「うあああああッ!!──」
さだめの叫びがこだまする。
その声に応える様に、瞬間、不思議な事が起こった。
彼女が目を開けると、そこは優しく波打つ音の聞こえる白い砂浜であった。
「どこ……ここ」
当然の問いを述べると、背後から白髪の青年が砂を踏みしめながら歩いてきた。
「ここは神の世界」
「うわっ」
急に話しかけられ驚いたさだめに青年は目を細めるが、話を続ける。
「とは言ってもかつての狼藉で神々の元から排斥された我が作り出したかりそめの世界ではあるが」
「いきなり何を……」
待って、とさだめが改めて思考を再開する。青年の発言は意味不明であったが、先程までユニットD本部にいたはずなのになぜか砂浜にいるというのは超常的な力が働いたか、金剛による転送が行われたかのどちらかと思える。そう考えつつ青年の話を信じるならばここは本当に神の世界という事になる。
「……あなたは何者」
「我は神……アプスと呼ばれし神だ」
神、そう告げられてさだめが眉をひそめる。
「あなたが神様というなら、一つお願いがある」
「我には人の大いなる願いを叶える程の力は残されていないが、話は聞こう」
「殴らせて」
さだめの鉄拳が青年──アプスの頬を打ち、彼を倒れ込ませた。
「願いとは、これか」
「そう……理由なんてあなたが知った事じゃないだろうけど、願ったって私の家族は戻ってこない気がしたから」
拳を震わせながらさだめがつぶやく。それに対しアプスはそうだな、と静かに答えた。
「確かに貴様の理由とやらは知り得ない。だが、人は等しく我を殴る権利がある事は分かる」
「物分かりのいい神様なのね」
「違う、罪悪感があるだけだ」
頬をさすりながらアプスが言うと、さだめは気まずそうに顔をしかめる。
「怒らないの?」
「怒らんさ、先程言った通り、貴様は人の権利を行使しただけだ。それを我は甘んじて受け入れるだけだ」
「……ごめんなさい、急に殴って」
「気にせんよ。それよりも話す事がある」
アプスが背中についた砂を払うと話を続ける。
「それで、貴様がここ……神の世界に来た理由についてだが」
「神様だから知ってるんだ、何が起きたのか」
アプスがうなずくと、さだめに巻き起こった事柄を説明し始める。
「貴様はレーマとしていわば進化し、神の性質を得るに至った。その影響で魂が神の世界と接続されたのだ」
「じゃあここにいる私は魂だけの存在って訳」
「
「なるほど……それで私が神の性質を得たっていうのは……」
「貴様の情動とレーマ因子が呼応し、新たなる力に到達したのだ。どのレーマにおいても起こりうる事象ではあるが、今我が知っているのは貴様で4人目だ」
新たな力を得たと聞いてさだめは目線を下げて思考を巡らせる。
「……じゃあ、その神の力は、何ができるの」
「それは貴様の方が詳しいだろう」
確かに、さだめの脳内には自分の得た力についての情報がインプットされていた。それは自らの手足を自在に動かせるのと同様に、自身の身体として定着した能力であるからだろう。
「ネルガル……死を司る神様」
「また厄介な性質だな、その力では相対する全てを死に至らしめてしまうのではないか」
アプスが問うとさだめが首を横に振る。
「この力はただ殺す為にある訳じゃない。私がそうさせてみせる」
「ならば貴様は、自分の力をどう使う?」
「そんなの神様なら知ってるんじゃないの?」
「知らんさ、知らないからこそ聞きたい。貴様がそれをどう使うのか」
少し沈黙してからさだめが口を開く。
「この力は……みんなを生かす為に使う。もう誰も死なせない……私の家族みたいな事にはさせない。私の罪も繰り返さない。花恋さんと火島さんのお友達みたいな犠牲者だってもう出したくない。ネルガルだっけ、この力はその為に使う」
「死を司る神の力を死なせない為に使う、か……不思議な事を言うのだな」
「死の力なら死なない為にも使える筈……そんな気がする」
少し自信が無くなったのか物憂げな表情で言ったさだめにアプスは笑う。
自分であれだけ意気揚々と言っていた能力に疑いを持つ様子がおかしかった、だがそれこそ人間というものなのか、とアプスは納得し言葉を紡いでいった。
「貴様が“そうだ”と思えば“そうなる”モノだ、レーマ因子という曖昧な物質と魂との調和とは複雑な様で
「はぁ……」
「神格の力を得た事で『インテグラ』に近付いた貴様なら、望めばその力はどんな形にもなりうる。それが例え性質そのものを否定する様な、死なせない力として使ってやってもな」
インテグラ? さだめが首を傾げるがそれを全く気にせずアプスは地面の砂浜をすくい取り、イートリッジの形にしてみせた。
それを見てさだめは“インテグラ”と呼ばれたものは神の様に凄い権能を持った存在の事なのだろうと自分を納得させる。
「インテグラに近付いた褒章の様な能力だが、貴様にもできるぞ」
「私の力を、直接イートリッジに?」
