何の変哲もない普通のラブコメ   作:ナオ3

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山も谷も無いラブコメ


2話

 

 

(あと20分...)

 

 

無理だ。絶対に無理だ。

美怜の様子をもう一度確認する。

 

 

(やべえ)

 

 

さっきまでは何とか耐えていた美怜だが、もう限界を完全に超えている。

 

 

(目が動いてねぇ)

 

 

一点を見つめたまま、瞬きすらしていない。

まるで動いたら全てが崩壊することを自分で理解しているかのように、石像のように固まっている。

普段の冷徹な眼差しとは違う。そこにあるのは、焦燥と必死の抑圧だけだ。

 

 

(脂汗が出てる)

 

 

額だけじゃない。こめかみ、首筋、さらには耳の後ろまで光っている。

涼しい教室の中で、一人だけ滝のような汗。まるで自分の体温をすべて放出して、ギリギリの均衡を保っているかのようだ。

制服のシャツまでじっとりと濡れて、氷の女王のイメージを台無しにしている。

 

 

(足の動きが激しい)

 

 

机の下で、美怜の足が小刻みに震えている。

内股は限界まで締められ、太ももの筋肉は力を入れすぎてプルプルと震えている。

靴の先は床を擦り、耐えようとするたびにカタカタと机全体を揺らしていた。

 

 

(顔色もヤバい……!)

 

 

蒼白。血の気が引きすぎて、普段の気品ある白い肌が紙のようだ。

唇はかすかに噛み締められ、赤くなっている。

喉の奥からは震えるような呼吸音が漏れ、聞いているだけでこちらの心臓が縮み上がる。

 

 

(一刻の猶予も無い!)

 

 

これはもう、本当に危ない。

限界なんて甘い言葉じゃない。

すでに赤信号を通り越して、爆発まで秒読みの状態だ。

 

 

(……このままじゃ、本当に教室で大惨事が起きちまう!)

 

 

俺は覚悟を決めた。

優等生の評判だの、氷の女王のプライドだの、そんなことは二の次だ。

とにかく――この爆弾を処理しなければ、俺たちの教室は地獄に変わる。

 

 

(ちくしょおおお、何で俺様がこんな事おおおおお!)

 

 

心の中で絶叫する。なんで俺が、大嫌いな白桜美怜のために、自分の評判を犠牲にしなきゃならないんだ。でも、このまま放置したら、俺も巻き込まれる。それだけは絶対に避けなければ。

俺は深呼吸をして、手を上げた。

 

 

「先生、体調が少し悪いので保健室に行っても良いですか?」

 

 

できるだけ弱々しい声を出す。顔色も悪く見えるように、少し俯き加減にする。

田中先生が心配そうに俺を見た。

 

 

「宇生くん?大丈夫か?」

 

「はい、ちょっと...朝から調子が悪くて...」

 

 

嘘だ。朝は絶好調だった。朝食もしっかり食べたし、体育の授業だって全力でこなした。でも、優等生の俺が言うんだから、誰も疑わない。

 

 

「そうか、行って来なさい」

 

 

先生は優等生である俺の言葉を疑わずに許可を出す。これが日頃の行いというやつだ。優等生キャラを演じ続けてきた甲斐があった。

俺は立ち上がり、少しよろめくフリをする。そして、美怜を見た。

 

 

「白桜さん、悪いけど付き添いお願い出来るかな?」

 

 

できるだけ体調が悪そうなフリをしながら、美怜に声をかける。本当は「早くトイレ行け!」と叫びたいが、そんなことは言えない。

教室がざわめき始めた。

 

 

「え、優斗が白桜さんに付き添い頼んだ……?」

 

「二人で保健室?」

 

「マジかよ……」

 

 

教室のあちこちでざわめきが広がる。

男子は一斉に目を剥き、女子は口元を押さえて互いに顔を見合わせ、信じられないといった表情を浮かべている。

 

氷の女王――白桜美怜。

その彼女に「付き添いを頼む」なんて、普通の神経では考えられない。

 

 

「あり得ねぇ……だって白桜さんだぞ?」

 

「誰も隣にすら近寄れない氷の女王にだぞ?」

 

「しかも“頼んだ”って……正気か?」

 

 

普段なら教室に響くのは、彼女を遠巻きに憧れる溜息や噂話ばかり。

近づくことすら畏れ多い存在だ。

そんな彼女に、堂々と「付き添いを頼む」なんて――学園七不思議に加わってもおかしくないほどの暴挙。

 

 

「優斗……やっぱアイツ、ただの優等生じゃなかったのか……?」

 

「いやいや、でもよりによって白桜さんだぞ……?」

 

 

驚愕と困惑と羨望が入り混じり、教室全体がざわざわと揺れていた。

 

 

(ちげぇえええええええ!!!)

 

 

心の中で俺は叫ぶ。

勘違いも甚だしい!

これは英雄的な救助活動であって、恋愛フラグなんかじゃ断じてない!!

 

教室のあちこちでざわめきが広がる。

男子は目を剥き、女子は口を押さえてヒソヒソと噂し合う。

 

 

「お、おい優斗、顔色ヤバすぎねえか?」

 

 

勘違いすんな! 俺は仮病だ!

