歌姫よ、夢に溺れること勿れ   作:虚無空間

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虚無の行人

 

 この生は罰だ、と思った。

 

 

 

 

 上を見上げても空なんて見えない。見えるのは手が届かないだけの、限りある天井だけ。

 

 ここでは深呼吸をすることも出来ない。空気はひどく汚れていて、大きく息を吸い込めば肺が傷付くのだと言い含められた。

 

 細々と生きていられればそれだけで、ともいかない。ただ懸命に生きていただけの人達が裂界に飲み込まれる。隙間から出でた化け物に屠られる。大人も子どもも、常に命の危機に怯えていなければならない。

 

 

 先のない暗い世界。鉱石を掘る、武器を作る。それ以外に出来ることなんてない世界。

 

 

 

 こんな世界に生を受けたのは罰だ、と思った。

 

 

 

 

 

 ……でも、何の罰なの?

 

 

「──タ──!」

 

 分からないのに、漠然と罰だと信じている。まるで自分が覚えていない、何かの罪を償っているような。

 

「ねえってば──!!」

 

 いつもこうだ。部屋の隅に座り込んで、出処の分からない罪悪感と焦燥がずっと胸に燻って。

 

 

 

「────ウタッ!!!」

「わぁっ!?」

 

 

 

 耳元で大声を出されて意識が現実に引き戻された。

 突然驚かされたことに抗議の目を向けたところで、その相手が息切れしていることに気付く。

 

「アンタがボーッとしてるのはいつもだけど、今ばっかりはちゃんとして!」

「な、何? どうしたのゼーレ、そんなに焦って……」

 

 ゼーレの語気が強いのはいつもの事、だけど。状況が掴めずに疑問符を投げれば、私の肩を摑む彼女の手に力がこもる。その手のひらは少し湿っていて、改めて彼女の顔をよく見れば青ざめていて。

 

「……ゼーレ、どうしたの?」

 もう一度、今度はちゃんと向き合って要件を問い直す。

 

 

 

「……ルカが大怪我したの。もしかしたら、助からないかもしれない、って」

「怪我……まさか裂界の造物に!?」

 

 

 思わず立ち上がり、心当たりを叫ぶ。こく、と頷いた彼女と同じように、自分の頭からも血の気が引いていくのを自覚した。

 

 

 

 ──ルカ。

 ゼーレと同じで、私の幼馴染といってもいい男の子。私の少し後にオレグに引き取られた弟弟子。お互いあまり話したりはしないけれど、少なくとも私は家族だと思っている相手。……今日は、人を襲う化け物が出てくる裂界が開いた前線に、支援に行って。

 

 

 

「ルカは何処!?」

「ナタの診療所! 早く行くわよ、ほら!」

 

 手首を痛いほどに捕まれて引っ張られるままに走り出す。けど今はそんな些細な痛みを気にしている場合じゃないと分かっていた。

 

 

 

 

 

 

「ナタ! 容態は!?」

「ゼーレ、静かに。ここは診療所、病人だっているのよ」

 ばん、とゼーレが勢い良く扉を開ければ、穏やかだけれど有無を言わさぬ声色で諭される。

 ナタ──ナターシャ。下層部の中心であり、患者に心を寄せる厳しくも優しい医者。彼女の落ち着いた態度からまだ最悪の事態には陥っていないのだろうと察して、ゼーレの後ろで胸を撫で下ろした。

 

「ルカは……今どうなってるの?」

「あら、ウタ? ……そうね、あまり良い状況とは言えないわ。何せ腕一本、丸ごと持っていかれてしまったもの」

 

 間に合わせのパーテーションでベッドが区切られた、資材や治療設備なんて碌にない下層部の診療所。出血多量に傷口の細菌感染だなんて危惧を上げながら、ナタは目を伏せてルカの状態を語った。まだ子どもの枠から出ていない私達に話すのははばかられる内容だという迷いも見て取れたけれど、言ってくれない方が残酷だ。

 

 

「彼に、ルカに、生き残りたいという強い思いがなければ、……厳しいでしょうね」

「……じゃあ、ルカは」

 

 

 ルカ。オレグが拾ってきた、私と同じ歳の男の子。

 私と同じ、いや、それ以上に絶望していた男の子。

 オレグに引き取られる前に何があったのかは分からないけど、彼の瞳にはずっと光がなかった。表情がなかった。話しかけても反応は極端に薄かった。

 

 ルカは私と違って、力がある。格闘技の才能がある。生きるために必要なのが体の強さだったなら大丈夫だと思えただろう。

 だけど……生きたいと思う心の強さが要るというのなら、それは死の宣告も同然だ。だってあの子は、生きたがっているようには到底見えないから。

 

 

 死にたがりなんじゃない。死ぬのは怖い。だけど、生きていても希望がない。……私と、同じ。

 

 

 

 

 かたん、と物音。

「──ウタ、それにゼーレ……来たのか」

「オレグ!」

 パーテーションの裏から姿を現したのはオレグ──孤児だった私と、実父の元で心を殺していたルカを引き取った人。いつもカラカラ笑って、反応の薄い私達に根気強く接してくれた鷹揚な人。だけど今のオレグにはそんな余裕なんて見えない。

 

 

「ルカの様子を見に来たんだな? ……構わないが、ショッキングだろう。覚悟はしておけ」

 憔悴しきった低い声に気圧されながらも小さく頷いて、オレグが退いたベッドの横に向かう。

 私の視点には少し高い寝台の上を見るために、背伸びをして覗き込む。

 

 

 そこに寝かされていたのは酷く青ざめて意識のない、『赤髪』で、『片腕』になった、『家族』。

 

 

 

 ちか、と、視界が明滅する。

 今朝見た腕が無くなっているのを見たショック、じゃない。いや、それもあるけど、この異常はそのせいじゃない。

 

 

 影が、重なる。

 私より大きくて、ううん、オレグよりも大きくて。

 赤い髪、片腕の影。だけど目の前にいるのは私と同い年の少年のはず、──じゃあ、ちらつくこの人は、私の知らないはずのこの人は、誰。

 

 

 

 ───あれは。

 ─────あれは。

 

 

 

「シャン、クス?」

 口から洩れ出たのは、誰の名前?

 

 

 

 ……大海賊、時代、海賊、赤髪、シャンクスベックヤソップホンゴウルウライムスネイクガブボングモンスターこれは誰の名前麦わら三本傷レッドフォースドクロ旗悪魔の実なんの記憶ウタウタ海王類偉大なる航路東の海下層部に海なんてないフーシャ村ルフィ酒場マキノチキンレースエレジア音楽ゴードン楽譜ライブ電伝虫歌姫救世主悪人ウタワールド新時代天竜人海軍ネズキノコトットムジカ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──言うなれば前世の記憶。頭の中を駆け巡る情報の濁流に。

 

 

 

「きゅう……」

「ウタ!?!?」

 

 齢ほんの十数歳。今まで前世を思い出していなかった少女は耐えられなくなって、ぱたんと倒れた。

 

 

 

 

 

 




続くかは分かりません。

ベロブルグ出身にしたのは好み半分、必要に駆られて半分。羅浮だとウタは色々浮くし……ピノコニーだと楽園思想が更に強化されそうだし……
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