「ああ」
さだめが砂をすくって形を念じる。すると砂はたちまちイートリッジの形を成した。
「同じ様に具現したレーマ因子をその道具の形に構成するのだ。現世でもやってみせろ、さすれば貴様の言う仮面ライダーとやらに、ネルガルの力は適合するだろう」
「やってみる」
さだめが少し微笑むと、体が輝き、足元から粒子状に霧散していっている事に気が付いた。
「人の魂を持ちながら神界に立ち入れるのはここまでか、時間切れだな、ネルガル」
「ネルガルじゃなくて、信濃さだめ」
「さだめ、そうか。さだめだな……また会おう、さだめ。貴様の戦い様、ここで見させてもらう」
「見るだけですか」
意地悪に聞くさだめにアプスは少し寂しそうな面持ちを浮かべながらああ、と返す。
「我の力では直接現世に関与できない、だから貴様ら人間が励む必要があるのだ。辛い道のりだろうが、やらねばならぬ時もあるのだ」
「わか──分かりました、神様」
敬いを持って口調を直したさだめを見てアプスが首を横に振る。
「敬いは無くていい、人がみな幸せに生を全うできる世界を望んでいる神がいる事さえ信じてくれていればな」
「捨てる神あれば拾う神あり、だね」
さだめが最後に呟いた言葉の意図が汲めなかったアプスだったが、彼女の立ち振る舞いから、運命にもてあそばれ、過酷な生を走り抜いている事を確信し、さだめという少女の強さをアプスは感じ取った。
「信濃さだめ……その名に表す通り、自らの、そして世界の
消え去ったさだめの足跡を見て、アプスは強くうなずいた。
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《Property Compile……NERGAL・STEAM》
「仮面ライダーカルヴァリア、交戦開始します」
神の如き力を得たカルヴァリアはスチームの性質で蒸気と化してその場から消えると、バーンレーマの眼前に迫っていた。
「!」
反応が遅れたバーンレーマが殴りかかろうとするが、額にカルヴァリアが手をかざす。
瞬間、バーンレーマの脳内にある情景が映し出された。
倒れる導師、流れる血液。その返り血にまみれた勇太郎は激しい雨の中においても鮮血が洗い流される事はなく、ただ立ち尽くすのみだった。
「……ハァ、ハァ、ハァッ……!!」
復讐を果たした。憎き相手を殺してみせた。なのになぜ、心が晴れないのだろう。
自分の中で何も解決しない、むしろこの虚無感と苛立ちは生涯自分を
こんな事で楓の無念に報いる事になるのか? その答えはノーだと血だらけの生暖かい気持ち悪さが教えている様だった。
「俺は、俺が……殺した……! なのに!」
「これが人を殺す、という事です」
傘をさしたさだめが勇太郎に語る。
「カルヴァリア……! どうしてここに!?」
「ここはあなたの深層心理。私の力はそこに潜り、死のイメージを与える事。私はこの力であなたに憎い相手が死ぬ……いいえ、あなたの手で殺されるイメージを作り上げました」
「この……このハッキリとした感覚が作られたモノだってのか」
さだめがうなずくと、勇太郎は雨に打たれながら真っ赤に染まった手を見つめる。
「これが人を殺すっていう……気持ちなんだな」
「最悪ですよね」
冗談めかして言ってみせるが、さだめの顔は無表情のままだった。いや、その能面の様な顔にはどこか憂いが見えた。それに気付いた勇太郎は彼女の痛みを想像し、胸を痛めた。
「……こんなん誰にだって負わせちゃいけねぇ、誰にもこんな思いさせちゃダメだ」
涙を浮かべる勇太郎にさだめがうなずくと、手を横にかざして風景を変える。
切り替わった心象風景は、さだめの過去を踏襲した宗教施設の廊下となっていた。
「さっきは辛いものを見せてしまってごめんなさい。でも、今度は私の見たものを見せる」
「じゃあここはカルヴァリアの深層心理って訳だ」
ええ、とうなずいたさだめが勇太郎の足元に視線を寄せる。それにつられて彼もその視線の先を見る。するとそこには天渡会構成員の亡骸が転がっていた。
「うわっ」
「私が殺した人です、よく見てください」
そう言って彼女が指差した亡骸は、首に写真の入ったアクセサリーをかけていた。
そのアクセサリーに入った写真には構成員を含めた家族と思しき人々の笑顔が写っていた。
「お前が、殺したのか……?」
「はい、私が、確かに」
勇太郎の胸が締めつけられる。今ここにいれば鮮明に伝わる、さだめの心。彼女は家族を奪われた痛みを誰かにぶつける事でしか発散できなかった。それがこの施設でのデスレーマの暴走に繋がり、今足元にいる人の様に多くの構成員を殺害した。だが結局その行為は誰かの家族を奪う──自分と同じ痛みを誰かに与える事に過ぎなかった。
「虚しいでしょう……殺したって、復讐したって、何も変わらないんです」