……いや、仮病なんだけど、実際に死にそうなのは本当なんだよ! 精神的にな!!

 

俺の脳内は爆発寸前のサイレンが鳴り響いている。

「仮病を信じてもらう」ために必死で青ざめた顔を作っていたら、今や本当に血の気が引いて、死人みたいになっていた。

 

 

(違うんだよ! お前らが想像してる「お似合いペア」じゃねぇんだ! こっちは爆弾処理班だ!!)

 

 

教室中が「恋の珍事」みたいに盛り上がっているが、実際は洒落にならない緊急事態だ。

俺の隣にいるのは美少女ヒロインでも氷の女王でもない。

――いつ爆発してもおかしくない、学園最大級の時限爆弾だ。

 

 

(俺が背負ってるのは学園一の令嬢のプライドっていう時限爆弾なんだよ! ラブコメ展開とか夢見てんじゃねえ!!)

 

 

何が「お似合い」だ、何が「二人で保健室」だ。

お前らに見えてるのは甘酸っぱい青春かもしれないが、俺にとっては命懸けの爆弾処理。

一歩間違えれば、この学園に「白桜令嬢おもらし事件」という永久不滅の黒歴史が刻まれるんだぞ!?

歴史の証人になりたいか!? 俺はなりたくねぇ!!

 

 

(あああ、俺様の評判がぁ!?)

 

 

なのに周囲の目は誤解に凝り固まっていく。

違う、そうじゃない。

俺はヒーローでも彼氏候補でもない!

ただ、誰よりも不名誉な爆弾処理役に選ばれただけなんだ!!

 

胸の中で絶叫しても、当然誰にも届かない。

むしろクラスの空気はますます「これは怪しい」と色めき立っていく。

俺の優等生ブランドは、音を立てて崩壊の一途をたどっていた。

 

内心で嘆く。せっかく築き上げた「みんなに優しい優等生」というイメージが、「白桜美怜に付き添いを頼む特別な関係」というイメージに塗り替えられていく。

 

 

(お前たちのためでもあるんだぞ、この爆弾処理は!)

 

 

もし白桜美怜がここでお漏らしなんてしたら――。

 

この清潔で整然とした教室は、一瞬で修羅場に変貌する。

椅子を蹴倒して逃げ惑う者、悲鳴をあげて窓際へ避難する者、卒倒して保健室行きになる者。

阿鼻叫喚の光景が脳裏に鮮明に浮かぶ。

 

 

(わかってんのか!? 教室の床はプールか? 悲鳴は爆撃サイレンか!? 絶望に染まった顔が並ぶんだぞ!?)

 

 

そして翌日から――。

 

「昨日の惨劇を俺は一生忘れられない……」

「教科書まで被害に……」

「俺のリュック……まだ臭いが取れない……」

 

 

被害者の証言がクラスを暗く覆い尽くすだろう。

最悪、新聞沙汰だ。いや、ニュースで全国配信されるかもしれん。

“白桜学園氷の女王、おもらし事件”。

ヘッドラインを飾る惨劇。

 

 

(そうだ……俺は今! クラスの、いや学園全体の未来を守ってるんだ!)

 

 

そう、これは単なる茶番じゃない。

もし白桜美怜がこの場で失敗すれば――教室は壊滅、クラスは全滅、学園の名誉すら地に堕ちる。

誰もが語り継ぐ地獄の惨劇が誕生するのだ。

 

 

(自分の優等生イメージを犠牲にしてでも、英雄として爆弾を抱え込んでるんだぞおおお!!)

 

 

……なのに誰も分かっていない。

周りの視線は冷やかしと勘違いばかり。

俺の献身は、恋の噂話に変換されてしまっている。

 

 

ああ、なんて報われない爆弾処理班……。

 

 

俺は身を挺してクラスメイトを守っているんだ。なのに、なんでこんなに誤解されなきゃならないんだ。

美怜は一瞬躊躇したが、すぐに状況を理解したようだ。まるで蜘蛛の糸を見つけた芥川の「蜘蛛の糸」の主人公みたいに、救いの手を必死で掴もうとする。

 

 

「仕方、ないわね...」

 

 

できるだけ平静を装いながら、美怜が立ち上がる。だが、その動きはぎこちない。明らかに下半身に力が入りすぎている。

 

 

「マジで?どういう関係......?」

 

「いや、でも確かに席隣だし...」

 

「お似合いじゃん」

 

 

誰かが茶化すような声を上げる。

 

 

「なんか、白桜さんの方が辛そうな……?」

 

 

鋭い! 誰だ今の!! 黙れえええ!!

 

 

(頼むから爆弾に刺激を与えるのはやめてくれ!!)

 

(今は繊細なガラス細工なんだぞ!? ほんの一言でヒビが走るんだよ!!)

 

(余計な観察力なんざ発揮すんな! お前は今日から永久に節穴だ!!)

