ……はぁ。やめよ。むなしいだけだ。

 

 背中を生ぬるい汗が伝う。いっそのこと汗も乾くくらいカンカン照りならよかったのに。探索のため校門前まで歩みだしたあたしたちを待ち受けていたのは、生きてることへの罰みたいな暑さだった。

 

 この世界で目覚めて早4日。この世界に四季があるのかは分からないけど、ずっとこの暑さが続くようなら孤独より先に暑さで気が狂う。

 

「外はまた、一段と暑い……」

「言うな。人が暑がってんの見ると、余計暑く感じる」

「だって暑いんだもん。うちわあったらそれも持ってこようね」

「ビーチチェアに寝そべりながらどでかいやつで扇いでもらうの夢だったんだよな」

「それはいいけど、誰が扇ぐ役やるの?」

「もちろんお前だろ」

「ざけんな。アンタがあたしのこと扇げ」

「自分より背の低い奴を仰ぐのは体勢的に苦しいだろ」

「漢字が違う! ……はぁ。汗かくから激しいツッコミさせないでよ」

 

 ぜーはー。まだ何にもしてないのに汗が滝のように流れる。前向きに考えれば若いから代謝がいいってことだと。苦し紛れの理屈で自分を強引に納得させてうざったさを少しでも軽減する。

 

 夏という季節自体は嫌いじゃないが、この気温だけはいかんともしがたい。寒いのは着込めばいいけど、暑いのは何したって暑いんだもん。かといって冬が大好きというわけでもないというフクザツな乙女心。全く日本って国はちょうどいい気温の時期が短すぎる。……いや、待って?

 

「ここって日本、でいいんだよね?」

「これまた根本的な疑問だな。学校内に残ってたプリントやら本やらは日本語で書かれてたし、そこは間違いないだろ」

「あ。確かに」

「SFっぽく考えるなら、日本を模して造られた箱庭って説もあるけど。そこまで疑いだしたらなんでもありだわな」

「まぁそうだね。とりあえず日本ってことにしよ。そっちの方が希望もあるし」

 

 よくよく観察してみれば、目に映る標識や看板に書かれた文字も掠れてはいるものの日本語だということはかろうじて分かる。だから、その点に関してはまず疑う余地はないだろう。そう思いたい。

 

 日本だとすれば、いずれもともと住んでいた場所に戻れる可能性もある。こうなってはいい知らせが待ち受けているとは到底思えずとも、確認したいという気持ちは少なからずあった。

 

 怖くても怪談やホラーの続きが気になるみたいに、答えを確かめたくなるのが人の性。

 

 と、色々と考えが脇道に逸れたが。ともかく今はこの太陽が過ぎ去って北風がやってくるのを願うばかりだった。

 

「さーて。まずはどっちの方角に行くか決めなきゃな」

「そういえば、それすら決めてなかったね。あまりにもノープラン」

 

 背伸びをしながらうだる雰囲気を振り払って。本来の目的のため最初に声を上げたのは遊。

 

 あたしはもともとリーダーっていうガラでもないし、知識もないのにあれこれ指図するのもなんか申し訳なかったから、誰かやってくれないかなーと思っていた節はある。

 

 目立ちたがりな彼女がこういうことを率先したがるのは何となくわかっていたから、そこはかとなーく泳がせてみたら案の定。

 

 別に押し付けようとしたわけじゃないけど、他の人がまとめてくれるならそれに越したことはない。この気持ち、わかってくれるよね?

