仮面ライダーカルヴァリア   作:虎ノ門ブチアナ

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#26 6月6日③

 天渡会幹部らとの戦闘開始から間もなく。

 ナイトメアと名乗ったレーマによって昏睡させられたカルヴァリアは、失った意識の先で、“夢”を見ていた──。

 

 

「ただいまー」

「おかえり、さだめ」

 

 鍋をかき混ぜながら優しく自分の名を呼ぶ父に高校の制服を着たさだめは微笑みかける。

 ペットの愛犬シバがさだめに駆け寄ってくると、彼女はあまりの愛くるしさに頬ずりする。

 

「ママは?」

「もうすぐ帰ってくるって」

「ただいま! 今からご飯作るから待ってて!!」

「お、言ってたら帰ってきた。ご飯ならもう作ってるよ」

 

 笑う父に、母は呆気に取られる。

 

「疲れたでしょ、ママとさだめは休んでてよ、めぐる、皿を用意して」

 

 はーい、と少し気だるそうに中学生の妹、めぐるが返事して仕度を手伝う。

 さだめがしばらくソファでテレビを見ていると、夕食ができたと父の声がする。

 今日はカレーらしく、かぐわしい香りが食卓に漂う。

 

「いただきまーす」

 

 手を合わせ、4人が皿に向かう。

 いつの間にかシバも食事を用意されており喜んでいる姿にさだめはほころぶ。

 

「そうださだめ、進路調査票の件電話があったよ。まだこれからの事決めてないんだってね」

「あっそれママの前で言わないでってば!」

 

 慌てながらさだめが言うと、スプーンを皿に置いた母が彼女へにらみを利かせる。

 

「さだめ……前も言ったわよね……ちゃんと自分の将来の事は考えなさいって」

「……はいはい」

「分かってるのさだめ!?」

「ま、まぁママ、お説教はご飯食べてからにしよう?」

「お説教はする前提なの!?」

 

 なだめる父に物申すさだめに、めぐるがため息をつく。

 成績優秀で大人びている彼女にとってはさだめが母から説教を受けるという様子も見慣れた、いや、見飽きたものであった。

 

「ごちそうさまー」

 

 食事を終えて各々が食器をシンクに置き、片付けていく。

 皿を片付けてソファに腰かけたまま神妙な面持ちを浮かべるさだめに母が声をかける。

 

「さだめ」

「ママ? だからお説教は勘弁──」

「いやお説教じゃなくて、少しあなたと将来について考えておきたいのよ」

 

 心配そうに見つめる母の姿を見て、さだめは押し黙る。

 

「未来って簡単には見えてこないけど、だから備えなくちゃいけない。さだめはこれからの事を決める事で、分からない未来ができるだけ良い方向に行く様にできるのよ」

「分かってる」

 

 母から何度か聞かされた言葉。母は未来に備えるという文言が好きな様で、さだめや、職業柄多くの学生にそれを伝えてきた。

 

「そういう所は学校の先生だね」

「私の仕事は関係無いわよ、たださだめの将来が不安なだけ」

 

 母は小学校の教師であった。だからこそ子供の未来を考え、道を切り拓いていく事に責任を感じていた。

 そうした母の焦り、不安をさだめも理解しており、何も決まらない自分に少し嫌悪感があった。

 

「私に何ができるのか、分からないんだよ」

「大学や専門学校に行って見つける事だってできるじゃない」

「働きたいんだ、私」

「家の事は心配しなくていいのに……」

 

 ううん、とさだめが首を横に振る。

 

「誰かの為に働いて、私にできる事を探したいの」

「……さだめは勉強ができるじゃない、それを活かして興味のある分野を研究したりする事も──」

「――それかも」

 

 さだめの目から鱗が落ちる。正直めぐると比較して学力の事は気にしていなかったが、努力次第で何かを極められるのだと、思いもよらない答えにさだめは何度かうなずく

 

「で、さだめは何か研究したい事ってあるの?」

「ない……けど、見つけたい。自分にとってこれだ、って思える世界を」

 

 未来を見据えるさだめの瞳に母は安堵の表情を浮かべる。

 

「これで丸く収まったってコト?」

「うんうん、なんとかなったみたいだね」

 

 シバを揉みながら壁越しにさだめらの様子を見ていためぐるが父に問うと、彼は朗らかな笑顔でさだめが未来を見つけた姿に心から安心していた。

 

 

 玄関からの異音。

 無理くり扉を開ける様な、金属の摩擦する不快な轟音。

 

「なんだ?」

 

