聖魔杯に乗り込んだら本物の未来視持ちがいて詰んだ件 ~公園でゲットしたパートナーがポンコツ過ぎる~ 作:信頼できる語り手
シドウには労働の経験がある。
バイトではない。借金のカタに頭のおかしな連中へ売り飛ばされて、強制労働に従事させられていたのだ。
結局、給金を渡される前に命の危険を感じて逃げ出したので、借金の額は減らなかったのが悲しい。
それどころか逃走の際、旧知に追跡の妨害と安全な引っ越し先の紹介を依頼した事で、更に借金が膨らむ始末。
(まさに、骨折り損ってヤツだったが……何でも経験してみるもんだな。まさか、平和な日本であの人の教えが役に立つ日が来るとは)
戦闘中は視界を広く保つ事。思考よりも感覚に身を任せる事。
(だよな、師匠!)
足元に『何か』の前兆。
シドウは土埃が舞う勢いで地面を蹴り、双子の姉妹──ノルカとソルカに向かって走った。
「「アイシス!ニードル!フロンタ!」」
息の合った詠唱。シドウにその意味は理解できなかったが、咄嗟のサイドステップで氷塊を躱す。
何本かの氷が左腕をかすめて、鋭い切り傷ができた。しかし、足を止めたらそれこそ終わりだ。
明らかな格上。この2人がシドウを侮っている今しか、勝機はない。
(観測点の魔眼!喰らいやがれ!)
「斥っ!!」
シドウの魔眼による事象再現。
「「きゃっ……!」」
姉妹の体が弾かれたように吹き飛ばされ……消えた。
「なっ!何処に行きやがった!?」
「ここよ。ウェイバー!ダウン!」
「多少は使えるみたいね。ボルタ!クラウ!ダウン!」
突如、真上から叩き付けられる波動と激しい電流の雲。シドウの肉体が軋み、意識が明滅した。それでも、意思だけで踏み止まる。
「そこ……か……!炎獄、舞えっ!!」
シドウはフラつきながらも、頭上に視線を向け、静謐な青白い炎を解き放った。
「「なっ……!」」
姉妹から焦ったような声が上がる。
(ははっ!やっぱ、コイツは効くのかよ!愛してるぜ、本家の菊婆ちゃん!)
してやったりと笑うシドウだが、その一撃は姉妹に確かな警戒を抱かせてしまった。
そして、歴戦の強者であれば、彼の強さが眼に依存している事くらいは予想できる。どれほど強力な魔眼を持っていても、シドウ自身は頑丈なだけの人間に過ぎない事も。
すなわち。
「「眼さえ塞いでしまえば!」」
「ヤベっ」
ソルカがシドウの背後に転移し、彼の体を魔人の腕力で押さえ込む。ノルカはシドウの隣に現れ、魔眼を閉ざそうと……。
「なぁんてな!」
近距離。この瞬間を待っていた。
「えっ……?」
ソルカの体がぐるんと反転し、地面に叩き付けられる。これまでとは比べ物にならない流麗な動作。
神殺し四家を源流とする分家──山寺に生まれた彼が、無意識に繰り出せるほどに反復してきた業。
自由になったシドウは拳を構える。借金のカタに売り飛ばされた先で出会った師匠──フローレンスの激励が脳裏に過った。
『死ぬのなら戦って死になさい、シドウ!!この私がヴァルハラに導いてあげるわ!!』
素早く息を吸う。驚愕の表情を浮かべるノルカへと拳を振るった。
「きぃいいいいいいいいいいいい、えぁああああああああああああっ!」
悲鳴にも似た威勢と共に繰り出される、超高速の乱打。かつての師から見せられた槍捌きをなぞるように。
「ぁ……」
「ノルカ……っ!?」
崩れ落ちるノルカを見届ける事なく、シドウは起き上がったソルカを視界に収める。
「死ぬんじゃねぇぞ?三型具象……」
決着を付けようとしたシドウの動きが、目の前に転移させられたソレを見て静止した。
「お前……!?」
「キュー、キュー!何事ですか!?」
観測点の魔眼の欠点は、視界内の全てを巻き込んでしまう事。魔人の姉妹は良い。だが、ドルフィンは。下手したら死……。
「エクス!フロンタ!」
シドウは躊躇したまま、強烈な爆圧と爆風に呑み込まれた。
「キュアー!キュアー!オーラ!……大丈夫?ノルカ?」
「ええ、問題ないわ……。ソルカ」
回復魔法を受けたノルカの傷が完治する。
「パートナーを気遣って負けるなんて、愚かな男ね。ねえ、ノルカ」
ソルカは悲痛な鳴き声を漏らすドルフィンを踏み付けて、努めて冷淡に言った。
「そうね、ソルカ」
ノルカは倒れ伏したシドウを見下ろし、魔法を……。
