ウマ娘 短編置き場   作:ライフォギア

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諦めないアタシらしさで(ゴールドシチー)

 見た目の華々しさとは裏腹にゴールドシチーという『女の子』は不器用だ。

 たかだか数年、されど数年シチーの事を間近で見てきたマネージャーは常々そう感じていた。

 頑固で、素直じゃなくて、拗ねてみたり、我儘を口にしたり、正直時々めんどくさかったり。

 でも、迷いながらも決断して自分らしさを貫く、その姿こそがゴールドシチーのゴールドシチー足る所であり、彼女の美点だ。

 そんなわけで今彼女が直面している問題も、きっと迷いながらもいつかは答えを出すのだろうとマネージャーは信じている。

 信じてはいるのだが、確かに今回の問題はシチーが悩んで時間をかけるにも仕方がない事だと思った。

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 ゴールドシチーとマネージャー、カフェの個室にて。

 煌めくブロンドの髪を靡かせる、10人とすれ違えば10人が振り向くであろう美貌とスタイルを持つウマ娘、ゴールドシチーの溜息の数は日に日に増えている。

 直近で迫った撮影についての打ち合わせ中なのだが、どうにも身が入っていない。

 無論、仕事に手を抜くような子ではないし、なんだかんだで撮影はキッチリやり遂げる。

 しかし所謂『仕事モード』の糸が切れると、途端にこれなのだ。

 

 

「シチー、今日で溜息5回目よ? 大丈夫?」

 

「うん……大丈夫。ちゃんと聞いてるよ」

 

 

 いくらなんでも返答に覇気がなさすぎる。

 打ち合わせ内容が頭からすっぽり抜けていた何てことも今まで無いので、その辺りは心配していないし信頼しているのだが、何やら思案に暮れ続けているパートナーを放っておくような事もできない。

 だから、今までは気遣うだけだったマネージャーは意を決してシチーの溜息の理由に切り込むことにした。

 

 

「トレーナーさんのこと?」

 

「ッ!? は、ハアッ!? なんでそこでトレーナーが出てくるわけっ!?」

 

「……貴女、素直じゃない割に分かりやすいわよねぇ……」

 

 

 顔を赤くして今日1番の大声を上げるシチーと今度は溜息を吐く側となったマネージャー。

 正直なところシチーの悩みの種に当たりはつけていたし、概ねこんな事だろうというのは分かっていた。

 本人に確認したわけではなかったので憶測の域を出なかったのだが、どうやらドンピシャだったようで。

 

 

「分かるわよ。何年一緒に仕事してると思ってるの? 貴女とトレーナーさんのこともそれなりに見ているし」

 

「いやっ、別に? トレーナーは、カンケイないからっ」

 

「好きなんでしょ?」

 

「ちょッ……!!」

 

「まどろっこしく話す必要もないから言うけど、間違ってなければ1年以上は前から好きよね?」

 

 

 シチーの顔はさらに赤みを増していく。

 何とか反論しようとするも言葉が見つからず、普段の様子からは考えられない程に挙動不審になっていた。

 そうしてしばらくの後、反論しても言い訳をしてもこの人には見透かされているのだと観念したのか、シチーはおずおずとマネージャーに問いかけた。

 

 

「い、いつから……?」

 

「それこそ1年以上前からよ。勿論ちゃんと隠していたとは思うけど、貴女の事をよく知る人の何人かは気付いていると思うわよ」

 

「ウソ……」

 

「距離感とか雰囲気とか、流石に長く見てれば分かるわ。

 そうね、トーセンジョーダンさん辺りは気付いてても不思議じゃないんじゃないかしら」

 

 

 あのジョーダンが? とも思ったが、ふと、最近学園でジョーダンと話した時のことを思い出した。

 

 

『シチーさぁ、ぶっちゃけトレーナーのコト好きっしょ?』

 

『何急に? まあ嫌いなら担当にしてないケドさ』

 

『そーじゃなくてぇ。ラブ的なヤツ』

 

『は、はァ!? アタシが? ジョーダンキツいんだけど!』

 

『いやウチのダジャレ取るなし。だってさぁ、シチー、明らかトレーナーといる時だけフインキ違くね?』

 

『ち・が・わ・な・い。気のせいっしょ』

 

『ふーん……』

 

 

 あの時は何を突然言い出すのかと思えば、と思いつつも、不意打ち気味な図星に慌てた事を良く覚えている。

 今にして思えば最後の『ふーん』の時の何か言いたげな目は、私は知っているぞ、とでも言いたかったのだろうか。

 

 

「ジョーダンにも、気付かれてんの……? はぁ、マジか」

 

「その様子だと心当たりがあるみたいね。まあ、そういう事よ。観念なさいシチー」

 

「ッ……あーそうですよ。で? だから何? マネジにはカンケーなくない?」

 

 

 図星を突かれて逃げられなくなり、つっけんどんに拗ねた。

 しかしマネージャーは怯まない。

 というかシチーの機嫌のアップダウンが激しかったり、こういう言い方をする事は何も初めてではなく、何なら慣れている。

 そんなわけで一切の躊躇なくマネージャーは話を続けた。

 

 

「打ち合わせ延長しましょうか。貴女の恋の行方について」

 

「は? ど、どうしてそうなるワケ?」

 

「貴女、ここのところ溜息が多すぎよ。

 仕事はちゃんとこなしてるけど、心ここにあらずな状態でずっといたらモデルにもレースにも絶対に何処かで支障が出るわ。

 今すぐの解決は無理でも、方策を打ち合わせるわよ」

 

