#30 復活少女
《Junctioner Ready》
「変身!」
《Guardian Ride Sistem……Name is Evelake》
島根県
圧巻の自然に囲まれた渓谷にて、エヴラックはコードネーム・ビーレーマとの戦闘を開始していた。
足場の安定しない環境でエヴラックはビーレーマの放つ毒針をなんとかかわす。
「こっちだってこの力に慣れていないのに……こんな!」
エヴラックに備え付けられた運動補助機構が動きを助けるが、飛び道具を持つ相手には不利であった。
このままでは近付けず、決定的な攻撃ができない。
乗用してきたライドボレアスも渓谷の独特な土地が邪魔をしてビーラフムの付近まで運ぶ事ができない上、例え使えたとしても敵の機動性によって回避されてしまう事が危惧され、使用不可能であった。
(近距離兵装はまだない、素手で毒針を持つレーマと対敵……あまりにも後手後手だ)
「だが……だがッ!!」
無鉄砲な突撃であった。だが、ビーレーマの意表を突いた事で隙を生む事に成功する。与えられた一瞬の猶予を糧にエヴラックが足払いでビーレーマの体勢を崩し、体重と共に力を加えて渓流に思いきり叩きつける。川から見える岩石が粉砕される程の勢いでぶつけられ、ビーレーマの意識が混濁する。
《Push in to Evelake》
レバーを押した事による能力の解放がエヴラックの性能を底上げする。
その装甲内に収められた人工筋肉が膨張し、変身者を助けてくれる。
もとより黒木はトレーニングを好んでいたが、そんな彼を、金剛の作ってくれた先進技術がサポートする事で、彼の力を、レーマを圧倒的に上回るものへと向上させてくれたのだ。
エヴラックによる全力の跳躍と共に放たれた殴撃は地面と共に倒れていたビーラフムに打ちつけられ、圧迫、爆散する。
赤い粒子が霧散しながら渓流に流れていく様を見てため息をつくと、レーマ撃破の連絡をユニットD指揮室に伝える。かつては金剛が担っていた戦況把握と指示であったが、今は専用の指揮室を用意して、そこで指揮官が統括する仕組みに変わったのだ。
「これで一休み、ですか……」
ユニットD攻撃事件から1週間。ユニットDの弱体化を受けて天渡会の進攻はさらに拡大し、日本全国のみならず、世界にまでその被害をもたらしていた。
レーマによる人々の殺傷は後を絶たず、数少ない有効な戦闘要員である黒木は、これまでずっと戦いを続けていた。
その日々の中で彼は自分が無責任に仮面ライダーを責め立てていた事を悔恨しながら、レーマとの連戦による疲弊を感じていた。
かつてはディオールの革靴などを履いて上品に振る舞っていたエリートの人間が、今では現場で息を上げながら怪物と取っ組み合っている。
かつて持っていたプライドはもう跡形もなくなり、今はただ、人々の為にレーマを倒す装置の様に生きていた。
「この仕打ちがもし、彼女らを
ライドボレアスにまたがってエンジンを吹かしつつ、黒木はさだめの事を思い出す。
(彼女の心の傷を……今、誰が癒せるのだろうか)
──────────────────
防衛装備庁、ユニットDスペース、さだめの自室。
戦いが終わった後も、さだめの心には深い傷が残り、食事すらままならないほど落ち込んでいた。
大切な友人との別れ、自身に与えられた罪の真相、敵の存在……大淀の死。
こんな事で倒れていられないと頭では分かっていても、体が動かない。
これほどまでに無気力なのは死刑を求刑された時以来だろうか。あの時もユニットDに所属してしばらくは何もできないでいた。
今世界が混乱している事は知っている。自分が戦わなければいけない事も分かっている。
それでも動けないのは、きっと疲れてしまったからなのだろう。
度重なる絶望が、さだめの闘志を削いでしまったのだ。
「……何もできなくて、ごめんなさい」
自分の心の虚弱さ、仮面ライダーとしての責任を果たせずにいる無能さを嫌悪し、さだめはただ謝罪し、見えない何者かに許しを乞う事しかできなくなってしまった。
扉を叩く音にさだめが気付く。
重腰を上げてベッドから立ち上がると、扉の先の人物が名乗る。
「黒木です、良ければ開けてくれませんか」
「……どうぞ」
自室に招き入れたさだめは、疲れ切った様子の黒木を見て、彼が自分の代わりに戦い続けている事を察する。
「黒木さん……戦ってるんですね、ずっと」
「はい。それとその件であなたを責めるつもりはありません」
黒木の強い眼差しが痛くて、さだめは視線を逸らす。
