終末世界に先はない   作:空想の墓場

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タダより安いものはない

 

 電力源を失った自動ドアはその口を堅く閉ざしていた。無理矢理にこじ開けようとすれば、手には何かに引っかかっているような重い感触が返ってくる。

 

 一瞬息を止めて気合を入れながら体重をかけると、動きをせき止めていた小石がはじき出されて扉が開いた。

 

 勢い余ってつんのめりそうになるのをこらえて顔を上げる。――どうかゾンビはいませんように。そう祈りながら、あたしは意を決して店内を覗き込んだ。

 

 そうして目に入ってきたのは、良い意味で予想を裏切るもので。

 

「お邪魔しまーす……?」

「誰に挨拶してんだ」

「いやだって、なんか勝手に入ったら怒られそうじゃん」

「それこそ誰にだよ」

 

 入ってすぐの場所。まず目についたのは、巨大なカートの上に山積みにされたスナック菓子。次に、思いのほか小奇麗な内装。

 

 日光にさらされなかったためか売り場を示すプラカードの変色も最低限で、十分内容を判別することができる。

 

 学校や街の状況からして、人がいなくなってから数年は経っているはずなのに、店内は記憶の中にある姿をほとんどそのまま保っていた。

 

 商品はそれぞれの棚に整然と陳列されていて、自分たちが手に取られるそのときを文句も言わずただ待ち続けている。

 

 植物に浸食されてもない、動物の足跡もない。変なものが転がってたりもしない、荒らされてたりもしない。もちろんゾンビの痕跡なんてあるわけがない。とりあえず一安心だと一旦胸をなでおろす。

 

 ボロボロに塗装の剥がれた外観を見ていなかったら、『ちょっと建物が古いだけで普通の店』だと言われてもしばらく気付かなかったかもしれない。そのくらいには違和感がなかった。

 

 時間が経ったと言ってもここは街中だし、窓や扉が閉めっきりだったのなら野生動物が入ってくることもなかったのだろう。となれば店内の様子にも納得がいく。多分、最後に人が入ってきたときそのままの姿。

 

 予想外ではあるけれど、むしろこれならこれでラッキーだ。動物に荒されていないんだったら、使える物資がたくさん残っている可能性は高いし衛生的でも多少安心できる。

 

 潔癖症じゃなくても、動物のかじった跡のある食べ物を食べたいと思う人間は少ないだろう。いや、多様性の時代なんで個人的な趣味は否定しないけどね。

 

「つーか、自動ドアって手動で開けられんのな。映画みたいに窓をたたき割って入ろうと思ってたのに」

「危ないからやめときな? でもそっか。無理矢理開けちゃったけど、言われてみればそうだね」

「けど、手動で開かなかったら停電とかになったとき閉じ込められちまうか」

「おお、確かに! 遊にしては冴えてるね」

「一言余計だっての」

 

 軽口をたたき合いながらも店内を物色する。思いがけず期待できそうな内装に興味を刺激されたのか、みんながせわしなくあたりを見回していた。

 

 かく言うあたしも例に漏れず、少なくない高揚感を抱いていた。入り口付近に掲げられたフロアマップを横目に確認する。

 

 外観から予想はついていたけどこのスーパーはそこそこ以上に広いみたいで、おおまかに2つのエリアに分けられている。生活用品や衣料品が売られているエリアと、食料品が売られているエリア。

 

 今いるのはその丁度中間あたり。つい手に取ってしまいたくなるようなお菓子とか小さめのペットボトル飲料とかが置かれているエリア。あたしは自然な流れとして、一番近くにあったカートへ近づいてみる。

 

 入り口近くってだいたいスナック菓子とかガムみたいなお菓子が置いてあることが多い気がする。あたしにはよくわかんないけど、これが消費者心理学ってやつなのだろうか。実際どのくらい売れてるのかちょっと興味ある。

 

 あたしはカートに乗せられていたスナック菓子の一つを手に取る。『わざわざ買いはしないけどあれば食べる』程度には知名度のある、ありふれたコーン系のスナック菓子だ。実際何回か食べたこともあった。

 

 いまいち売れ行きが良くないのか、一山いくらの大特価で投げ売りされているそれは、見た目いつも食べていたものと変わったところはない。

 

 ただ、近づいてよく見ると気づく。商品の袋はうっすらと埃をかぶっていて、しっかり年季が感じられた。しかもなんか袋がパンパンに膨らんでる気がする。どういう理屈なんだこれ。

 

 少なくとも、あたしがこれまで生きてきたなかじゃ見たことない変化をしていた。外見からは不安しか感じられない。

 

