「そっか、報告ありがとう」
ベルゼノの残したビデオを見た或羽は苦悶の表情でうつむく。
「これを信濃君が見てしまったのね」
「これだけの情報量、誰だって脳が追いつきませんよ」
黒木がそう言うと、そうね、と或羽が返して顎に手を添える。
「この発言の真偽を確かめる為、警察に捜査依頼を提出するわ……ただ」
「ええ、ユニットDはもう警察の管轄組織ではない……捜査に発展する場合においてもその段取りは以前より遅くなってしまう」
「ユニットDが防衛装備庁に移ってできる様になった事は色々あるけど、できなくなった事もあるのよね」
憂う或羽に、黒木がため息をつく。
「とにかく組織上の都合をどうこう言う時間はありません、とにかく手続きを手早く済ませるしか無いでしょう」
「正論ね、可能な限り速やかに答えが出る様に動くわ」
「どうかお願いします」
深々と頭を下げる黒木に、或羽が苦笑する。
「それと黒木君、まだ内々の話だけれどこの資料を渡しておくわ」
「……これは」
資料を見て目を見開いた黒木に或羽がうなずく。
「その件は追々話すから、今はしまっておいて」
了解しました、と言い放つと黒木が資料を用意していたハードケースに入れておく。
「それでは私は訓練室に行くので、また報告があれば伺います」
「訓練室ね……黒木君結構努力タイプよね」
「努力しなければ、天才には追いつけませんから」
遠い目をして吐き捨てた黒木が執務室を後にする。
その後ろ姿を目で追って或羽は口をへの字に曲げる。
「努力だって才能だろうにね」
一人ごちる或羽が先程のベルゼノが撮った映像を再び見て唸った。
(ベルゼノ……セーラー服を着た少女の姿をしておきながら、あの力量と年齢を感じさせない出で立ち……そもそもレーマとしての性質も姿も見せていないと来た、彼女は一体何者なのかしら)
未だ正体を明かさないベルゼノに、或羽は疑念を募らせる。
──────────────────
黒木が訓練室に向かうと、勇太郎がベンチプレスをしていた。
「黒木さん、お疲れ様です! これからトレーニングすか?」
「はい、お疲れ様です……信濃さんは休憩中ですか」
「なんか急にスゲー眠たくなったって部屋に戻りました」
「そうでしたか、疲れが溜まっていたのでしょう。休養も大事ですから」
黒木がそう言いながらルームランナーを操作し始めるのを見て勇太郎が眉をひそめる。
「休養は黒木さんも大事っすよ」
「それはそうなんですが……人の身でレーマに対抗する為には、少しでも体を鍛えなければ」
走り始めた黒木を見て、勇太郎がため息をつく。助言もむなしく運動を始める黒木を見て彼を止めた方がいいと思ったが、少しでも強くなろうと
2人が訓練している間、自室で眠っていたさだめは、またも神の世界に招かれていた。
「……アプスさんですね」
「ああ、貴様の力ではまだここに来れないらしくまた呼ばせてもらった」
さだめが振り向いた先にいたアプスと金剛が神妙な面持ちで彼女を見つめる。
「何かあったんですか」
「それがね……」
金剛が困ったと言わんばかりの表情で手招きすると、さだめがそれについていく。
案内された先の砂浜には、見覚えのあるセーラー服の少女が佇んでいた。
少女がこちらに気付くと、手を振って駆け寄ってくる。
「さだめちゃん! 久しぶり」
「……ベルゼノ」
純粋な笑顔でさだめに視線を合わせる少女、ベルゼノがここにいる事にさだめは苦虫を噛み潰した様な表情をアプスに向ける。
「どうもそのベルゼノ……神の世界にアクセスしうる性質を持つらしい」
「それがどんな性質なのかは教えてくれないんだけどね」
アプスと金剛から告げられ、さだめはベルゼノを睨む。
「つまり神の性質を持っているという事?」
「これはやっぱり一番派手なタイミングで発表したいから今はまだヒミツなの」
「ふざけないで……世界を混乱させておきながら自分の情報は伏せたままなんて」
凄むさだめにベルゼノはおどけてみせる。
「世界中にレーマをけしかけたのは私じゃないよ、天渡会の火島君がやらかした事だよ~」
「それに協力しているあなたも同じ罪を背負っている、無責任を装って罪から逃げないで」
ベルゼノに何をされたかをようやく知ったさだめからの返答は厳しいものであったが、ベルゼノは全く意に介さず、静かに怒るさだめを見て笑みを向ける程であった。
「罪罪って言うけど、その意識も、さだめちゃんがそこから逃げられない状況も、全部私が作ったんだよ?」
「知ってる、だから……許せない」
「もういいよさだめちゃん、彼女と相手する必要は無い。神の世界であれば僕も戦える」
おそらくさだめの心を傷付けるだけであろうベルゼノを引き離し、金剛が臨戦態勢に入る。