 

 

心の中で必死に叫ぶ。

この状況で「白桜さんの方がやばい」なんて気づかれたら、全てが終わる。

注目が集まれば集まるほど、爆弾は揺さぶられる。

俺が必死で守っている均衡は、クラス全員の視線ひとつで崩壊するんだ!

 

 

(頼む……もうちょっとで廊下に出られるんだ……ここで集中砲火はマジで死ぬ!!)

 

 

だが、クラスのざわめきは止まらない。

氷の女王と優等生――まさかのペア行動に、全員が色めき立っている。

 

 

(うわあああ、後で絶対に噂になるううう!?)

 

 

目に浮かぶ。

 

 

「宇生くんと白桜さんって、実は仲良かったの?」

「二人で保健室とか、怪しくない?」

「やっぱり氷の女王に選ばれるのは優斗くんだったんだ~」

 

 

……ふざけんなああああ!!

 

 

(俺が!? よりによってこの高飛車女と!?)

 

(大嫌いな女とカップリングされそうな未来なんて、悪夢以外の何物でもねぇだろ!!)

 

 

俺は優等生だ。

本来なら「爽やかな人気者女子」とか「気立ての良い幼馴染」とか、そういう相手と並ぶのが正しい未来像だ。

なのに、何でよりによって学園の氷の女王・白桜美怜と「お似合いペア」扱いされそうなんだ!?

 

 

(あああ、俺の清く正しい学園生活に暗雲が……! 優等生イメージが……! 全部この女のせいだあああ!!)

 

 

それでも、俺は横に立つ爆弾を抱えたまま、優等生スマイルを貼り付け続けるしかなかった。

 

 

付き添いをすることになった美怜に、更にざわめくクラスメイト。

先生も少し困惑したような表情を浮かべている。

 

 

「早く行きましょう。無理しないで」

 

 

美怜が俺に声をかける。蒼い瞳は俺を気遣っているように見える。クラスメイトから見れば、心配してくれている優しい白桜さん、という構図だろう。

が、俺にはわかる。

その奥底に隠れているのは――悲鳴をあげそうな緊迫感だ。

「早く!」という心の叫びが、俺には聞こえる。限界を超えた彼女の必死さが、ひしひしと伝わってくる。

 

 

(俺は俺を引き立てる女が良いんだよ、こんな俺様を霞ませる女は嫌だあああ!)

 

 

本来なら、俺の隣には――地味で大人しい、俺を立ててくれる女子が座っているべきなんだ。

ほんの少し控えめで、クラスで言えば容姿は3番手くらい。

美人すぎず、かといって不細工でもなく、「ああ、宇生くんと一緒にいると丁度いいよね」って言われるくらいのバランスの女の子。

 

 

(そうだよ、それでいいんだよ!)

 

 

俺のステータスを底上げしてくれる存在。

決して俺より目立たず、でも俺の隣でニコニコしてくれるだけで周囲から「優斗ってやっぱり頼れるな」って株が上がる。

それでいて、自分が地味であることを苦に思わず、むしろ「優斗くんの隣にいられるだけで幸せ」って微笑んでくれるような子!

 

 

(……これが、俺の理想だ!)

 

 

なのに、なんでよりによってこんな面倒くさい令嬢が隣にいるんだ!?

美貌トップ、成績トップ、運動神経まで抜群。

しかもプライドは富士山より高く、氷の女王なんてあだ名まで付けられてる。

隣に座ってるだけで俺がかすむし、どんなに頑張っても「宇生優斗=白桜美怜の隣の人」で終わっちまうんだ!

 

 

(頼むから俺様の優等生人生にデカすぎる影を落とすなあああ!!)

 

 

二人で教室を出ようとする。その瞬間、クラス中の視線が突き刺さる。

 

 

「二人で並んで歩いてる......」

 

 

廊下側の席の女子が、目を輝かせながら呟く。

 

 

「お似合いじゃん」

 

「いやいや、どう見ても白桜さんの方が...」

 

「でも宇生くんもイケメンだし」

 

 

勝手な評価が飛び交う。

 

 

「宇生くんと白桜さん、凄く切羽詰まってない?」

 

 

……お前なんだよ! さっきからやけに鋭いんだよ!!

 

 

(気付かなくていいんだよ! いや、むしろ気付くな!!)

 

(この世には“知らない方が幸せ”ってことがあるんだ……! 今まさにその典型例なんだよ!!)

 

 

氷の女王が爆弾化してるなんて事実、誰にも理解されちゃいけない。

 

 

(だから余計な洞察力を発揮すんな! 今は馬鹿でいろ! 今だけは全員脳筋でいてくれえええ!!)

 

 

教室のざわめきはどんどん広がっていく。

俺の胃の中で、嫌な汗と一緒に未来への絶望がぐるぐると渦巻いていた。

 

 

俺たちは足早に教室を出る。扉を閉める瞬間、教室からざわめきが漏れ聞こえてきた。

 

 

「絶対何かあるよね」

 

「まさか付き合ってる?」

 

「いやでも、宇生くんあんなに顔色悪かったし」

 

(ちくしょう...)

 

 

 




ヒロインのピンチを救う、普通だな
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