「ほ、方策って何言ってんの?」

 

「平たく言えばシチーが告白するタイミングとかね」

 

「こくはッ……!? ちょっ、マネジさぁ……!!」

 

「はい、じゃあそもそもシチーの溜息の理由から聞きたいのだけれど」

 

「何で今日こんな強引……!?」

 

 

 マネージャーが時に厳しく時に優しく頼りになる人だというのはシチーも分かっている。

 しかしてここまで強制的に話を進められたのは初めてだと戸惑いを隠せなかった。

 片やマネージャーとしては、どうせこれくらい強引に行かないと話さないだろうという確信があったのだ。

 シチーの性格をよく知っているが故、という事だろうか。

 

 

「恋愛で悩む理由なんて限られるわよね。まず第一に、『相手が自分の事を好きかどうか』。

 これが一番に来る悩みで、一番大きな壁。はい、どうですかシチー?」

 

「…………そーだよ」

 

「これに関しては心配いらないわ」

 

「え?」

 

 

 マネージャーからの意外な一言にシチーは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 恋愛において、『自分は好きだけど相手はどうだろう? もし好かれてなかったら……』と考えるのは自然な事だ。

 確証も無く告白に踏み切ってしまえば、今の関係性が壊れるかもしれないのだから。

 恋人になりたいのに、それどころか友人にすら戻れなくなってしまうかもしれない。

 その恐怖と不安が恋愛において足踏みをする大きな理由の1つなのは間違いないだろう。

 しかしマネージャーはそれをバッサリと『心配なし』と断じた。

 

 

「貴女とトレーナーさんは3年以上、二人三脚でレースを走ってきたわよね?」

 

「そりゃ、そうだけど」

 

「それだけじゃないわ。トレーニングも、休日も、果ては2人っきりのクリスマスに温泉旅行までしてるのよね?」

 

「……うん」

 

「これを数年単位でしてるんだもの。アプローチはこれ以上しようがないわ。

 もしこれで好意を持たれてないなら諦めた方がいいわね。脈無いから」

 

「ねぇマネジ? 普段の打ち合わせよりも厳しいのなんなん?」

 

 

 どうやら『好かれているから大丈夫』という意味ではなく、『今以上に好感度を稼ぐ方法が無いので今の時点で好かれてなければ無理です』という情の欠片も無い宣告であったらしい。

 心配ないってそういう意味かよ、とシチーは己のマネージャーの無慈悲さにツッコんだ。

 が、確かにそれはその通りだ。

 数年間の間に2人っきりでいることも多かったのに、これで何も想われてないならそこまでだろう。

 マネージャーは手元のコーヒーを一口飲んで、仕事を1つ片付けたかのようにほうっと息をついた。

 

 

「というわけで相手に好かれているか問題は解決ね」

 

「してないよマネジ」

 

「シチーにはもう1つ、大きな問題があるものね」

 

「聞いてないよねマネジ」

 

 

 今日のマネージャーは何かキャラが違う。正確に言えば恋愛話になった辺りからキャラが違う。

 シチーのツッコミは全てスルーされて虚空に消えた。

 

 さておき、好感度問題が解決したら恋愛においての障害は基本的には無い。

 だが、シチーの場合にはそれがもう1つあった。

 

 

「シチー。貴女も分かってるわよね? 貴女の恋の何が問題か」

 

「……アタシが学園のウマ娘で、アイツは、トレーナー」

 

「そうね、言い換えれば学生と教師。……大人として推奨はできないわね」

 

 

 学生と教師の恋愛。

 それは、大まかに言えば『世間』があまり許してくれないタイプの恋愛だった。

 トレーナーは教師とはまた違うが、世間の見え方からすれば大差はない。

 シチーのトレーナーは大学を出てすぐにトレーナーとなり、シチーの担当となった。

 その為、実際の年齢差はそこまで大きくは無い。

 むしろ世間一般で恋愛とか結婚をするには普通の年齢差程度しか無かった。

 そもそも『歳の差カップル』とか『歳の差婚』という言葉があるくらいだ。年齢差がどうとかではない。

 

『学生』と『教師』であること。これが問題なのだ。

 

『世間』の見え方、『世間』の常識は、その恋愛を良しとはしないことが多い。

 

 

「ねぇシチー。貴女、本当に一番悩んでるのは、このことじゃないの?」

 

「ッ……!!」

 

 

 そしてその事実は、ゴールドシチーを何よりも苦しめている悩みでもあった。

 シチーの性格をマネージャーはよく知っている。

 だからきっと、この問題こそが一番心に引っかかっている問題なのだろうということは想像に難くなかった。

 

 

「……分かってんだよ。アタシが告白してフラれてハイ終わり。でも、アタシはそんなのイヤ。

 だからってアイツがアタシを受け入れたらきっと、アイツに迷惑がかかっちゃう。

 アタシの仕事にだって影響出る。そしたらマネジにだって迷惑かける。

 だったら思い切ってコクってフラれた方が早いじゃん。

 だけど、でも、トレーナーに『好き』って言われたい……」

 

「…………」

 

「マジさ……諦め悪くてみっともないよね、今のアタシ」

 

 

