何の変哲もない普通のラブコメ   作:ナオ3

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ちょっと実験的に書いてるのでおかしい所は多々あるかと。


3話

教室のドアを背後で閉めた瞬間、俺と白桜美怜は完全に外界から隔離された。

昼休みでも放課後でもない、授業中の廊下。そこは普段なら静寂の聖域だ。

人気の無い真っ直ぐな廊下に、響くのは空調の低い唸り声と、俺たちの靴底が床を擦るわずかな音だけ。

……いや、違う。もっと重苦しい音があった。

 

耳を澄ませば聞こえる。時限爆弾のタイマー音。

――ではなく、隣にいる女の荒く、不規則で切羽詰まった呼吸。

 

「……っ、ぅ……」

 

美怜はドアに手をついたまま、石像のように動けなくなっていた。

背中が小刻みに震え、肩が上下し、まるで嵐に揉まれる小舟だ。

普段の威厳も冷気も消え失せ、ただただ人間らしい必死さだけが浮かび上がっている。

 

(おいおいおい、限界とっくに越えてるじゃねえか!?)

 

脳内警報が鳴り響く。

教室で見たときよりも数段ヤバい。レッドゾーンなんて優しいもんじゃない。針は振り切れ、警報ランプは爆発寸前だ。

 

俺の優等生アイが自動解析を開始する。

――顔色は死人のように蒼白。

――額から首筋にかけて流れる脂汗は、授業中の汗とはまるで違う冷たい輝き。

――両膝は震え、体はわずかに前屈み。

 

つまり、詰み。

 

ここは戦場だ。すでに敵陣に突っ込んでしまった爆弾処理班。俺の肩に全てがのしかかっている。

 

 

(やりたくねぇ……)

 

 

胃の奥からせり上がってくるのは、純粋な嫌悪感。

できることなら、この場から踵を返して全力疾走で逃げ出したい。

二度と振り返らずに、今日という日をなかったことにしたい。

 

 

(心底やりたくねぇ……)

 

 

体中の細胞が一斉に拒絶している。

氷の女王に触れることも、支えることも、頼られることも。

全身が「NO!」と赤信号を点滅させていた。

 

 

(でもやんなきゃ、ここで見捨てたら俺の優等生イメージが木っ端微塵だ……!)

 

 

胸の中で膝から崩れ落ちる自分を想像する。

黒板に「宇生優斗=無責任」の四文字が大書され、クラス中の視線が俺を突き刺す光景。

さらに妄想は膨らむ。噂好きの女子たちが「優斗君って冷たいよね」とひそひそ囁き、男子たちが「アイツ、白桜を見捨てたんだぜ」と陰口を叩く。

俺の築き上げた優等生ブランドは、一瞬で崩れ去る。

 

胃がキリキリと痛んだ。

選択肢はない。

俺の評判と、学園の平穏、そして何より俺自身の将来のため――。

 

俺は決断を下した。

まるで処刑台に向かう罪人のように、足を引きずりながらも前へ進む覚悟を決める。

いや、違う。俺は罪人じゃない。犠牲を承知で飛び込む勇敢な処理班だ。

爆弾処理は誰かがやらなきゃならない。ならば、それは俺だ。

 

 

「白桜さん、僕に捕まって」

 

 

声は出来る限り柔らかく、慈愛に満ちた優等生ボイス。

まるで病人を気遣う聖人君子のように聞こえるだろう。

俺は自分の肩を差し出す。

 

――だが、内心は真逆だ。

 

 

(うげぇ……! 本当は触れられるだけでも鳥肌モンなんだよ!!)

 

 

背骨を氷柱で撫でられたような感覚にゾワッと震える。

 

 

(俺の清潔な優等生オーラに、この爆弾女の脂汗を混ぜたくねぇえええ!!)

 

俺が積み上げてきた完璧な優等生ブランドが、一瞬で汚されていくような気がして吐き気すら込み上げた。

 

 

(けど……仕方ねぇ……今だけだ、今だけ……!)

 

 

嫌悪感を必死に塗り潰し、顔の筋肉を総動員して「爽やか笑顔」を演出する。

俺の仮面が一ミリでも崩れたら、この女は「侮辱された」と受け取って即爆発しかねない。

だからこそ、演技するしかなかった。

 

慈悲深い優等生。

誰にでも平等に優しい学園の模範生。

 

……そう見えるように、全身全霊で「嫌悪」を隠していた。

 

美怜はハッと顔を上げた。

蒼い瞳が揺れている。羞恥、抵抗、そしてほんの僅かな助けを求める色。

 

 

「い、いらないわ」

 

 

震える声で、プライドだけは失わまいとする返答。

その瞬間、俺の中の理性が崩壊した。

 

 

(マトモに歩けもしないくせに何ほざいとんじゃこのアマァァァ!)

 

 

こいつのせいだ。

こいつの馬鹿みたいに肥大したプライドが、この惨劇を引き起こそうとしている。

助け舟を素直に掴めばいいものを、格好つけて「いらないわ」だと?

ふざけんな。

その一言が、俺の人生を道連れにして破壊しようとしているんだぞ!