 そうはいっても、この際それは問題じゃない。重要なのは食べられるかどうか。放置されてどれくらいの時間が経っているのかは分からないけど、密閉されてるし乾燥してるし絶対無理ってことはないはず。

 

 隣にいた栞にも意見を求めてみる。誰だろうとあたしよりは賢そうだし。

 

「ねぇねぇ。これいけると思う?」

「どうでしょう。賞味期限から1,2ヶ月程度ならともかく、それ以上となると見たこともないですし」

「それもそうだ」

 

 買いためておいたのを忘れるにしても年単位で放置するのは稀だ。というかそこまで行ったら、まずもってどこに置いたか忘れるほうが先な気がする。

 

 えーと、賞味期限はどこに書いてあるんだろう。栞の言葉をきっかけに、商品をひっくり返したり逆さにしたりして探してみると――あ、あったあった。

 

 そこに書かれていたのは、『20××.12.22』の文字。その数字の羅列には見覚えがあった。

 

「これ……」

「保健室で目が覚める前の西暦と同じですね」

「そう、だよね」

 

 見覚えがあるってか、あたしが普通に暮らしていたときと同じ西暦だ。スナック菓子の賞味期限がだいたい半年だったから、作られたのはだいたい6月くらいかなと予想。

 

 さらにそこへ出荷やら店につくまでの時間やらを加算して、店頭に並んだのは7月くらいかと当たりをつける。

 

 あたしに残る最後の記憶がやにわに思い出される。7月の、夏休みに入ってすぐの日。あの日は補習があったから、悪い意味で印象強くてはっきり覚えている。

 

 『夏休みだってのになんだって学校なんか行かなきゃいけないんだ』なんて愚痴をこぼしながら、平日と同じように登校して、お経じみた補講を聞き流して、家に帰ったあとで少しお昼寝でもしようと目をつぶって。

 

 ――目が覚めたら、あの学校の保健室にいた。そうして今に至る。

 

 話が飛び過ぎ? それはあたしが一番思ってることね。

 

(みんなも最後に眠ったあとの記憶がなくて、目覚めたらこうだったって言ってた。ホントに訳が分からない。)

 

 もちろん、なんでこんなことになってるのかと初日に情報共有をした。けど得られた情報はないに等しくて、あたしたちはみんな揃って首をかしげるしかなかった。むしろ困惑が深まったまである。

 

 とにかく、店の商品がこれ以降更新されてないんだとしたら、世界がこうなるような出来事が起こったのはその年の7月あたりだと考えていいと思う。

 

 思わぬところから得られたヒントに、あたしは指先を顎に当てて考え込む。続いて包装をひっくり返したり逆さにしたりして観察してみるが、それ以上手がかりは無さそうだった。

 

 本当は商品が作られた年月をもとに今が何年何月なのか分かったりしないかなとも思っていたけど、それは無理っぽい。そのためにはまだ情報が足りなかった。

 

 そんなことを考えながらあたしがスナック菓子の袋を手の中で弄んでいると、それに興味を示した遊がふと提案してくる。

 

「とりあえず開けてみたらどうだ? もとは食いもんなんだし大丈夫だろ」

「ホントー? ちょっと怖いんだけど」

 

 なんか膨らんでるけど、知らない名前のガスが発生してたりとかいきなり爆発したりとかしないよね? 死ぬにしたって悪臭で窒息なんてしょうもなさすぎる。

 

 まぁ、持ち帰ったあとで実は食べられませんってなるのも馬鹿らしい。そんな無様な事態を避けるためにも、結局のところちゃんと調べないとなんだけど。

 

 覚悟を決めてやるしかないか。あたしが意を決して封を切ろうと袋の中央上部をつまんだところで。3人が示し合わせたように一歩後ずさった。

 

 ……。

 

「……なんで離れるのさ」

「いや? 別に」

「あたしをカナリアにするつもりだったんでしょ。残念だけどそうはいかないから! そんな不届きモノは道連れじゃー!」

「ちょっ!?」

 

 彼女たちが悲鳴をあげるよりも速く、あたしは一気に3人との距離を詰める。そして、彼女たちの目の前でそれを勢いよく開いた。小気味いい破裂音とともに中身がいくらか飛び散る。

 

 あたしは背けていた顔をスナック菓子の方に戻して様子をうかがう。今のところ、爆発もしていなければ異臭もしていない。思っていたよりもずっとあっけなかった。

 