 続く異音に父が玄関へ向かう。妙に気になったさだめも父を追って玄関へ向かう。

 と、ドアがこじ開けられ、そこには魚類を思わせる鱗を持った怪物が立っていた。

 

 何かのドッキリ企画だと思いつつも、その異様な雰囲気に父はさだめを下がらせる。

 めぐるの手から飛び出したシバが怪物に吠える。

 

「ちょっとビックリして声が出ませんでしたけど……どちらの番組ですか」

「カルヴァリアを書いたからって有名人気取りか? 信濃(かい)

 

 怪物の口ぶりに尋常ではないと察した父は後ずさりする。

 

「パパ、どうしたのー?」

「来ないでママ! さだめとめぐるを連れて外へ!!」

 

 いつも優しい父の怒号に他の3人は動揺しながらもベランダを目指す。が、そこには竹の意匠を持った怪物が立っていた。

 

「家族もろとも信濃を王の下に還せと導師から拝命している……悪いが死んでもらう」

「……王に導師、やはりこんな事をするのは天渡会だけか」

 

 万事休すといった状況に父は魚の怪物を突き飛ばしてシバを抱えると、家族の元へ向かう。

 

「さだめとめぐるだけでも逃がして!」

 

 それを聞いた母が竹の怪物を遮ってさだめに逃避を促す。

 両親を置いて逃げる事は気が引けたが、泣いている妹の為にとさだめは外へと走る。

 が、ベランダには天渡会の構成員が待ち伏せていた。

 

「逃げられないぜ、信濃さんよ」

 

 リビングまで侵入してきた魚の怪物が告げる。

 2体の怪物、そして構成員に囲まれ信濃一家は一つに固まり息を呑む。

 

「僕はいい、カルヴァリアを書いた責任は取ったって構わない……だが家族は関係ないだろう、逃がしてやってくれないか」

 

 交渉に出る父だったが、魚の怪物が彼の首を絞め上げ、へし折る。

 

 

「……パパ」

 

 目の前で起こった事が信じられずにさだめは目を見開いたまま硬直する。

 力なくうなだれる父の腕から落ちたシバは魚の怪物に噛みつくが、傷一つつかず、思いきり一蹴される。

 その衝撃による痛みでシバは力なく無く鳴くが、今度は竹の怪物に踏まれ、息絶える。

 愛犬が惨たらしく殺された様を見て、めぐるは泣きわめき、さだめは息が荒くなる。

 

「残念だが誰もここから逃がすつもりは無い。我らレーマの手によって王の元に還るか、新たな仲間になるか。その選択ししか残されていないのだ」

 

 魚の怪物がそう言って笑うと、今度は母の首に手をかける。

 

「やめてッ!!」

 

 さだめが魚の怪物を突き飛ばし、キッチンへ走り、包丁を取り出す。

 

「はぁぁぁあああッ!!」

 

 魚の怪物へと包丁を向けるさだめだったが、それを竹の怪物が防御し、蹴り飛ばされる。

 

「ぐあっ!!」

 

 たった一撃食らっただけで体が動かない。腹の辺りが熱くなって呼吸ができなくなっていく。

 霞む視界の先では、竹の怪物が腕を変化させて作り出した(たけのこ)状の鋭利な表皮が母の胸を貫き、魚の怪物がその口でめぐるの頭を()み、窒息させる。わずかな時間の出来事だった。

 何もできないまま家族がみんな殺された、その様を見ている事しかできない。

 自分の無力さが辛かった。自分に何ができるか分からないなどと言っている時間なんてどこにもなかったのだ、本当は。

 

(何ができるかじゃない……私は……やらなくちゃいけなかったんだ、どんな事だって)

 

 涙を流したって何も変わらない。苦悶の声を上げたって何も変わらない。

 もう、家族はいなくなってしまった。その事実は変わらない。

 

(変える……変えたい……変えてみせる……!!)

 

 どうせ死ぬなら違う自分に。在り方に迷う幼い高校生という役割を捨てて。

 さだめは変わる──家族の無念を晴らせる強い人間に。

 

 

 さだめが気付いた時、そこは見た事のない一室であった。家族はどうなったのか確認しようと体を起こすと、思っていたよりも簡単に体が動いてみせた。不思議なくらいに痛みが消えていた。

 

「ここは……!」

 

 部屋に飾られた装飾は父が著書にて語っていた“天渡会”を示しているであろう華美な物品で溢れていた。それを見てここが天渡会の施設である事に気付き、ここまで連れてこられた事を把握した。

 

(ママ達は!?)