「そこのアプスならまだしも、インテグラを相手にするのは気が引けるね」
「我ならまだしもってなんだ」
不服そうなアプスを尻目に、ベルゼノがその場で後退しながら霧散する。
「またあとでね、さだめちゃん」
最後にベルゼノが言い残した言葉にさだめは眉を動かす。
「なんなんです、アレは……」
「まだよく掴めん、だがあの者……ベルゼノは人の世界と神の世界とを混乱に導く恐ろしい相手である事は確信できる。天渡会よりも手強いかもしれんぞ」
アプスからそう伝えられ、さだめは薄れゆく意識を踏ん張りうなずく。
「さだめちゃん、最後に」
「金剛さん……」
「黒木は、悪い奴じゃなかっただろう?」
問われ、さだめは笑みをこぼす。
「はい、黒木さんは、とても良い人でした」
「よかった」
さだめがベッドの上で目を覚ます。と同時に或羽からの内戦が入る。
「はい信濃」
「ベルゼノが東京都港区に出現した。レーマによる襲撃は確認されなかったが、周辺の人員は緊急避難させてある。黒木君、火島君と共に急行してほしい」
「了解しました」
支度を急いで整えると、黒木、勇太郎と合流してライドエウロスに搭乗、目的地へと転送される。
──────────────────
東京都港区虎ノ門。
虎ノ門ヒルズ ステーションタワー直下。
そこに到着した3人は、笑みを浮かべるベルゼノを見つけてベルトを装着して睨みを利かせる。
《Confluencer Ready》
《Junctioner Ready》
《Confluencer allein》
「うわ、早速やる気だね」
余裕そうなベルゼノにさだめが眉をひそめる。
「今日はユニットD襲撃の首魁となった天渡会穣司として、現状報告をしに来たんだよ」
「お前が残した映像は把握している、何を言おうと信濃さんにした事は変わらないと言うのに何のつもりだ!」
黒木が怒気の含まれた問いを投げかけると、ナンセンスな事を聞かないで、と言わんばかりにベルゼノが不敵に笑む。
「私の事はいいから、今はこれを見てほしいのよ」
そう言ってベルゼノは手を2回叩くと、“彼ら”を呼ぶ。
「アンデッド! パンゴリン!」
その名を聞いてさだめは足音のする方向、背後へと振り向く。
そこには天渡会の幹部らしく白いローブを羽織った、花恋と正義が立っていた。
「久しぶりだね、さだめちゃん」
花恋の変わらぬ活発な声色を聞いて、さだめの心がざわつく。
「ベルゼノ! 2人を開放して! 条件なら聞くから!!」
「驚きすぎだよさだめちゃん……そんな慌てる必要は無いよ」
動悸が止まらないさだめがイートリッジを起動させてベルゼノを威嚇する。
《Nergal》
《STEAM》
「慌てないでってば、アンデッドとパンゴリンを開放する条件を今から話すから」
「2人をその名で呼ぶな……!」
「そう言ったって2人はレーマ、天渡会にいればそれ以外の名前はあんまり意味が無いしなー」
歯をむき出しにしてベルゼノへと殺意にも近い視線を浴びせるさだめに、彼女はため息をつく。
「……とにかく開放する条件ね。えっと今日では無いんだけど、後日必ずね、アンデッドとさだめちゃんで戦ってもらいます。そこでさだめちゃんが勝てば2人を返してあげる」
「勝てば……? それっていつものレーマみたく撃破すればいいって事なんだな?」
勇太郎が問うと、ベルゼノが首を横に振る。
「これは命がけのゲームだよ、アンデッドを一度でも殺すんだ。そうすればかし──導師の同調が切れてアンデッドは元通り、それが確認できればパンゴリンも一緒に開放する、ゲームだからルール、約束は守るよ」
それを聞いてさだめが目を丸くする。その場にいた黒木、勇太郎も絶句していた。
「信濃さんに那珂さんを殺せって言うのかよ……!?」
「まぁそうだね」
《Property Compile……Nergal・STEAM》
一瞬で変身したカルヴァリアが、モータルザッパーでベルゼノを斬りつける。が、一瞬でその場に現れた刀がベルゼノの手に収まり、斬撃を防ぐ。
「落ち着きなってさだめちゃん」
「ふざけるのも大概にして……私と花恋さんを殺し合わせる様な事をして……あなたの様な悪魔には、これ以上この世界にいてもらっては困る……!」
「信濃さん、ヤツは強い! ここは出過ぎるな!」
勇太郎の忠告を無視して、カルヴァリアがベルゼノへと突っ込む。
「ごめんねさだめちゃん、これ以上話ができないなら、あなたを傷付けるしか……」
瞬間、ベルゼノの刀が大きく振られ、カルヴァリアに触れる。
なんて事ない一撃だとカルヴァリアはもう一度動こうとしたが、既にその重すぎる斬撃は届いていた。
カルヴァリアの装甲を構成する各種特殊合金、樹脂、合成繊維を全て斬り裂き、大量出血させる。
緊急治療が必要とシステムに認識され、変身が解除されると、さだめがその場に倒れ伏した。
