月下の変生 作:むきむき
タロウの案内に従い、出会った女は珍妙な服装をしていた。遠目で見れば余り違和感を感じなかったが、近くで見ると妙にゴツい。
スタイリッシュであり、無骨さは感じないものの、明らかに私が着ているものと素材からして違う。
膝まで覆うブーツのようなものは鎧のようにゴツゴツしていて、胸部や腕もブーツほどではないが硬そうだ。腰にはやけにポケットの多いスリットの入ったスカートのようなものが付いている。スリットは露出目的ではなく、動きやすさを求めてのものだろう。機能性はとても高そうだ。フードも被っている。
肌の露出は非常に少なく、ほとんどが黒に覆われていた服装。単なるお洒落目的の装飾は、橙色の差し色くらいだろうか。
ここまでなら百年の間に流行が変わったと言えなくもないが、腰に刺さった剣を見てもそう思えるのは余程の馬鹿だろう。
「えっーと、この服が欲しいってこと? これは結構高いから、ちょっと無理かな〜、あはは」
「別に体を隠せるならなんでもいい…………なぁ、それは何に対する武装だ? 外の世界では抗争でも起きているのか?」
「いや何って……魔物に決まってるでしょ」
「魔物……」
(…………そういえば、ここは私の知る時代ではないのだったな)
百年前、私が竜に呑まれた日。私はその日初めて竜という存在が実在することを知った。
私自身、『火の巫女』などというよく分からない存在になっているし、ダンジョンというのも私の知っている世界ではあり得ない事象だ。今の世界は百年前の世界とは大きく異なるのだろう。
百年という時を越えた。そう言われても、何も思わなかった。
友と呼べる人間も、家族と呼べる人間も既に居なかった。だから、私は何かを失った感覚がなかった。しかし、私は間違いなく、あの日常を失った。
改めてそう実感した。
……どうでもいいか。
「そうか……」
「え? あぁ……えっと、そんな心配しなくてもいいよ。私結構強いからさ」
私が少し気落ちしたと思ってか、そんな言葉をかけてくる。私はむしろ清々する気分である。見当違いも甚だしい。が、その心遣いは私を包み込むようであった。
「ありがとう」
「……っあ、ああ、そうだ。体を隠すものが欲しいんだったね。えっと、これなんてどうかな」
そう言って取り出されたのはマントのような大きめの布であった。
「…………構わん」
期待外れではあるが、間違いなく以前の毛布よりはマシだ。私は渋々それを受け取ると、身を包んだ。
素材は違うが、小さい頃にプールで使った全身を包むタオルを思い出す。まともな衣服ではないのは間違いない。
「いつか返す」
「いつでもいいよ。じゃあ行こうか」
そう言って女はもう一度剣を抜き、周囲を警戒しながら私を先導した。
初めのうちは大人しく着いて行ったが、余りにも遅いものだから、私は女に言った。
「もっと速く進んでもいいんじゃないか」
「焦らないで。ダンジョン内は何があるか分からないんだから」
「……そうか」
どうせここには危険はない。タロウは私の死ぬ確率はとても低いと言っていたし、実際、ここでは散々好き放題したが死ぬ予感などなかった。
恐らく本来のダンジョンというのは魔物やら何やらがいるのだろうし、この女が私を思って慎重に進んでいるのも理解出来るが、この時間がとても無駄に思えて、少し退屈だった。
しかしこれ以上急かすのも躊躇われる。私は小さく溜息を吐いた。
そうしていくらか歩いた頃、私はふと、ビルのガラスに写る自分を見た。
なんて事はない。美しい己を見て、ただ悦に浸りたかっただけだ。しかし、何かが私の後ろに写り込んでいるのを見て、私は眉を顰めた。
「……ハチ?」
スズメバチのような、何か。それが私の後ろ、手を伸ばしても届かない程の距離に飛んでいた。
実に気持ちが悪い。駆除してもらおう。
「おい」
「何?」
「ハチがいる」
「ハチ?」
女が横目で私の指差した先を見る。途端、女は目を見開いた。殺すか追い払うかしてくれ。そう言おうかと思えば、女はすでに横にあった車のサイドミラーを片手でちぎり、ハチに投げていた。
野蛮すぎる狂行に驚く間も無く、女は私を突き飛ばし、剣を振った。
キンッと耳障りな音が響く。
私は、それが銃弾を切った音だと気づくのに数秒を要した。
「大丈夫!?」
「全く安全ではないじゃないかっ!!」
「だから何が起こるか分からないって言ってるでしょ!」
「お前には言ってない!」
「何言ってるの! 早く逃げるよ!」
女はそう言って私をひょいと小脇に抱えると、銃弾の飛んできた方向から隠れるようにビル群に駆け込んだ。
規則正しく並ぶビル達を右へ左へしばらく行くと、ついに女は私を降ろした。
「全く……もっと丁寧に抱えることくらいできないのか。お前の服は痛いんだ。おかげで私の腹は悲鳴を挙げているぞ」
腹に手を当てながらそう言う。道中何度も抗議したが、女は私を無視し走り続けたのだ。
「急いでたんだからそれくらい我慢してよ」
それに加えて、この悪びれた様子のない表情にセリフ。なんと薄情な人間であろうか。私は酷く裏切られた気分になった。
そもそもが私がこんな目にあったのも、私を雑に抱えて走らなければいけない状況になったのも、全てはこの女の警戒が甘かったからである。
あんなに時間をかけて周囲を警戒していたのにだ。私も不満に思いながらも、その心遣いに配慮して大人しく着いて行ってやったというのに。
「……何か言いたそうな顔だね」
「だいたい何故あんなにのろのろと警戒していた癖に攻撃されているんだ。こんなことなら最初から突っ走った方が良かったではないか」
「……君って本当嫌味ったらしいよね」
黙ってたら可愛いのに。そうぼそりと呟いた女は言い訳するように続けた。
「さっきのハチも、撃ってきた奴も、形は違うけど機装兵……ここには居なかったはずの魔物なんだ」