「開いた? 腕もついてるし毒ガスが出てたりもしないよね?」

「見たとこ、普通のと変わんねぇな」

「なーんだ。ビビッて損した。これじゃあたしが馬鹿みたいじゃん」

「『みたい』?」

「ねぇ。ホントにねぇ」

 

 今の発言のどこに疑問を差し込む余地があったのか真剣に教えて欲しい。質問があるならじっくり聞いてあげるから。

 

 とりあえずCの戯言は無視して、今は食料のほうだ。あたしはやや恐々としながらも手に持ったスナック菓子の包装の中身を確認する。見たところ異常なし。記憶にあるものと同じ、野暮ったいジャンクフードのまま。

 

 袋に顔を突っ込んで確認するのも怖かったので、理科の実験よろしく手で扇いで匂いを嗅いでみると、なんだか酸っぱいような匂いがした。

 

 良い香りとは言い難い、少しツンとした鼻の奥を刺すような感覚。正常な商品から発せられたとは到底思えない臭気に、あたしは思わず眉をひそめる。

 

「うぇ。なんか変な臭い」

「う……。あー…古くなった油の臭いだね。食べない方がいいかも」

「そっからでも分かるの?」

 

 数歩離れたところにいる依束がそんなことを言う。あたしは顔を近づけて確認するまでは分からなかったのに、そこからでも感じられるほどの異臭なのか。

 

 自覚なかったけど、もしかしてあたしはあまり鼻が利かないのかも?

 

「いや、アタシは分かんなかったな」

「ぼくもです。依束さん、鼻いいんですね」

 

 あたしが自分の感覚に疑いを持っていたとき、依束と同じくらいの距離にいた2人はそう補足した。やっぱりそうだよね? よかった。あたしの鼻が利かないんじゃなくて、彼女が特別敏感なだけだったらしい。

 

「流石野生児ってか?」

「今度田舎イジリしたら熊の餌にするから」

 

 遊が飛ばした冗談に割とマジ顔で反応する。地雷なんだ。

 

 ……てか、これじゃ結局あたしが実験台になっただけじゃない? このまま自分だけ損するのもなんか癪に思える。

 

 ふと、みんなも同じ目に遭わせてやろうというイタズラ心が湧き上がった。何事もなかったと油断していそうな遊に一歩近づいて。

 

「ほら、遊も嗅いでみてよ」

「ヤだよ。なんで臭いって分かってんのにわざわざ嗅がなきゃなんねぇんだ」

「ビビってんの? あーあ。エンターテイナーだと思ってたのに、見込み違いだったかなぁ」

「あぁ!? 貸せ、頭からかぶってやるよ!」

「ちょっろ」

 

 冗談っぽく煽ってみただけなのに、遊は思わぬ勢いで食いついてきた。その勢いに思わずたじろいでしまう。煽り耐性がマイナス方向に振り切れ過ぎてて心配になるレベルだ。ネットの掲示板とか見たら憤死するんじゃないか。

 

 まぁ、これであたしが大丈夫って言って集団食中毒なんて引き起こしたら目も当てられないし。みんなに多重チェックしてもらってるだけで決して悪意はないんだよ。ホントに。

 

「冗談だから。無理しなくていいからね」

「いや、エンターテイナーとして、ここまで煽られてやらないわけにはいかないだろ」

「そんなプライドを刺激するようなこと言った? そこまでプロ意識あると思わなかったんだけど」

 

 彼女に眠るリアクション芸人の魂が刺激されたらしい。遊はあたしが止めるのも聞かず、半ば強引にスナック菓子の袋をあたしの手から奪い取った。そのままの勢いで、宣言通り頭からかぶるみたいに顔を袋の中に突っ込んだ。

 

 そして数瞬もしないうち、悲鳴とも断末魔ともつかない奇声を発しながら顔を上げた。

 

「うっわ、目に来るタイプのやつじゃんか! 逆によく平然としてられたな!?」

「ふふっ……。そこまで大袈裟じゃないでしょ。顔突っ込むからだよ」

「いやこれマジで……。やべぇ、なんか頭痛いわ」

 

 言いながら、猫が顔を洗うように目元を擦る彼女のまなじりにはうっすらと涙が浮かんでいた。笑い事じゃないと自覚しつつも、あまりのリアクションに思わず笑いがこみあげてくる。

 

 遊が恨みがましい目でこちらを見る。あたしは表情を取り繕ってシラを切った。あー、おかしい。

 

 とまあ、あたし含め3人分の反応からこれが到底食べられるものじゃないことは明らかになった訳だけど。

 

 まだ1つ、やることが残っている。あたしはさっきから気配を消して遠巻きにこちらを見ている栞に視線を向けた。目が合った瞬間、彼女は小さく肩を震わせる。

 