 

 誰に言っているのか分からない言い訳を心の中で並べ立てながら、彼女の意見を反芻する。

 

 彼女の疑問ももっともで、探索と一口に言ってもこの街は相当に広い。校舎の中を探索する分には流石にはぐれようはなかったが、外に出るとなると少し不安が残る。

 

 それこそ、モンスター的なサムシングが飛び出してこないとも限らないし。

 

 校内を探索した限りでは、パニック映画に出てきそうな生物の痕跡はなかった。仮に何らかの力が働いていて学校だけは守られていたのだとしても、外に化け物がいたらそれを何らかの形で書き記されていてもおかしくはない。

 

 だが、校内にはそれすらもなかった。まるで夜逃げでもしたみたいに、全てを置きっぱなしにして、突然人間だけがどこかに行ってしまったみたいだった。

 

 そうした不確定要素を抜きにしても、それ以前の問題として連絡手段がない。スマホが無くなった私たちに残されているのは、声か文字という古典的な手法が2つのみ。

 

「はぐれたら連絡しようもないし」

「狼煙でも上げてみるか?」

「火が熾せたらそれでいいんだけどね。お湯で体洗えるし」

「それもそうだ」

 

 素人がやり方もよく分からないのに、木の板と棒で火を起こせると思う? 答えはもちろんノー。そんなアイデアはガスが通ってないと分かった初日に試して失敗済み。

 

 学校に湯船なんてないし水も無限にあるわけじゃないから、お風呂にも入れていない。今は濡れタオルで体を拭いたりしてごまかしてはいるものの、服そのものに染み込んだ汗はどうにもならない。

 

 その服自体を変えられていないのもあって、気休めも限界が近づいていた。4人とも同じ状況だからもはや気にならないが、JKと聞いて世間一般にイメージされるようなフローラルな香りでは絶対にないと言い切れる。

 

 手分けして探索するという選択もあったが、もしはぐれたあとで合流できる保証がない状態で歩き回るのは危険だ。

 

 狼煙を上げようにも先述のとおりそもそも火をおこす道具すらないありさまだし。だからこそ、探索に出ようという話が上がったともいえる。

 

「とりあえずは、一緒に行動した方がいいよね?」

「うん。私もそう思う」

 

 反論はない。依束が相づちを打ったのを見て、そのあと他2人の顔を見まわすとそれぞれから小さな首肯が返ってきた。少なくとも、周囲の土地勘を把握していない現状、単独行動は控えるべきだというのが総意であるに違いなかった。

 

 とはいえ、最初の疑問に対する答えが出たわけではない。どうしたものかと顎に手を当ててふと閃く。……いや、どうだろう。

 

「じゃあ、せーのでどっちに向かうか、行きたい方に指さしてみる? で、一番多かった方向に進むってことで」

 

 突発的な思いつきに過ぎない、提案とも言えないアイデア。結局、どうせいつかは東西南北全方位を探索することになるのだろうから、どっちに向かうかなんて遅いか早いかの話でしかない。

 

 だから今回進む方向もどこだっていいだろう。そんな浅はかな考えのもとの発言だった。言った後で流石に適当が過ぎたかと思ったが、返ってきた反応は思いのほか好意的なもので。

 

「いいんじゃない?」

「運任せもおもしろいかもな」

「ぼ、ボクもそれでいいと思います。急を要するわけでもないですし、立地的に、どっちへ行っても何かしらの店はありそうですから」

「あれ。意外とそれでいい感じ?」

 

 そんなふうに言ってくるもんだから、あたしの方が驚いてしまう。援護するように付け加えられた栞の意見も相まって、まあいいかという雰囲気。みんながいいって言うならいいんだけどさ。

 

 仮にこれで何もなかったとしても、その方角を選んだ人のせいにできるし、最悪この方法を選んだ全員の責任ってことにできるしね。ふふん。あたし、かしこい。

 

 ……流石にそれは冗談だとしても、そのくらい雑でもいいなら気が楽だ。こんな状況でふざけるな、なんて怒られちゃわなくてよかった。

 

 これでどうするかは決まった。そしたら後は実行に移すだけだ。腕まくりするフリをした遊がやる気をみなぎらせて肩を回す。ちょい、危ないからその無駄に長い腕を振り回すのやめれよ。

 

「それじゃあ、せーので指さすぞ? 『せーの』だからな? 『せーの、せ』じゃないからな? 『せーの』の『の』部分で」

「わざわざ言わなくても分かってるって。むしろ今のでわけわかんなくなってきた」

 

