「取引だって?」
少女の申し出に、俺は間違いなく治療代の取り立てに来たのだと確信した。俺の背には彼女の持ち物だったはずの革袋がある。彼女がここまで追いかけてきたのも当然だろう……俺がどう反応するべきか迷っていると、メリナは探るような声で続けた。
「……貴方は、指の巫女様を知っている? 二本指に仕え、褪せ人を助け、導く存在……」
「えっ……ええ、まぁ」
話が予想外の方向に転がってきたので意表を突かれた。礼拝堂の扉の前で倒れていた女性の微動だにしない瞳が脳裏によぎる。
「けれど今、貴方には巫女様がいない」
「……」
白面の男と同じことを指摘され、つい表情がこわばる。本来褪せ人の旅路というものは、対になる指巫女との二人三脚なのだろう。俺と共に狭間の地へたどり着いた指巫女は、どんな女性だったのだろうか……
「……私は、その代わりができる」
「なんだって?」
「私は、ルーンを貴方の力にすることができる」
またしても想定外の申し出に間の抜けた声を出してしまった。指巫女は代理に乗り換えられるものなのか? この少女の正体は? なんだって、半裸の男にこんな話を持ちかけてきているのか?
「エルデンリングを求めるのなら、きっとそれは、貴方の役に立つ」
メリナの声に期待がこもる。エルデンリングを求め、エルデの王となる―――もはや原初の欲求となったこの望みは、自身の原風景とも重なり、俺の中で確固たる地位を確立しつつあった。なぜ、何のために……という根本を置き去りにして。
「ああ、俺はエルデの王になりたい」
口に出すことで、俺はなぜここにいるのかを改めて実感した。ええい、細かいことはあとで考えればよいのだ。うわ言のような決意を聞いたメリナは答えた。
「……だから、私を連れていってほしい。あの黄金樹の麓に」
「待ってくれ、あんたは何者で、何が狙いなんだ?」
話が急すぎる。協力を申し出てくれるのはありがたいが、あまりに得体が知れなすぎた。これまでの経緯から悪人ではなさそうなのは分かるが……しかし、俺の実力で少女を守りながらあの黄金樹まで送り届けることができるのかも疑問だ。
「……分かった。信じられないのも無理はないから。私は使命を授かった霊体なの」
少女の片手が青い光となって霧散し、直後再び現れた。なるほど、洞窟のクソ幽霊と同類か?
「今は自由に動くことができない。けれど、あなたと契約すれば、ともに使命を果たすことができる」
「そういうことか……だが、なぜ俺なんだ?」
「トレントが、貴方を選んだから」
ふむ……トレントがどんな奴かは知らないが、とんだ節穴野郎だな。ともかく、こんな都合の良い話に乗らない理由はなさそうだ。
「よし、分かった。一緒に黄金樹まで行こう」
「……取引成立、ですね」
メリナの真摯な表情にほのかな安堵と、喜びの色が見えた。俺の中に頼られる嬉しさとも、罪悪感ともつかない感情が呼び起こされる。
「では、ルーンを力にするときは、祝福で私を呼び出してほしい」
「あれ、ずっと一緒にいるわけじゃないのか」
「ごめんなさい、祝福からあまり離れると、干渉は難しい……でも、ずっと貴方を見守っている」
背後霊みたいなものか……あまり賑やかな旅路にはならないようだ。ずっと見られているというのもそれはそれで居心地が悪い。
「……ああ、それと、この指輪も渡しておく」
彼女が懐から取り出したのは、柔らかな金の指輪だった。え、契約の指輪ってこと……? と美少女からの突然のプロポーズにドギマギしていると、直後に愚かな妄想は打ち砕かれた。