「あなたの立場を責め立てた私が告げる事では無いと思いますが、現状あなたとまともに面識があって、会話が可能なのが私くらいしかおらず……役不足な人間からの頼みなのは理解していますが、どうか、また人々の為に戦ってほしいんです」
頭を下げる黒木に、さだめは何も言えない。
「今、世界ではレーマの活動が激化しています。まだ火島さんも藤村さんも目覚めず、あなたの力を貸してほしいのです。信濃さんの力があればレーマを……」
「ごめんなさい……今の私じゃ力に、なれません」
「信濃さん」
ベッドに座りうなだれるさだめは静かに、自分の心根を語り始める。
「家族も、上司も、親友も……全部奪われ嘲笑われ、戦う為の武装だって失くして、私には、何も残ってない……」
「まだです、信濃さん。那珂さんも三隈さんも、位置情報が失われていません。彼らはエアの洗脳を受けた可能性が高いですが、それを解除する方法もこれから見つけていきます。あなたの大切なものを、まだ取り返すチャンスがあるんです」
「私の大切なものを冷たく笑ったあなたが言いますか」
冷淡に吐き捨てたさだめの言葉に黒木は何も返せず顔をしかめる。
「……すみません、今の状況とあなたへの印象は関係ありませんでした。でも、私はやはり皆さんの力になれない……信頼できない相手と、こんな精神状態で、まともに戦闘がこなせるとは思えない」
言い終えてからもう一度すみません、とつぶやいて、さだめはその手に握りしめていたスイングを見つめる。
「それ……どうしたんですか」
「花恋さんと交換したんです、お互いを……感じられる様に」
前の自分なら一笑に付すだろう、そう思いながら黒木は愛らしいゾンビの姿をしたスイングを大切そうに持つさだめを見て、閉口する。
「前の黒木さんなら笑っていましたよね、きっと」
「私もそんな気がします」
少し苦笑しながら黒木が告げると、寂しそうなさだめの姿を尻目に、決意を新たにする。
「信濃さん、那珂さんと三隈さんは私が救出します。あなたがもう戦わなくていい様に、私が……過ちを犯した私が、やります」
では、と言い残して部屋から去る黒木を、さだめは引き留めない。
きっとこれは甘えているのだろうが、もう彼に任せてしまっていいのではないかと思ってしまったのだ。
自分達に辛辣な言葉をかけ続けてきた黒木が責務に追われ走らされる事も、致し方ないとしてしまった。
ただ死ぬだけだった自分に責任なんてなすりつけてほしくなかった。
もう、全部面倒だと、言い放ってしまいそうだった。
「く……う、うぅ」
また涙が出てくる。自分が情けない。大切な友人の事も他人任せにして、自分はここで立ちすくむのみなのか。
「か、花恋さん……」
溢れ始める涙を拭わないまま、さだめはスイングを手に取る。
花恋はさだめにとって、仲間や親友、そんな言葉では言い表せない、唯一無二の存在なのだ。
「花恋さん! 花恋さん! 花恋さん!!」
ベッドに拳を叩きつけて喚き散らす。我ながら無様だと自嘲するさだめだったが、花恋への思いと、悔しさはとどまることを知らない。
「花恋さんは……私が……私の……!」
スイングを握りながら、さだめが花恋の事で頭を埋め尽くしていると、段々と意識が薄れていく。
それは眠気というには全身の感覚が鋭敏になっていく様に感じられ、夢ではないどこかへ引き寄せられていく、という不思議な確信があった。
この感覚を、以前体験した事があった。その時の記憶が脳裏に蘇っていくと同時に、さだめは“そこ”へいた。
「──神の世界」
白い砂浜にさざ波が立つその静かな場所は、かつてさだめが招かれた神の世界であった。
「久しいな、さだめ」
「アプスさん……どうして私がここに」
「貴様を呼ぶ者がいたのだ」
彼? さだめが問うのと同時に、アプスの背後から歩いてくる人物を捉えた。その人物の輪郭が近付いてくると同時に鮮明になっていき、それが“彼”だと気付いた時、さだめは目を丸くした。
「……藤村さん」
「さだめちゃん、無事そうで良かった。神の世界に来た事のある君なら話ができると思って呼んだんだ」
はにかむ金剛の姿を見て、さだめは安堵する。
「藤村さんも、無事な姿を見れて良かったです」
「とは言っても意識は戻らず、現実に帰れないままではあるんだ」
「
「待って、インテグラ……?」
アプスの口からその言葉を聞いて思い出す。かつて彼から告げられた凄まじい力の名……さだめはその言葉が出てきた事に驚愕しつつ、その力に目覚めたという金剛の方を見る。
「そのインテグラって力があれば花恋さんを助けられますか!?」
