月下の変生 作:むきむき
女いわく、ここには愚鈍なゾンビしか居ないはずであり、機装兵はいないのだという。
だが私にはそんな事情はどうでもいい。この女がへまをして私を危険に晒したという事実しか私には意味がない。
死にたくなければ、以降はこの女を信頼し過ぎるのはやめた方が良さそうだ。
「機装兵がいるってならここにいたゾンビは機装兵に駆逐されていると考えるのが妥当かな」
「そうか。それで機装兵というのは強いのか?」
「ゾンビよりはね。あいつらは種類も攻撃手段も多いから対策が難しいんだ」
「帰れるか?」
「もちろん。とりあえず、ここに入ろう」
そう言って女は側にあったビルを指差した。
「何故だ」
「まぁいいから」
女は私の後ろに回り込み、私の肩に両手を置いてぐいぐいと背を押した。
そのままビルに入りエレベーターに乗る。そこで女はようやく手を離し、最上階の20のボタンを押した。そして私を安心させるようににこやかに笑う。
「機装兵ってのはね、基本的に建物を壊したりしないんだ。だから中にいれば銃で撃たれることはないよ。それに、中にいる奴も建物気にして大したこと出来ないんだよね〜」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ。中の方が安全だし──」
「絶対嘘だろう。じゃなきゃ走って逃げ回ったのが馬鹿みたいだ」
「もー、ほんと可愛げないなぁー」
「嘘なんだな」
「まるっきり嘘ってわけでもないけどね」
女は肩をすくめると口を開く。
「籠城しようと思ってさ。君を守り切れる自信はないし、食べ物もあるから。私が帰らなかったら退魔連盟から捜索がくる。一日くらいかな。それまで守るなら建物の中の方がやりやすいってだけだよ」
「なら最初からそう言え」
「そんな目で見ないでよ〜。君を少しでも安心させようと思っただけなんだ。別に騙そうとしてたわけじゃないから許して? ね?」
両手を合わせそれを顔の横にやると女は私を見てウインクをした。声は癇癪を起こした子供を宥めるようで、この女が私を手のかかる子供と認識しているのは明らかだった。
「最上階に行くのはなんでだ」
「高いところの方が気持ちいいでしょ?」
ほらみろ。なんだその馬鹿みたいな理由は。それで私が納得するとでも思っているのか。それとも私が本当に高いところにいるなどという理由で興奮すると思っての行動なのだろうか。だとすれば私はこの女を突き落としてやりたい。
「ほら、そんなむくれないで。そうだ、最上階に着いたら私といっしょにこのビルを探索しよう! もしかしたらお宝があるかもしれないよ」
「…………」
「それに実はこのダンジョンのビルはちょっと作りが違うんだ。どう? わくわくしてこない?」
「うるさい」
「君結構シャイガールだね。遠慮しなくていいのに。あ、もう着くよ」
遠慮してるわけではない。そう告げる言葉と共にエレベーターの階数表示器が20を指す。そしてぴろんという電子音と同時に視界が激しく揺れた。
続いて私が感じたのは腹を突き破る異物感だった。
衝撃に体が強く壁に叩きつけられる。体から力が抜け、私はそのまま滑るように地に尻をつけた。
♢♢♢♢♢♢
最上階に着いた時、扉が開く前に銃弾が隣の少女の眉間を貫いた。
私が声を失う間に、腹にも銃弾が撃ち込まれる。ずるりと力の抜けた体を見て私は少女の生存を諦めた。
扉が開くと廊下を埋め尽くす機装兵の海があった。
「……うわ〜」
人型、ハチ型、犬型その他……勢揃いだ。
「こんなにいっぱい見たのは初めてかも」
何故ここにこんな量の機装兵がいるのかは全く不明だが、今考えるべきはそこではない。
「『グラビティ』」
どうやって生き残るかだ。