「遠い距離を駆けるときは、それを使ってみるといい。トレントという名の、駿馬の霊を呼ぶことができる」
なんとも実用的な贈り物だった。そうか。トレントってのは馬か。話しぶりでは霊体でも俺を乗せられるらしいが……
「乗馬の経験なんてないんだがな……」
「……トレントは自ら貴方を選んだ。大切に、してあげてほしい」
メリナによれば、その辺りに生えているロアの実を乾燥させてロア・レーズンとして与えると良いらしい。霊のくせに飯を食う上に、手間のかかる奴だ。俺はずっと気になっていた疑問をぶつけることにした。
「ところで、ルーンを力にする、っていうのは?」
「貴方のルーンを内在化して、貴方自身の力とする……そうすればもう、失われることはない」
「試しにやってもらおうかな」
「……ルーンを力にするのね。少しだけ、貴方に触れさせて……」
メリナはしゃがみ込むと、こちらの手を取り、なにやら唱えだした。素肌に触れ、霊体ながら温かなそのぬくもりに驚く。初めて女性に触れた若者のように手を引っ込めそうになったが、メリナはしっかり握って離さなかった。
「共有せよ、汝の思考を、野心を、信条を」
これまでの俺の旅路、断片的な俺の人生が脳裏に渦巻いていた。といっても、大層なものではないが……メリナは更に、俺が何を望むかを問うた。俺はしばし考え―――もっと力が欲しいと願った。物理的な力が。
「終わったわ」
儀式は思いのほかあっさりと完了した。実感できるような変化はなかったが、メリナによればもっとルーンがあれば大岩を持つ筋力や高位の魔術を駆使する知力など、望みのままの力が得られるそうだ。さらに、ここまでの記憶は魂から俺の肉体と黄金樹に刻まれたため、決してルーンとして落とすことはないという。なるほど指巫女の力が、褪せ人の旅に必要不可欠なわけだ。
「ありがとう。必ずや、約束を果たすよ」
俺は立ち上がって可能な限り頼もしい雰囲気を出そうとしたが、朽ち木の棍棒に腰布の風体ではどうにも無理があった。
ーーー
野営できる場所を探してこっそりと関門の様子を見たが、多数の兵士に警備されており簡単に抜けられそうにはなかった。試しに、練習がてらトレントを喚び出し、その背に乗って散策する。トレントはおとなしくて扱いやすく、乗馬の心得がなくともこちらの意図を汲んで歩みを進めてくれた。さてこれはエレの教会まで一度戻るべきか、などと考えていたとき……
「キェエエエエ!」
「うわっ、なんだ!」
夜の闇に紛れて、人よりも大柄な大コウモリの群れが襲いかかってきた。一体なら大したことのない相手でも、群れをなしていると始末が悪い。さらに問題は、その高周波の叫びにトレントが驚いてしまったことだった。
「バカ、待て、落ち着け!」
興奮した霊馬は完全に制御を失い、俺はしがみついていることしかできなかった。そしてこのトレント公は、よりによって駐屯地のど真ん中にご突入あそばせたのだ。
「て、敵襲! 敵襲だ!」
見張りの兵士がラッパを吹き、眠っていた兵たちも飛び起きる。ようやくトレントが落ち着いたときには、関門前の廃墟を貫く街道の中心で完全包囲されていた。突破の機会をうかがうが、兵士たちが使役する戦狼たちが威嚇しており、トレントが怯えてしまっている。これは死んだな。
「黄金の君主、ゴドリック陛下の命により、お前たち褪せ人は捕縛される! 抵抗をやめよ!」