 いや、気配を消すったって、この場には4人しかいないんだからそもそも逃れるほうが難しい。

 

 あたしが一歩にじりよると、彼女が一歩後ずさる。あからさまにこちらに対する警戒心はマックス。そんな怖がらなくたっていいじゃん。

 

「な、何でこっちを見るんですか?」

「いやー? アタシたち、仲間だよなーと思って」

「そんなふうに言ったこと今まで一度もなかったじゃないですか!」

「えー? そんなふうに思ってたのか。だってさ朔。仲間じゃないんだってさ」

「えーんえーん」

「おーよしよし。かわいそうに」

「そんな下手な演技に騙されたりなんか、騙されたりなんか……」

 

 棒読みでウソ泣きをするあたしと、それを抱き寄せてあやす遊。本職の役者が見たら激怒しそうな三文芝居だったが、栞は困ったようなうめき声をあげながら視線を行き来させていた。

 

 あと一押し。遊と視線が交錯する。言葉すら交わさずに素早く目配せをして。

 

「ちょっと、2人とも――」

「一人だけってのもなんか違くない? ほらほら」

「わぁ!? ちょ、心の準備が――ひっ!?」

「つーかまーえた」

 

 正面から迫るあたしが気をそらして、その隙に背後に回り込んだ栞が肩を抑える。たった数日で培ったとは思えない連携が彼女に襲い掛かって――。

 

「朔ちゃん?」

「へへへ……。へ?」

「そろそろ怒るよ?」

 

 あたしの肩にポンと手が置かれる。本来柔らかなはずのそれが、漬物石のように重く感じた。背後から感じる殺気に思わず手を止める。

 

 ぎぎぎと、錆びたネジのような不自然さで振り返った先には、凄みのある笑顔でこちらを見つめる依束の姿があった。

 

**

 

「もうやだ……。帰りたいです……」

「悪かったって。だから機嫌直してくれよー」

 

 ちょっとした騒動が収まった後。あたしたちは小さく丸まってしまった栞のご機嫌を取り戻すのに必死だった。

 

 流石のあたしも遊も、悪ノリが過ぎたと反省。

 

 普段とは全く違う状況と、秘密のダンジョンを探検するみたいな未知の体験で、思った以上にテンションが上がっていたらしい。

 

 非日常の中だと、普段ならしない選択を取ってしまうこともある。修学旅行でつい浮かれて木刀を買って、何に使うんだと親にも友達にもさんざん言われた過去を思い出していた。

 

「ごめんごめん。ちょっと調子乗りすぎた」

「ちゃんと謝らないとだめだよ? 人の嫌がることはしちゃいけません」

「いえ、もう大丈夫ですから」

 

 視線を合わせようと同じくかがんで、背中をさすりながら宥めていると、しばらくしてようやくこっちを見てくれた。まだ少しぶすくれてはいるが、本気で怒っているというわけではなさそう。

 

 というかむしろ、小柄な彼女が潤んだ目でこちらを見上げているのを見ると、かえってちょっとイタズラ欲が増すのを感じる。

 

 いやいや、何を考えているんだ。これ以上はマズいと、だんだん怪しい気分になってきた思考を切り替えて、視線をもとに戻す。

 

 開けっぱなして放置されているスナック菓子。開封してしまえば、悪くなりこそすれ良くなることなんてありえない。

 

「せっかく食料が見つかったと思ったのに、食べるのは無理っぽいねー」

「お腹壊しても病院で看てもらえるわけじゃないし、慎重になったほうがいいかも」

「だねー。残念」

 

 人がいないということは、当然医者もいないってことだ。依束の言うとおり、この世界で病気なんかしたら自然治癒力に賭けるしかない。

 

 風邪くらいならともかく、食中毒だとかよく分からない感染症なんかにかかってしまえば医療知識のないあたしたちではどうにもならない。

 

 ワンチャン願って神頼みが最大級の医療行為の現状、病気1つでそのまま全滅エンドまっしぐらってこともありうる。

 

 怪我だってそうだ。もし骨折したりしてうまく骨がくっつかなかったら二度と元通りにはならない。この辺は、もしかしたら元の世界とそう変わらないのかもしれないけど。

 

 そう考えると、人生って意外とハードモード。もちろんあたしたちには残機もセーブ&ロードもないのに、ワンミスで終わるゲームなんてクソゲーが過ぎる。

 