 シチーが恐れている未来は2つある。

 1つはトレーナーに告白してフラれる未来。

 これは恋愛においてどんな人でも恐れることだ。

 そしてもう1つは、仮に受け入れてくれたとしても、『世間』の目がトレーナーとシチーに向くこと。

 バレないように付き合うにしても、仮にバレた時にトレーナーはトレーナーを続けられなくなるかもしれない。

 自分のモデル業に影響が出れば、マネージャーにも迷惑がかかる。

 自分1人の問題では済まなくなってしまうのだ。

 

 どの方向に転んでもシチーは傷つく結果になる。

 ならば自分1人が傷つくフラれる道か、このまま想いを秘めたままにする道を選ぶのが一番だとも考えている。

 けれど、それが酷く苦しくて、溜息という形で漏れ出てしまった。

 

 シチーは他人を思いやれる子だ。

 だから誰かに迷惑をかけない道を選ぼうとするだろう。

 我儘は言うし拗ねたりもするけれど、本当に迷惑を掛けてはいけない時をわきまえている子だ。

 

 

「シチー。今から言うことは完全オフレコ。マネージャーとしてじゃなく、『貴女の友人として』言わせてもらうわ」

 

 

 だけどマネージャーは、『ゴールドシチー』を支えたいと思った。

 真面目に1人の男性を想い、悩む、等身大の少女を。

 

 

「そんなこと気にせず、気持ちをぶつけてきた方が私は良いと思う」

 

「え、あ……は? マネジ、本気で言ってる?」

 

「ええ、本気よ。貴女がフラれたら愚痴に付き合ってあげる。

 もしもOKを貰えたら、一緒に隠し通してあげるし、バレたら私も頭を下げる。どう? 

 ……っていうか隠れて男作ってるモデルやアイドルなんてごまんといるわよ。

 シチーだって知らないわけじゃないでしょ?」

 

「ちょ、マジの問題発言なんだけど。何言って……」

 

「だから、『貴女の友人として』だって言ってるでしょ」

 

 

 マネージャーとしては完全にマズイ発言なのだが、それがどうしたと言わんばかりに彼女は続ける。

 それは彼女の言う通り、マネージャーとしての自分をかなぐり捨てた1人の女性としての意見だった。

 

 

「ぶっちゃけるけど告白なんてのはね、大体勝算がある時にしかしないの。

『あ、多分いけるな』って時に確認する為のものでしかないわ」

 

「マネージャーさん? ホントに今日キャラ違うんだけど?」

 

「気にしないで。で、そういう意味で言うと貴女とトレーナーさんは十分に勝算があるわ。

 懸念点があるとすれば学生と教師であること。この1点だけよ」

 

「は、はぁ……そうなの……?」

 

「そうなの。さっきも言った通り、今の時点で彼が貴女に好意が無いようならこの先も絶対無理だから。

 逆に言えば、彼が貴女のことを既に好きな可能性だって十分あり得る。ただ……」

 

「……ただ?」

 

「トレーナーさんは良識ある人よ、私の目からもそう見える。

 でもだからこそ、彼は貴女に告白もしないし、下手をすればそのせいで貴女をフる可能性がある」

 

 

 先程までマネージャーだった女性の眼光は何時になく鋭い。

 今までの彼女と一緒に過ごしてきたシチーですら、その姿勢を正して真面目に聞いてしまうような凄みがある。

 

 

「貴女の好意を受け入れれば、貴女のモデル業に支障が出るし、世間体が悪くなることをトレーナーさんが理解してない筈がないわ。

 もし彼が貴女に好意を持っているのなら、貴女と同じ悩みを持っていても不思議じゃない」

 

「え……」

 

「言っておくけど仮定に仮定を重ねた場合の話でしかないわよ? 

 でも、もしもそれを考えた上で彼が貴女への好意を隠しているのなら……やっぱり貴女は彼に告白するべきよ」

 

「ちょっと待って文章が繋がってなくない?」

 

 

 今のはトレーナーがシチーのことを考えて想いを封じ込めているのに、その気遣いを無下にしろ、と言っているようなものだ。

 流石にそれは変ではないかとシチーは疑問を呈するが、彼女は首を振って否定の意を示した。

 

 

「いいえ、繋がってるのよシチー。だってそこまで貴女のことを考慮する人、絶対捕まえとくべきよ。

 ……こういうことを言うと気を悪くするだろうけど、容姿端麗なウマ娘で、その中でもトップクラスの美貌を持つ貴女を見た目と身体目当てで短絡的に声をかけようとするバカ野郎なんてね、そこら中にいるわ」

 

「口悪くなったねマネジ……」

 

「プライベートはこんな感じなの。

 で、そんなアホな男に引っかかるくらいなら、どう考えてもトレーナーさんの方が良いわ。というかあの人は優良物件よ。

 中央のトレーナーだし、収入も安定してるし、何よりも『ゴールドシチー』のことを誰よりも考えてくれている」

 

 

 ふと、マネージャーの目元に陰が差した。

 視線が落ちて、その様子は先程までの勢いから若干落ち込んだようにも見える。

 

 

「私も、貴女にレースはやめておけって言ったことがあったわよね。貴女があんなにレースに本気だなんて知らずに……」

 

「マネジ……」

 

「あの人だけよ。最初からレースとモデル両方の道を探してくれて、貴女のことを真正面から考えてくれたのは。

 私だって、できてなかった」

 

「……あのさマネジ。アタシ、マネジにも感謝してるよ? 日頃、言えてないと思うけどさ……。

 マネジだって、アタシのこと考えて『レースはやめとけ』って言ってたわけだし……」

 