「……やりすぎちゃった」
汗を垂らすベルゼノがさだめに触れると、傷口に謎の粒子が集まり、血が止まる。
「ごめんなさい! 私の性質がさだめちゃんのネルガルと相性良すぎて思いっきりやってしまいました! 私の“錬金術”で治療はできたけど、話が終わったらすぐ病院に連れて行って!!」
何を言っているのかさっぱり分からない黒木と勇太郎は、その場で唖然としながらさだめを受け取る。
「お……お前なんなんだ……!?」
思わず出た勇太郎の問いに、ベルゼノはそうだね、と少し考えて告げる。
「神を殺す者、と名乗っちゃおうか」
そこから何かが理解できる訳でもなく、黒木と勇太郎は滝の様な汗を流しながら困惑する。
「さだめちゃん、まだ意識はある?」
「ベル……ゼノ……」
怒りだけで体を起こしたさだめに黒木、勇太郎が心配の声をかけるが、さだめは意に介さず再び変身しようとする。
「治療が必要とされた人間が変身しようとしたってロックがかかるハズだよ、そういう造りでしょ」
「なんでお前がそんな事を知っている?」
黒木が問うと、ベルゼノは不敵に笑む。
「すぐ分かるよ、それよりもアンデッドとの戦いの事だけど、そんなにさだめちゃんが本気になるなんて思わなかったよ。アンデッドを殺せなくてさだめちゃんがやられちゃったら意味ないし、譲歩をしよう。アンデッドを同調から解き放てたら勝利という事にしよっか、多分藤村金剛なら君にアドバイスしてるんじゃないかな」
そう言われてさだめは、精神力で洗脳を弾いた勇太郎の様に、花恋の心にきっかけを与える事で洗脳が解除できるのではないか、と金剛が話していた事を思い出した。
「……分かった、その条件なら、花恋さんと戦ってもいい。でも、絶対に誰にも邪魔はさせない……そうルールに追加しておきなさい……」
息を切らしながら告げるさだめに、ベルゼノが呆れた顔をする。
「邪魔はさせない、分かったよ。でもこれでアンデッドが元に戻らなかったら、きっとさだめちゃんはもっと神を憎む様になってくれるよね?」
「……どうしてあなたは、私が神を憎む様になる事をそれほど望むの……」
さだめに問われ、ベルゼノは閉口する。
「私が神を憎む事が、あなたにとって何になるの……」
「私は……ただ……」
ベルゼノがそこまでつぶやいて口を閉じると、首を横に振って言葉を紡ぐ。
「仲間が必要なの、この世界を、不義理な神によって支配されるこの世界を変える為に……その為にさだめちゃんにはレーマになってもらう必要があった。憎しみを知る必要があった」
淡々と語るベルゼノに、さだめは聞き入る。
「あなたにやってきた事は紛れもない私の罪……その罪を背負ってでもあなたが戦う様に導くしかなかった……こ神々の暴虐を終わらせる為に!」
「……その大それた使命の為に沢山のレーマを生み出して多くの人を犠牲にした意味は?」
「すべてはさだめちゃんが神殺しとなる為の材料……全ては神の定めた運命が、こうさせているの」
まだ本調子ではないさだめが立ち上がってベルゼノの付けているタイを掴む。
「運命? 冗談言わないで……そうしなくちゃいけないって勝手に決めつけて勝手に他人を巻き込んだ結果をそんな言葉でくくらないで……!」
「でも、運命は運命なんだよ」
「だったらそんな運命は……神の前にブッ壊す!!」
さだめの決意に気圧され、ベルゼノはタイを掴むさだめの手を払って後ずさりする。
「そんな事、さだめちゃんは言わない!」
ベルゼノが初めて焦りを含んだ顔をさだめに見せる。
が、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべて花恋と正義を呼ぶ。
「例えさだめちゃんにその気がなくても、私は神を殺す! その為に私は500年間苦しみ続けたんだ!」
「どれだけの時間が流れようとも、どんな大義があろうとも、人を殺した罪はなかった事にはならない」
さだめがそう言うと、ベルゼノが歯をむき出しにして悔しがる。その辛そうな表情を見ると脱力したさだめが眠ってしまう。
「さだめちゃん、限界だったか……しょうがない、今日“アレ”をお披露目しようと思ったけど見せたかった本人が寝ちゃったし、興も削げたし、帰るよ」
するとウィズドローが現れ、ベルゼノ、花恋、正義に触れる。
「一ヶ月後、それをアンデッドとの戦いの日にしよう。それまで元気でね、ユニットDのみなさん」
瞬く間に消えたベルゼノ達に、黒木は吐き捨てる様につぶやいた。
「その日まで天渡会が安息であればな」
「……黒木さん?」
「とにかく帰りましょう、火島さん。信濃さんを休ませなければならないですし、話す事もあります」
負傷したさだめを救急車に搬送し、2人が帰還する。