十数名の兵士たちの中から、ひときわ立派な鎧の騎士長らしき男が歩み出て、俺の運命を宣告した。いま捕縛すると言ったか? 最悪の予感が脳裏をよぎる―――殺されなければ蘇生もできず、生きたまま四肢をもがれ、永遠に接ぎの贄となる末路が。
「ゴドリックとやらに伝えろ、首を洗って待ってろとな」
「ならばここで
騎士長は無感情に言い放った。どうやら挑発は通用しないらしい。兵士たちが剣や槍を構え、戦狼たちが今にも飛びかからんと姿勢を低くしたその時だった。
「我こそはビアトリス・ラスカー! 同胞の苦境、捨て置くものか!」
「何事だ……ウワーッ!」
大柄の黒馬にまたがった全身鎧の騎士が薄汚れた白いマントをたなびかせ、ハルバードを振り回しながら軍勢に突撃してきた。長身の体躯だが、威勢のよい声色は明らかに女だった。三人の兵士を立て続けに吹き飛ばすと、女騎士はそのままの勢いで反対側へと抜けていく。混乱する隊列の中に隙を見つけ、俺はトレントを走らせた。騎士長が怒号を上げる。
「待て、逃がすな! 狼を放て!」
すれ違いざまに兵士に朽ち木を振り下ろすと、鈍い音と共に兜は中身ごと凹んだ。もんどり打って倒れる兵士を踏みつけながら、戦狼たちが霊馬を追う。そこへ、女騎士が馬を走らせて戻って来た。
「気をつけろ!」
彼女が叫び、狼が俺の左足に飛びかかった。激痛が走り、バランスが崩れる。しかし、直後に斧槍の一振りで、獣の頭は胴体から分離していた。気合で持ち直し、とにかくトレントにしがみつく。駐屯地を抜ける直前、荷車の影からやにわに槍が突き出し、女騎士の胸を打った。
「ぐうッ……!」
戦狼の対処に手を取られていた彼女は不意打ちをまともに喰らい、真後ろに落馬した。振り返ると、かろうじて受け身を取り、立ち上がる騎士の姿が見える。駐屯地の兵士は襲撃で数を減らしつつも、騎士を取り囲もうと立ちふさがった。さて問題は、俺はどうするべきかということだ。
「さすがに……逃げるってわけにはいかないよな」
追いすがっていた最後の戦狼に棍棒を振り当て昏倒させた今、俺を追っている敵はもはやいなかった。助けてくれと頼んだ覚えはないが、かといって恩の押し売りをしてきた女騎士を見捨てるのも寝覚めが悪い。俺は、とりあえず荷物の中から小瓶を探り、緋色の中身を飲んだ。強烈な甘みの中に、左足の痛みが溶けていく。
「防御円陣! 蛮人の方は近づけさせるな!」
兵士たちは内側に直剣持ちが女騎士を囲み、外側に槍持ちがこちらを警戒するかたちで二重の円陣を組んでいる。女騎士は剣撃をヒーターシールドで防ぎつつ、さらに数人を薙ぎ払ったようだ。俺は近づきすぎないように慎重に、トレントで周回しながら戦機をうかがう。中央の攻防戦には騎士長も加勢し、女騎士は押されつつあった。
「そうだ、これがあった!」
革袋からククリ刀の束を取り出し、疾走する馬上から1本ずつ投擲する。狙いはなかなか定まらなかったが、回転する刃は外周の槍兵や内周の不運な剣士を一人、また一人と削っていった。気づけば、主を失った黒馬がトレントの後をついて走っている。これは使えるかもしれない。
「トレント! いいか突っ込むぞ!」
最後のナイフを投げ終え、十分に戦力を削ったと判断した俺は集団への突撃を敢行する。後を追う大馬の質量も合わさり、衝撃力は増幅された。最後の槍兵と背後を突かれた剣士たち二人が弾き飛ばされ、円陣が無様に崩れる。さらに、俺はトレントと黒馬を走らせたまま戦場に飛び降りた。敵は……騎士長含め八人!