「いいのよシチー。貴女にそう言ってもらえるのは嬉しいけど、事実は事実。

 貴女のことを誰よりも考え抜いていたのは、この世にたった1人、彼だけよ。

 好きになってしまうのもしょうがないことだわ」

 

 

 過去、トレーナーがシチーの担当になる直前の頃、マネージャーはシチーにレースはやめておけと口にしていた。

 レースのことを『向かない世界』だと断じ、シチーの想いを否定していた。

 今となってはこれはマネージャーとしての恥だ。

 レースもモデルも両立し、両方で結果を出し、立派に成長している彼女を見ていると、『ゴールドシチーの可能性』を狭めていたのは自分なんだという罪悪感に襲われることもある。

 例えシチーが許したとしても忘れてはいけないと、自戒し続けるべき行いだと感じ続けている。

 誰が何と言おうと、恐らくマネージャーからこの気持ちが消えることはない。

 そしてだからこそ、シチーの可能性を見出して、今の彼女を彼女らしくしてくれたトレーナーには頭が上がらないし、ゴールドシチーに相応しい男性だと思うのだ。

 

 

「とにかく、世間体がどうとかもあるけど、貴女に相応しい男性はトレーナーさんだと私は思う。

 まあその辺を気にせずに彼が貴女に言い寄っていたら猛反対してたでしょうけど、その様子もないのはむしろ加点よ」

 

「マネジは私の母親かっての」

 

 

 モデル業にもレースにも関係ない、こんなプライベート全開な話をしていたせいだろう。

 ふと口にしたシチーのツッコミに、マネージャーはガラにもなく悪戯心が湧いた。

 マネージャーは声色を変え、普段のキャリアウーマン的口調から、わざとらしい穏やか口調に切り替えて。

 

 

「……トレーナーさんは良い人だから早く捕まえて、お母さんを安心させて頂戴」

 

「……おかーさん、うるさいっ」

 

 

 意を汲んだシチーがそれに乗ってみれば、2人は一瞬の沈黙の後に同時に笑った。

 学生同士がするような馬鹿話のノリ。

 マネージャーと業務的なこととは違う、こんなにも距離の近いやり取りをするのは新鮮だった。

 

 

「なんか、意外。マネジもこんな風に冗談言うんだ」

 

「私のことなんだと思ってるのよ。私だって、1人の女よ」

 

「フフッ、ありがとマネジ。なんかあんまり必死に言うから驚いたけど、ちょっと勇気出たわ」

 

 

 クスッと笑いかけるシチーに、マネージャーは優しげな笑みで答えた。

 マネージャーが過去類を見ない程に饒舌に語る様子にシチーも面食らったものだが、裏を返せばそれだけ真摯に自分の恋路を考え、応援してくれているということ。

 それが分からないシチーではないし、彼女の時々厳しいが背を押す様な言葉に救われたのは確かだ。

 

 最後に、マネージャーは再び仕事モードを思わせる真面目な目を向ける。

 御託を色々と並べたが、結局マネージャーはゴールドシチーのことを案じているだけ。

 仕事のパートナー、長年連れ添った相棒、大切な友人。

 

 

「……世間体とか、色々あるけどね、私はシチーがシチーらしくいられることが一番だと思う。

 そのためにできることは、できる限りしてあげたいと思ってるわ。

 トレーナーさんが『あなたらしさ』に必要なら、その手助けだってしてあげる。

 その結果玉砕したら、泣くのも喚くのも全部付き合ってあげる。

 モデルとレースが両立できたんだもの。恋愛も、両立して見せなさい。だって貴女は────」

 

 

 何よりも伝えておきたい、一番大事なこと。

 

 

「『ゴールドシチー』、でしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 2日後。

 今日はトレーニングではなくミーティングを行う日だった。

 そろそろ次のレースも迫っている中、過去のレース映像等から同じレースを走るライバルの研究も大事なことだ。

 トレーナー室の机を挟んでライバル達、レース場、予想される展開を考察するトレーナーとゴールドシチーの表情は真剣そのものだ。

 

 

「……と、いうわけかな。今のシチーなら勝ちは十分狙える」

 

「絶対勝てる、とは言わないんだ?」

 

「不確実なことを無責任には言えないかな……。当日の天候とか条件にもよるから」

 

「そーいうとこはホント、堅実っつーかなんつーか……」

 

「まあ、トレーナーだから……。あ、ただトレーナーじゃなく俺個人としては、勿論シチーのことは信じてるぞ! 絶対勝てるって!」

 

「暑苦しー。うざいぞー」

 

「うっ、ダメか……?」

 

「何だよその捨てられた子犬みたいな顔。フフッ、別にいーけど」

 

 

 そんなやり取りを合間合間に挟みつつ、ミーティングはつつがなく完了する。

 相手への対策、こちらの作戦、その他諸々を頭に詰め込んだころには既に19時を回っていた。

 ちらりと時計を見やったトレーナーは、話のキリとしてもこの辺りで切り上げるのが丁度いいだろうと、話と机に広げた資料を畳み始めた。

 

 

「おっと、もうこんな時間か。シチー、そろそろ終わろう」

 

「ん、オッケー」

 

「すまないな、少し遅くなった」

 

「ぜんぜん? 次は重賞だし、気ぃつけるに越したことないっしょ?」

 

 

 次走は重賞。既にG1ウマ娘でもあるゴールドシチーは強豪の1人に数えられている。

 即ちマークはキツくなるし、打てる対策は打たれることになるだろう。

 だからこそ、対策への対策を考え抜くには時間はいくら使ってもいいくらいだ。

 実はそれだけ長く一緒にいれるということでもある、という私情を飲み込んでいたりするのはシチーだけの秘密だ。

 