 細かいルールを詰め出した遊をいったん黙らせて。彼女の発言の98%くらいは冗談でできていると分かってから、少しづつ彼女の扱い方にも慣れてきた。

 

 みんなの視線がそれとなくあたしに集まって、無言の圧力を感じる。はいはい、言い出しっぺが音頭を取れってことね。そのくらいはさせていただきますとも。

 

「いい? どっち指さすか決めた?」

 

 一応念のために確認をとれば、雰囲気につられてやけに真剣な表情をしたみんなから肯定の頷きが返ってきた。あたしはタイミングを計って威勢よく声を上げる。

 

 遮る雑音は何もないから大声を出す意味はないって言っても、こういうときの掛け声は楽しそうな方が士気も上がるじゃん? 大事なのはノリと勢いだ。それさえあれば大抵のことは何とかなる。

 

「いくよー? せー――」

 

 別に緊張する必要はないことは分かってる。でも、皆で何かを決めるときはいつだってちょっとドキドキする。多数決とは1人の意思を選び取る行為であると同時に、それ以外の人の意思を捨てる行為だから。

 

 まぁ、再三言っているように最終的に学校の周囲を探索し尽くすなら今回どこへ行こうが変わらないんだけど。

 

 「――のっ!」重なった4人分の声とは裏腹に、4人分の指先がそれぞれ思い思いの方角を指す。あたしは北、依束は西、遊は東、栞は南。

 

 は?

 

 ……あたしたちの間に沈黙が流れる。遊がやれやれとでも言いたげにわざとらしく肩をすぼめながら。

 

「おまえら、協調性ねぇなぁ」

「アンタにだけは言われたくない」

 

 大袈裟なリアクションが鬱陶しい。とはいえ、ここまでバラバラになるとは思わなかった。もしかしたらあたしたち、想像以上に反りが合わないのかもしれないという疑念すら浮かんでくる。

 

 だとしたら物資なんかよりも深刻な問題かも。どうか気のせいであってほしい。

 

「なら、じゃんけんで勝った人の言うことを聞くってことで」

「それ、最初からじゃんけんでよかったんじゃ……」

「しーっ。言わなきゃバレない」

「もうバレてるよ」

 

 そんなバカな。このあたしの完璧な計略が見破られるなんてあるはずがない。

 

「じゃんけんでもいいけど。アタシはつえぇぞ?」

「望むところです。じゃんけんは運ゲーではなく統計だと証明してやります」

「なんで2人はそんなにノリノリなの」

 

 やけに乗り気な遊と栞が火花を散らす。遊はともかく、栞がこういうくだらない勝負ごとに積極的なのは少し意外だった。

 

 これ以上ぐだついていても時間がもったいないし早いとこ決めちゃおう。出先で何が起こるか分からないことだし、時間に余裕があるに越したことはない。まぁ、その上で寝坊したのは誰かと言われれば返す言葉もないのだけど。

 

「さーいしょーはグー。じゃーんけーん」

 

 予想外の結果に勢いを削がれ、先ほどの掛け声よりもいくぶん間延びしたじゃんけんの音頭が静かな町に響く。果たして、勝利の女神はあたしに微笑んだ。

 

「――ほい、っと。お、あたしの勝ち。とりあえず喜んどこ。わーい」

「甲斐がないなぁ」

「このアタシが負けたッ……!?」

「こっちは大袈裟だし」

 

 感情のこもらない勝鬨をあげると、苦笑いの依束から微妙な反応。あたしとしてもどうリアクションしたらいいか分かんないし大目に見て欲しい。

 

 道のど真ん中に崩れ落ちている誰かほどではないにしろ、どこか悔し気な表情の栞が改めて行き先を確認してくる。いや、なんでそんなにガチなのかよく分からないんですけども。

 

「えーっと、朔さんはどっちって言いましたっけ」

「向こうだね。北っ側、あの建物のある方」

 

 結局、あたしが行き先を決めることになってしまった。あたしはさっき示した方角をもう一度指さす。3人の顔が一斉にそちらを向く様子が、ピンポン球を目で追う猫みたいで少し滑稽に映った。

