全国ツアー同年、三月某日。
山田リョウはレーベルのマネージャーに呼び出されて、都内某所、テナントとして各階に様々な企業が入っている高層ビルの上層にいた。
ここでお掛けになってお待ちください、と通された会議室は少なく見積もって十二畳ぐらいの普通の会議室だったが、天候がよく、高層階にあるため遠くのビル群までよく見える眺望のいい部屋だ。
とはいえ、親に連れてってもらったホテルのスイートの方がもっと高いところにある部屋で、部屋から見える景色もよかったなと思う。ただのマウント行為だけれど。
手持ち無沙汰な時間を減ることのない景色を見て潰す。しばらくすると、ノックが三回響いた。
「失礼します」
ふわっとした緑髪が特徴的な女性が部屋に入ってくる。
「今日はすみません、突然お呼び立てしてしまって」
そう言いながら彼女はリョウの真正面の席に腰を落ち着けた。
「単刀直入でいいです。司馬さん」
彼女の名前は司馬都。結束バンドがインディーズレーベル『ストレイビート』に所属していた時のマネージャーだ。
ではどうして、今もバンドのマネージャーのままなのか。
それは近年起こったメジャーレーベルによる包括的かつ大規模な買収が発端である。
彼らは音楽業界のさらなる隆盛を目す建前の下、全国に展開するライブハウス、楽器、AV機器などを買収していたのだ。その買収先は多岐に渡っていて、音楽の源泉を支えるインディーズレーベルも例外ではなかった。
結束バンドが今所属しているレーベルの場合は、インディーズ方面の強化のため、下北沢をはじめ各所の目ぼしい所属アーティストや、有望な人材を持つ事務所を何件か丸ごとM&Aしており、そうして集められた諸々で傘下の子会社――新しくインディーズのレーベルを設立したのだ。
ストレイビートもこの際に買収された口なのだが、都はマネージャーとして結束バンドをメジャーまで導いた功績を評価されたことや、役を続投させた方が絶対に彼女らをもっと輝かせることができる、と都自身が上層部に直談判したため、新設された会社からの出向という形で今のポジションに落ち着いている。
ちなみに、ストレイビートで雇っていたバイトでライターの「ぽいずん♡やみ」こと、佐藤愛子は例の新事務所のお抱えのライターに収まったと風の噂で聞いた。
「では、本題に入りましょうか」
都の表情が真剣なものへと変わる。
「単刀直入に言います。来月からのツアーを起爆剤にして、結束バンドを今よりも盛り上げて欲しいのです」
「…………。盛り上げるって言っても、どうやって」
「その方策は追々お話するとして……。結束バンドの現状を知ってもらいたいとは思います」
そう都は言うと、山田さんも薄々勘づかれているとは思いますが……、前置きしてから話始めた。
内容を端的に表せば――、
最近の結束バンドの活躍は目覚ましいとは言えない。
ということだった。
「ファンクラブやネットのトレンド――どの媒体形式でもそれなりのファン数は持っているのですが、統計的に見れば固定ファンの存在が大きいとしか言えず、その固定ファンの数も、ファンクラブ会員数という側面から見れば芳しくない……。ですので、〝盛り上げる〟ことが正念場なんです。新規ファンの獲得が、今後この世界で生き抜いていくために必要なことなんです」
「…………。ちょっと、頭の中で整理します――」
彼女の言い分は分からないでもない。全盛期と比べて勢いがないのは事実だから。
インターネットが世界の隅々まで蔓延り、AIなどの技術も発展したこの現代において、今まで才能があるもの、努力が続けられる者が生み出せた、芸術というある一定の神秘さを孕んでいるものが、もはや一般化され、クオリティは一旦置いておくとしても貴賤に関わらず創出できるようになった。
母数が増えたことで世に作品は氾濫し、変化を良しとしない旧知のものはその巨大な波に押しつぶされ、飲み込まれ、人知れず淘汰される世界。
