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……
未明――世界が鳴りを潜める頃。駅前ロータリー。
私は、作詞作業が行き詰って頭が熱くなってくると、自宅から下北沢にまで歩いてクールダウンしたりする(夜型人間なのでいつも夜のピクニックだけど)。
今日もこうしてやって来たわけだけど、さすがに夜明けの駅前は静かで頭が空っぽになる。こんな時は、(綺麗に変わってしまった)駅近くのスロープの手すりに、私は腰を掛けて空を眺めるのが好きだ。大概、薄明に立ち会うことが多いのだが、光が目に沁みる感覚は嫌いじゃなかったりする。
それで――いつも何を考えているかというと、それはもう色々だ。
もちろん歌詞のこともそうだし、これからの人生のこともある。
三十代で独り身だと、この先だってきっと一人で生きていくことになるだろうし。あと二十年経ったら親の介護も始まるかも知れないし。看取ったら次は私の番だし……。
手放しに生きることを喜べた年齢が懐かしい(若いって素晴らしいね)。
それに、歌詞は歌詞でお風呂に入っている時の方が出たりするから、ほんとなんだろうという……。
とはいえ、ここへ来ると取り留めもないことを考える余裕が出る点は、唯一の利点だと思う。
例えば、人生の意味、とか。
何のために生まれ、何をして生き、そして何のために死ぬのか。
あの有名なキャラクターの歌でも歌われている命題だ。まさに答えがないのが答えみたいな、トンチが利いた解答が必要で、自分で考え始めた問題なのに困っている。
私がバンドをやる理由には、心に決めたものがあるけれど、人生とか自分に扱え切れない大きなもののために、果たして当て嵌めてもいいのだろうか……。
そんなことを堂々巡っては、時間を掛けて駅前に来る。熱気が冷めて、一日のクールダウン期間に入ったこの街に。
さて、こんな話をした訳は……、自分で書いているもののよく分からない。恥ずかしながら、エッセイなんて初めて書くもので……。その上で強いていうなら、私は思い出を探しているだけなのでしょう。足跡を辿って昔の私に助けを求めているのかも。
さっきも自分にあてて言ったけれど、この世界は悩み事だらけで、分からないことだらけだ。
分かることと言えば、もちろん自分の過去だけで――だから見てしまう。確かこんな風な歌詞の合唱曲があったような(当然私は、声も満足に出ないぼっちだったのでいい記憶ではない)。
過去に答えも求めても、未来に希望を寄せたとしても、結局は生きている今は今だしなと、ちょっと諦めている自分もいて。
それでも、「何か」を見つけたい自分もいて。
昔っからそうだったけど、私って面倒くさい女過ぎる!
普通の人はこんなこと考えないだろうに。そもそも普通とは何か問題があるけど。
だからこそ、友達って大切なんだね。こんな私を受け入れてくれるのだから……。
はあ、今日は宵に雨が降ったけど、今は晴れていて運がいい。
夜の白白開けの空には爽やかな風が吹いて、ポツリと一つ月が浮かんで佇んで。目を凝らしてみれば星月も見えるのが、いいよね。
確かこういうのを可惜夜と言ったような気がする。一応歌詞で悩んだ時に色々調べ知った語だけど、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。人生何があるか分からない。
次からは、月を見るためだけに出てこようかな。
よし、今度は「みんな」も誘って来てみようか、結束バンドの「みんな」を――。
……
』
後藤ひとり『四原色』薫文社、2035年より抜粋。
Ex. 『かみのけ座α星B』
もうすぐ時計は夜の底
帳尻合わせの秒針が 僕を急かして嫌になる
「明日」になったら全部忘れちゃうのかな
クロノスタシス 置いていかないで
おはよう、バイバイ
君の言葉で僕は救われた
飛び降りるブランコ 駆け上がる階段
きっと僕だけじゃ見えなかった景色
湿った五文字なんて足りないよ 寂しいけどさ 嗚呼
月の光 結び束ねて流れ星
手を振る前には戻れない 僕は僕に何を刻めばいいの
いっそ心が壊れてしまえば楽なのに
君の言葉を覚えていたいから できないんだ
僕はずっとこの僕でいたいから ダメなんだ
もうすぐ時計は夢の入り
醒めるまでは「昨日」だと 布団の中で鬱を吸う
ただ廻る 転がる岩を眺める僕ら
さよなら残響 虚しいだけさ
ありがとう、ごめん
僕はちゃんと君に返せてたっけ
深夜のリビング 夜明けの駅前
「今」が一番輝いてんだ
純粋な君の光が 太陽みたいに 眩しくて
出逢ったりしなければ こんな気持ちにはならなかったのに
「でも、嫌だ」
星の光 結び束ねた夜の空
繋ぐ前には還れない 僕は君に何を残せんだろう
いっそ君を傷つけてしまえば楽なのに
それでもさ 信じてんだ
月の暈 未曾有の前途示してる
愛し嫌いな僕の色で 君は「未来」を描いてくれたから
いつか雲間の星降る夜に待っていて
僕と「過去」の全部を笑い合おう
「現在」線上 道の先で