「お前らさ、賞味期限切れのお菓子って、どれくらいまで許容できる?」

「どれくらいって、何日過ぎててもいいかってこと?」

「そうだ」

「……まさか、食べるつもりじゃないよね? やめときなよ」

「アタシをなんだと思ってんだ。そこまでくいしんぼキャラじゃねーよ」

 

 なんだびっくりした。遊ならノリでやりかねないとも思ったけど、さしもの彼女もそこまで破天荒ではないらしい。

 

 その問いかけを受けた依束は、口元に手を当てて少し考え込むそぶりをしたあとちょっと予想外の答えを返した。

 

「私の家、かなり大雑把だったなぁ。周りにいたのが古い人ばっかりだったのもあって、見て嗅いで大丈夫そうならオッケーって感じで」

「そ、それは流石に大雑把すぎませんか?」

「私は気にしてたよ!? ……それなりに」

 

 確かにお年寄りの方がその辺適当な印象があるけど、そこまでいくと年齢は関係なさそうに思える。これが野生児ってやつ?

 

 でも、この世界で生きていく分にはそのくらいたくましくないといけないのかもしれない。選り好みなんてしてられる状況じゃないんだから、今までと同じ感覚じゃダメなときもあるだろう。

 

 腐ってるものを食べないことと同じくらい、多少痛んでるくらいは受け入れる緩さも必要になってきそうだ。その点、なんだかんだ最後まで生き残るのは彼女な気がしてきた。

 

 栞はあからさまにドン引きした様子で、依束に信じられないものを見るような視線を向ける。妙なイメージを付けられそうになった依束は心外だとばかりに慌てて取り繕ったが、その口ぶりではやや説得力に欠けた。

 

 あたしはそれとなく話題の中心を逸らそうと、自分チはどんなだったかと思い出して。

 

「っても、モノによるくない? 一か月くらいなら食べたことある」

「ウチは親が心配性だったので。1日でも過ぎてたらだいたい捨ててましたね」

「え。それはそれでちょっともったいなくない? 食べれなくなるわけじゃないのに」

「昔病気してからその辺過敏だったんですよ」

 

 なんだかカルチャーショックを受けた気分だ。逆にここまでピンキリが揃ったのも珍しい。

 

 各家庭にはそれぞれのルールがあるとはいえ、その差は思っているよりも大きいのかもしれない。あたしの家は別に普通だと思っているけど、もしかしたら他の家ではありえないルールがあったりしたかも。

 

 友達同士でも、家の中で何してるかって意外と話さないし。

 

「病気って。今は大丈夫なの?」

「はい。もうなんともないですよ。いたって健康体です」

 

 その答えを聞いて一安心である。さっきも少し話題に上がったけど、この世界の医療はあてにならないのだから。半端な知識で悪化させたりしたら目も当てられない。

 

 いずれその辺、怪我や病気への対応も考えなくちゃな、なんて思いながら。

 

「とりあえずここのカートにあるやつは無理そうかなー。この調子だと他のお菓子もヤバそうだし、先に他の場所見てみようよ」

「そうだね。缶詰とかないかな?」

「保存食と言えば、だね。というか缶詰とか色々あるんだから、もっといろんな味のもの用意してくれても良かったのに」

 

 物資を残していってくれた人には感謝しているが、もう少し配慮があっても良かったんじゃないかとは思う。流石に乾パンオンリーは無い。あのパサパサに体中の水分持ってかれてミイラになるかと。

 

 そのとき初めて知ったのは、乾パンの缶詰の中には金平糖とか氷砂糖が入ってるってこと。唾液を出して食べやすくするために入ってるんだって。

 

 そもそも食べる機会がなかったから知らなかったし、知ったからなんだではある。結局自分の水分を使ってるなら本末転倒な気がしないでもない。

 

「おーい。こっちにジュースあるぞ。なんか面白いことになってる」

「いつの間に。ホント自由だな」

 

 あたしがこの世界に来て初めて知った知識を思い返していると、少し離れた商品棚の方から遊が手招きしていた。彼女の呼ぶ声に応じて店内の奥へ歩みを進める。

 

 そのついでに軽く見回せば、他にも石鹼やら化粧品やらなんやらの棚が見える。ああいうのって腐ったりするのかな? 未知数すぎてなんとも言えない。

 

 わからんわからんわからん。こんなことなら、もっといろんなことを勉強しておけばよかった。

 

 ……まぁいいや。いちいち気にしてられるような状況でもないでしょ。過ぎたことは忘れる、これ大事。

 

 シャンプーとかも学校には置いてなかったし、もう少し生活基盤はどうにかならなかったのか。

 

