ウマ娘 短編置き場   作:ライフォギア

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2023年3月13日にPixiv様に投稿済みのものと同じ内容になります。


月下、比翼連理(シンボリルドルフ)

 ────ここは俺にとって、ある思い出がある場所だ。

 

 日が落ちた、暗いトレセン学園のトレーニングコース。

 照明もそろそろ完全消灯になるであろうという時間帯。

 既にウマ娘達は寮に帰り、日中とは真逆の静けさに包まれていた。

 上空に浮かぶ三日月を見上げ、俺は過去を想起する。

 

 シンボリルドルフとの3年間が終わった。

 無敗の三冠ウマ娘にして、七冠ウマ娘。

 トレセン学園会長であると同時に『皇帝』の異名を持ち、その名に誰も異論を唱える事もない、『史上最強のウマ娘』を決めるとするならば間違いなく名前が挙がる彼女との。

 彼女のトレーナーを務めるという事は非常にプレッシャーではあったものの、立候補した3人のトレーナーの中から俺を選んでくれた、彼女が信じた俺を信じて我武者羅に頑張ったつもりだ。

 そして、恐れ多い事に俺にも名トレーナーと呼ばれるだけの箔が付いた。

 やれ『皇帝の腹心』だの『皇帝の懐刀』だの好きに呼ばれている。

 中には『皇帝の威を借る狐』と、ルドルフの実力におんぶに抱っこだったのではないかという意見もあるのだが、これまたありがたい事にその手の意見については公の場でルドルフが徹底的に否定してくれている。

 個人的には気にしていない。事実、シンボリルドルフというウマ娘の才覚が圧倒的だったのは疑いようがない。

 それでも俺を立ててくれるルドルフは、流石皇帝と呼ばれるだけの器があるとしみじみと思う。

 

 

「……ん?」

 

 

 日中の騒がしさならばまず気づかない足音だが、静寂が支配するこの場所では僅かながらにその音が聞こえる。

 後ろから誰か来る。俺がゆっくりと振り向くと、そこには慣れ親しんだ顔が微笑を湛えていた。

 

 

「やぁ、トレーナー君。こんな時間にどうしたのかな?」

 

 

 シンボリルドルフが制服姿でやってきていた。

 俺が誇りとする、大切な担当ウマ娘。

 普段の佇まいの中にも確かな威厳があるものの、そこには同時に優しさが介在している。

 

 

「いや、思い出に浸ってて」

 

「思い出?」

 

「チームを持つ事になったから。今までの2人の事を」

 

「ああ……成程」

 

 

 ルドルフは俺から見て右隣に立ち、共にトレーニングコースを遠い目で見つめた。

 

 俺はシンボリルドルフを手掛けたという実績を認められ、チームを持つ事を許された。

 とはいえチームは複数名のウマ娘をスカウトして初めてスタートする。

 チームを持つ権利を与えられただけで、実際にチームを運営するかは各個人の判断に委ねられているのだ。

 故にこのままルドルフだけを担当し続ける事も出来るが、俺は新しいウマ娘を何人かスカウトするつもりでいた。

 俺自身の経験、新たなステップに進む為に。

 

 

「チームを持てるという事は、君の実力が認められたからだ。私にとってもそれは喜ばしい。君の実力ならば当然至極かもしれないがね」

 

「ありがとう。これから大変になるし、ルドルフにも苦労をかけるかもしれないけど……」

 

「杞人天憂だよトレーナー君。君ならば間違いなくチームを運営できると信じているし、何より私もチームのキャプテンとなるんだ。むしろ、苦労は分かち合おう」

 

「何から何までありがとう。君が一緒にいてくれる事が、何よりも心強いよ」

 

「ッ……」

 

 

 ふと、ルドルフが俯いてしまった。

 何か変な事を言ってしまっただろうか、と俺が彼女の顔を覗き込もうとするが、それよりも早く彼女は顔を上げて横目で俺を見やった。

 

 

「感心しないな」

 

「何が?」

 

「無自覚なのが尚の事だね。ふふっ、君は本当に……」

 

「?」

 

 

 やはり何か変な事を言ってしまったのだろうか? 