「現状は難しい。インテグラは神そのものに匹敵するレベルの性質を持っているが、現実の世界に干渉できない以上現実で起きている事柄に対処する事は無理だ、ごめん」
渋い顔をする金剛に、さだめは視線を落として分かりやすく落ち込む。
それを見たアプスが気を利かせる様に口を開く。
「だが、何もできない訳じゃない。故にこそ我の力で神の性質を持つ貴様を引き寄せてみせたのだ」
「もう何がなんだか、だけどね」
説明を受けてもうまく理解できないさだめだったが、いつまで彼女がこの世界に留まれるのかは分からない為、金剛が急ぎ伝えるべき内容を整理する。
「さだめちゃんはすぐにこの世界から離れてしまうかも知れない、だから大切な事を伝える……よく聞いてね」
「はい」
「さだめちゃんは強いッ!!」
「は?」
思わずさだめの口から拍子の抜けた声が漏れ出る。
だが、金剛の眼差しは真剣そのものであった。
「きっと今君は自分の弱さに打ちひしがれて何をすべきか迷っている事だろう、でも、君は……さだめちゃんは、自分のやってしまった事から逃げず、人から期待されるプレッシャーに負けず、人との出会いを重んじ、かけがえない命を守り、大切な友と絆を育んで、復讐心に囚われず、悪人の非難にも折れないでここまで来た! 例え今どんなに苦しくても、君には絶対に揺るがない、強い心があったんだ!!」
「藤村さん……でも、私は……もう……」
「君は、勝つさ。必ずな」
そんな精神論で語られたところで、とさだめは困惑する。どんなに自分に戦意があろうと花恋を取り戻せなければ意味が無いのだ。
「私が戦ったところで、何が変わるって言うんですか!? 失ったものを取り返せるんですか!?」
「那珂さんの事なら……きっと取り返せる。あんな邪悪な奴らの洗脳なんか、さだめちゃんがいれば怖くないよ」
金剛が不敵に笑う。花恋がエアの洗脳下にある事を知りながら、それを打ち破る方法が見えているのだろう。
「花恋さんを……元に戻せるんですか」
「勇太郎君の事例にもとづくが、どうも彼は強い憎しみという精神力でエアの洗脳を振り切ったらしい。これが本当なら、那珂さんも持ち合わせた精神力で洗脳を解除できる見込みがある……まぁ一番手っ取り早いのはエアレーマ本体を撃破してしまう事なのだろうが」
顎に手を当てる金剛に、さだめはある提案をする。
「エアは私が倒さなくったっていい、呑気な話ですが火島さんの因縁を考慮してしまう部分もあるので……でも、もしそうした可能性が、希望があるのなら、私には……やるべき事ができたというワケですね」
「ああ、那珂さんの事は君にしか任せられない」
「花恋さんの事だけは他の人には頼れない……忘れていました」
さだめの手にスイングが現れ、それを握りしめる。
「ゾンビちゃん……これは花恋さんの生きようとする意志そのもの、この意志を私に託したのは、花恋さんの意志を私が忘れない為」
「難しい事は置いといて、とにかく君が、那珂さんの一番の友達である君が、那珂さんを助けるんだ」
「花恋さんの為なら、私は、まだ戦えます。藤村さんのおかげで大切な事を思い出せました」
金剛がうなずくと、さだめの体が霧状になって散っていく。
「時間だな、何か言い残しは無いか」
「そうだな……さだめちゃん、黒木と仲良くな、あの人多分思ってるほど悪い奴じゃないから」
「まぁ、藤村さんの頼みなら」
苦笑する藤村に、さだめも微笑む。
「さだめ、貴様も言い残しは無いか」
「そうだ、藤村さん。私メッセンジャーとして藤村さんの指示をみんなに伝えていきたいです」
「ああ、インテグラの事も分かった情報があれば共有していく」
「まずは藤村さんがインテグラの力を得て、意識が現実に戻らないけれど、なんとかやってるって伝えます」
「頼んだぞ、さだめちゃん」
さだめの体がさらに消えゆく。
「またここに来れるでしょうか」
「我が呼ぶさ、今貴様が心細い事は分かっている故、な」
口角を上げるアプスに、心を見透かされた様でさだめは少し不服そうに顔をしかめる。
「……ちょっと恥ずかしいけど、藤村さんに支えられたのは本当だから、ありがとうございます。それにアプスさんも、拾う神って感じですから」
「またそれか」
「だから、私……もう少し頑張ります」
さだめが神の世界から完全に消滅し、意識が現実に戻る。
「──眠っていた? いや、私は……」
ずっと自身の非力と情けなさを嘆いていた少女は、凛々しく顔を上げて部屋を出る。
(負けていられない、花恋さんの為、私にできる事がまだあるのなら!)