「うおおおおああああああ!」
俺が全身で雄叫びを上げると剣士たちが思わずひるむ。騎士長と戦う女騎士の背中を守るように立つと、俺はしゃにむに棍棒を振り回した。
「褪せ人風情が!」
立ち直った剣士が直剣で鋭い刺突を繰り出す。だが、俺はその動きを知っている! 粗暴に見せかけた棍棒の軌道を調整して剣先をいなし、利き腕に打撃を叩き込む。そのまま崩れた体幹に致命の一撃をくれてやった。
「こいつら……ひ、ひいい!」
兵士たちが恐れおののく。見ると、騎士長の首がハルバードの一閃で切り飛ばされたところだった。さらに二人を刺し貫いて正面の敵を片付けた女騎士は、こちらに並び立つ。残り四人まで減らされ戦意を失った兵士たちは、先を争うように逃げていった。
ーーー
「まったく、ゴドリックの軍兵どもめ、怯懦なことだ」
女騎士が愛馬を撫でながら笑う。俺は、ひとまず礼を言いつつ、彼女の傷を気遣った。全身鎧とはいえ幾度か刺し貫かれ、夥しい血の流れた跡がある。
「こんな怪我は大したものじゃない、聖杯瓶があるからな」
彼女もまた黄金の小瓶を取り出し、一気にあおる。いくぶんか具合が良くなったようだ。
「改めて、わが名はビアトリス・ラスカー、放浪騎士だ。しかし貴公、何があったのだ」
俺の野蛮人がごとき姿を怪訝に見回す女騎士。まぁ不自然だよね。
「ええと、俺はアンリだ。その……追い剥ぎに襲われてな」
「なるほど、それは難儀であったな」
ビアトリスは、精悍ながら目鼻立ちの整った顔で微笑んだ。壊れたバイザーが固定されたままの兜から、美しい金髪がのぞく。姓を名乗ったあたり、名のある貴族様なのだろう……それも、単なる下級貴族ではあるまい。
「これまで同胞を救ったことは幾度かあったが、みな逃げ去ってしまった。戻ってきて戦ったのは、貴公が初めてだ」
「そりゃそうだろうな……あんたは、なぜ俺を助けたんだ?」
騎士は質問の意図が分からないような顔をした。まるで、自分の行為が当然のものであるかのように。
「褪せ人の同胞が危機にあるなら、それを救うのが騎士だ。騎士の役目を果たすのに、なんの躊躇が必要だろうか?」
「そうか……感謝はするが、その性格でよくこれまで生き残ってきたな」
いや、何度も死んでいるのかも知れないが。俺の言葉を賛辞と受け取ったらしい放浪騎士は得意げに腕を組む。どうやらとんだお人好し女らしい。俺は倒れた兵士たちから装備を漁ろうとして、一瞬騎士様の様子をうかがった。
「その、死体漁りに文句は言わないでくれよ」
「よいよい。戦利品の獲得は勝者の特権だ」
どうやら高邁な騎士道精神に凝り固まっているわけではないらしい。俺は状態の良い防具をいくつか引き剥がし、使えるものを吟味する。最終的に、寄せ集めのゴドリック兵が完成した。剣や槍は叩き折られたり欠け落ちたりして、まともに使えそうなものはなかったが。まったくどんな戦い方をしたんだ。
「ようやくまともな装備か……ここまで長かった」
「貴公、こちらへ来たまえ。良いものを見つけたぞ」
やけに豪華な装飾の荷車の中に、女騎士が武器を見つけたらしい。見ると、洞窟で戦った軍兵が持っていたのと同じ、意匠の施された上質な大剣が納められていた。なかなかの重さだが、両手で握れば扱うことはできそうだ。
「これは貴公が持つとよい、その棍棒では辛かろう」
「お気遣いどうも。ありがたくいただくとするよ」
この格好で大剣を持つと、いよいよ洞窟の試練と同じ姿になった。予言通りというわけか? まったく悪趣味な幽霊だな。大剣の剣身を観察したビアトリスは、少し眉根を寄せる。
「ふむ、質はいいが鍛えが足りんな……貴公、鍛石の手持ちはあるか?」
「残念ながら」
「そうか、あいにく私も切らしていてな」
駐屯地の物資を漁ってみたが、期待した素材は見つからない。代わりに干し肉や乾パンなどの食料のほか、地図の断片を発見した。ビアトリスはといえば、地下室で何か掘り出し物を見つけたらしい。
「あったぞ! やはりな、このあたりに隠されているとにらんでいたのだ」
「それは……なんだ?」
階段を上がってきた女騎士は、灰のような粉が入った小瓶を掲げていた。戦利品を月明かりにかざしながら、不敵な笑みを浮かべている。