 

 その先にあるのは赤茶けた壁の大きな建造物。外に出たときからなんか目についてたんだよね。

 

「よーっし。ようやく冒険の始まりだ! 早く行こうぜー」

 

 待ちわびた様子の遊がその場で足踏みを始める。誰よりも冒険というワードに憧れのあるらしい彼女が意気揚々と出発しようとしたところで、あたしはふとあることを思い出す。昨日の夜。屋上から見えた景色。

 

「あっ」

「どうしたの? 朔ちゃん?」

「そういえば、向こう側にスーパーっぽいのが見えたんだった」

 

 顎に指先を当てて思考を巡らせれば、昨日見た地形が一枚の写真のように脳内に映し出される。確か、民家とは明らかに違った大きめの建物があったはず。

 

「オイ。じゃあ今の時間なんだったんだよ」

「多数決もじゃんけんもなくてよかったじゃないですか」

「えへへー」

 

 呆れたような3対の視線が気まずくて、小さく舌を出してごまかす。あたしはそのまなざしから逃れるように身をひるがえして、最初指し示した方向とは逆方向へ歩き出した。

 

**

 

「なー。狭くね?」

「二列になればいいでしょ。なんでわざわざあたしの隣に来るの」

 

 学校前の細い路地を抜けて、大通りに出たというのに。変わらず町は静かだ。道路のど真ん中を4人横並びになって歩いても、クラクションを鳴らす車は一台もない。

 

 ……のは、分かってるんだけど。16年生きてきて染み付いた常識はそう簡単に無くなるものでもないらしい。こんな状況になっても、不思議なことに車道を歩くのはなんだか気が引けた。

 

 罪悪感を覚えるのはお天道さまがこちらをガン見しているからだろうか。結局、あたしたちはガードレールに仕切られた道の内側を進んでいる。遊だけはなんでそんなことをするんだと不服そうだったが。

 

 足元に敷き詰められたアスファルトはところどころがひび割れていて、名前の分からない雑草たちがその隙間から生い茂っていた。あたしの膝下くらいの高さまで伸びたそれを踏みつぶしながら歩みを進める。

 

 人の手が入らなければ、こんな場所にも草木は生える。その執念深さには呆れるべきなのか感嘆すべきなのか、それとも見習うべきなのか。

 

「それにしても。学校から見てても思ってたけど、意外と綺麗だよね」

「うん。これで使われてないって変な感じ。頑張ればすぐに営業再開できそうなくらい」

 

 独り言のつもりで率直な感想を口にすると、隣で歩く依束が反応した。その言葉につられて、再度道路脇を取り囲む建造物たちに視線を巡らせる。

 

 視界に入ってくるのはくたびれた家屋、おそらく塾が併設された複合ビル、個人経営っぽいお店などなど。よくある地方都市の大通りといった風景が広がっていた。

 

 それらの建物も当時に比べれば見る影もないのだろうが、一口に廃墟と言い切ってしまうのもなんだか違う気がする、そんな感じだった。

 

 壁面には錆びた金属が溶け出してできたシミの痕が幾筋か見られるものの、人が住めないほどではない。なんだったら店の奥から当たり前みたいに人がやってきそうな気配すらあった。そう思って、冗談交じりに言ってみる。

 

「どうする? 気のよさそうなおばちゃんがひょこっと出てきて、挨拶しにきたら。『こんにちは。今日も暑いね』って」

「ええ? それはそれでちょっと……怖いかも」

「あはは。そりゃそうだ」

 

 マイナスにマイナスを掛ければプラスになるように。ありふれた光景も今となっては逆にホラーになりうる。もし飛び出してくるとしたらそれはゾンビかエイリアンか。

 

 おかしな世界ではおかしなことが起きて当然だし、何が起こるか分からないという心構えはあったほうがいい。

 

 この世界のことを完全に理解しきった訳じゃないけど、この数日の経験から鑑みておばあちゃんが呑気に挨拶をしてくるなんてのは異常事態に分類される出来事だっていうのは分かっていた。