「──やめなさい」
一声。ノルカの魔力が霧散する。不発、不発、不発。
「ど、どうして……?」
「私は戦闘は不得手なのですが……貴女達が常識の内側にいる存在で助かりました。
よく通るその声は、ソルカの足元から。
「ところで、自分が誰を足蹴にしているのか理解していますか?ねえ、
「ひっ!?ひいっ……!?」
ソルカは『得体の知れないモノ』に恐怖し、慌てて飛び退いた。
「ノルカ。ソルカ。私に名を知られた時点で、貴女達に逃げ場はありませんよ」
ソレはあらゆる存在と交信する力を持っている。
「──さあ、平和的に言葉を交わしましょう」
「おい……どうなってんだ、こりゃ?」
シドウはアパートの自室で首を傾げる。
「ノルカ」
「……」
人形のように立ち尽くす姉妹の片方を指差してみるが、返事はなかった。ちなみに、魔眼を通して見れば2人の区別は難しくない。
「ソルカ」
「……」
もう一方の澄まし顔に指を近付けると、鬱陶しそうにはね除けられる。微動だにしなかったが、生きてはいるらしい。
「イルカ」
「ドルフィンです」
爆速で訂正された。
「なんやかんやで、双子の姉妹が仲間になりました」
「俺が質問してんのは過程であって、結果じゃねぇんだが……まあ、別に良いけどよ。なあ、お前ら」
シドウの魔眼に睨まれた姉妹が、緊張した表情になる。
「宿はあるんだよな?情けねぇ話だが、今の俺はチケットの持ち合わせがねぇんだ。明日ダンジョンに潜って稼いでくるから、それまでの食事と住居は自分で用立ててくれねぇか?」
シドウはポケットに押し込んでいた財布を取り出し、寒々しい中身を姉妹に開示して頭を下げた。
「えっ、それだけ……?」
「尋問とかは……?」
「いや、しねぇよ」
彼は古いタイプの家で育てられ、高校時代はヤンキー仲間とつるんでいた人間なので、身内は絶対に守るべしという価値観が根付いている。
ドルフィンに仲間と言われた次の瞬間には、ノルカとソルカに対する敵意を綺麗に捨てていた。切り替えの早い男である。
「なんなら、この部屋に泊めてしまったらどうです?巨体のシドウ様用にベットの広い部屋を借りたので、2人程度なら追加で寝れますよ?」
ドルフィンの迂闊な発言に対して猛反発したのは、意外にもシドウだった。
「馬鹿野郎!日本男児を舐めんじゃねぇ!将来を誓い合う前の女と同衾なんて、そんなダセぇ真似できるかよ!まずは手を繋ぐところからだ!」
「なんで恋愛観は硬派なんですか!?」
姉妹が顔を見合わせる。
「手を繋ぐところからですって、ソルカ」
「アフロの男はあんまり好みじゃないわ、ノルカ」
「天パだ!!!」
それは、さておき。
「……つまり、お前ら姉妹はエルシアの本が欲しいわけか」
その後、姉妹と軽く話したシドウは、鷹揚に笑ってみせた。
「そんなら、俺に良い考えがある」
翌日。商業区のカフェテラスの一角にて、シドウはエルシアを発見した。
「おーい、エルシア」
フレンドリーに手を振りながら、長身に見合わぬ軽やかなステップで距離を詰める。
「物は相談なんだが……お前の持ってる『666』って古本、俺に売ってくれねぇか?」
「429ページ」
シドウは吹き飛んだ。
「「「馬鹿……!」」」
ロイヤルミルクティーを飲んでいたエルシアが、優雅に顔を上げた。視線の先は、魔人姉妹。
「こうなったら、やるしかないわね!ソルカ!」
「ええ、そうね!ノルカ!」
一方。エルシアの起こした突風で飛ばされたシドウは。
「何度か『記録』する機会があって助かったぜ!──斥っ!!」
どうにか無事に着地していた。
「にゃ……にゃーんと……空からアフロの巨漢が降ってきた~……?」
「天パだ……って、『今日の聖魔杯』の司会のヴィゼータさん!?」
落下地点の近くにいた伊達眼鏡の少女を見て、シドウは思わず叫ぶ。
「おーっ、このワタシを覚えてるとは感心感心~。いかにも!」
ヴィゼータが、ばっとポーズを決める。
「ある時は『今日の聖魔杯』の司会!ある時は聖魔都市の皆のアイドル!しかして、その実態は!?へーんしーん!!」
くるん、と一回転。
「おわっ」
シドウが驚く。ほんの一瞬にして、ヴィゼータは羽根付き帽子にマント、細身の長剣を下げた黒ずくめの姿になっていた。
「美少女剣士ヴィゼータ、久し振りにけーんざーん!!」