「こいつは戦灰だ。偉大な戦士の、大いなる戦技の記憶を伝える聖遺物だよ」
「すると、そいつを使うとその技が使えたりするのか?」
「まぁそんなところだな。おそらくこれはストームヴィルに古く伝わる嵐の戦技だろう」
「そういえば、こんなものを見つけたんだ」
「地図断片か、ふむ……」
ビアトリスは地図を広げると、駐屯地の中心にある石碑を指さした。
「あの石碑がこの印にあたる場所だな、これはリムグレイブの一部の地図のようだ」
「リムグレイブ?」
「ここ一帯の地名だ。貴公、狭間の地で日は浅いようだが……」
「ああ、まだ二日と経っていないよ。導きの方角からすると、これがストームヴィル城か」
何かを言いよどんでいたビアトリスは、俺の言葉を聞いて目を見開いた。
「そうか、貴公、導きが見えているのか! なれば、指巫女はいずこに?」
「ああ、いや、その……」
ややこしくて説明が難しすぎる。メリナさん出てきて自分で説明してくれ。
「いや、すまぬ。私も指巫女を失ったのだ。幾度も死を迎えるうち、導きも見えなくなってしまった」
「そうか……実は、巫女はいないわけじゃないんだ、なんと言ったら伝わるかわからないが」
「……同胞アンリよ、わが願いを聞いてはくれまいか。私をともに、エルデンリングへと導いてくれ」
放浪騎士は改まって居直ると恭しくひざまずき、俺の手を取った。なんだ、今夜はやけに淑女から言い寄られるな。彼女の実力は先ほどの戦いで明らかだ。俺一人で黄金樹を目指すより、二人で進んだほうがはるかに成功率が高いだろう。
「それはいいが……エルデンリングに見えたとき、どちらがエルデの王になるんだ?」
「もちろん、それはその時、正々堂々と一騎打ちで決めようではないか」
「そりゃあ頼もしい仲間だね、まったく」
白銀の三日月が見下ろす中、俺たち二人は共に戦う仲間として誓いあった。メリナも……たぶん文句は言わないだろうさ。
ーーー
ゴドリックの兵士たちがいつ仲間を連れて戻ってくるともしれなかったので、俺たちは駐屯地を離れ、エレの教会へ野営に向かうことにした。カーレ曰く殺しの記憶がもっとも多くのルーンをもたらすというから、先の戦いで得たルーンでいくらか取引ができるはずだ。また、ビアトリスのすすめで、関門の攻略を狙う前にまずは武器を鍛える計画だ。噂では地図上の湖近くのどこかに、鍛石を掘り出す坑道があるらしい。
「おーい、カーレ、いるか?」
廃教会に戻ると、少し様子がおかしかった。地面を這うようにひんやりとした紫色の霧が広がり、人の気配がない。見ると、カーレはロバにもたれて気絶するように眠っていた。深夜とはいえ、焚き火の処理もしないまま眠りこけているのは不自然だ。俺がビアトリスに警戒するように目配せすると、教会の中から囁くような声が聞こえてきた。
「……褪せ人よ、こちらだ。少し、話をさせてもらえないか」
警戒を解かずに近づくと、崩れた壁の上に座る等身大の少女人形のようなものがあった。とんがり帽子にローブを羽織り、さながらおとぎ話に登場する魔女のような風体だ。不気味なことに、その腕は二対に分かれ、ある手は小さく鈴を鳴らしながら別の手でこちらを手招きしている。
「……何者だ」
「……はじめまして、褪せ人よ。私は魔女、レナ」
「カーレに何をした」
人形は些事に興味はないとばかりに俺の問いを無視した。俺の直感が、こいつは只者ではないと警鐘を鳴らす。
「霊馬を駆る、褪せ人がいるときいてな。少し探していたのだが……どうやら、お前のことらしい」
ゴドリック兵からの報告を受けたのか? それにしても耳が早すぎる。遠くで廃墟の裏を回っていたビアトリスが、こちらに肩をすくめる。どうやら、どこかに術者が隠れていることもないらしい。
「お前は、喚んでいるのだろう? トレントという名の霊馬を」
「そうだ、と言ったら?」
「……ああ、よい答えだ」
人形の顔には、霊体の頭が重なるようにして揺らめいていた。動かないはずの人形の口、存在しないはずの霊体の口、双方がにやりと吊り上がる。こいつも霊体か。トレントを知っているということは、メリナの関係者なのか?
