これは内海アオバのSSです。
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某日・ゲヘナ学園 郊外
「わぁ…ここが…」
内海アオバです。今日はお仕事終わりにゲヘナ学園の郊外に来ました。仕事がいつもより早く終わったので、前からSNSで話題になっていたお店に来ました。私のいるところは駅の近くにあり、人通りの多い大通り…から少し外れた路地です。
電柱の光はまばらですが、お店の看板の光が片道一車線の道路を淡く照らしてくれています。夜にも関わらず人が多いのは、飲食店が立ち並んでいるせいでしょうか。テナントの入った雑居ビルを進んでいくと、やがてゲヘナの生徒がグループで入るようなレストランが見えてきます。私はレストランの横にある小さな階段を上って、お目当てのお店に着きます。
「ここが…悪魔のクレープ屋さん」
そう、クレープ屋さんです。ゲヘナで夜の間のみ営業をしているというクレープ屋さんで、ここのクレープが美味しいとモモッターで人気になっていたのです(ゲヘナにあるから「悪魔」という名前を付けているのもお洒落ですよね)。私がそれを見たのはハイランダーで大きな列車の改修作業に入っているときで、その時から目星をつけていました。
モモッターでの流行が過ぎ去ったのでしょうか、店員のロボットさんも鉄板やクレープ生地を広げる道具(トンボっていうらしいです、可愛い名前ですよね)をしきりに拭きあげています。私は財布を取り出すと、カウンターの横に置いてあるメニューと睨めっこを始めます。
「ん~…」
「あぁ、お客さんですね。ゆっくり選んでいってください」
店員さんは私が目に入ると鉄板を拭くのを辞め、じっと待っていてくれています。あまり悩んでしまうのも迷惑かなと思ったので、一通り目を通した後、「一番人気」と書かれているメニューを頼みます。
「キャラメルバナナクリームを一つ欲しいんですけど」
「かしこまりました」
店員さんがクレープ生地を取り出してクレープを焼き始めます。私は晩御飯を先に食べてしまうと食べた時の感動が薄れてしまうと思い、まだ晩御飯を食べていません。だから私の鼻は自然とクレープの甘い匂いに誘き寄せられて、はしたないと分かってはいるのですが、出来上がるのを今か今かと待ち侘びているのです。
「お待たせしました、キャラメルバナナクリームです。クリームが多く入ってるので気を付けて食べてくださいね」
「ありがとうございます!」
私は出来上がったクレープを受け取ると、食べるのも勿体なくてしばらく眺めてしまいました(後で考えると、写真でも撮っておけばよかったと反省しています)。中央に詰められたバナナにクリームが今にも飛び出してしまいそうなぐらい入っていて、上にはキャラメルクリームがかけられていて綺麗です。私は店員さんにお辞儀をすると今来た階段を下りていきました。
その場で食べてしまってもよかったのですが人の前で食べるのは少し恥ずかしいのと、たまには食べながら帰るという贅沢をしてみたくなったのです。私は階段を降りるとそのまま駅に向かうように雑居ビルを戻ろうとして────
カチッ
「え?」
ドガアアアアアアン!!!
気付いたら、私は地面に転がっていました。幸いどこにも痛いところはなく、煙の中、私は驚きと恐怖の中で、急いで銃を取り出そうとしました。しかし私は、その前に気付いてしまいました。
足元に、先程のクレープが転がっていることに。
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少し前 ゲヘナ学園 郊外
「ふむ…」
私は口に入れていた箸を机に置くと、テーブルについている皆さまの顔を一通り眺めました。アカリさんは今しがた料理を口にして私と目が合い、イズミさんは箸は止めずにこちらを窺うような目で私を見ました。
「これは…」
「ハルナ、アカリ、どうしたの?これ美味しいよ?」
ジュンコさんは食べるのに苦戦しているようで、私の視線に気づいて怪訝そうに箸を止めました。
「ハルナ、早く食べないと冷めちゃうよ?」
「皆様、ここのお店で私達が頼んだ料理、覚えていますわよね?」
「"オデュッセイアの奇跡"でしょ?オデュッセイア海洋学園で取れた新鮮なズワイガニを刺身醤油でストレートに食べるって」
「そうですね。高級志向を目指しているレストランで味も定評がある…と聞いています」
イズミさんの答えにアカリさんが付け加えると、私はもう一つ、美食研究会として重要な質問を投げかけます。
「ずばり、これは私たち美食研究会が食べるにふさわしい料理、ということになります。アカリさん、食べてみた感想はどうですか?」
アカリさんは首をかしげると、視線を上にやりながら手を顎に付けます。
「うーん…そう言われると普通ですねぇ。新鮮という割には身がパサパサしていますし、刺身醤油もゲヘナのスーパーで買えるようなものです」
「そうですわよね、私もそう感じました。この価格帯でしたら、ジャンルにこだわらなければよりふさわしい美食があるというもの」
「いや、私まだ食べてすらないんだけど…オデュッセイアは離れてるんだし、多少は身が乾燥しててもしょうがないんじゃない?」
ジュンコさんの発言に私はキッと眉を上げ、思わず身を乗り出します。
「いいえ、ジュンコさんそれは違います。"オデュッセイアの奇跡"と、そう銘打っているのです。加えてゲヘナで店を出している以上、私達美食研究会が、その味を吟味する必要があります。違いますか?」
ジュンコさんはようやく一口食べると、アカリさんと同じく首をかしげます。
「うーん…確かに味は普通だけど、そこまでやる必要はないんじゃないの?」
「そうだよー、私は美味しいよ!?」
私は皆さんの意見を聞くと、テーブルから立ち上がり静かに銃のセーフティを外しました。
「皆さん…準備はできましたか?」
アカリさんは意図を汲んだのか、ポケットからスイッチを取り出しました。
「私はいいですよー?」
「えっ嘘!?まだ一口しか食べてないんだけど!?」
「うーん、みんなが言うなら…」
「お客様、どうかされましたか?」
カチッ
ドガアアアアアアン!!!