 それとも、もしかすると私たちが意識を失う前はそんなこと考える余地もないくらい切羽詰まった状況だったのか。だとしたら文句は付けられないけど。

 

「シャンプーとかボディソープとかもあったほうがいいよね」

「洗剤だけあっても、結局シャワーが使えないから」

「だねー。近くに湖とかあれば良かったのかな」

「あはは……。その代わりこういう店が周りにあるって考えたら、悪くないんじゃない?」

 

 それもそうか。ほっぽり出されるにしても、広大な自然の中と街中なら流石に後者の方がマシだ。たかだか普通の女子高生に裸一貫サバイバルをしろなんて無理な話である。

 

 体力に自信があるわけでも無し。もし山の中で目覚めてたら、数日もしないうちに変なキノコにあたってリタイアしていたかも。

 

 よく知らないなりに、というか素人だからこそ。山菜は生半可な知識で手出ししていいものじゃないことくらいは理解している。

 

 そう考えれば、街中スタートかつ初期装備ありだったのは十分恵まれているのだろう。無限乾パンだけは許さないけど。

 

「ドラム缶風呂とかは? ほら、テレビで見るみたいな」

「お風呂ってかなり水使うよ。浴槽いっぱいで200リットルとか言われてなかったっけ」

それだとすぐ水が無くなっちゃうか。ずっと使いまわすわけにもいかないし……。うーん、ままならないねぇ」

 

 お風呂もまた、飲食に並ぶクオリティ・オブ・ライフ。曲がりなりにもうら若き乙女として清潔感は捨てられない。

 

 ここまでくると、雨が降ったタイミングで全裸になって外に飛び出すしかない気が。

 

 ……いや、流石にそれはどうなの。乙女である以前に人として大切な何かを捨てすぎてる。

 

 こんな状況になったとしても、青空のもとにすべてをさらけ出せるほど恥じらいを失ってはいない。大自然のシャワーに頼るのはあくまで最終手段、ホントにどうしようもなくなったときの切り札にしておこう。

 

 今後の物資や生活について雑談しながら遊のもとに近づいていくと、やや興奮した様子の彼女が商品棚を指さしながら。

 

「これ見てみろよ。なんかめっちゃへこんでる」

「マジじゃん。なんかこわ」

 

 炭酸やスポーツ飲料、コーヒーの陳列された棚。しかし、さっきのスナック菓子とは違い、それらには一目で見て明らかに異質な状態だと分かかる特徴があった。

 

 遊の指さす先にあったペットボトル飲料が見たこともない形状に変形していたのだ。容器の中央を思い切り握りつぶしたみたいにくびれた形になっている。

 

 その姿はまるでモデル体型のようだった。軽く嫉妬すら覚えるほどに。変形したペットボトルにジェラシーを感じるのはいくら何でも限界が過ぎるか。

 

 どうしたらこんなふうになるのか分からない。そもそもこんなになるまで放置したことないし、どれほどの時間が経っているのか予測することもできなかった。

 

 強いて言えば、1か月や2ヶ月程度ではこうはならないだろうということだけ。

 

「なにこれ。中身が蒸発したってこと?」

「そうなんじゃないかな? それ以外考えようがなくない?」

「密閉されてるのに蒸発ってするの?」

 

 あたしたちは口々に疑問を発するが答えは出ないまま。ペットボトルなんて人生で何百本使ったか分からないのに、こんな現象一つ説明できない。

 

 当たり前にあるものだからこそ、その細部に考えを巡らせることなんてなかった。

 

 改めて意識して、自分の無知を痛感する。理科の授業とかちゃんと受けてたら、これも理由づけて説明できたのだろうか。めんどくさがらずに聞いとけばよかったなぁ。

 

「これ飲めんのか?」

「毒見頼んだ」

「アタシにやらせんのかよ? はいはい。朔はアタシのことなんかどうでもいいと思ってるんだ」

「お母さんのキレ方やめて」

 

 彼女がどこ出身なのか知らないが、見覚えのある拗ね方に苦笑する。母親とは全国各地共通の習性をもつ生き物なのか? なんでこんな雑な物真似で通じるんだ。

 

「学校にあった水は使えたんだし、ここのが使えない道理はないよな」

「まぁ、水はそうなんじゃん?」

 

 言われてみればそうだ。段ボールに包まれ、直射日光から遮られていた学校にあった水と、ここにあるものでは保存状況に違うから一概には言えないけど。

 

 ジュースとかはともかく密閉された容器に入った水が腐るのはあまり想像つかない。

 