「お前に、預かりものがあってな。トレントの古い主が、私に託したものだ」
魔女の二本の右手が、複雑に絡み合った意匠の持ち手と多角形の鐘を持つ小さな手鐘と、何やら灰が入った箱型の石器を差し出してきた。手鐘を受け取ると、かすかに透き通った鈴のような音が響く。遺灰からは、ふわり、と狼たちの生前のかすかな記憶が独特の薫りとともに蘇った。
「それは、霊喚びの鈴でな。黄金樹に還ることのなかった遺灰から、霊を喚ぶことができる」
「はあ」
「そして霊たちは、一時お前を主とし、かつての戦いを思い出すのだ……まあ、お前の好きに使うがよい」
「その……なぜこれを俺に?」
「さあな。私は約束を果たしただけだ」
俺が注意を引き付けている間にビアトリスが人形の背後からゆっくりと近づいていたが、人形が急に体勢を変えたので動きが固まる。魔女はすべてを見通しているかのような口ぶりで続けた。
「邪魔をしたな、褪せ人よ。もう会うこともないだろうが、狭間の地をよく知るがよい」
「もう随分と洗礼を受けたよ」
「……私は、楽しみにしているのだよ。
意味深な言葉を残して、魔女レナは青き光に分解されて消えた。あとに残ったのは、ただただ空虚な教会跡を照らす銀月だけだった。
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魔女が消え去ると怪しげな霧も散り、カーレは何事もなかったかのように目を覚ました。ビアトリスは既に常連らしく、投げナイフなどの消耗品や製法書などを買い込んでいた。俺は念願のラージレザーシールドと、ヒビ壺なる興味深い道具を手に入れたあと、祝福でビアトリスにメリナを紹介した。
「なんと、霊体の指巫女とは……」
ビアトリスは終始感嘆していたが、特にトレントが霊馬であることに驚いたようだった。彼女の愛馬ブケパロスは、当然ながら生身の馬であった。メリナは高潔なビアトリスを気に入ったのか、彼女のルーンを力に変えるのも手伝ってくれるらしい。
「彼女といることで貴方が黄金樹に近づくのなら、共に進めばいい」
とはメリナの談である。なお、魔女レナの名に覚えがないか確認したが、特に聞いたことがないそうだった。ひとまずその晩はビアトリスのルーンの儀式を終えつつ、翌朝に備えて休んだ。
ーーー
朝日が登り、爽やかな小鳥のさえずりが林の中に響く。出発のために荷物をまとめていると、教会の外が何やら騒がしかった。怒号と魔力が弾ける音、馬の駆ける足音が響く。
「バカ野郎! お前が余計なことをするからこうなったんだ!」
「うるさいですね、死にたくなければ黙って戦いなさい!」
見ると、黄金の重騎兵に追われながら、盗賊らしき装束の小男と、罪人の奇妙な拘束具を頭に被ったままの痩男の囚人が言い争っていた。盗賊の方は矢弾を撃ち尽くしたらしくひたすら逃げに徹する一方、囚人は魔術の心得があるようで杖から魔剣を展開している。だが、あの様子ではもうすぐ蹂躙されるだろう。
「あれは助からんな」
「それはどうかな?」
言うが早いか、ビアトリスは漆黒の馬にまたがり駆けていた。そうだよ、こういう人だったよ。
「うわ、誰ですか!」
「我こそはビアトリス・ラスカー! どうやらお困りのようだな?」
「あんたはあの時の……! なんでもいい、助けてくれ!」