 

 家族を探して辺りを探そうとしたが、すぐにその答えが出た。

 自分と同じ部屋に家族全員が横たわっていたのだ。

 

「! ママ! パパ! めぐる! 起きて! 起きてよ!!」

 

 さだめが叫んでも無意味であった。彼らの目に光はなく、肌は青白くなり、呼吸も止まっている上、脈もない。

 家族がもういない事に嘆き、ただ悲しみと怒りに身を任せ床を叩く。

 

「どうして、どうして私達がこんな目に合わなくちゃいけないの……」

「そりゃあアンタの父親が天渡会をおとしめる本を書いたからでしょ」

 

 部屋に入ってくるなりそう言った男にさだめが振り返る。

 そこには扉の隙間にもたれかかった大男が立っていた。

 

「お前も……天渡会」

「“アユレーマ”、お前の家に来た魚のヤツだ。よろしく」

 

 それを聞いてさだめは妹が殺された瞬間を脳裏によぎらせる。同時に沸き立つ怒りで、気付けば男に向かって走り出していた。

 だが、男に軽くあしらわれ、はたかれてしまう。

 

「くっ……!」

「それよりも、アンタ生きてるって事はレーマに覚醒したんだろ? 一刻も早く導師に連絡しなくちゃな。物音に気付いてラッキーだったぜ」

 

 口角を上げながら部屋を後にして導師に情報を伝えようとする大男を前にさだめは憎しみを募らせる。家族の命をいともたやすく奪ってみせた怪物を、野放しにはできない。

 彼につけられた傷が訴える。“ヤツを許すな”と。

 

「私は……お前らを、絶対に……!!」

「レーマの力を使って俺らを倒すってか。土台無理な話だが」

 

 さだめの体から黒い粒子が漏れ出てくる。

 その姿に大男は驚きと喜びを含んだ感嘆の声を上げる。

 

「思い上がらないで殺人者。お前を倒すなんて生ぬるい言葉で終わらせやしない……」

 

 お前は、そう続けてさだめは大男を睨む。

 

 

「──殺す」

 

 

 さだめの姿が、死神が如き怪物のものに変わっていた。

 

「やるじゃねぇか、信濃の娘。それはなんの力なんだ?」

「……死。お前を殺す、死の力」

 

 怪物に変貌したさだめ──死の性質を内包した異形、“デスレーマ”が黒い波動を発すると、余裕の表情を見せていた大男が苦悶し、うずくまる。

 物言わぬ大男の横を、薄くなる意識の中デスレーマは通り過ぎて、施設の廊下をゆっくりと歩き出す。

 騒ぎを聞きつけて構成員らが彼女の付近に集まってくるが、ことごとく苦しみながら倒れていく。

 様子がおかしい事に気付き竹の怪物だった男がその姿を異形のものに変え、向かってくる。が、一瞬でその場に転がる。

 デスレーマはその性質を理解しており確認する事もしなかったが、彼女の波動を受けた者は例外なく死に至るのだ。

 

 自分がいたのが施設の最上階だったのを知ると、デスレーマはフロアを下りながら施設の中を歩み、触れる事なくその場の人間を殺していく。

 デスレーマの力の強大さによって精神が耐え切れないせいか、薄れる意識の中でさだめは虚無感に(さいな)まれていた。

 普通の生活をしていたはずの自分たちが怪物に命を奪われ、自分まで怪物になり、衝動の(おもむ)くままに人の命を奪う。

 倒錯した状況下でデスレーマはただ、天渡会への憎しみと、こんな事しかできない自分への嫌悪で心を塞いでいた。

 こんな世界、悪夢であれば良かった。

 目が覚めれば父が、母が、妹が、愛犬が、何事もなく暮らしているのだと、なんども夢想した。

 だが、それは全て幻。自らの身に起こった惨劇こそが、現実なのだ。

 

 ふとその場に倒れている構成員の姿を見る。それは気まぐれだった。彼はロケットペンダントを首にかけていた。そのペンダントを手に取り、中を見てみる。

 そこには彼ではない女性と子供の写真が入っていた。それが彼の家族である事は、意識の遠のいたデスレーマにも理解できた。

 家族のいる人間を、手にかけたのだ。

 それに気付いたデスレーマは、薄れ続けついに消えようとする意識の狭間で、あれだけ憎かった怪物らと同じ、誰かの幸せを奪う行為に手を染めていた事を実感した。

 こんなの復讐じゃない。ただの、邪悪な人殺しである。

 人の命を奪うという不可逆的な暴力に及んだ自分への忌々しさと、行ってしまった過ちから逃避したいという弱くて甘えた感情がないまぜになり、ただ、叫ぶしかなかった。

 

 

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