廃校にされたので、抵抗しようと思う 作:にーす
私の住む地域は、かつてアルビジョア学院と呼ばれる学校の保有する土地だった。
ちなみに今の公的な扱いは、どこにも帰属しない空白地帯となっている。理由は単純、保有者が公的に滅んだためだ。アルビジョア学院の廃校と同時に、トリニティが声高らかに請求権を主張し、一時は連邦生徒会もその主張を受け入れていた。
しかしトリニティはこの地を治める事ができず、今も虎視眈々と支配権の確立を目指している。
キヴォトスでも有数のマンモス校であるトリニティが、なぜ滅んだ学校の自治区への併合に失敗したのか。
皆さんは、その理由に興味がないだろうか?
優れた語り部はもうほとんど残っていない。興味があるのであれば、私の語りで我慢してもらおう。文学面では人材不足なのだ、その点だけは理解して欲しい。
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トリニティ南部に位置する自治区、アルビジョア。
豊富な海産資源と鉱産資源を兼ね備え、養殖業や観光業が盛んな温暖な地域だった。
かつてここを勢力下に治めていた学校、それこそがアルビジョア学院である。長くトリニティの分校の立場にあったアルビジョアは、当時のトリニティ支配者階級と対立を深めたことで独立を宣言した。これをきっかけに両校の間で紛争が乱立し、やがて大規模な戦争へと発展した。
以前はリゾートとして人気を誇ったこの地も、戦禍の絶えない領域となれば話は変わる。
治安は劇的に悪化し、無関係な自治区から流入した生徒や犯罪組織が定着。略奪や敵対勢力の処刑など、狂気的な惨状が日常的に繰り返されるまでに堕ちた。
私が生まれた頃には、すでに治安は崩壊した後だった。
年の離れた姉がアルビジョアの生徒会役員を務めていた縁で、私はアルビジョア付属の幼稚園に入学し、教育を受けながら地獄に足を踏み入れた。
五歳の時、私たちに知識を授けてくれていた先生が殺された。
私の目の前で、犯罪組織の一員に射殺されたのだ。
その後、私たちは人攫いに捕らえられ、戦闘奴隷としてブラックマーケットに競り出される予定だったらしい。
幸いにもアルビジョアの生徒たちが救援に駆けつけ、私は命を拾った。
だがその出来事は、「どこにも安全な場所などない」という現実を、幼い心に深く刻みつけた。
この日を境に、私の射撃のスコアは劇的に伸びた。
狙撃や近接戦闘も身につけた。だが、幼稚園が襲撃されて以来、安息の地はどこにも存在しなかった。
当時のことで最も印象に残っているのは、高等学校の生徒会室で日に日に増える「行方不明者名簿」である。わずか数ヶ月で、そこには赤ん坊から卒業間近の高校生まで、数千の名前が書き連ねられていた。
私が7歳になった頃、生徒会長に就任していた姉の名も名簿に加わった。
数ヶ月後、姉の名前はリストから消えた。白骨遺体となって発見されたから。
姉の遺体は白骨化してなお、激しい損傷が残っていた。
伝え聞くところによれば、最前線でトリニティの部隊と孤立無援のまま一ヶ月近く戦い、餓死寸前の味方を率いて突撃し、玉砕したという。
この事実を私が知ったのはさらに後年、トリニティの収容所から捕虜を救出した時だった。
その中に、姉と共に戦った女性がいたのだ。彼女は拷問の過程で失明していたが、匂いで私が姉の血縁だと気づき、姉の最後を私に語ってくれた。
姉の死から、私は周囲に距離を置かれる程に戦場に固執した。
かつて暮らした家はトリニティの占領下にあり、肉親は既にない。
当時はトリニティへの復讐心を糧に生き延びるしかなく、また一人でも多くの敵を道連れに死にたかった。
だが如何に無茶な作戦を実行しようとも、私が死ねる事はなかった。
その過程でアルビジョアは生徒数を大きく減らしながらも、トリニティに占領された領域の奪還に成功。私は幾度も生死の淵を彷徨ったが、最後は驚異的な肉体の修復力によって生還した。
このままトリニティを押し返せる、そう思った頃だった。私が姉の最後を知ったのは。
その当時、私が最初に抱いたのは恐怖だった。彼女がいなかった場合、私は永久に姉の最後を知る事はなかった。そうなれば姉は次第に私の中で風化していき、いつか彼女のことを思い出せなくなっていただろう。
以前戦場で身動きが取れなくなった大人を助けた際、彼は私にこう言った。
「人が真に死ぬのは、完全に忘れられた時」と。私が死んだ場合、アルビジョア学院が滅んだ場合、誰か姉を想い偲ぶ人はいるだろうか。あの名簿の、行方知れずになった同胞や友人を思い出す人は生き残るのだろうか。
そう考えると、私は恐ろしくてたまらなかった。
かつて私は戦場で死ぬことを望んでいた。だが死ねなかった。ならば生きる理由は、死者を記憶に刻みつけることしかない。
その考えが、徐々に私を縛っていった。
※
滅んだ学び舎に固執し続け、先達の想いを次代に繋げた人物。
過激な活動とは裏腹に、彼女やその周囲の存在が報道機関に取り上げられる事はなかった。
その徹底した情報統制は、先生と彼女の邂逅を永遠に許さない程に徹底されていた。
その統制の牙城が崩れるのは、まだ先のお話。記録にない名が、ふと誰かの記憶に甦る時に。