思いがけぬ新手の登場に黄金鎧の騎士も驚いたようだが、すぐに大型の円盾を構え、神聖な大斧槍を振りかざす。我らが女騎士は小振りのヒーターシールドと灰鉄の斧槍を手に立ちはだかった。
「今だ逃げるぞ!」
「おい」
「げえ、ゴドリック兵!」
「違えよ、しかし恩人を見捨てて逃げようとは見上げた精神だな?」
ところが、そのような言い争いをしている余裕はなかった。すさまじい跳躍力で空高く跳び上がった重騎兵はその大質量を叩きつけてきた。辛うじて体を投げ出して直撃は避けるが、あまりの衝撃波に三人とも吹き飛ばされる。ビアトリスはと言えば、すでにブケパロスから叩き落され道端に転がっていた。盗賊が頭を抱えて叫ぶ。
「やっぱり全然役に立たねぇじゃねぇか!」
「おい囚人! 何か手はないのか!」
「駄目です、もう集中力がもちません」
四人がかりでどうしようもないとは、とんでもない奴だ。次々振り下ろされる巨大なハルバードを盗賊は転がりながら間一髪で避け続けている。だが、さすがに疲労も限界に達しつつあった。
「待て! こちらが相手だ!」
不屈の女騎士は立ち上がり、黄金騎士を挑発した。直後、巨大な円盾でシールドバッシュを食らい、後方に吹き飛ばされる。だが、その瞬間確かに隙が生まれた。
「お前たちに賭けるぞ……!」
精神を一点に集中して、霊喚びの鈴をそっと振る。遺灰の記憶は喚び声に応え、三頭のはぐれ狼が降り立った。彼らの主であった褪せ人の姿と、俺のルーンが重なる。狼たちは俺を新たな主と認め、強敵に飛びかかった。
「今だ、たたみかけろ!」
帷子の隙間を縫い、柔らかな後肢に霊狼たちが食らいつく。一頭は見事に蹴り飛ばされて霧散してしまったが、残る二頭は離れなかった。暴れる馬に騎兵は動揺するが、さすがに簡単には落馬しない。だが動きは止まった。俺は剣先に全体重を乗せ、大剣で前肢を薙ぎ払う。さらに囚人がうなだれた馬兜の目元をエストックで貫くと、憐れな馬はついに崩れ落ち、黄金騎士は地上に投げ出された。
「ターク、やりなさい!」
全身鎧で一度倒れてしまうと、素早く起き上がるのは不可能だ。軽やかな足取りで馬乗りになった盗賊は、鋭利な大型ナイフを黄金の兜のスリットに差し込み、とどめを刺す。巨躯の騎士は斧槍と盾を取り落として痙攣し、動かなくなった。
ーーー
「いやぁ、助かった助かった」
「やはり褪せ人同士、困った時は助け合いですね」
盗賊タークと囚人レオナールと名乗った二人は、随分と調子よく礼を言った。お前たち一目散に逃げようとしていただろ。鎧が土に埋まって動けなくなっていたビアトリスをなんとか助け起こす。この人もなかなかタフだな。
「よいよい、同胞を救うのは騎士の務めだからな」
「へへ、ありがたいことで……」
口元を覆うマスクから下卑た笑い声を漏らす盗賊。黄金の鎧を部品ごとに分解しては麻袋に詰めている。
「おい、俺たちにも戦利品をよこせ」
「どうぞ、お持ちなさい」
レオナールがやけに大仰な手つきで巨大な金のハルバードを指差す。いや、こんなバカでかい斧槍持てないぞ……? 試しにビアトリスが握ってみたが、両手で支えるのがやっとだった。さすがにこんな荷物を持っていくわけにはいかない。
「申し訳ございませんが、私たちには向かうべき用事があるのです」
「そういうわけだ。あんたらの方はこれからどこかに行くのか?」
「まあその、この近くに坑道があると聞いてな」