 

「ねぇ、トレーナー。暑くない?」

 

 

 パタパタと胸元のジャージを摘むシチー。

 今日の気温は例年に比べればやや高く、おまけに蒸し暑いタイプのまとわりつくような暑さだ。

 基本的にトレーナー室を含めて学園のエアコンは一括制御されていて適温になるように設定されているのだが、今日はどうにも蒸し暑さが勝っていた。

 

 

「暑苦しいとはよく言われるけど……」

 

「え、なに? めずらしー冗談言うじゃん」

 

「シチーと一緒にいるからかもな」

 

「ふふっ、なんそれ? まあいいや。

 それよりもさ、アイスでも買いにいこうよ」

 

「急だなぁ。今からお開きにしようって時に」

 

「イヤ?」

 

「ぜんっぜん!! 1番近いコンビニでいいか?」

 

 

 眩しいくらいの笑顔を見せるトレーナー。

 屈託のないその顔を見て、シチーはぼんやりと『いつものように』思った。

 

 

(あー、やっぱ好きだわ……)

 

 

 

 

 

 

 この時間だと購買は流石に閉まっている。

 つまり、2人でコンビニまで歩くだけの時間が稼げる。

 それがゴールドシチーの狙いであった。

 もう少し一緒にいたいな、そんな風にふと思ったが故の思いつき。

 しかも、トレーナーは面白いくらいにその目論みに乗ってきたわけで。

 これから仕事上がりだというのに担当に付き合うその姿勢は今に始まったことではないが、故にこそシチーも『こいつアタシのこと好きすぎじゃね?』と感じたりもする。

 

 

「アイス、何にするんだ?」

 

「んー……ストロベリーのダッツ」

 

「高いなぁ。コンビニで買う子見たことないぞ」

 

「じょーだんでーす。無難なのにする」

 

「一瞬本気かと思った。アイスはダッツしか食べないとか」

 

「なわけないじゃん。アタシなんだと思われてんの?」

 

「あー……朝食にエッグベネディクトとか食べてそう?」

 

「どんなイメージだよ。ウケる」

 

 

 とりとめのない会話を繰り広げる2人。

 3年以上もの間を2人で走り抜け、いつしか自然体で会話できるようにもなった。

 干渉も、決めつけも、同情も、ディスも、なんにもない。

 ただのトレーナーとただのウマ娘。

 そのなんでもない距離感が、シチーにはたまらなく愛おしかった。

 

 

「アンタとさぁ、こーいう風に歩いたり話したりするの、もう何回目かな?」

 

「さぁ……毎日ってほどじゃないけど、割といつものことだから」

 

「そーだよねぇ。……当たり前みたいになってんよねぇ」

 

 

 これは2人の日常の1ページにすぎない。

 日記に書くなら『いつも通り』で流されてしまうような、この数年間で培ってきた当たり前の時間。

 それを改めて、そして唐突に感慨深く語るシチーの様子は、トレーナーが考える日常のシチーとは少し違う様子だった。

 

 

「どうしたんだ? シチー」

 

「んー、ベツに。たださ、こんな時間ももう残り少ないかもなーと思うとね」

 

「……そうだなぁ」

 

 

 レースの世界で生きるウマ娘には『引退』が、トレセン学園の生徒としては『卒業』が、この2つのゴールが用意されている。

 ウマ娘の競技人生は個々人によるが10年はいかない事がほとんど。

 シチーの引退があと1〜2年くらい先ならば平均値くらいと言ったところか。

 それはそれとして学園生としての卒業もある。

 これは人、ウマ娘問わずいずれは経験する学舎からの旅立ちだ。

 どうあれ、ゴールドシチーには『この日常の終わり』がだんだんと見えてきている。

 

 

「アンタと走った期間、特に最初の3年は色々あったねぇ」

 

「色々あったなぁ。モデルとレースの両立のことだったり、初めて重賞勝ったり、G1まで勝てて……あの頃は特にシチーがツンツンしてたっけ」

 

「は? そんなことな……」

 

「……シチー?」

 

「……あー、うん、あるわ。メッチャある思い当たる節。ごめん、マジ」

 

 

 言われてみればと言うか、自分の機嫌で振り回し続けた記憶は鮮明だった。

 特に最初の3年間は、自分のアイデンティティとでも言えばいいのか、綺麗なお人形の自分とレースを走る自分との世間からのギャップで大層悩んでいた時期。

 結局それは解決した。

 どちらも結局自分自身で、雑な言い方をすれば自分の考え方が捻くれていたのだと気づく事で。

 その期間、悩んで、荒れて、我儘言って、その全部を受け止めてくれたのがトレーナーだった。

 改めて、自分ってメンドくさいなと思ってしまった。

 諸々の意味を込めて反省し、言い方はともかく本気で謝罪の意を込めたシチーの言葉はしおらしかった。

 対するトレーナーの反応は。

 

 

「ぷっ、ははははは!!」

 

「ちょっ、笑うなし!」

 

 

 まさかの爆笑であった。

 悪いのは自分とはいえ、謝罪を笑われるのは流石に心外だと口をへの字に曲げてムッとするシチーに、あくまでトレーナーは笑いかける。

 

 

「いやぁ、今日のシチーはやけに素直だなぁと思ってさ。

 気にしてないし、謝るような事じゃないよ。俺は好きでシチーのトレーナーやってるんだから」

 