「昔、ペットボトル飲料は無菌的に作られているから理屈の上では腐らないって聞いたことありますよ」

「なんとなく食べ物よりはいけそうな気がする。勝手なイメージだから全然根拠とかはないけど」

 

 遊が一番近くにあった水のペットボトルを手に取る。容器がやや変形している以外、見た目に不自然なところはない。不純物が浮いてたり、濁ってたり、そういうあからさまに危なそうな兆候は見られなかった。

 

 封を切る瞬間、額に銃口を突き付けられる瞬間のような緊張感が走る。パキリと結着部がちぎれる音がして、ひとまず第一関門は突破。音が鳴ったのなら、密閉されていたことの証拠になる。

 

「お? 変な臭いもないし、味も……。別になんもないな。マジでただの水だ」

「あとでお腹壊すとかはあるかもだけどね」

「おいおい。舐めた後に怖いこと言うなよ」

 

 まぁ、そのときはその時と割り切るしかない。いずれにせよ水がなきゃ生きていけないんだから。水がないと人間1週間しか持たないんだっけ? それは食べ物の話だったっけ?

 

 ともかく、熱中症対策ってことも考えれば下すリスクよりも水分を確保するメリットの方が大きいだろう。そう思いつつ、どことなく不安そうな遊を適当に慰める。

 

「ごめんごめん。安心して、骨は拾うから」

「終わる前提で話進めんな。……ま、とりあえず片っ端から持ってこうぜ。アタシカート持ってくる」

 

 言うが早いか彼女は駆けだしていた。まったくせっかちというかなんというか。彼女が戻るまでの間、もうしばらく商品棚を物色する。

 

「ジュースよりも、水とかお茶多めに持ってった方がいいかな?」

「そうですね。そっちの方が長持ちしますし、生活用水としても使いやすいですから」

「あと、ぬるいジュースっておいしくないしねぇ。あっためる方法はすぐ思いつくけどさ、冷やす方法って全然出てこなくない?」

「うーん……。氷や雪なんて望むべくもないですもんね」

 

 ぬるくて甘い飲み物ほど気持ち悪いものもない。特に炭酸飲料、炭酸が抜けてたらなおのこと最悪だ。

 

 電気が通っていないからには、当然冷蔵庫も使えないし氷を作ることもできない。現状、飲み物……いや、飲み物に限らずあらゆる飲食物を冷やす手段があるのかも分からなかった。

 

 そうすると問題になってくるのは、どうやって食べ物やらを保存しておくかってこと。

 

 自給自足生活をしなくちゃならないとして、仮に海で魚を釣ってきたとしてもそれを保存しておくこともできない。生モノなんてこの炎天下じゃ1日持つかすら怪しい。

 

 無人島で遭難したとき火を熾す方法は何通りも紹介されてるのに、氷を作る方法なんて聞いたこともない。逆に冷蔵庫1つで氷が作れるのも、人類が積み重ねてきた努力の賜物だったと言えるんだろう。過去形なのが悲しいところだ。

 

「あ。気化熱で冷やすとかはありますね。濡れたタオルをペットボトルに巻いて、風を当てると早く冷えるみたいな」

「おお。なんかそれっぽい。かしこちゃんじゃん」

「それでも、氷ができるほどは冷えないでしょうけど」

「だよねー。うわー、あったかいもの縛りって地味にキツそう」

 

 早く冬になればいいのに。寒いのは着込めばいいけど、暑いのは何したって暑いし。ってか、この世界にも四季はあるよね?

 

 大昔、隕石が落ちてきて氷河期になったみたいに、こういう気候がデフォになってしまったなんてのは勘弁してほしい。

 

「おらおら。どけどけー」

「あぶな」

「とりあえず片っ端から乗せちゃえよ」

 

 そんな不安に駆られていたとき、ガラガラとやたらやかましい音を立てながら遊がカートを押して戻ってくる。あたしたちの腕力じゃ大量の物資を運ぶのには限界があるし、これも借りていっちゃおう。

 

 栞が並べられたジュースを近い順に棚から降ろしていく。その様子はさながら業者。こんな大量に買い込んでるのなんて見たことないからちょっと面白い。

 

 そこでふと商品棚に張られたプレートが目に入る。それは、商品の値段や品名を示すもので。

 

「ちょっと待って。値札にはなんてかいてある?」

「え? ……うーん。掠れててよく読めないけど、『350ml×4本 298円』ですかね?」

「こっちは700mlで108円だって。こっちの方が安いからこっちにしよ」

「どうせ勝手に持っていくのに、ねだんきにする必要あります?」

「あるよー。なんか得した気がするじゃん」

「まあ、どっちでもいいですけど」

 