 威圧なく微笑んでいるし怒ってはいないのだろうが、何だろうと首を傾げていると。

 

 

「しかし、私も少し不安があるんだよ」

 

「ルドルフが?」

 

「ああ。……チーム、というのは私にとっても初めての経験だ。

 後進育成に抵抗感はないんだが、生徒会業務のそれとはまた違うからね。

 ……今までより身近で、チームメンバーがレースで勝つ為に協力する。

 私は後進達に寄り添えるだろうか」

 

 

 言葉通り、ルドルフは少しばかり不安げな表情を見せていた。

 誰かに寄り添う、頼られるという意味で言えば彼女ほどの適任はいないと思うのだが、と俺が伝えるが、ルドルフの不安はそこではないらしい。

 

 

「いや、私は元々話しかけられ辛い雰囲気を纏っているようだからね。

 こればかりは3年間でも解消しなかった。後輩達にいらぬ威圧感をかけないかと……。

 何より私は……自分でいうのも気恥ずかしいが、強くなりすぎたきらいがある。

『敗北の悩み』に他の者よりも恐らく、無知だ。驕りにも程があるとは理解しているが……」

 

 

 成程、と納得できる悩みだとトレーナーから見ても思えた。

 彼女は『敗北』とあまり縁がなかった。

 信じられない程の贅沢な話ではあるが、故にこそ彼女は『敗北し続けているウマ娘』が悩みを吐き出したとして、寄り添えるかを心配していたのだ。

 悩みとは、同じ悩みを抱えたものであればより深く寄り添える。

 逆もまた然り、だ。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

 それでも、俺の回答はこれだ。

 

 

「まだチームメンバーが誰もいないのに、それに気づいて悩んでいる。

 なら、きっとルドルフは間違えないよ」

 

「そう、だろうか。そうありたいと、願ってはいるんだが」

 

「ルドルフはもう、周りを頼れる。それに、『苦労は分かち合おう』だろう?」

 

「……! ははっ、これは一本取られたかな。

 なら、『君が一緒にいてくれる事が、何よりも心強いよ』と、私も返答しよう」

 

 

 その回答に俺も思わず破顔した。

 結局、お互い持ちつ持たれつなのだ。

 俺達はいつもそうしてきたし、これからもそうなのだろうと思える。

 

 

「そうやってこれからも頼って欲しい。前に此処で頼ってくれたように」

 

「前、か。あれはその……正しく顔厚忸怩。私があまりに傲慢であった事を思い知らされたよ」

 

 

 以前に彼女が周りを全く頼らず、自分を追い詰め、結果的にファン感謝祭で凡走をしてしまった時の事。

 彼女はこの場所で静かに泣き、俺に『どうすればいい』と頼ってくれた。

 

 正直、ルドルフには申し訳ないのだが俺は嬉しかった。

 だからこの場所は俺にとって『思い出の場所』なのだ。

 シンボリルドルフという完全無欠の彼女が、俺に初めて弱さを見せてくれた、初めて寄りかかろうとしてくれた、1つのターニングポイント。

 ようやく本当の意味でシンボリルドルフのトレーナーになれた、そんな思い出がある。

 

 

「あれからルドルフも変わったね。良い方向に」

 

「そうだと嬉しい。まだ時たまエアグルーヴには怒られてしまうがね。『会長! 仕事のし過ぎです!』とね」

 

「ははっ、それなら安心だ。目を離すとルドルフはすぐに自分で背負い込むからね」

 

「面目ない。長年の悪癖は一朝一夕で改善するものではないらしい」

 

「間違いは正せるさ。君はシンボリルドルフだろう?」

 

「その焚き付け方はズルイな。これで悪癖を治せなかったら皇帝の面目が保てないよ」

 

 

 くすくすと笑うルドルフは大人びていながらも、何処か少女のあどけなさを残している。

 彼女もたまには間違える。彼女とて、まだ若いのだから当然だ。

 だけどきっと大丈夫。彼女は間違いを認め、正す事の出来るウマ娘だ。

 