「坑道か、それならどこにあるか知ってるぜ」
タークは木々の隙間からちらちらと見える湖の光を指差した。こいつは礼だからな、と続ける。
「湖は歩けるくらいに浅い……ちょうどその真ん中あたりに亡者どもが集まる篝火がある。そこへ行けば、坑道の入り口がよく見えると思うぜ」
「ありがとう、貴公らの助言に感謝する! アギール湖のあたりは私も初めてでな、とても助かるよ」
二人と別れたとき、その表情はマスクと鉄仮面に隠れて見えなかった。
ーーー
結局黄金のハルバードはカーレのところまで引きずっていき、その場で売却した。カーレは困惑したが溶かせば再利用できるかもと言い、かなり安い値ではあるが買い取ってくれた。不憫なロバは重たい斧槍を括り付けられて不満そうだったが。
「あれがタークの言っていた篝火か」
アギール湖は盗賊の言葉の通り浅く、トレントに乗ったまま渡る事ができた。たしかに櫓のような建物の中心に炎が焚かれ、その周囲をぼんやりとした貴人たちが取り囲んでいる。まるで何かの儀式のようだ。
「ん……? あれはなんだ?」
遥か遠くから、鳥のような影が近づいてくる。いや、おかしい。近づいても近づいても、一向に遠いままだ。みるみるうちに影は大きくなり、まるで空を覆い尽くすような大きさに……
「ドラゴンだ!」
轟音と共に着陸した巨竜は櫓ごと貴人の群れを吹き飛ばし、俺たちの目の前に止まった。はらわたを底から揺さぶるような低い唸り声が響く。恐怖で固まった馬に乗った俺たちは、その巨大な眼と視線が合う。俺もビアトリスも、ヘビに睨まれたカエルのように、もはや声が出なかった。
ーーー
タークとレオナールは遠くに竜の咆哮を聞き、笑いが止まらなかった。まったく、狭間の地で他人を信用するなど愚か者の所業だ。二人はお人好し連中がドラゴンに襲われている隙に、竜に焼かれた廃墟の地下室を漁っていた。
「へへっ、こいつはお宝に違いないぜ」
「奴らが焼き殺されたら装備を奪ってやるのも良いでしょう、あの無垢金の指輪は高値がつきそうでしたからね」
囚人が悪辣な笑みを浮かべたとき、盗賊は持ち前の錠前破りの技術で複雑な装飾の施された宝箱の鍵をこじ開けた。すると勢いよく蓋が開き、なにやら煙が噴き出し地下室に充満する。
「わっ、な、なんだ?!」
煙が晴れたとき、二人は忽然と姿を消していた。
主人公のスペック
キャラクター名:Henri
装備:君主軍の大剣 ラージレザーシールド (松明) ゴドリック兵シリーズ
レベル:2
生命10 精神10 持久10 筋力11 技量10 知力10 信仰10 神秘10
放浪騎士のスペック
キャラクター名:Beatrice
装備:ハルバード+1 ヒーターシールド 放浪騎士シリーズ
炎竜印のタリスマン
レベル:10
生命16 精神10 持久11 筋力14 技量13 知力9 信仰9 神秘7
盗賊のスペック
キャラクター名:Tark
装備:大型ナイフ ショートボウ+1 バックラー 盗賊シリーズ
レベル:5
生命10 精神11 持久10 筋力9 技量13 知力9 信仰8 神秘14
囚人のスペック
キャラクター名:Leonhard
装備:エストック 輝石の杖+1 裂け目の盾 虜囚シリーズ
レベル:9
生命11 精神12 持久11 筋力11 技量14 知力14 信仰6 神秘9