プロローグ たとえ導きが壊れていても
……落ちた葉が伝えている
偉大なる、エルデンリングは砕けた
霧の彼方、我らの故郷、狭間の地で
永遠の女王マリカは隠れ
黒き刃の陰謀の夜、黄金のゴッドウィンが最初に死んだ
マリカの子たるデミゴッドたちは、エルデンリングの破片を得
その力に歪み、狂い、破砕戦争を起こし……
王なき戦いの末に
大いなる意志に、見放された
おお、だからこそ褪せ人よ
未だ死にきれぬ、死者たちよ
遠い昔に失くした祝福が、我らを呼ぶ
蛮地の王、ホーラ・ルーよ
輝ける金仮面よ
死衾の乙女、フィアよ
忌まわしき糞喰いよ
百智卿、ギデオン=オーフニールよ
……そして、失われた祝福はまた、もたらされる
まだ名も無き、褪せ人の元に
霧の彼方に向かい、狭間の地に至り
エルデンリングに見えよ
そして、エルデの王となるがよい
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最初に感じたのは喪失感だった。何か大切なものを失ったはずだが……それが何であったのかすら、もはや分からなかった。それどころか、自分自身が何者であるのかすら……ただひとつ、はっきりとした記憶は今も頭の中に響いている。
エルデンリングに見えよ。エルデの王になるがよい
痛みを感じながら起き上がる……いや、痛みは錯覚のようだった。まず気付いたのは自身がほぼ裸と言っていい姿で転がっていたことだった。
「追い剥ぎかよ……」
打ち捨てられた礼拝堂らしき一室に立つ。破壊された調度品は朽ちるままに放置され、かつての栄華の面影を残す飾り天井には蜘蛛の巣が張り巡らされていた。丸腰であることに本能的な不安を覚え、木造家具の破片を手に取る。簡単な棍棒として振り回すには十分だ。
「あれは?」
部屋の片隅に、力なく倒れた人影があった。警戒しつつ様子を伺うと、明らかに死んでいることが分かった。その服装は指巫女……二本指に仕え、狭間の地へ向かう使命を帯びた巫女の姿で間違いないだろう。彼女の顔に見覚えはなかったが……どことなく懐かしい思いも去来し、頭が混乱する。
エルデの王に、おなりください
たとえ導きが壊れていても
彼女が握っていた人の指を見て少しギョッとした。どうやら指巫女の使う呪具で、言伝を残していたらしい。肝心の内容はいまいち飲み込めず、そもそも自分に宛てられたものなのかどうかもわからない。ただ、エルデの王という言葉が、自身の深層意識で繰り返される言葉と重なり、共鳴し、残響した。
「悪いが……便利そうだからな、いただいていくぞ」
冷え切って硬直した手から老いさらばえ死蝋化した指を取り出す。往々にして呪具には高価な値がつくが、もう彼女には必要ないだろう。他にも目ぼしいものが無いか探したが、流石に服を剝ぐ気にはなれなかった。
「さて……こんなものか」
不可解なことばかりだ。追い剥ぎに襲われたのなら、なぜ俺は傷ひとつない? なぜ巫女は死に、俺だけが残された? そして……俺は、いったい誰だ? はっきりしているのは、この薄暗い礼拝堂の中に答えはないということだ。
「人の気配は無い、か」
軋んだ大扉をゆっくりと開く。幸い追い剥ぎ連中が待ち伏せしているようなことはなさそうだった。襲われたとしても奪われるものはこの指くらいだろうが。俺は外の光景を目の当たりにして、言葉を失った。
夜闇に浮かび上がるように輝く、巨大な……凄まじく巨大な、世界を支えていると言われても疑いを持たないような、黄金樹がそびえていた。はるか遠くにあるようでいて、あまりの大きさに目の前にあるかのようにも錯覚する。その存在は、ここがどこであるのかを明確に示していた。