爆炎の中、私達はお店を後にします。店内からは爆発音だけでなく悲鳴や銃声も聞こえてきます。
私達は風紀委員会から行方をくらますべく、レストランから去ろうとしますが、ジュンコさんが何かを見つけました。
「あれ、別の学校の生徒じゃない?」
「あら、確かに…巻き込んじゃいましたねぇ」
紺色のジャケットを着た生徒さんが一人、炎の近くで座り込んでいました。前を向いているのでその表情は伺えず、手元にはクレープらしきものが散乱しています。
「ちょっ、あんた大丈夫!?怪我とかない!?」
ジュンコさんが脇目も振らず、その生徒さんに向かっていきましたが、私はイズミさんとアカリさんに声を掛けます。食べる前のクレープ、犯人と思しき集団、手元には銃。私達は彼女の怒りの引き金を引いてしまったようです。
「あれはまずいですわね。逃げますわよ!」
「えぇ、もちろん♪」
「ジュンコ、無事だといいけどな~」
私達が駆け出すのと同時に、背後から低い声が聞こえました。
「…だったんですけど」
「え?なに?」
「私の!楽しみだったんですけど!」
ズドォン、という音と共にジュンコさんが後ろから私達の目の前に吹き飛んできました。ジュンコさんのヘイローは消えており、至近距離で撃たれたのが分かりました。
「ッ、アカリさん、威嚇射撃を!」
「は~い!」
すぐさまポン、という音の後、後ろで爆発音が聞こえました。思わず私は当たったのか振り返り─────恐ろしいものを見ました。
「っな、」
「どいつもこいつも私の楽しみを奪って…ほんと頭に来るんですけど…!!」
そこには、業務用エアコンの室外機を左手で持った、赤い眼の生徒さんが目を吊り上げてこちらに走ってきていました。その怒気を孕んだ姿は、角が生えていないにも関わらず、ゲヘナの風紀委員長を思わせる殺気を感じました。
「ッなら、これではどうですか!」
私はライフルを強く握りしめると、生徒さんが銃を持っている右手に向けて発砲しました。動きながらなので照準がブレ、生徒さんの身体に当たりましたが生徒はびくともしません。
「嘘ぉ!?全然効いてないよ!?」
イズミさんも生徒さんに向けて発砲していますが、ほとんどが室外機に当たり悉く跳ね返されています。
「ここの路地を抜ければ大通りに出ます!それまでに────」
「逃がしませんけど!」
生徒さんがそう言うと左腕を振り被り、左手に持っていた室外機を投擲してきました。
「させませんっ!」
アカリさんが次のグレネードを発射し、室外機を吹き飛ばします。
生徒さんは自分に飛んできた室外機を左腕でいなすと、右手に持っていたショットガンを両手で持ち直します。
「ショットガンじゃ射程距離は届かないでしょう!」
銃撃が飛び交う中私が声を発すると、生徒さんは目を吊り上げたまま口角を上げます。
「そんなもの、"今この場"で通用すると思いますか?」
そう言うと生徒さんはショットガンを上に向けると、私達の頭上にかかっていた高架線に向かって銃を放ちました。銃撃で切断された高架線はゆら、ゆらと振り子のように揺れ始めます。
「嘘ぉ!?」
やがて高架線の片側が千切れると、声をかける間もない速さで、イズミさんにぶつかりました。
バヂッ!
「イズミさん!」
「わ、私はもうダメ~…」
イズミさんの身体が黒焦げになり、やがて地面に倒れ伏します。
私とアカリさんは路地を抜け、大通りに出ると近くに停めてあった自動車の窓ガラスを割り、エンジンをかけます。
車が走り出したのと、生徒さんが路地から出てきたのは同じタイミングでした。
生徒さんは銃をこちらに向けましたが、届かないと分かると銃を下げ、その場から立ち去っていきました。
「なんとか撒けたみたいですわね…」
「そうですねぇ。にしても、あの生徒さんすごく強かったですねぇ」
「えぇ、何かしらの執行機関に属しているのでしょう、あの顔覚えましたわ」
「ハァ…逃げられたんですけど…。馬鹿らしい。帰りましょう」
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翌日 アオバの自宅
「…あれ?私…」
気が付くと、私はベッドに寝ていました。着替えずに寝てしまったのか、制服に皺ができています。それになんだか、すごくお腹が空いています。
「なんでだろう、昨日何してたんだっけ…」
昨日の記憶も曖昧ですし、とりあえず起き上がってテレビの電源を付けます。そしてテレビに映った時間を見て、私は目を見張りました。
「えっ、もう朝礼の時間なんですけど!?」
テレビの内容なんて何も頭に入らなくて、テレビの電源を切るのも忘れ、私は急いで家を出たのでした。
"クロノスニュースの川流シノンです!今日は昨日爆発事故が起こったゲヘナ学園の郊外に来ています!現場をご覧ください、爆発だけでなくこの路地全体で銃撃戦が起こっていた模様です!どうやら周辺地域の皆様が一部始終を目撃していたとのことです!CMの後、詳しく聞き込みをしてみたいと思います!"
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