 

 なんだかあたしが住んでいた街によく似ている。学校と駅の周りだけ騒がしくて、でも少し離れれば寂しげで。観光名所らしいものもなく、中途半端なアミューズメントパークを名物だと言い張ってしまうような哀れさ。

 

 必要なものは揃うけど最低限。娯楽より実生活に忠実な郊外のつまらない街――そんな印象を受けた。

 

 こんな状況だからと注意深く観察しようとするけど、ありふれていて既視感のある街並み故にどうも目が滑る。

 

「ねぇ朔ちゃん。あれってなんのお店かな」

「うーん。なんだろ。クレープとかその辺?」

 

 でも、依束は違った感想を抱いたようだった。目に映るものすべてを物珍しそうに見回して、時折あたしに無邪気な疑問を投げかけてきていた。

 

 その様子がなんだか初めて電車に乗った子供みたいで微笑ましい。ついにやにやしながら眺めていると、それに気付いた彼女が恥ずかしそうに顔をそむける。

 

「もう。なんでそんな変な顔でこっち見るの?」

「確かにニヤついてたかもしれないけど、変ってほど!?」

「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」

 

 変って。まるであたしが不審者みたいじゃん。そんなふうに言われるとなんかこう、へこむ。

 

 ショックを受けたあたしが肩を落としていると、あわあわと焦った様子の依束が両手を顔の前で振って弁明の意を示す。

 

 いやまぁ、そういう意味じゃないことくらいは言われなくたって分かっていた。数日しか喋ったことは無くても、面と向かって悪口を言うような人じゃないっていうのは知ってる。

 

「私の家、すごく山奥だったから。こういう都会に来たのも数えるくらいで」

「うーん、と、都会? 一応言っておくけど、ここ、言うほど都会でもないような……?」

「ええっ!? こんなに建物がいっぱいあるのに!? ビルとかコンビニもあって、クマが出る森も川もなさそうなのに!?」

「いや、どういう判定基準? ……怖いもの見たさに聞くんだけど、どんなとこに住んでたの?」

「どんなとこって聞かれても……。何にもないとこだよ。周りは山ばっかりで、最寄りのスーパーまで車で1時間くらいかかって、小学校は全学年合わせて20人くらいしかいないような超田舎」

「え? 1クラスの話じゃなくて?」

「ううん。全学年。聞き間違いじゃないよ」

 

 うつろな目でどこか遠くを見つめた依束が万感のこもった調子で言う。流石のあたしも、後ろで話を聞いていた2人も開いた口がふさがらなかった。

 

 いやはや、想像もつかない世界だ。あたしも東京と自分の住んでた街を比べて田舎だなんて嘆いた時もあったけど、彼女の住んでいたところに比べたら天国みたいにヌルい環境だったのかもしれない。

 

 ……ちょっと失礼かもしれないが、それだけ人がいなかったら今の状況とあんまり変わらないんじゃないかとさえ思ってしまった。

 

「そんな人が少ねぇんじゃ、今とそう変わんね――」

「わーっ!! で、でも、そういうとこでの暮らしってちょっと憧れちゃうなぁ! 自然に囲まれた暮らしって、忙しい現代人にこそ必要だと思うんだよね!」

「もがもが」

 

 あたしの体がこれまでにないほど機敏に動いて、遊の口を封じた。こいつめ、あたしがあえて言わないようにしてたことを。遊が何をするんだと言わんばかりの抗議の視線を向けてくるが知ったことじゃない。

 

 こいつには人の心がないんだろうか。でも、あたしのわざとらしいフォローでは慰めにもならなかったようで。むしろ目に見えて落ち込みだした依束は、あたしの勝手な思い込みを正面から否定しにかかる。

 

「そんなにいいものでもないよ。虫は多いし冬は寒いし不便だし。いいなぁ都会育ちは。きっと学校帰りはカラオケとか映画館に行ったりするんでしょ?」 

「ま、まぁ……。というか逆に無いところあるんだ」

「ひどい! 私の地元のこと文明もない野蛮な猿山って言った!」

「被害妄想が凄い!」

 