「……自分の気持ちにカタをつけたかっただけで、誰かを傷付けたかった訳じゃないんだもんな」
勇太郎の言葉にさだめは辛そうにうなずく。
「こんな形で終わらせようだなんて、正気じゃいられねぇよ」
霧散する心象風景の中で勇太郎が膝をつくと、大きなため息をついた。
「すまねぇ、カルヴァリア……俺は……なんて事をアンタに言っちまったんだ」
「人によっては復讐をする事が正しい時もきっとあるんでしょう、その時はしょうがないのかも、知れません。でもあなたは……火島さんは……向いてませんよ、復讐なんて」
さだめが微笑むと、勇太郎の手を取る。
「戻りましょう、そして私達の仲間になってください」
「俺みたいな、ヤツがか?」
「ええ、あなたじゃないとダメなんです」
勇太郎の心を優しく包む様に言ってみせるさだめに勇太郎は涙を拭う。
「アンタの名前、教えてくれ」
「信濃さだめ、人が人として生きられる様に戦う、仮面ライダーです」
気付くとバーンレーマは意識が戻ってきていた。
先程までいた訓練場である事を認識し、変身を解除するさだめを見て自分も人の姿に戻る。
「信濃、何が起きた!」
事情説明を求める正義にさだめが少し顔をしかめてどう伝えるか考えてから口を開いた。
「……あとで詳しく説明しますが、私の力で火島さんの殺意を殺してみせました」
「説得、っつー訳で俺の負けです、あなたがた──武装隊に協力します」
花恋が喜びで飛び跳ねる。
だが何が起こったか分からない正義は彼女を
「詳細は長いのだろうが、この一瞬で火島勇太郎が心変わりした理由が不透明だ。何が確証が欲しいが」
「私の進化、というべきでしょうか……その進化した力は相手に死の幻覚を見せます。それを応用して火島さんに導師を殺すイメージを見せました。そうしたら……分かってくれたんです。人を殺す事の虚しさを」
簡単に凄まじい力の片鱗を紹介するさだめに正義は目を細める。
それを聞いていた金剛は絶句しながらもメモを記し続けた。
「それで俺は導師を殺すんじゃ誰も幸せになれないしさせられないって思ったんです。俺がやろうとしてた事は結果的に自分を、そして楓を傷付けるんじゃないかって」
勇太郎が告げると正義が肩を落として見つめる。
「それじゃあ君は……」
「もう導師を殺そうなんて思いません。もっとスッキリやり返せる方法を探します」
「なので、彼をユニットDに迎えてもよろしいでしょうか」
さだめが全員に聞こえる様に問うと、大淀と金剛が互いを見たあとにうなずいた。
「指揮官からの許可は降りた。ようこそ火島勇太郎君……警視庁対異形成怪物開発班、ユニットDへ」
金剛が告げると何も聞かされていない黒木が彼の肩を掴んだ。
「どういう事ですか、そこで戦ってたレーマを味方にしようって言うんですか!?」
「そうです、その為にここで戦ったんです。正直賭けではありましたがさだめちゃんがやってくれました」
金剛が笑うと、黒木が勢いよく彼の肩を突き放して大きなため息をつく。
「あの火島って男は警察関係者ではない一般人……それも未成年の様に見受けられますが」
「そうですね、那珂さんと同い年です」
「はァ!? 一般人の未成年をユニットDに連れてくるなんて実際おかしいんですよ! 第一彼らの家族に許可も取ってない訳じゃないですか!」
「それはご家族が天渡会の信者ですから、言ったらユニットDの事がバレますよ?」
黒木が壁を叩く。
「それで若人を戦線に送り出している現状をあなた方大人はどうお考えなんですか!?」
「危険な思想を持った宗教組織からの保護とでもしましょうか」
大淀が静かにそう言うと、黒木は歯ぎしりして彼女を睨む。
「もちろんあなたが上に報告しやすい様に全部理由は付けときますよ、あなたが欲しいのはそういう書面だけであの子らの平穏な暮らしとかはどうでもいいでしょう?」
「言うに事を欠いて私を侮辱するつもりか……」
「だったら彼女らが戦わなくてもいい様な法案の一つでも提出してみせろ!」
大淀の怒号に気圧された黒木が舌打ちをするとその場から退散する。
「信濃さだめはともかくとして、那珂花恋、そしてあの火島という青年を運用するならばそれなりの事由をレポートにまとめてください、でなければ政府は納得しないのは事実なのですから」
部屋から出る前にそれだけ伝えると黒木が革靴の音を響かせながら去っていく。
「やかましいカラスめ、どうして無能ほどよく吠えるんだか」
「ほっときましょうよ、彼がここでできる事なんて限られている。それよりも火島君のライドシステムを用意する方が先ですよ」
冷静に状況を進めていく金剛の姿に大淀が怒りをしずめると窓の外からさだめらの様子を眺める。
ようやく真の仲間として道を同じくする事が決まった勇太郎に喜ぶ花恋、それを見て安堵するさだめ。そして彼女らの力に圧倒されながら信頼を固くする正義。
その姿を見て大淀が笑う。
「いいチームになりそうだな……ならいいか」