聖魔杯に乗り込んだら本物の未来視持ちがいて詰んだ件 ~公園でゲットしたパートナーがポンコツ過ぎる~ 作:信頼できる語り手
「シドウ。人間の体と石の柱。どちらが打たれ強いか分かるかしら?」
山寺家の長女である山寺
「分かんねぇ!」
シドウが元気良く言うと、サナカは表情を変えずに頷く。
「それでは、わたくしが答えを見せてあげますわ」
サナカの腕が鞭のようにしなり、手の甲が石の柱に叩き付けられた。柱がバラバラに砕ける。シドウは何となく、スイカ割りを思い出した。
「見ての通り、石というのは案外脆いもの。では、次は同じ威力で人を殴ってみますわね」
「え?……ごふっ!」
長男、山寺
「げほ、げほっ!……サナカ!君は僕を殺す気かい!?ああ、僕の可愛い顔が埃塗れに……!」
「兄ちゃん……」
シドウはシュウシに同情した。常に女装をしている点に目を瞑れば、兄はとても真面目な人間である。山寺家に生まれた事だけが彼の不運だ。
「このように、鍛えた人間の体は同じ力で殴っても壊れませんわ。さて、理由は理解できて?」
シドウはコクコクと首を縦に振る。回答を間違えれば、次は自分の番だ。
「人間は石と違って、自分から動いて衝撃を分散できるから」
「正解ですわ。そして、やはりあの速度でもインパクトの瞬間が見えていましたわね?大切にしなさいな」
サナカはシドウの青い瞳を覗き込む。
「──その『魔眼』を」
大前提として、この隔離空間都市に入った瞬間のシドウは貧弱だった。
実家から送られてくるパンと、道で拾った草や虫で腹を満たしていた数年間。ゲームに没頭して鍛錬を怠った数年間。
その衰え切った肉体を見れば、鬼のようなシドウの姉でも深く同情し、慈愛の表情で優しく首を刎ねてくれるだろう。
「いや、自然体で弟を介錯するなよ」
中央区の図書館から目的地に向かう途中、シドウは想像の中の姉にツッコミを入れた。しかし、あの姉が優しく頭を撫でてきたとしても、それはそれで怖くはある。
ちなみに、図書館に寄ったのはドルフィンの要望だ。何か調べたい事があったらしい。
「まあ、それはともかく」
シドウは拳を開き、また握る。ジャブ、ジャブ、ストレート。追撃の左フック。拳の残像が見える。体が軽い。
「良い仕上がりじゃねぇか?」
食事と筋トレと運動。シドウは自身のコンディションを完全な状態に戻す為に、隔離空間都市での時間のほとんどを費やした。そろそろ、大きく動いても良い頃合いである。
どのペアを最初に狙うかは悩むまでもなかった。
シドウは王の称号を得る為に聖魔杯に出場している。称号というものは皆に認められてこそ価値があるのだ。
だから、川村ヒデオはない。あの男は未だに躍進を続けている。ならば、まだ待つべきだ。今のタイミングで勝負を仕掛けるのは勿体ない。
ヒデオに対する期待が最高潮に達した時に、シドウが真正面から彼を打ち破る。これがシドウの思い描く理想の勝利であり、自身こそが『聖魔王』の地位に相応しいと皆に納得させられるシナリオだった。
リュータ・サリンジャーは別の意味でない。彼は育ての親の仇──アルハザンの首領アーチェス・アルエンテを追って、この都市に来たと言う。
つまり、優勝にこだわっていない。ペアのエルシアも勝利への執着は薄そうだ。1512組(今は少し減ったが)の参加者の中から、真っ先に潰さなくてはならない相手ではない。
長谷部翔希とリリー・オブ・バレイも様子見だ。尋常ではなく強い雰囲気はあるが、目立った行動をしていない。喧嘩を売るには未知数過ぎる。
北大路美奈子。ない。早とちりで襲ってくるようなイカれ警官と関わりたくない。ファンタジーの住人より身近な職種である分、より悪質だ。
そうして、消去法で考えた結果。都合の良い獲物は1ペアしかいなかった。
「真面目に働いてるデパートの社長を狙うのは、ちぃとばかし気が引けるけどなぁ……。決めたからには徹底的に勝つしかねぇ」
大通りの交差点を抜けて、行きつけの物産店マルホランドで情報を収集し、ターゲットの居場所──ダンジョンに向かう。
「……おお、誰かと思えばシドウ君じゃないですか!」
金の長髪、理知的な眼鏡、仕立ての良いスーツ姿の男性。
──バーチェス・マルホランドが、常連客のシドウに笑顔を向けた。
「こんな場所にいやがったか。やっと見付けたぜ、社長」
「おや、私をお探しで?ああ、またプロテインの在庫確認ですか?君はいつも山のように買って行きますからね!山寺だけに!なんちゃって♪」
「……オヤジ」
ドス、と誰かがバーチェスの横腹に鋭い肘鉄を入れる。
黒のデニムに四丁の拳銃をぶら下げた少年、ザジ。バーチェスのパートナーだ。
