月下の変生   作:むきむき

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ダンジョン

 

 私は夜の森を徘徊していた。ここは山であるらしく、裸足で下り坂を駆け降りるのは少々骨が折れる。滑らかな足に草が絡みつき、落ちた枝や石が柔肌に突き刺さる。傷口から変な菌でも入ってやしないかと不安で仕方がない。虫なんて踏んでいた日には私は……いや、やめよう。

 

 とにかく足を止めるわけにはいかない。背後からは人々の喧騒が聞こえる。このままでは痴女としてニュースになるか、放火魔としてニュースになるか……どちらにせよいい未来ではない。

 

 スマホで撮られていたのだから逃げるだけ無駄かもしれないが、私は好んで人前に素肌を晒すほど気狂いではない。毛布はあるが、こんな小さな毛布では何も隠せていない。というかなんだこの胸は。走りにくいだけでなく、こいつのせいで体に巻いた毛布が押し上げられ下半身はほぼ丸出しだ。

 

 それにしても……あぁっ、くそ、どうして女というものはこうも揺れるのか。腰も、胸も、裾も、何もかもがひらひらと揺れてしょうがない。

 

「おいっ! どこに向かえばいい! 少しは私の役に立て!」

 

《目的地に何を望みますか?》

 

「服だ! あと人がいないところ!」

 

《残念ながら近辺にご希望する目的地は存在しませんでした。ただし、どちらかのみであれば案内が可能です》

 

「…………人がいないところに案内しろ」

 

《了解しました。現在地から東へ36歩、北へ147歩進んだ先に時空の裂け目があります》

 

「なんだそれは」

 

《現在の場合、ダンジョンと現世を繋ぐゲートを指します》

 

「そこは安全なのか?」

 

《はい。この先のダンジョン内で貴方様が命を落とす確率は0.000000……》

 

「もういい!」

 

 要領を得ないタロウの説明を聞きながら、私は空間にガラスを割ってできたような穴を見つけた。穴の中は真っ暗で全く先が見通せない。奈落のようだ。落ちたら二度と戻ってこられないのではないかという不安が湧き上がる。

 

「……ダンジョンとやらは本当に安全なんだろうな?」

 

《はい》

 

「…………やはり、先に服が欲しくなってきた。案内しろ」

 

《心拍数の著しい増加を確認。推定される感情、恐怖》

 

「違うっ! これは……あれだ、走ったからだ! わかったら早く案内しろ!」

 

《……では右足を上げることをおすすめします》

 

「なぜだ」

 

《足元に毒を持ったムカデが──》

 

「っ!!」

 

 その言葉に私は即座に反応した。ムカデなんてあんな醜悪極まりない生物が私の周辺に存在するなど許してはならない。別にあんな矮小な生物が苦手などとそんなこと情け無いことではなく、これから走るというのに毒なんて打たれるわけにはいかないのだから、即座に足を上げるのはとても理に適っている。

 

 だから私はムカデに怯えて体勢を崩したわけではなく、ただリスクを回避しようとして体勢を崩したのだ。

 

「まずっ……!」

 

 加えていうならば、男の体であれば体勢を崩すこともなかった。無駄にでかい胸のせいで上半身のバランスが全く取れなかったのだ。

 

 つまり、何が言いたいかというと、私がこの怪しげな穴に身を落としたのは全て、私のせいではないということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ド派手に尻餅をついた。尻が痛い。

 

「お前は本当に私の邪魔しかしないな」

 

《貴方様の勇気あるダイブは誰の介入も受けていません》

 

「……ちっ」

 

 ぱんぱんと汚れを落としながら、立ち上がる。落ちた先は私の見知った街中となんら変わりのないコンクリートジャングル、その道路の中央だった。

 

 現実と違うのは、人がいないということくらいだ。車は道路にはなく、たまにあるとすれば、道路の隅に駐車してある。ビルからは文明の光が漏れているが、人の気配は全くない。

 

 私はおもむろに一つの高級そうな車に近寄った。

 

「……誰もいないよな?」

 

《もちろんです。この車も誰の所有物でもありません》

 

「いいこと言うじゃないか」

 

 私は思い切り毛布を脱ぎ捨て、四肢を自由にすると、黒光りする車体に向かって蹴りを喰らわせてやった。

 

「……痛い」

 

 昔から高そうな車を乗りこなすやつが気に食わなかったが、車まで私に反抗的だとは。だが多少の鬱憤は晴れた。

 

 大きく体を広げ深呼吸をする。

 

「大都会のど真ん中でこんなことが出来るとはな」

 

《全裸徘徊のことですか? あまりおすすめはしません》

 

「なんとでも言うがいいさ」

 

 自分だけの世界。自分だけの空間。自分が一番偉いのだから、何をしたって構わない。

 

 生まれてこの方人の目ばかり気にしていたが、それに縛られすぎていたのが今ではよく分かる。自由とはかくも気持ちがいいものなのか。

 

 足取りは軽く、音の外れた鼻歌を奏でながら街を練り歩く。車があればいちいち蹴りに行き、石ころを見つける度にビルにぶん投げた。

 

「タロウ! 私は今最高に気持ちがいいぞ!」

 

《私も案内した甲斐があります》

 

「今なら誰にでも愛を叫べそうだ!」

 

 私はショーケースにあるマネキン達に変なポーズを取らせながら、高笑いを響かせた。

 

「タロウ! 見てみろ、コイツ鼻くそをほじっているぞ! ははは!」

 

 ああ、腹が痛い。さも高級店ですという風格をしているのに、堂々と両手で鼻くそをほじっている。小学生でもこんなほじりかたはしないだろう。涙が出てきた。口角が上がりすぎて戻らないし、呼吸も上手くできない。

 

「ひーっひっひっひ……ふぅ、ふぅ……ふふっ、ふはははは!」

 

《お楽しみのところ申し訳ありません。貴方様に一つ悲しいお知らせがあります》

 

「はははっ! あはははっ!」

 

《現在このダンジョンへの侵入者は、貴方様を含めて、三人となりました》

 

「ははははは……はっ!?」

 

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