「狭間の地……」
乳と蜜の流れる土地。神々の住まう地。世界の中心。約束の地。我らの故郷。それでいて、破砕戦争で荒廃し、見捨てられた土地。神々の死体が腐る地。世界の忌み呪いの中心。王無き土地。我らの使命。
「そうか、俺は褪せ人だったんだ」
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、断片的な記憶が戻ってきた。神たるマリカの寵愛と祝福を受けた戦士たちの末裔。しかし祝福は褪せ、瞳の奥にわずかな残滓が宿るに過ぎない。その残滓がかすかに、だが力強く語る言葉。エルデの王となれ。その衝動に突き動かされ、褪せ人たちは狭間の地を目指したのだ。
崖の向こうには、朽ちながらも威容を誇る城塞が広がり、伝説が幻ではなかったことを伝えている。しかし、こちら側とあちら側の間には海が広がり、どうやら断崖の孤島らしき場所にいると分かった。
「すると彼女は、部分的であれ使命を果たしたんだな」
礼拝堂に残してきた遺体に思いを馳せつつ、粗雑な板作りの階段を下っていく。まさか自分たちが空中から突然現れたわけでもあるまいし、出入りできる港か何かがあるはずだ。少し進むと、礼拝堂のある島と広場のある小島を繋ぐ吊り橋を見つけた。
「俺にも指巫女は居たのか? あるいは、彼女がそうだったのだろうか?」
褪せ人はそれを導く指巫女と共に狭間の地を目指すものとされていた。となると自身が褪せ人であれば、対になる指巫女の候補は今のところ一人だけだ。しかし、なぜ彼女は死んでおり、その顔に馴染みがないのか、という疑問は残る。
「そもそもなぜ記憶がないんだ……?」
片隅に追いやっていたはずの恐怖が、潮のように押し寄せてきた。誰かの顔を思い出そうとしても、霧の向こうに消えていく。俺は一体どこで生まれ、誰を愛し、何をしでかしたのか? 頭を触るが特に傷もなさそうなので、頭部を打ったというわけでもないらしい。となると、なにか魔術的な手段で記憶を奪われたのか? だとすれば、厄介な事態に巻き込まれた恐れがあった。
不安が胸を締め付け、一歩ごとの軋みに怯えながら吊り橋を渡り、壁に囲まれたいびつな広場へ辿り着く。門をくぐると、輪の恩恵を湛えた姿のマリカ像が柔和な表情に冷徹な瞳でこちらを見下ろしていた。
「マリカ様か……苦しい時の神頼みってな」
いつになく神妙な気持ちでマリカ像を見上げていたその時、像の背後から不気味な影が飛び出した。広場の中心に降り立ったそれは、人の要素で構成されていながら、明らかに人とかけ離れた異形であった。無数の足がペタペタと石畳に擦り付けられる。無造作に接がれた何対もの腕を広げたその姿は、中心に陰気で耽美な貴公子の顔をのぞかせ、いっそ滑稽でもある。二本の直剣の一方には安物の兜が刺し貫かれたままだ。いくつかの手は引きちぎらんばかりの力でズタズタになった革鎧を掴んでいる。この光景そのものを目撃して、俺は直感的に理解した。
「そうか、俺はこいつに殺されたんだ」
おそらく彼女も……しかし、なぜ彼女は遺体となり、自分は無傷で蘇ったのだろうか? どうやら、貴公子もこの状況にいささか驚きを隠せないらしい。まぁ裸同然の男が棍棒を持って現れれば誰でも面食らうかもしれないが。俺はといえば怖気で足が竦み動けなくなってしまった。しばしの沈黙の後、最初に動いたのは接ぎ腕だらけの貴公子だった。
「危ねぇっ……!」
マントの陰から突如伸びる腕。予備動作を読み取ろうとするが、人体とはあまりに異なる構造に目が惑う。無数の手足が同時に蠢き、どれが攻撃に転じるのか判断できない。冷や汗が背中を伝う中、本能的に体を捻って初撃を回避した。しかし息つく暇もなく、異形の貴公子は刺突や斬撃を繰り出しながら迫り、じりじりと退かざるを得ない。石畳に踵が引っかかる感触。追い詰められている。