 情緒が暴走して泣きだす彼女。解釈が天を突き抜けて宇宙の彼方まで飛んで行ってしまっている。

 

 ええ……? 確かにちょっと配慮に欠けてたかもしれないけどそこまでなる? もはや恐怖すら感じる。

 

 彼女にとってデリケートな話題になるのかもしれないし、今後は慎重に触れることにしようと決意を新たにして。

 

 このままこの話を続けていたらもっとおかしな方向に進んでしまいそうだったので、どうにかして他の話題につなげようと必死に視線を巡らせる。

 

 と、あたしが軽くパニックになりかける中。早々に話に飽きて周囲を観察していた遊がとある家屋を指さして。

 

「あれなんかまさしく終末世界って感じだな。年季の入り方っつーか、植物にやられてる感じ」

 

 アスファルトと鉄筋コンクリートの群れに混じって一軒だけ、肩身狭そうにしているベニヤ板の民家。つる性の植物に覆われた民家はいかにもなにかありそうな雰囲気を放っている。

 

 彼女としてはなんとなく口に出しただけなのだろうが、今はそのマイペースさがありがたかった。

 

「こういう系のゲームだと、建物にツタとかが巻き付いてドアが開かなくなってたりするよね」

「火炎放射器とかチェーンソーとか、『だいじなもの』を持ってこないとイベントが進まないやつな」

 

 庭先に植えられた木々は伸びっぱなしで、歩道まで侵略してきていた。あたしはわずらわしさを感じながらそれを払いのける。

 

「それでいくと、こういうところはいかにも怪しいんだけど。この家の中に重要なテキストが隠されてたりしないかな?」

「その可能性はあるな。ちょっと入ってみるか?」

「ま、待ってください!」

 

 腕まくりをしてずんずんと進んでいこうとする遊を、慌てた様子の栞が止める。遊の服の裾を掴んで必死に引き戻そうとしているものの、彼女の体重と非力さでは遊の馬力を止めるには至らず、そのままズルズルと引きずられている。

 

「不用意に開けて変なのが出てきたらどうするんですか」

「へーきだって。見るだけだし」

「それで死体とかあったらショックで今日一日何もできなくなっちゃいますよぉ……」

「そんなもんか?」

「心の準備ってものがあるんです!」

 

 対照的な2人が言い争いを始める。あたしも少しだけ民家の中に何があるか気にならないでもなかったけど、涙目で訴えかける栞がちょっと気の毒だったので助け舟を出すことに。

 

「まぁまぁ。今日の目的はそれじゃないでしょ? 新しいステージに進むのは装備を整えてからってことで」

「それもそうだな。アタシ、RPGだとレベル上げまくってから次のマップに進むタイプだし」

「それはよく分かりませんけど。分かってくれたならよかったです」

 

 そう言うと、遊はやけにあっさり引き下がった。もとより気分屋の彼女の行動原理はノリによるところが大きい。どうせ今回もなんとなく興味がわいた程度だったのだろう。

 そんな彼女の思い付きに心配性の栞が振り回されるのも、ここ数日で見慣れてきた。

 

 栞が胸をなでおろしてそのまま民家を通り過ぎる。もともと今日は物資集めの予定だったし、横道にそれるのもほどほどにしておこう。

 

 まぁ、気になる気持ちも分かるし、怖い気持ちも分かる。

 

 この世界について、あたしたちはまだ何も知らない。なんで人がいなくなったのかとか、ここは何県の何ていう街なのかとか、なんであたしたちしかいないんだ、とか。

 

 こんな状況で自分一人じゃないこと。あまり深く気にしていなかったけど、実のところかなり助かっているんだと思う。

 

 それも同年代、同性の人間だというところも大きい。もしあたし一人だったらなんて想像できないししたくもない。

 