 

 

(その無駄なプライドが今まさに大惨事を呼ぶんだろうが!)

 

 

この期に及んでまだプライドか。

決壊寸前の爆弾を抱えておきながら、「私は大丈夫」と言い張るその態度。

どんだけ頑固なんだよ。どんだけ高飛車でいたいんだよ。

 

 

(バカじゃねぇのかコイツ!?)

 

 

内心の声が噴き出す。

氷の女王?笑わせる。

こんなのただの意地っ張りで、周りを巻き込む自爆兵器じゃねぇか。

プライドを守るために、学園を地獄に変える気か。

本当にどうしようもねぇ女だ。

 

もしここで漏らしたらどうなるか、頭の中で一度でも想像したことがあるのか。

ファンだらけのこの学園で「白桜美怜=お漏らし女王」の称号がついたら終わりだろう。

それでも虚勢を張るとか……救いようがない。

 

俺は優等生の仮面を貼り付けたまま、吐き気がするほどの苛立ちを必死に噛み殺す。

 

だが心の奥底では、毒づかずにいられなかった。

 

 

(この女、ほんっっっとうに面倒くせぇ!今この瞬間でさえプライド優先かよ!?)

 

(“氷の女王”なんてカッコいい呼び名じゃねぇ。ただの“水の馬鹿”だろうが!)

 

 

だが俺は優等生。

絶対に口には出さない。

本音を飲み込み、仏のような顔でさらに言葉を紡ぐ。

 

 

「白桜さん、僕は何も聞かない。今日見たことも、すぐに忘れる」

 

 

――本当に、忘れたい。

頭の奥からきれいさっぱり消し去って、二度と記憶の底から浮かんでこないようにしたい。

無かったことにしたい。

そして何より、これ以上この女に関わりたくない。

俺の平穏な優等生ライフを侵食する、最大級の厄ネタだからだ。

 

……それでも。

今この場では、そんな本音を飲み込み、優等生スマイルで言葉を飾るしかない。

 

 

「だから、今は僕を頼って。お願いだから」

 

 

……なぜだ。

どうして俺が、よりによってこの女に、こんな必死にお願いしている?

 

学園一高飛車で、プライドの塊で、俺の優等生イメージをことごとく霞ませてくる存在。

普段なら心の底から「関わりたくない女ナンバーワン」に君臨している。

 

それなのに。

今は俺が、彼女に縋るように声を絞り出している。

頭を下げている。

必死に動いてくれるよう頼み込んでいる。

 

 

(おかしいだろ……! どう考えても立場が逆じゃねぇか!!)

 

 

ここでお前が、ほんの少しでも殊勝にしていれば――。

「ごめんなさい」とか「助けて」みたいに、ちょっと頭を下げてくれていれば、俺だってまだ気持ちよく“優等生”を演じられたんだよ。

それを何だ、そのプライドだけは手放さない態度は。

こっちに屈辱を押し付けるだけ押し付けやがって。

 

 

(何で俺が“大嫌いな女”にまで屈辱的にお願いしなきゃいけねぇんだよ……!)

 

 

俺の喉を震わせているのは、慈悲の声色なんかじゃない。

本音では、拳を握り締めて壁を殴りたいほどの怒りと屈辱感だった。

 

だが分かっていた。

これしか方法はない。

彼女を動かすには、命令でも、説得でも、恫喝でもない。

俺が頭を下げ、必死に懇願する――それしか道は残されていないのだ。

 

 

(くそ……覚えてろよ白桜美怜……一生忘れねぇからな……!)

 

 

屈辱だ。

この俺様に、ここまで頭を下げさせたこと。

大嫌いな女に「お願い」まで言わせた、この最悪の記憶。

一生涯、忘れられるもんか。墓場まで持っていってやる。

 

……いや、待て。

 

忘れろ。

むしろ今すぐにでも記憶を燃やして灰にしろ。

二度と俺の人生に関わってくるな。

お前なんざ、俺の優等生ロードには一片の必要もねぇんだよ!

 

喉の奥に苦い鉄の味が広がる。

優等生である誇りよりも、男としての矜持よりも、何よりもまず先に――目の前の爆弾処理を完遂することが最優先だった。

 

数秒の沈黙。

やがて美怜は俯き、蚊の鳴くような声で呟いた。

 

 

「……お願い」

 

「ありがとう」

 

 

俺は即答した。

外面は爽やかな優等生ボイス、完璧なスマイル。

だが心の中では、地獄の業火に焼かれながら悪態をついていた。

 

 

(おっっっそ!! ここまで来るのにどれだけかかったと思ってんだ!!)

 

(どんだけ他人に頼りたくねぇんだよこの氷の女王! お前の無駄なプライドのせいで、こっちは胃に穴が空きそうなんだよ!!)

 

 

だが表情は、慈悲深い優等生そのもの。

俺の仮面と本音のギャップは、もはや火山と氷山レベルで乖離していた。

 

 

(コイツ本当に、心底めんっどくせぇぇぇ!!)