 そうとも、シンボリルドルフは俺の愛バだ。

 だから俺はチームに『あの名前』を付けると決めたのだから、と、此処で俺はルドルフに『あの名前』について伝えていなかった事を思い出した。

 

 

「そういえばルドルフ、チーム名を決めたんだけど、君の意見を聞きたい」

 

「おや、そうだったのか。以前相談してくれた時は色々と決めあぐねている様子だったが」

 

「星には全然詳しくなかったからね……」

 

 

 トレセン学園のチーム名は天体の名前を付ける事が慣例になっている。

 実際不適切な名前でなければ特に制限は設けられていないのだが、いつからか『スピカ』、『リギル』、『カノープス』、『シリウス』等、どういうわけか天体名を冠するチームが殆どとなっていた。

 俺もそれに則る事にしたのだが、星については完全に門外漢。

 ルドルフに相談して2人で首を捻ったが、結局は『より詳しい人に頼ろう』となってアドマイヤベガを尋ねたりもした。

 

 

「あの後、私は生徒会の仕事で戻ってしまったが……アドマイヤベガに何かアドバイスは貰えたのかな?」

 

「ああ。とても良い天体の名前があってそれにしようと思って」

 

「ほう?」

 

 

 正直、これを否定されたらまた悩まなければならない。

 そう思うほどにこの名前にしたいと思った、その名は。

 

 

「『アケルナル』」

 

「アケルナル……理由を聞いても?」

 

「愛バの名前が入っていたから、かな」

 

「……?」

 

 

 はて、とルドルフは首を傾げた。同時にちょっとだけ右隣から『圧』の発生を感じた。

 恐らく頭の中でウマ娘の名前を探っているのだろうが、その顔がやや鬼気迫るものであるのは気のせいだろうか。

 脳内検索にこんなに怖い雰囲気を纏う娘だっただろうか? 

 

 

「……ふむ、該当候補が思いつかないな。誰かな? 君が愛バとまでいうウマ娘は」

 

「な、なんか怖いよルドルフ?」

 

「そんな事はないさ。さぁ、教えてくれ。私にはどうしても思いつかなかったんだ。なぁ」

 

 

 そんな事はない、という割に凄まじい圧である。

 先程までの優しい雰囲気のルドルフは何処に……と俺が気圧されながら心中で嘆きつつ、大きなヒントを与える事にした。

 

 

「正確に言えば、愛バの『名前だった』かな。俺も本人に聞いただけなんだけど」

 

「ほう? つまりは別名やあだ名のようなものだね? アケルナル、アケルナル……」

 

 

 尋問めいた問い詰めから、星の名前をまるで呪詛の様に呟くルドルフ。

 顎に手を当てながら思案する姿がちょっと怖い。完全に眉が逆八の字である。

 ……こんなに不機嫌なルドルフはちょっと覚えがない。

 

 

「アケルナル……ん?」

 

 

 ふと、彼女は閃いた様子を見せた。

 それはそうだろう、彼女が一番よく知るウマ娘の名前なのだから。

 

 

「……その、もしやその名前の由来、自惚れかも知れないが」

 

 

 同時に彼女の顔から逆八の字が消えた。

 ただその代わりにやや顔が紅潮しているように見える、やはり不機嫌なのだろうか。

 

 

「……私、か?」

 

「そうだよ、ルドルフ。君の幼名だ」

 

 

 彼女の幼名、ルナ。

 いつかに彼女が教えてくれたもう1つの名だ。

 彼女が皇帝としての道を歩み始めてからはいつしか呼ばれなくなったと、それが寂しいわけではないと言っていた。

 だが、それでも俺にその話をしておきたいと言ってくれた事には、きっと何か意味がある。

 ルドルフも気付いていない寂しさがあったのか、『皇帝ではないシンボリルドルフ』を知っておいてほしかったのか。

 何処まで考えても俺の想像でしかないし、恐らくルドルフ自身も自覚していない何かが。

 