「いんや、今日は別件で来た。イルカ」
「ドルフィンです!よいしょ、っと!」
シドウの背に隠れていたイルカが、ジュラルミンケースを床に置く。
「これは……何です?」
「俺達がこの大会中に稼いだチケット。それを全額持ってきた。俺が負けたら好きにすりゃ良い」
シドウがケースを足で蹴り開けると、中身を見たバーチェスの声が裏返った。
「シドウ君!?君はこの短期間で、どうやってこれほどの額を……!?」
「へぇ、俺が期限ギリギリに会場入りした事は知ってるみてぇだな?だが、これから戦う相手に手の内は教えねぇ」
「戦う、ですか……?」
「ああ」
シドウがバーチェスを指差す。
「俺達と勝負しろ、社長」
シドウの頬を銃弾が掠める。
「ザジ君!」
「……俺の記憶じゃ、聖魔杯は『殺人禁止』じゃなかったか?今のは脳天直撃コースだったぜ?」
平静を装いながらも、シドウは困惑していた。
特に条件を決めずに参加者同士の合意が成立した場合、『基本ルール』……つまりは戦闘によって決着を付ける事になる。
だが、今の一撃はあまりにも殺意があり過ぎた。プライベートを弁えずにダンジョンまで追ってきた事は反省しているが、いきなり殺されるほどの恨みを買った覚えはない。
「気を付けなよ、オヤジ。あのアフロ、オレの銃弾を見切って避けた。ただの人間じゃない」
「天パだっつの。随分と良い腕してやがんな、チビガキ」
(ヤベぇ……!死ぬかと思った……!)
寸分のブレもない精密射撃。それが逆に幸いした。手元を注視していれば、どのような軌道で飛んでくるかが予想できる。
だが、そこまでだ。銃弾の回避に集中してしまうと、こちらから攻める事ができない。
「やるじゃないか。その両目は特別製かい?あんまり見え過ぎると酔って大変だろ」
「……お前こそ、その指捌きは品出しで鍛えたのかよ?秘訣を教えちゃくれねぇか?」
シドウは軽口を返しながら、頬を引き攣らせる。あっという間に
次はシドウの動体視力と反射神経も計算に入れて撃ってくるだろう。それに、川村ヒデオのコイントスのように、魔眼で見破れない隠し札があったら終わりだ。
「あんたより多くの地獄を見てきた。体が覚えるくらい引き金を引いた。それだけさ」
「おい、待て!そもそも勝負の合意がまだ……!」
何かがおかしい。ザジは他の聖魔杯の参加者とは行動原理がズレている。シドウは気持ちの悪い感覚に襲われた。何だ?何が起きている?
「手品の種は他にあるかい?」
ザジが銃を構えた。命の危機を前にして、シドウの視界がスローモーションになる。一か八か、アレをやるしかない。
カウントダウン。3、2、1。
そして。
「597ページ」
っどおおおおんっ!!
目が潰れるような閃光。周囲が火の海と化す。
「魔法か……!?なんだ、この魔力は……?」
「エルシア様!?」
「よく分からんが……」
シドウの魔眼には一瞬だけ早く、『何か』の前兆が見えていた。そうでなければ、巻き込まれていただろう。
「今の内に逃げるしかねぇ!イルカ、『信号』送って助けを呼べ!」
「キュー、キュー!こうなれば奥の手です!FF外から失礼します!お願いですから、助けてくださーい!」
シドウはドルフィンを抱えて逃走した。
『……キュー、……キュー!』
ソレはあらゆる存在と交信する力を持っている。
『
人々の思いが寄り集まって形作られる、精霊としての力。ソレは意識を備えた全ての存在にメッセージを届ける事ができる。
だから、例えば。
『──何処かの世界の、過去の私』
その力を使えば、未来の自分と交信する事さえ可能である。
『山寺シドウと共に聖魔杯を勝ち進みなさい。世界を救いたいと願うのならば、彼を王にするのです』
命と命が互いの意思を伝え合う。原初の神秘が形となった社会性の精霊。
言葉の精霊。
自らに付けた識別名は『Divine Oracle of Language, Poetry, Harmony, Insight, and Numen』。
略して。
『燃え尽きた灰の世界で、貴方が最善の道を選択してくれる事を祈っています』
──『
「コチラすもーく、謎ノめーせっじノ発信源ニ接触スル……!」
シドウの足元に『愛媛みかん』のロゴが入った段ボール箱が近付いてきた。
「おい、この段ボール箱がお前の言ってた奥の手ってヤツか?」
ドルフィンは尾ヒレを振って否定する。
「いえ、私のデータにない人?です……。何コレ……怖……」
「データキャラやめちまえ。……お前さぁ、未来が分かるって触れ込みは何だったんだよ。今のところ、想定外の事態しか起きてねぇぞ?はぁ……」
シドウは溜め息を吐き、思った。
──公園でゲットしたパートナーがポンコツ過ぎる。