「嘘だろ……?!」
もと来た道を逃げようとしたが、門の結界らしきものに阻まれて目的は果たせなかった。なるほど、どちらかが死ぬまで戦いは終わらないというわけだ。思い返してみれば、この広場は神々に闘いを捧げる闘技場のようなつくりになっていた。マリカ像はその見物人として造られたのだろうかね。畜生が。
「やってやろうじゃねぇか!」
掴みかかろうとする腕を間一髪で躱し、伸び切った関節部めがけて渾身の力で棍棒を振り下ろした。木と骨が衝突する乾いた音が響いたが、相手の動きは微塵も鈍らない。仮に腕を一本使用不能にさせたところで、まるで影響がないような相手である。どう考えても絶望的な闘いであった。
「腕ばかり増やしやがって……それでも戦士かよ!」
不公平への不満を貴公子にぶつけるが、先方は表情一つ変えない。だいたい、相手は豪華な大盾まで持っているというのに、こちらは盾がないどころか体のどこに剣撃を受けても助からないだろう。双剣の連撃を拾った木片だけで捌き切るのには限界があった。鋭い痛みが走り、直剣が掠めた肩から鮮血が流れ落ちる。
いよいよ不利な位置に追い込まれたとき、貴公子はようやくいやらしい笑みを浮かべた。不幸な褪せ人たちから奪った手足をふるい、獲物を仕留めにかかる。彼が闘技場の仕掛けを悪用し、狭間の地に降り立ったばかりの褪せ人を狙って首級を挙げ続けていることは、この時の俺は知る由もなかった。
「クソ……ぬわーーっ!」
貴公子の技術も何も無い暴力的な大回転斬りをなんとか懐に入って無力化しようと飛び込んだが、無意味に振り回された腕の一つに直撃し、戦場から弾き飛ばされた。崖際ギリギリまで追い詰められていたことが災いし、俺の体は遥か下の黒々とした大海へと落下していく。暴風にもみくちゃにされながら、確実な死を前に意識が遠のいていった。あるいは死んでも、全てを忘れてまた蘇るのだろうか? どこか遠くで、鷹のような声が響く。申し訳程度の記憶の量では、走馬灯も見られないのか……と場違いな落胆を感じながら、全てが暗転した。
ーーー
潮の満ち引きが一巡する頃。暗く、湿った、それでいてどこか心を穏やかにする空気に満たされた地下墓地の中。崩落でつながった自然の洞窟から、波打ち際の音が響く。満潮時に流れ込んだ海水が淀みに溜まる場所に、全身がズタボロになった男が漂着していた。そこへ、どこからともなく水溜りを踏む足音が近づいてくる。
意識のない男を気遣うように、草食獣が顔をのぞき込んだ。牛とも馬ともつかない風貌で、背には少女を乗せている。
「……大丈夫よ、トレント。まだ、助けられるわ」
優しげな声が響く。トレントと呼ばれた獣を愛おしそうに撫でる少女の手には、痛々しい火傷の跡が残っていた。上質なマントとフードを被ったその表情は、窺い知ることができない。ただ、決意に満ちた口元がわずかにほころんだ。
「やっと見つけたのだから」
少女は潮溜まりに音もなく降り立ち、木片を握り締めた男の様子を観察した。
「この人はきっと、エルデンリングを求める」
言葉に確信が満ちる。しかし、少女自身その根拠を説明することはできなかった。
「……黄金律をはずれても」
主人公のスペック
素性:素寒貧
何故かは知らぬが裸の者。ただ棍棒だけを持つ。
形見:なし
過去は故郷に捨ててきた。
外見:戦士顔
褪せ人に最も多い外見。かつて、褪せ人は皆戦士であった。
装備:クラブ
レベル:1
生命10 精神10 持久10 筋力10 技量10 知力10 信仰10 神秘10