 

「どうしてもこの名前にしたかったんだ。君の名前が入っているこの名前に」

 

「……くっ、あっはは! 私の名前が由来とは、私や君が引退した後も残り続けるかもしれないチーム名にしては、些か個人的な理由が過ぎるのではないかな?」

 

「そうかな? 担当の名前を入れたいトレーナーなんて沢山いると思うよ?」

 

「そんなものかな? ふふっ、悪い気はしないがね。

 ただ、私の幼名があちこちに出回るのは……少々恥ずかしいが」

 

「表向きには『慣例を踏襲して一等星の名前にしました』という事にすれば、周りも納得すると思うよ」

 

 

 先程までの雰囲気は何処へやら、ルドルフは今にも鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気であった。

 怒っているように感じたのは俺の気のせいだったのだろうか……? 

 と、ルドルフは何かに気付いたように目をハッと一瞬見開いたかと思えば、何やら悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 

「という事は、これは所謂『2人だけの秘密』というやつかな? 

 私の幼名の件は私の親族が知っているが、チーム名の件は間違いなく私達2人の秘密だ」

 

「まあ、そうなるかな? アドマイヤベガにも理由は話してないし。これからスカウトするチームメンバーには話してもいいと思うけど……」

 

「それはやめてほしいな。先の通り、私が恥ずかしい」

 

「そう? 分かった」

 

 

 ────2人だけの秘密のままに、しておきたい。

 

 

 小声で呟くルドルフ。きっと聞かせようと思った言葉ではないのだろう。

 だからきっと、今から口にするこの言葉はルドルフの迷惑になるのではないだろうかとも思った。

 

 

「聞かなかった事にした方がいいかな?」

 

「っと……聞こえていたか。覆水不変、やってしまったな」

 

 

 それでも、どうしても気になってしまった。思わず口をついてしまった。

 本当なら聞こえないフリでもした方がいいのかもしれないが、悪戯心が柄にもなく湧いてしまったらしい。

 ルドルフは困ったような顔で笑うが、その頬はやや赤い。

 しばしの無言。どうにも妙な雰囲気になってしまい、お互いに言葉を上手く紡げないでいた。

 

 

「……この際だ、正直に話すよ」

 

 

 沈黙を破ったのは、ルドルフからだった。

 

 

「これからトレーナー君は私にのみ時間を割くわけにはいかなくなる。

 沢山のウマ娘を担当し、チームを作り上げていくだろう。

 勿論、私も共に、だが」

 

「ああ」

 

「だがね、それでも私と君の2人の時間がこの先、どんどん減っていくのだと思うと……私は、焦りを覚えてしまったんだ」

 

「焦り?」

 

「そうとも。君が……君が『私だけの』トレーナー君ではなくなるのだと、ね」

 

 

 くすくすと笑いながら話すルドルフだが、その言葉は俺にとって非常に意外なものだった。

 先程の『2人だけの秘密』という発言といい、どうにも先程からルドルフの言動は妙だ。

 俺とて鈍いわけじゃない。言葉の意味を紐解いていけば何となく、ルドルフの感情が想像できる。

 できるのだが、その『想像』が当たっていると考えてしまうと、それは俺自身があまりにも自惚れている。

 当のルドルフは俺のドギマギを知ってか知らずか、淡々と話を続けた。

 

 

「君との思い出。君との秘密。君と過ごしてきた全ての時間。どれもがかけがえのないものだ。

 そしてそんな『2人の時間』が間も無く終わりを迎えることが、私はどうしようもなく寂しい」

 

 

 言いつつ、ルドルフは何故かゆっくりと俺に近づいてくる。

 後ろに壁があるわけでもないのに、俺は何故だか動けない。

 まるで、猛獣に睨まれた獲物のように。

 

 

「ルドルフ……?」

 

「何故だろうねトレーナー君。チームを組む事は、君を手離す事とは違うと理解している。なのに寂しいという思いが湧き上がるんだ。

 ああ、そうとも、私は君を『私だけのトレーナー君』でいて欲しいと感じている」

 