そんな中で私たちは無謀にも星を目指し続け、辿り着こうとしている……――。
「このこと、虹夏には話したんですか?」
「話した――というより、伊地知さんからそう話があったんです。それで……確かにと納得できる部分もあったので、その方向に転換しようと。彼女から山田さんだけには伝えてください、とお願いされたため、今日お伝えした次第です。理由はあとで伊地知さん本人から聞いてください。私が話すべきことではありませんので」
「はい――」
なんとなく状況が掴めてきて、リョウの頭の中で色々なことがぐるぐると回り始めた。
――それって……。
そして、ある一点の懸念に思考が凍りついた。
本人が分かっていることをわざわざいう時は、その相手が怒っている時か、その物事が近々に迫っている時なのだ。
つまり、私たちが、今の私たちのままでは…………。
「司馬さん、正直に答えてください」
「はい」
都はリョウの意志を汲み取ったかのようにゆっくり返事をする。
「…………私たちって……、結束バンドって……、もう後がないんですか?」
言葉で濁そうともせず、リョウは自身の疑問をぶつけた。
「今すぐという面からみれば、答えはノーですが、〇月〇日に隕石が地球に落ちてきて人類が滅亡する――なんて眉唾な予言よりは確実に、です。今のまま何もしなければ二十周年は……恐らく」
都は少し黙って、コホンと咳払いをしてから続ける。
「リョウさんも分かっていると思いますが、人気が落ち目になれば、それが如実に数字に出る世界ですから。私も、みなさんだけの曲を作り続けて欲しいと思っています。でも、それを世間は簡単には許してはくれないのです」
世知辛いですよね、と目を伏せながら都はつけ足した。
「……………………」
何か言おうと口を開くが、空気が吸えず喘ぎ苦しむ魚のようにパクパクとした単調な動きのみが繰り返される。私が言うべき言葉が見つからない。
そうしたまま体感時間にして数十秒か数分かが過ぎていく。
そして、気持ちが落ち着いてきた頃、クリアになった頭の中に湧いてきた感情。
それは――無、だった。
悲しみも、悔しさも、憤りも、明言されていない社会通念として求められる感情は、まったくと言っていいほどなかった。
ただ、〝そうか〟という然りの言葉だけが脳内に浮かんだ。
ただ、その「無」という反応に「自分」が異を唱えている。
昔のように右往左往して、勝手にもがき苦しむべきだ。素直に受け入れてしまっているのがおかしいと。
――バンドに疲れてしまった?
――そんなことはない。
――夢なんてどうでもよくなった?
――断じてあり得ない。
自分は昔と変わらない返答をする。
しかれども、何もかもが漠然とし過ぎている。
今自分が、何を考え、真に何を欲しているのか。心の内を覗くことで回答を得るのは不可能。
例えるなら、空が樹冠に覆われてしまうような深さの森をコンパスも地図もなしに歩くように、もしくは、肺の中まで濃霧で満たされてしまいそうな湖を手漕ぎボートで一人進むようなものだ。
それでも、確かなことは一つだけある。
――個性を捨てたら、死んだのと同じ。
これだけは、この百数十メートル下にある岩盤の如く、固く揺るがない。
「……分かりました」
今ここであれこれ悩んでもどうせ何も決まらない。まずは、家に帰って、その次に、虹夏に電話してみて今後のことを考えよう。
そう思って、「じゃあ、今日はこれで」と席を立とうとすると、くすっと都が笑った。
その意外な反応にリョウは驚いて動きが止まった。しかし、彼女が再び話を始めそうな雰囲気を感じて椅子に戻る。
「あ……、すいません。どうも山田さんの表情が面白くて。実は、伊地知さんとこの話をした時、彼女も山田さんと同じように不安と自信に満ちた顔なさってたので――ですからやはり、信頼し合っているからこそ、バンドメンバー同士似てしまうのかな、とつい」