「……好きでとか、さらっと言うなし」

 

「ん?」

 

「なんでもねーよっ」

 

 

 シチーのあまりにも小さい声は夜風にさらわれ、トレーナーの耳には届かなかった。

 今の『好き』という単語にそういう意味が含まれていないことはシチーも重々承知だ。

 けれども、どうしても意識してしまう。

 困ったような表情で自分の髪を一撫でしたシチー。

 

 

「アンタさ、よくこんなのと何年も一緒にいるよね。

 アタシ、凄いメンドくさいでしょ? 他の子の方がきっと聞き分けもいいし、楽だったと思うよ?」

 

「前にも言われたよなぁそれ。うーん……でも、シチー以外を担当するなんて考えられなかったしなぁ」

 

 

 口にしてしまってから気づいたが、自分がメンドくさいかどうか聞く自分も壮絶にメンドくさいな、と思うシチー。

 そして分かりきっていたことだが、全くそのメンドくささを意に介さないトレーナー。

 

 

「……マジでさ、アタシのこと好きすぎじゃね? そもアタシに一個前のトレーナーがいた時からずーっとアタシのこと追っかけてたじゃん」

 

「まあね。何ていうか……惚れた弱み? なのかもなぁ」

 

「惚れっ……アンタ、無自覚でそーいうこと言うよねぇ」

 

 

 温泉旅行の時といい、こいつ、本当に口説いているつもりがないのか? とシチーは疑いたくもなる。

 照れるでもなくあっけらかんというその姿がどうにも癇に障った。

 アタシだけ意識して馬鹿みたいじゃないか、と。

 

 だからシチーは足を止めた。

 言うしかない、伝えるしかない、多分場の雰囲気に流されてる自覚はある。

 だけど、今言い出したい自分を止める気にはなれなかった。

 

 

「あのさ、トレーナー」

 

「ん?」

 

 

 律儀にトレーナーも足を止め、シチーの方へ振り返る。

 時間も時間なので周りも静かだった。人通りは無く、車通りもほとんど無い。

 街灯と、街の明かりが2人を照らす。あとは何にもなくて。

 

 

「アタシ、引退して卒業した後もレースに、走ることにも関わっていたいなって思うんだ。モデルと兼業になるけど、きっと今みたいにどっちの道も走れるって思ってる」

 

「うん、シチーならできると思う」

 

「でもさ、きっとアタシだけじゃ無理なんだ。みんながアタシを支えてくれたから、今のアタシがあるの。マネジや……それに、トレーナーが。

 でも、トレーナーとは卒業したらお別れじゃん?」

 

「まあ……でも、俺はシチーが頼ってくれたらいつでも応えるつもりだぞ」

 

「……イヤなんだよね」

 

「え?」

 

「アンタさ、そうなったら他のウマ娘を担当するわけでしょ?」

 

「それは、そうなると思うよ」

 

 

 別れが迫り、焦っている自覚もある。

 他のウマ娘を担当する事になり、トレーナーが取られるかもと考えてもしまっている。

 トレーナーは誰かのものとかじゃないのに、あまりにも身勝手に考えてしまっている自分がいる。

 だけど、止められなかった。

 それがきっと『好きになる』という事だから。

 

 

「アタシが卒業したら理由つけなきゃ会えなくなる。他の担当に目を奪われるかもしれない。アタシさ、色々考えたんだけど、それマジでイヤなんだよね」

 

「シ、シチー?」

 

「……あー、うん、まどろっこしいのナシで言うね」

 

 

 この気持ちに嘘はつけないし、つきたくない。

 レースを捨てようとした、でもできなかった。

 モデルを捨てようとした、でもできなかった。

 ならばゴールドシチーの本気の想いは、捨てられないことは明白だった。

 

 

「アンタのことが好き。アタシと付き合って」

 

 

 ゴールドシチーらしい、きっぱりとした言葉。

 レースに臨むのと同じくらい真剣な面持ちで放たれた言葉にトレーナーは思わず言葉を失った。

 目を見開き、完全に硬直した様子を見るに相当驚いているであろう事はシチーにも強く伝わる。

 しばしの静寂の後、トレーナーは何とか言葉を紡ごうとする。

 

 

「う、あ、それ、は……気持ちは、嬉しいん、だけど……」

 

「ダメ?」

 

「ダメ、だ。俺と君は、担当と、トレーナー、で……」

 

 

 普段の熱血前のめりな姿勢が完全に失せ、まるで錆びた歯車で回っているかのようにぎこちなく、拙い。

 そして辿々しいその言葉が意味するのは、やはり大人としての責任。

 マネジが予測した通りだと、自分でも驚くくらいにシチーはトレーナーの様子を冷静に見つめていた。

 

 

「そだね。担当とトレーナー。教師と生徒。まあぶっちゃけありえないっしょ。

 センセーからコクられて嬉しいなんて普通ねーし。世間的には下手したら犯罪だし」

 

「そ、そうだろ? だからシチー、今のは……」

 

「でも悪いけど例外ができたってコト。今の告白、マジだから」

 

 

 淡々と、しかし裏には強く重い感情を込めてシチーはトレーナーの逃げ場を塞いでいく。

 街灯に僅かに照らされるトレーナーの顔がやや紅潮しているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 

「だと、しても、大人としてそれを受ける事はできない。

 シチーにもマネージャーさんにも、学園にも迷惑が……」

 

「へー、そーいうの無ければ受ける気はあるんだ」

 

「…………」

 

 