「ま、待とうルドルフ。なんだか変だぞ?」

 

「だろうとも、そうさせたのは君だよ。

 聞かないフリをしてくれていれば、こんな事にはならなかったかもしれないね」

 

 

 何度も言うが後ろに壁はない。

 なのに、全く後ずされない。その場から動けない。

 シンボリルドルフの、『皇帝とは違う』圧力に俺は屈していた。

 

 

「なぁ、トレーナー君。私は今驚天動地の思いだ。私は自分で思うよりもすっと独りよがりで、ずっと傲慢であったらしい。

 シリウスに指摘されたこともあったがね、いやはやそれ以上だったようだよ」

 

「ルド、ルフ……」

 

 

 ふと、ルドルフが空を見上げた。

 天にはシンボリルドルフの髪型にもよく似た三日月が、綺麗な弧を描き輝いている。

 

 

「『月が綺麗だね』」

 

「っ!?」

 

 

 ルドルフのクスッとした笑みは、どこか挑発的にも思えた。

 冗談だろうか。いや、彼女の言う冗談ならばもっとくだらないダジャレのはず。

 蠱惑的な笑みを見るに、彼女は恐らく、この言葉に自分がどう返すのか本気で問いかけている。

 

 どう返したところで、きっと俺との絆は揺らがないだろう。

 数年間に渡る絆にはそれだけの自信がある。

 

 

「さて、トレーナー君。君はこの言葉に、どう応えてくれるかな?」

 

 

 ああ、やはりそうだ。彼女は俺の『答え』が知りたいらしい。

 俺が返すべき言葉は、嘘でも取り繕いでも無くて、心の底からの本音。

 

 

 なら、答えは1つだ。

 

 

「『月はずっと綺麗だったよ』」

 

「──────ッ!!」

 

 

 ルドルフが今日一番、いや過去一番、意表を突かれたように目を見開く。

 こんなにも驚いた彼女は見た事がない。しかしてこれは、俺の心の底からの嘘偽りのない本音だ。

 

 

「くっ、あっはは。いいのかいトレーナー君? その言葉、私の都合の良いように受け取ってしまうよ?」

 

「きっと君が考えている通りだよ。……今すぐには、無理だけど」

 

「ふふ、分かっているよ。君にも立場がある。そこで分別を持ってくれている君は、やはり信用と信頼と親愛に値するよ」

 

 

 今の問答で何がどう分かったと、俺達は言葉を紡がない。

 俺の気持ちは確かに『それ』だ。

 だが同時に、彼女の言う通り、流石に俺達は教え子と生徒である。俺の立場以前に、これは彼女の迷惑になりかねない。

 

 

「だがね、トレーナー君。いつかその時が来たら、今度は妙な蒟蒻問答は無しに、正真正銘の言葉をぶつけるよ。

 その時まで君を昼想夜夢の想いにしてみせるさ」

 

「ルドルフの想いが変わる可能性もあるだろう?」

 

 

 今度は俺が牽制をしてみる。

 事実、彼女はまだ若い。想いが移ろう可能性だって十二分にあるだろうと。

 だが、ルドルフは獰猛な笑みと共にそれを否定する言葉を紡いだ。

 

 

「それは無いさ。あの有馬記念は忘れていないだろう? 私は一度見定めたら────」

 

 

 あの有馬記念。

 ジャパンカップでカツラギエースに敗北を喫した後、全力でリベンジを果たしたあの有馬記念を指している。

 そうだ。彼女は一度見定めたら、決して逃さない。必ずその首を掴んでくる。

 彼女は、シンボリルドルフは絶対なのだから。

 

 

「徹底的、だよ。覚悟してくれたまえ、トレーナー君?」

 

 

 きっともう、この娘から逃げる事はできないのだろう。

 逃げるつもりは毛頭ないが、彼女の笑顔はそれを悟るには十分すぎるものだった。

 三日月に照らされる愛バの笑みは、今まで見てきたどんな姿よりも凶悪で、凶暴で、そして────美しかった。

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