不安そうな表情をしていたのは分かるが、まさか自信が滲み出ていたなんて、都に言われなかったら気がつかなかった。
しかもその表情は、みんなから染められたもの。
……随分一緒に遠くまで来たんだ。
そう感じると、自分の目の前すら見えるか怪しい心の中で、そっと灯が点いたようだった。
「…………」
「安心してください。そのためのマネージャーです。一緒に道を考えましょう。今日はそれを伝えるためでもあったんです。私だって、何もできないまま終わっていくなんて悔しいですから」
バンドを盛り上げる=取り巻く風向きを変える。そんなリョウにとって、結束バンドにとって未曽有の経験を前にしているからこそ、都は、焦らず、ゆっくりと諭す。
こんな頼もしい言葉を、大して年も変わらない彼女が平然と言えてしまうのは、業界に身を置いてることでセピア色に褪せた記憶へ成り果てたバンドを、彼女はより多く知り、より多くその残り香を感じてきたから、なのかも知れない。
この人と一緒にやっていけば、これからもバンドを続けられるはず。
「こちらこそよろしくお願いします、司馬さん」
リョウは感謝や希望、焦燥感を胸の中で一緒くたにして、深々と頭を下げた。
「はい、こちらこそ」
都も頭を下げる。
互いに向く方向が同じだと分かったからか、間には今まさに動きを止めようとしている、マイナス二七三・一五度に近しい現実なんて最初からなかったかに思えた。心地良い空気が流れていた。
それからしばらく、今後の予定や、今考えている企画案を話し合って今日の会議はお開きになった。
『――で、どうだった?』
机の端に置いたスマホのスピーカーから虹夏の声がする。
「何が?」
会議が終わって数時間。
家に帰って、シャワーを浴び、服を着替え、食事を済ませたリョウは、虹夏と今日のことについてロインの通話で話していた。
家事に気を取られず、バンド活動に身を投じれるので実家暮らしは最高だ。高校卒業とともに実家から追い出され一人暮らしを強制されたときはどうなるかと思ったが、なんだかんだで家に戻ってこられて、よかったの一言である。あの頃のことは楽しいことも多かったが、それはそれこれはこれ。
些細ではあるが、大きな幸せを味わいながら、リョウはデスクトップで日課かつ、もはや趣味となった作曲や編曲を進める。その片手間に虹夏の言葉に反応していた。
『だから、司馬さんと話してきたんでしょ。これからの話』
「うーん」
ここはクリシェを止めて、もっと複雑で荒っぽくするべきか。いや、オブリだからサビに行きたくなるように控えめの方がいいか……。
『私も結構悩んだんだけどね~、どの案もうまみが大きそうだなぁって』
「そーかもしれないね」
このベースラインは天才。ということは、こっちをこうすれば――。
『って、さっきから全然話聞いてないでしょリョウ!』
「え? あ、うん。全然聞いてなかった」
虹夏に大きな声で名前を呼ばれてやっと、リョウはまともな反応を返した。
一回作業に没頭してしまうと、底なし沼に足を引きずり込まれるように帰ってこれないので、適当に相槌を打っていただけ。それすらも希薄な認知であるが。とどのつまり、本当に何も彼女の話を聞いていないし、理解もしていない、ということである。
『はぁー、リョウが電話掛けてきたんだから、ちゃんと会話しようよ』
「はい」
これ以上虹夏の機嫌を損ねると、生活に大きな不都合が生じてしまいそうだ。作業は一旦止めておくのが最善だろう。
「で、なんだっけ?」
まずは、聞く気があることを示すために、自分から話題を訊き返してみる。
『え? あー、今日の話でしょ? 司馬さんとの会議』
「そうだった」
色々ひと段落ついてから数時間経つと、その出来事が同じ今日に起こったことだとは思えなってしまい、大事な会議であったにも関わらず、それがあったこと自体が身体からすっかり抜けていた。
