月下の変生 作:むきむき
それなりにいいマンションの、それなりにいい階層。
スマホの鳴る機械的な音で目を覚ます。顔を上げると柔らかな陽射しに散乱した空き缶とお菓子の袋が照らされていた。
どうやら酔い潰れてそのまま机に突っ伏して寝てしまっていたらしい。ぐっと伸びをする。体が痛いし、顔も髪も変な感じだ。片付けるのも、電話に出るのも、やりたくない。まだ夢に浸っていたい。目を閉じる。しかし、スマホは鳴り続けた。
スマホを取る。表示されている文字は退魔連盟。切ろうとした指が止まる。私は仕方なく電話をとった。
「もしもし〜」
『おはようございます。ユナさんで間違いないですか?』
「うぃ〜」
『指名依頼が来ていますので、本部へお越しください』
「えぇー?」
『出来れば今日中にお願いします。では』
ぷつりと電話が切れる。
「……もー」
面倒事の予感しかしない。私は目を擦りながらおもむろに立ち上がり、軽くあくびを漏らした。
「しゃわぁーあびよ」
片付けはまた明日にでもしよう。
♢♢♢♢♢♢
タクシーを走らせ表に退魔連盟と書かれたビルに着く。受付に言うとすぐに一室に案内された。もう少し手間取ってくれてもよかったのに。
「早く入れ」
入るのを躊躇っていると聞こえるしゃがれた催促の声に、びくりと体が震えた。どうやらもう逃げられないようだ。
「失礼します……」
扉を開ける。中にいたのは厳ついのに結構偉い人の荒井さんと、可愛い女の子。私は思わず目を見開いた。よく見なくても、女の子が昨日死んだ子に似てる気がする。
見た目もそうだが、雰囲気というか、無駄にプライドが高そうで偉そうな感じが特に。喋っていないのに丸わかりだ。足も腕も組んで踏ん反り返っているのだから当たり前ではあるが。
どうしよう。妹ですとか言われたら気まずいな。お姉ちゃんの捜索依頼とかはやめてほしい。
「早速だが、依頼について説明する」
荒井さんはタバコを深く吸う。私は少しどきりとしながら言葉を待った。
「依頼人は俺。内容はそこの女と組んで退魔士やれ。以上だ。帰っていいぞ」
「全く分かりませんけど」
「まぁ、焦るな」
荒井さんはもう一度深くタバコを吸うと、ゆっくり吐き出した。
「その女は分かるだろう」
その問いに私はちらりと女の子を見る。少し答えにくい。
「まぁ、昨日見た子に似てますけど……」
「そいつだ。死んじゃいない」
「え!?」
私は思い切り女の子を見た。その顔は私をざまぁみろとでも言わんばかりだが、そんなことはどうでもいい。一般人があの状況から一人で生還した? あり得ない。そもそも頭を銃弾で撃たれていた。今生きているのは一般人でなくとも異常の一言に尽きる。
人である以上、銃が効かないなんてことはありえないのだから。
「多少調べたが、そいつはほぼ不死身だ。切っても撃っても潰しても死なねぇ。ついでに言うなら見てくれは人だが、人じゃない。魔物だ」
「……はい?」
だが、この少女が銃の効かない人間であるよりも、魔物である事の方ががよっぽど信じられなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「なんだ?」
「本当に、魔物……なんですか?」
人となんら変わらない知性に言語能力。見た目もさることながら、彼女はどう見ても人にしか見えない。
「本人は否定しているが魔物だ。少なくとも人間ではない。遺伝子が人と異なっている。違う生き物だ」
「…………退魔連盟に魔物を引き込むんですか? それに私は魔物とバディは組みませんよ」
「そいつは表向き人として公表する。何も問題はない。それに死なない相方はお前好みだと思うが」
「どうしてそこまで……」
「そいつはダンジョンを消せる」
「……!」
生きた魔物の利用は禁止されている。そもそも禁止しているのが退魔連盟だ。退魔連盟がそのルールを破っていることが明るみに出れば、ルールは意味を為さなくなる。そのリスクを背負ってまで魔物を引き込む理由として、それは十分すぎた。
ダンジョンは少しずつ大きくなり、数も少しずつ増えている。中の魔物を殲滅すること、肥大を抑制する事は可能だが、ダンジョンそのものを消すのは不可能だった。ダンジョンがある限り、魔物は湧いて出るし、住む場所も無くなっていく。ダンジョンの消去は人類の夢といってもいい。
「話は以上だ。俺は帰る。何かあるなら他のやつに聞け」
荒井さんは椅子から立ち上がると、呆然とする私の側を通り過ぎた。
「奴の枷になれ」
そう囁いて。
ガチャリと音が鳴る。荒井さんが出て行った。私は重圧に頰をひくつかせながら、笑顔を作った。
「やっほー。元気してた?」
「おかげさまでな」