 顔をゆっくりと背けるトレーナーの顔には動揺が色濃く浮かんでいる。

 対してシチーは、本当に自分が自分で信じられなかった。

 あれだけ悩んでいたのに一旦口にしてしまえばあれよあれよと言葉が出てくる自分がだ。

 告白してしまった手前、今更後には引き返せない。

 ある種感情任せの勢いで言ってしまっている部分もあるが、今日はその勢いが完全に味方しているようにシチーには感じられていた。

 

 

「……ね、アタシのこと好きなの?」

 

「……それは」

 

「あ、トレーナーと担当ウマ娘として、ってのはナシね。

 ありきたりな恋愛漫画じゃないんだから」

 

「今日はやけに先回りして追い詰めてくるな……」

 

「話逸らすな」

 

「ハイ……」

 

 

 後戻りができないのはシチーだけでなくトレーナーもだった。

 先程完全に失言をした事も一因だが、何よりもゴールドシチーに嘘をつきたくはない、背を向けたくない。

 シチーは自分から教師と生徒の恋愛は世間的には御法度である事に突っ込んできた。

 にもかかわらず想いを告げてきたという事は、短絡的に考えた事でも一朝一夕で培った想いでもないということを如実に表している。

 全てが言葉にならなくともトレーナーには伝わっていた。

 それらあらゆる懸念やリスクを考慮したとしても、彼女は想いを伝える決断したのだと。

 

 だから、トレーナーの返答は1つだった。

 嘘偽りなく、トレーナーの秘めた感情は。

 

 

「────す、好きだ、よ」

 

 

 たった一言、シチーが心から欲しかった一言が。

 その答えを期待していたのに。

 話の流れから予測すらついていたのに。

 それでもシチーの顔は、驚きと喜びに満ちていた。

 

 

「……ふーん。そっか、好きなんだ」

 

 

 数瞬の後、シチーは悪戯っぽく笑ってみせる。

 百年に一度と言われるほどの美貌が見せる蠱惑的な笑みは、現在進行形で好意を吐露するに至ったトレーナーには些か刺激が強い。

 一層に顔を紅潮させる彼は内心、今がせめて夜であることを心底ありがたく思った。

 

 

「も、もういいか? これ以上はちょっと、マズいと……」

 

「何が?」

 

「俺達は教え子と指導者だから……。シチーだって分からないはずがないだろ?」

 

「分かってるよ。けど残念、マネジの了解も貰ってっから」

 

「え、ええ!?」

 

 

 トレーナーと同じく彼女を守る立場である筈のマネージャーが背を押しているという事実は流石に驚嘆せざるを得なかった。

 マネージャーから見てトレーナーがそうであるように、トレーナーから見てマネージャーは良識ある大人である。

 故に、それこそこんなことは絶対に反対するであろうと思っていたのに。

 

 

「マネジも共犯だよ。いいじゃん、付き合っちゃお?」

 

「だ、だとしてもダメだ! 色んな人に、シチーに迷惑がかかるだろ!?」

 

「当のアタシがそれで良いって言ってんの」

 

「でも……!」

 

 

 気持ちが白日の下に晒されてもトレーナーは尚も食い下がった。

 現役ウマ娘、モデル、それを両立するゴールドシチーは普通のウマ娘の倍以上は人目に晒されている。

 ましてG1を勝利している上にモデルとしての人気も抜群と、衆目を集める力は尋常ではない。

 当然、悪意ある第三者の目も沢山向くことだろう。

 恰好のスキャンダルになりかねない彼女の提案は、ゴールドシチーの行く末を見守る者としてとても容認できない。

 

 そして、ゴールドシチーはその想いを『正しく』理解していた。

 

 くすりと笑い、シチーは笑みを向けた。

 先程までの悪戯っぽい表情とは異なる、穏やかな顔を。

 

 

「ホント、アンタはアタシのこと好きだよね」

 

「え……?」

 

 

 くるりと背を向けるゴールドシチー。

 暗い中でも街灯の僅かな光に照らされた髪と尻尾が輝いて見える。

 

 

「分かってたよ。アタシだって考えたし、トレーナーにもマネジにも迷惑かけたくないしさ。

 でも、ずっと言わないのも限界だったから。ゴメン」

 

「……気持ちは嬉しかったよ。本当だ。だけど」

 

 

 諦めてくれたのかとトレーナーは安堵する。

 その安堵の中に、少なくない後悔と自責、そして本当は想いに応えたいという未練があることをひた隠しにしながら。

 

 

「は? 何フろうとしてんの?」

 

 

 だけど、不機嫌な声色の輝きはそんな隠蔽を許さない。

 

 

「アンタ言ったよね? アタシのことが好きって。

 トレーナーと担当ウマ娘としてってのはナシって釘も刺した上で」

 

「え、いや、それは、そうだが……」

 

「でも迷惑かかるからダメ。アンタの言い分はこれでしょ?」

 

「そうです……」

 

 

 背中を見せていたシチーは再びトレーナーの方を向いたと思えば、つかつかと距離を縮めながら捲し立ててくる。

 凄んでくる勢いが凄くて思わず敬語になってしまうトレーナー。

 そして、お互いの体が触れるか触れないかのギリギリまで迫り、シチーは自分の顔をずいっとトレーナーの顔に寄せた。

 

 

「なら、アタシが卒業するまで待ってよ」

 

「え?」

 

「アタシもうすぐ卒業じゃん? その後なら問題ないでしょ? 