『どう思った? 私たちが盛り返すための案。司馬さんはまだ仮案とは言ってたけど……。別に対バンが嫌ってわけじゃないよ! むしろやりたいんだけど! ほら、もう一つの方がさ。みんなとはこれからも一緒に音楽やっていきたいし。でも――ね、それはいいのかなって』
虹夏が簡単に頷けない理由――それは私にも分かる。
それは私たちが続けてきた慣例を壊すものだから。私も彼女も人である以上変化が怖い。
「楽曲提供――つまり、作詞作曲を私たち以外に任せて、編曲はこれまで通り私がやるってやつ?」
『そう。しかも、タイアップ曲としてね。今まで歌詞はほとんどぼっちちゃんに書いてもらってたわけだけど、この曲が〝背水の陣〟で挑む結束バンド総力戦のメインウェポンとなると、タイアップ自体もそうだし、宣伝とか、ライブとか、いつもよりも事務所に力を入れてもらえそうなわけで、そうなったら――私たちだけで作ってたものより売れちゃうかも知れない』
ここまで「売れる」ことが目標で、リーダーとして常に先頭を走っていた虹夏。
だがここへ来て、大博打ではあるけれど、チャンスが目の前に転がって来て、ゴーサインが出せない。電話口の彼女の声はいつもとは違い、陰りを帯びて、どこか罪悪感すら伝わってくる。それは、ここまでバンドを導いてきたゆえの責任からか、それとも――。
「そういうのさ――」
リョウはスピーカーモードを切り、電話を耳に当てながら机を離れて、ベランダから空の一等星を眺める。しかし、東京の夜は明る過ぎて星は数個程度しか見えなかった。今日は満月だから余計に。
だけど、こうしているとなんとなく彼女の気持ちが分かる気がするのだ。
「曲を作って、それが売れてから考えればいいんじゃないの? あと、私のことはどうでもいいんだ」
リョウは普段よりもほんの少しだけ声を明るくして、捕らぬ狸の皮算用だと彼女を茶化す。
『リ、リョウはね、なんとなく分かってくれると感じてたんだよ。でしょ?』
「…………」
『ね、なんか答えてよ! 怖いから!』
「……うん、まぁ、そうかもね」
『でしょー』
リョウは、「現状」を把握しているからこその曖昧な表現をする。
『でもねー』
虹夏がフィラーのように何度も繰り返す言葉からは、岐路の選択の踏ん切りがつかない、モヤモヤとした気持ちが多分に含まれていた。
「そんなに悩むくらいなら、最初からみんなで話を聞けばよかったじゃない?」
そんな彼女に、どうしようもないタラレバの話をする。
きっと同情とかが欲しいのではないと思う。恐らく、私にだけ都の話を聞かせたのも同じ理由。
『思ったんだよ、これで売れたら、ぼっちちゃんへの裏切り……って言い方はアレだけど、そういうことになるんじゃないかって』
「……」
『最近の「売れる」って世間を認めさせるというより、流行りの波に乗って、世間に認めてもらうことだと思うんだ、私はね。だからつまり、私たちが今燻ぶってるのは、流行りと相容れないからってね。そんなときに誰かに書いてもらった歌詞で売れたら、それはぼっちちゃんを否定することな気がして…………』
「じゃあなおさらじゃない?」
なおさら話して、納得してもらって、それから進めた方がどちらも気持ちがいいはずだ。それくらい自分にでも分かるのだから、虹夏だって分かっているだろう。
『……』
だが、彼女はうんともすんとも言わない。答えを待つにも外ではさすがに寒くなってきた。
リョウはぶるぶると体が震えるベランダから快適な部屋と椅子の元に戻る。その間、沈黙を保っている彼女に変わって話を続けようとする。
「今の時代、歌詞はどうでもいい輩が一定数いるらしいし、そこまで気にしなくても。そもそも、ぼっちと郁代にも聞いてもらってから――」
『いや、それじゃダメ……だと思う』
聞いてもらってからの方がよくない? 、とすべて言い切る前に虹夏が割り入ってきた。
その声にはある種の覚悟――というには生温い執着が含まれている。