 そうでなくとも、話し相手がいない環境では遅かれ早かれ気が触れていたかもしれない。そう考えると、こうして以前の友人たちにしていたのと同じように軽口を交わし合えているという時点で、緊急事態の中では一番マシな部類なのかも。

 

 でも、というか。だから、というのだろうか。今こうして『普通』に、学校帰りみんなでしゃべりながら帰った放課後みたいに歩いていること。その事実が、あたしに言い知れない違和感を抱かせた。

 

 あまりにも普通すぎると逆に不安になってくる。『普通』の内側には、停滞があるんじゃないかと感じてしまうから。

 

 知り合いも家族も安否不明なのに普通にしていたら、薄情だと思われるだろうか。あるいは、単純に実感がわいていないだけなのだ。実感がわいていないからこそ、かえってすんなりとこの状況を受け入れてしまっている。

 

 もしかして自分以外の全員死んでいて、これは気の狂った自分が見ている幻覚なんじゃないかなんて考えがよぎる。ゾンビはゾンビでも、哲学的な方のゾンビだろうか。

 

 みんなはこの状況で何を考えているんだろう。ふと、隣を歩く依束の横顔を見る。まん丸で大きな目、栗色のツインテールはふわふわで、柔らかそうなほっぺにはシミひとつなくて――いや、これはなんか……なんか違くない?

 

 自分の思考があらぬ方向に飛びかけていたのを自覚して、視線を前方に戻す。変に意識したせいで顔が熱くなっていくのを感じる。

 

 あー、気づかれてなくても恥ずかしい。大丈夫、火照った顔は夏の日差しのせいにしてしまえばいい。

 

 もしあたしに超能力か読心術、メンタリズムの心得があったなら。だとしたら今も昔も、他人のことでこんなに悩む必要なんてないのに。取るに足らない考えが脳内をめぐる。

 

「お、もしかしてあれか?」

 

 そんなくだらないことを考えているさなか、唐突に遊が声を上げた。

 

 背が高いからか、それとも一番好奇心が強いからか。目的のものを最初に見つけたのは彼女だった。彼女の視線の先を追っていくと、クリーム色の外壁の建物が見える。

 

 それは、あたしが昨日見て当たりを付けていたものに違いなくて。

 

 施設を標榜するはずの看板はすでに色あせていて、何が書いてあったか判然としないが、目を凝らしてみれば地元にもあったチェーン店のロゴに見えなくもない。

 

「お先!」

「ちょ、走んないでよ!」

 

 あたしがもっとよく見ようとしていたら、すぐ横を遊が制止も待たずに通り過ぎていった。いきなり駆けだした彼女を見失わないよう後を追う。もう、これ以上汗かきたくないから走らせないでくれ。

 

 反応が一瞬遅れた依束と栞もまた、置いて行かれまいと早足になった。しばらくして、彼女が広大な駐車場の前でピタリと立ち止まる。あたしは少し遅れながらもそれに追いついて、乱れる息を膝に手を当てて整える。

 

「はぁ、はぁ……。あ、あたしインドア派なんだから、手加減して……」

「見ろよ。こんな広いのに車一台も止まってねぇ。マジで誰もいないんだな」

 

 あたしがこぼした恨み言なんてこれっぽっちも気にした様子もなく、遊がどこか感慨深そうに感想を口にする。

 

 つられて顔を上げると、目の前に広がっていたのは車の一台もない広い駐車場、塗装が剥げ落ちた外壁、ありふれた存在であるはずのスーパーの、初めて見る姿。

 

「なんかボロボロじゃない? 崩れたりしないよね」

「アタシはスレンダーだから大丈夫だろうけど、全員だったらどうかな」

「エレベーターの重量制限みたいなシステムなの? 流石に平気、だと思いたい」

 

 人に触れられなくなるだけで、モノはこんなふうに劣化してしまうのか。他人との関りが無くなったら、いずれ人間もこうなるのかもしれない、なんて。

 

 ちょっとだけナイーブなことを考えながら、自動では開かなくなったドアに手をかけた。

 

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