 元担当ウマ娘とトレーナーが付き合った例もあるんだしさ」

 

 

 そういう事例を聞いたことが無いと言えば嘘になる。

 具体的にどこの誰が、ということまでは思い出せないが、長いトレセンの歴史の中でそういう事例があったと聞き及んだことは。

 

 

「い、いやシチー、しかしだな……」

 

「しかしもかかしもねーよ。あと数ヶ月我慢すればいいんでしょ? 

 問題無くなんだから素直に喜んどきなよ」

 

「え、えぇ……?」

 

 

 冷静に考えられる時にその言葉が喜ばしいか喜ばしく無いかで言えば、議論の余地なく大歓喜だと言い切れるだろう。

 さておき、ほぼ密着に近い距離感のシチーの匂いや顔の近さでトレーナーも全く冷静ではいられず頭の中が大混乱状態のトレーナーは気の利いた言葉は紡げないわけだが。

 

 

「どうなの?」

 

 

 シチーの大きく、吸い込まれそうな程に綺麗な目の輝きがトレーナー逃すことはない。

 対し、混乱状態のトレーナーはその目を見つめ返して思った。

 

 

(────あぁ)

 

 

 こんなに食い下がられるとは、諦めが悪い。

 感情任せな言葉で、ちょこっとメンドくさい。

 でも誰よりも直向きで、誰よりも輝いていて。

 

 

(────そうか、そうだな)

 

 

 それはどうしようもなく、トレーナーが惚れ込んだ『ゴールドシチー』で。

 

 

「好きだ」

 

 

 混乱していた彼の思考は、先程までとは打って変わって澄み切っていた。

 感情に素直になるならば、シチーに嘘をつかないのならば、自分の答えはこれしかないと強く断じることができたから。

 先程の『好き』とは違う、照れも戸惑いもない、強く固い言葉。

 

 至近距離で正面から、心からの想いが向けられる。

 瞬間、シチーの顔は真っ赤に染まった。

 

 

「きゅ、急にキリッとして何? さっきまでテンパってたじゃん」

 

「……正直、思わずだったけど、嘘はつけないなって。

 うん、シチーの言う通り俺はシチーが好きだ」

 

「……そ、そう」

 

「シチーがこんなに本気なんだ。後先のこともちゃんと考えてくれて。

 だったら俺が逃げるのは、違うかなって」

 

 

 これが何一つ後先の考えていない短絡的な告白であればトレーナーの対応は変わらなかっただろう。

 しかし如何なリスクがあるかどうかも理解したうえで発言しているというのなら話は別だ。

 

 今現在シチーがやっているモデルとレースの兼業には大きなリスクが伴う。

 レースで怪我をすれば、モデル業にも影響がでる。

 モデル業がそもそも多忙な為、普通よりもタイトな練習スケジュールを組む必要がある。

 だが、シチーはそのリスクを承知の上で二足の草鞋を履いて此処まで来た。

 それと同じだ。

 だったらそれは、きっとシチーが今一番大事でやりたい事だったのだと。

 

 

「ありがとうシチー。嬉しいよ、本当に」

 

「……最初っからそう言えよ。バカ」

 

「あ、でも正式には本当に卒業してからだからな。それだけは絶対に絶対だ」

 

「わーってるよ」

 

 

 態度と言葉はぶっきらぼうでも、嬉しさがこみ上げてシチーは口角の上がりが隠しきれていない。

 シチーは両腕をトレーナーの背中に回した。

 そして、トレーナーの胸に自分の顔を埋めた。表情を隠すかのように。

 

 

「ちょちょっ、シチー! 誰かに見られたら……!」

 

「転びかけたとか言っとけばいいよ」

 

 

 ギュッ、と。本気でやったらトレーナーの背骨が大変な事になるので加減しつつ、それでも普通の人間が強めに込めたくらいの力で。

 決して顔を上げる事なく、シチーは小さく、この世界で一番近い人にだけ聞こえる声で。

 

 

「大好きだよ」

 

 

 か細く、夜に消え入りそうなほどの声に、自らも両の腕を回すことによって応える。

 

 

「ああ、大好きだ」

 

 

 嬉しい、マネジになんて説明しようかな、次のレース絶対勝てる気がしてきた、嬉しい、嬉しい、離したくない。

 そんな想いが渦巻く街灯だけが照らす暗い道の中、黄金の尾が煌びやかに揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう。良かったわね」

 

「反応軽ッ。マネジ、もうちょっと祝ってくれてもよくね?」

 

「……まぁ、トレーナーさんが貴女のこと好きだろうって8割方確信してたから。あんまり驚きは無いわね」

 

「は? マジ? 何で?」

 

「普通好きでもない異性と2人っきりでクリスマスや温泉旅館なんていかないわよ。

 トレーナー業務ならまだしも完全プライベートの時間に」

 

「…………」

 

「『言われてみれば』みたいな顔しないでシチー。

 トレーナーさんもだけど、貴女があんなにトレーナーさんにフられるかもって心配してたの逆に驚いたわよ。

 それこそ教師と生徒って立場を抜きにすれば99%の勝算があったと思ってたし」

 

「……まさかマネジ、それでアタシとトレーナーの立場の話をして発破かけたワケ?」

 

「そうよ? それ以外に負ける勝負じゃなかったもの」

 

「……サンキュー、マネジ。マジで」

 

「ハイハイ。さ、ノロケは後でいくらでも聞いてあげるから、仕事の打ち合わせ始めるわよ」

 

「ノ、ノロケねーし!」

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