「理由は?」
『楽曲提供してもらうとか、もらわないとか、こんな問題で喜多ちゃんとぼっちちゃんを悩ませたくない。もうすぐツアーが始まる、から』
「………………それは建前でしょ?」
『うっ』
なんとなく空気で察せていたけれど、本当に図星だったらしい。
「本当は結束バンドをこれからどうしたいの、リーダー」
『わ、私は……』
「……」
『私は諦めたくない。諦め切れない。私はみんなで売れたい。だから、できることは全部したい、全部試したい。あとでみんなには死ぬほど謝るから』
小学生の時のプールで遊んだ宝探しのような、虹夏の本音が見えた。
一度手に入れた、味わったものを手放したくない強い想い。一般に、そういう感情は独占欲と言われるかも知れないが、満たされているのに満たされない「渇望」といった方がこの場合は正しく思える。なぜなら、それがただ縛り上げたいものではないからだ。
そして、自分の中にもその気持ちはある。
長い沈黙の後、彼女が小さく息を吸い込む。
『――だからさ、リョウにはなって欲しいんだ。私の共犯者に』
共犯者。
その響きに少しドキッとしたが、一呼吸置き冷静に考えてみると、その「お願い」は今日の会話の節々から醸し出されていたのだ。いや、それ以前からか。
自分だけに都の提案を聞かせたのが何よりの証拠である。つまり――。
「じゃあ、とっくのとうに虹夏は決めてたんだ」
再び燃え盛るために。
恒星が矮星へと堕ちる世界の順路を逆行することなんて不可能であるのに。
『うん。全部成功させてみんなと輝きたい。誰にも忘れられないバンド……ううん、「星座」になろうよ』
長くはない言葉ではあったが、重厚な決意と星を目指す野心がこれでもかとこもっていた。
だから私も、その意志に答えるように誠意と覚悟を持って応える。
「――いいよ。分かった。なってあげる、虹夏の共犯者ってやつに」
『…………』
電話の向こうの虹夏からリアクションがない。
「おーい」
『え、あっごめんごめん。なんかリョウが真剣だと、調子狂うなぁ~』
先程まで感じていた緊張だとか、そういう憑き物が取れたようで、虹夏はケラケラと笑う。
『よろしくね、相棒』
「うむ」
『……まぁ提供って言っても、私たちの知り合いだと思うから。そこは安心して。急にイケイケパリピバンドみたいな人には頼まないから』
郁代がキラキラ歌い、ひとりがその眩しさに焼かれて灰になるライブ。
「……面白そう」
『いや絶対しないから! というか、今となっては気に入ってるからいいけど、結束バンドって名前つけたり、今回のツアーめっちゃ大事なのに名前をふざけたりさ! ほんとリョウってやつは――!』
スマホを耳から離して机に置く。虹夏の小言を言っている音が微かに聞こえるが、気にしない。
部屋の電気を消してから、ベッドへうつ伏せにダイブする。
普段はこんなことはしない、でも、なんだか今はそういう気分だ。
そのまま肺いっぱいに空気を吸い込む。掛け布団に染みついた自分の匂いが落ち着く。
顔を少し上げると、部屋の楽器たちが閉め切れなかったカーテンの隙間からの月光で単一色につや光りしていた。そして、壁の光の線を見るに、それは自分の背中にも差している。
暖かくはない。かといって冷たくもない。ただそこにあるだけ。
けれど純粋な優しさがある。
それは夜の暗さにも言えることだ。
「分からない」ことを分からないままに、見えないようにしてくれるから心地がいい。正直、虹夏の言い分と、策略と、ツアーとが、分からない。理性的な部分も多少はあるが、多くは感情的な面で分からない。それでも――、さ。
いい夜になりそうだ。
根拠ない予感が胸に去来する。
――いや違う。
…………私が、いい夜にするんだ。
私が――いい夜にしなくちゃいけないんだ。
彼女と私の願いと理想を全部――――。
手の中に落ちた光の欠片にそう誓った。