 

 

胸の奥から煮えたぎるマグマみたいな苛立ちがこみ上げてきて、歯ぎしりしそうになる。

何で俺がここまで下手に出なきゃならねぇんだ。

普通なら「頼りにされて嬉しい」とか「女の子に感謝されるなんて最高」とか、男子なら誰でも浮かれる場面だろう。

だが俺は違う。絶対に違う。

 

氷の女王の肩を貸す?

ファンクラブが聞いたら発狂して石を投げてくるような状況に、俺はなぜか強制参加させられてる。

それも、相手はよりによって一番嫌いな女だ。

 

笑顔を貼り付けて優しく振る舞いながら、内心では机をひっくり返したいくらいの怒りと嫌悪が渦巻いていた。

まるで自分が、女王様の機嫌取りをする下僕に成り下がった気分だ。

 

 

(ちっくしょう……俺は優等生だぞ?模範生徒だぞ?なんで“爆弾処理班”なんて役回り押しつけられてんだよ……!)

 

(頼むから他の奴に押しつけさせてくれよ……なんでよりによって俺なんだよ……!)

 

 

ああ、耐えられねぇ……!

白桜美怜に肩を預けられ、ぴたりと密着されるなんて――漫画の主人公みたいなシチュエーションだ。

 

 

(だが俺にとってはただの拷問だ!!)

 

 

豊かな胸の感触が腕に押し当てられ、柔らかさが伝わってくる。

頬をかすめる吐息は熱を帯び、まるで甘い囁きのように耳を撫でる。

さらさらと流れる銀髪が肩に触れ、高級なシャンプーの香りが鼻をくすぐる。

 

普通なら、昇天ものの体験だ。

男なら誰だって舞い上がる至福の瞬間だ。

 

――だが俺にとっては地獄のスパイス。

 

全ての感覚が「危険信号」として俺の脳に叩き込まれてくる。

もし他の男子なら、頬を赤らめて「女神に肩を貸した」なんて一生自慢できるイベントだろう。

だが俺にとっては罰ゲーム以外の何物でもない。

ただの時限爆弾、いや――漏れかけ爆弾だ。

 

その爆弾がよりによって俺に縋りついてる。

この理不尽さ。

この不条理さ。

俺が一体、何をしたってんだ。

優等生として真面目に、清く正しく過ごしてきただけなのに。

なぜ俺が“爆発の巻き添え第一号”に指定されてんだ!?

 

この世に神がいるなら、間違いなく俺を嫌ってる。

運命の女神とかいう奴も、よりにもよって「白桜美怜を隣席に配置」という最悪の采配をやらかしてる。

俺が何か悪いことをしたか?宿題サボったか?遅刻したか?いや、全部守ってきただろうが!

 

 

(マジで嫌だ……でもやるしかねぇ……!)

 

 

心臓は嫌悪と緊張でドクドク鳴っている。

肩にのしかかるのは美少女ヒロイン――じゃなくて、学園一の爆弾。

どんなに逃げたくても、今ここで手を放せば大惨事は必至。

 

 

(これはくじ引きなら外れどころの騒ぎじゃねぇ!)

 

(大凶? いや、それすら生ぬるい!)

 

(これはもう“死刑宣告”レベルの罰ゲームだろうが!!)

 

 

しかも罰ゲームの内容が「氷の女王と強制密着して時限爆弾を抱えて廊下を歩け」だ。

誰が喜ぶかそんなもん!!

 

 

(俺だけだ……この学園で唯一、白桜美怜と一緒にいて得しねぇ男は俺だけなんだよおおお!!)

 

 

そう毒づきながらも、俺は優等生スマイルを崩さず彼女を支え続けるしかなかった。

 

肩にしがみつく美怜を支えながら、一歩を踏み出す。

向かうのは――女子トイレ。

廊下の角を曲がった先、数十メートルの距離。

 

今の俺には、その数十メートルが果てしない宇宙の旅路に思える。

ゴールは見えているのに、近づけば近づくほど遠ざかっていく蜃気楼。

まるで地球からアンドロメダ銀河までを、燃料切れ寸前のオンボロ宇宙船で漂っているような心境だ。

 

廊下の静けさが、余計に重圧を際立たせる。

カツン、と靴音ひとつが爆弾のカウントダウンに聞こえる。

隣から伝わる熱と重みが、「限界」を何度も何度も俺に思い知らせてくる。

 

 

(頑張れ俺! そして頑張れ俺様!)

 

 

額から汗が流れ落ち、喉は渇ききり、膝が笑う。

女子トイレまでの道のりは、俺の人生で最も長い遠征だ。

 

 

一歩、また一歩。

俺の背中も汗でびっしょりになっていた。

静まり返った廊下に、響くのは二人分の足音と、隣から聞こえる悲鳴のような息遣いだけ。

 

廊下の蛍光灯が冷たく白く、俺たちの影を長く引き伸ばしていた。

その影は、まるで処刑台へ向かう囚人と看守のよう。

俺は、なぜ自分が「護送役」をしてるんだと頭を抱えたくなった。




爆弾処理優等生の宇生優斗くんをよろしく!
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