 栞は少し釈然としない様子だったが、別に反対する理由もなかったらしく言われるままにあたしの示したものをカートに乗せ始める。

 

「今更だけどさ。持ってってもいいのかな」

「確かに、なんか罪悪感はあるよね」

 

 遅ればせながら単純な疑問が湧き上がる。カートいっぱいに詰め込んでおいて何をと言われるかもしれないが、無断で店内のものを持ちだすのにはそこはかとない心理的抵抗を感じた。

 

 バレなきゃ犯罪じゃない、とは先人の言葉だが。だとしたらバレようは無いけど、それでも悪いことをしている気分になる。

 

 もしもこれが、誰か趣味の悪い大金持ちが仕掛けた盛大なドッキリだったとして、ネタばらしのあと道徳のうんぬんを詰められたりしたらどうしよう。そんなことを考えてしまった。

 

 こんなことを考えてしまうのは、まだ自分の心のどこかに現実を信じ切れていない部分があるからなのだろう。

 

 いつかこの行為が当たり前になる日が来たとして、それでようやくこの世界を受け入れたことになるのかな。

 

 まあいいや。こんなことを考えてたって今抱えている問題は解決しない。

 

 お菓子やらなんやらだって、このまま誰の手にも渡らないまま腐っていくよりは少しでも有効活用してあげた方が喜ぶに違いない。生きているか分からない生産者だってそれを望んでいるはず、たぶん。

 

「つーか、このままペースだと一生かかっても終わんねーな」

 

 このスーパーに入って、体感数十分ほど経過している。だというのに探索し終えたのは入り口付近と、そこから入ってすぐの一画のみ。確かに彼女の言う通り時間をかけ過ぎである。

 

 我ながらよくもまぁたかがスーパー程度でこんなにもはしゃげるものだ。子供のとき初めて来た時ですらここまで面白がってはいなかったと思う。

 

 店内は広く、見るべき場所はまだまだある。顔を上げて見回しても、反対側の壁や商品が見えないくらいには離れている。

 

 ここ数日の外の様子を見る限り、日が昇っている時間は長いものの、暗くなるのも早いし街灯なんてない。学校からはそこまで離れていないとはいえ、万一道を見失っては大変だ。

 

 このスーパーはかなり広いから今日一日で全部を見て回るのは無理でも、逆に今日一日で見て回る必要もないし。それよりは帰り道の安全を取ったほうがいいだろう。

 

「手分けして探そうぜ。店内ならはぐれることもないし、最悪大声で叫べば人もいないし聞こえるだろ」

「それでいいんじゃない?」

 

 そう提案した遊がそれぞれを指さしながら任務を割り振っていく。まず初めに、依束に向き直って。

 

「それぞれ衣食住で。食べ物は依束の野生の勘に任せる」

「二回目」

 

 何のカウントアップなのか。ニコニコと微笑む依束から底知れない圧が発せられているのはたぶん気のせい。

 

「生活用品とか日用品は栞で、服はアタシに任せとけ。ファッションセンスには自信があるからな」

「不安しかないですけど……。まぁ、分かりました」

 

 うんうん。それぞれの長所を活かした適切な人数配分だと思う。で。

 

「あたしはどうすんの」

「お前は……そうだな。センスで」

「一番ダルいやつじゃん」

「じゃあ時間もないし、出発! 健闘を祈る」

「ちょ」

「また後でねー」

 

 その号令とともにみんなが散り散りに歩きはじめ、しばらくもしないうちに売り場へ姿を消す。

 

 えぇ……。時間がない、は分かるけど。薄情というかなんというか、無慈悲過ぎない?

 

 広いスーパーのなかに一人取り残されたあたしはその場に立ち尽くす。そして、自分に与えられたあまりにも大雑把な任務の内容を反芻していた。

 

 センス、って言われてもなぁ。この非常事態に衣食住以外で必要なものって一体。野菜の種? それは食に入りそうだし、依束も同じように考えて持ってくるだろう。

 

 化粧品? そっちには栞が向かっている。さっき店に入ったときに見たフロアマップで覚えているし、なによりそこまで詳しくない。

 

 そうなると他にパッと思いつくものもないし……。どうしよっか。

 

 まぁいいや。別に被っちゃいけないわけでもないし、とりあえず何でもいいから探してこよう。現状足りないものの方が多いんだし、全く必要ないものもあんまないでしょ。

 

 これで後からあれがないこれがないって言われたって知ーらない。その程度の軽い認識で。自分の興味に導かれるまま、ふらふらと行動を開始した。

 

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