これは内海アオバのSSです。
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某日・トリニティ区間 駅構内
"管理室だ。非番で悪いが、緊急対応に出てもらう"
「はい?」
私はなぜ、応援要請の電話を取ってしまったんでしょう。今日は月に一回の非番ですから、出る必要なんてなかったのに。ハイランダー内で、数日前に「運行に支障を来す事態が生じた場合、原則として乗務員が対応する。列車緊急対応部が非番の際の応援要請は、管理室が権限を管理するものとする」って通告が出てたはずなんですけど。
時は少し遡ります─────
私は貴重なこの日を待ち侘びていたのです。私は神経を尖らせ、トリニティのあるスイーツ店「Lithos」に行くことを決めていました。なにせ、ゲヘナではあんな目に遭ってしまったので、二度も同じ轍を踏みたくなかったのです。
今日は鳥の鳴き声でベッドから起きて、電車に乗りトリニティに来ました。トリニティの街並みは格調が高くて、ただの道を歩いているだけで私まで優雅になった気になるんですけど。
「Lithos」はスイーツだけでなく水出しコーヒーも美味しいって聞いたので、私はお店に入ると水出しコーヒーと、モンブランを頼みました。なんでもモモッターによれば、このモンブランに使われてる栗は、百鬼夜行のある地区から取り寄せた特別なものだとか。口に入れると、なめらかなクリームに栗の上品な甘みが口の中に広がって、幸せな気持ちになりました。水出しコーヒーの奥行きのある苦みもアクセントになって、美味しい…!
私はコーヒーを啜りながら、スマホで配送サイトのアプリを開いていました。疲労回復のために、快眠グッズを注文していたのです。アプリを見ると、ちょうど配達日が今日。忙しくて、時間指定をするのをすっかり忘れていました。お店を出たら配達時間の変更をしようかな。そう思いながら私は席を立ちます。こうして私が休みに贅沢を出来るのも、列車緊急対応部の特別手当が出たからです。そう思うと、少し報われた気がするんですけど。
今までの私からすれば決して安くはないお会計を済ませて、私はお店を出ました。そしてスマホの画面を押したのと、画面に緑のボタンが出たのは同じタイミングでした。電話の相手が分からなかったので、つい耳にスマホを当てたのが、事の顛末です。
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"…ゲヘナ区間の駅でヘルメットを被った集団が電車及び駅をジャックしたことで、ゲヘナ区間への列車が全て運行を停止している。現地のヴァルキューレ及び駅の作業員が交戦しているが、如何せん相手方の数が多く苦戦している"
「…え、駅のジャックですか?それこそ、管理室の許可が下りないと…」
"許可が下りたのでな。こうして電話をかけているんだ。どれぐらいで着く?"
あぁ、やっぱり私この人嫌いです。声を聴くタイミングが嫌な時しかないからでしょうか。名前も出したくありません。
「え、っと…今トリニティにいるので、駅まで歩いて、その後小型列車に乗って…」
"駅までタクシーも使って構わん。とにかく最速で来い。今ゲヘナの運行が止まっていることで、苦情の電話も殺到している"
「電話ぐらい無視すればいいと思いますけど…」
"…?聞こえなかった、とにかく早く来てくれ"
「は、はい。分かりましたけど…」
私が返事をするなり、電話はプツンと切れました。電話が切れた後、私の中の心が冷え切っていくのが分かります。この世界の不幸全てが今私に集約されているんじゃないでしょうか。タクシーの運転手に銃を突きつけて急かしたのは、ここだけの話なんですけど。
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私が小型列車で辿り着けたのは、立ち往生した列車達の群れの最後尾でした。小型列車から降りると、重なり合った駆動音が動物の鳴き声みたいにレールで反響しています。
「え~っと…」
耳を澄ますと、遠くから爆発音と数え切れない程の銃声。なんでも、改札前から駅のホームにかけて大きなバリケードを張っているようで、突破口がないせいでどんどん後手に回っているようです。とりあえず駅のホームに行けばいいんでしょうか。といっても、この列車の隙間を縫って走っていったら、どう考えても時間が…あ。
「流石に怒られるのかな…いや、緊急事態だし、いいか」
私は銃を肩に下げると、身を屈めて両手を前に、左足を少し前に置きました。いわゆる、クラウチングスタートです。左足に力を掛けて、私は一番手前の列車に向かって駆け出しました。あっという間に列車の手前まで近付いてきました。慣性は殺さず、両足を一気に地面に落とします。その反動を使って─────
「…んっ!」
ズンッ!
列車の天板に乗りました。天板が少し凹んで、下から悲鳴が聞こえてきた気がしますが気のせいでしょう。私はそのまま列車の背中を走りながら、次の列車目掛けて走っていきます。…早く来いと言われたので、これでたぶん大丈夫でしょう。何本かの列車を跳び移ったのち、ゲヘナの駅のホームの入り口と、ハイランダーの制服を着た背中が私の目に移りました。
弾薬箱の近くにトランシーバーを持った生徒が一人と、リロードをしている生徒が複数名。駅のホーム側はハイランダー側の生徒のみで、恐らくこちら側が劣勢を強いられているのでしょう。私は最後の列車を飛び降りて、トランシーバーを持った生徒に後ろから話しかけます。
「あの~、列車緊急対応部ですけど~」
「うわっ!…あぁ、内海部長ですか!状況は聞いていますか?」
「まぁ、おおよそ聞いてますけど。とりあえず、ホーム側が劣勢、という感じでしょうか?」
「そうですね、改札側はヴァルキューレが包囲網を敷いているので人海戦術で押し込んでいます。こちらは休憩中、待機中の乗務員が対応しているのでかなり…」
まぁ予想通りですね。展開速度ややり方を鑑みるに、相手もただのゴロツキではない、と考えてよいでしょう。とりあえず私は気になっていることがあるのでそれを聞きます。
「そ、そうなんですね。じゃあ、逃げ遅れた人たちは捕縛されてどこかに固められてると考えていいですか?」
「はい、外部ハッキングで動力室にいることが確認されています」
これも予想通り。改札側はゲヘナの風紀委員会が恐らく来るでしょうから、相手は駅構内の制御権を握りたいでしょう。あとは単純に、私が
「内海部長!?こちらに加勢していただけるとは!」
「よかった、この場では貴方に指揮権を委ねます」
「あー…それなんですけど…案というか、なんというか」
「?なんですか?」
私が案を話しているうちに、私以外全員の顔が引き攣っていきました。まぁ、これほとんどワンマンの作戦ですしそうなるのも無理はないでしょう。でも、これが成功すれば一気に戦況を覆せます。
「…ということで、やってもらえますか?」
「えぇっと…これ、労災降りますよね?」
「んー断言はできないですけど…管理室がなんとかしてくれるんじゃないですか?もし不安なら乗客の人の安否確認をお願いしたいんですけど…」
私がそう言うと、連絡係の生徒以外は全員列車の様子を見てくるということでした(私の信頼って一体…)。
とりあえず、列車緊急対応部、作戦開始です。
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ここからは、私のダイジェストでお送りするんですけど。え?情報が足りないですか?でも、特別書くほどのことじゃないんです。駅のホームに設置してあった自販機を
その後は動力室にいた人達を解放して一緒に戦ってもらいました。後ろからついてきていた連絡係の人が適宜改札側に報告をしてくれていたので、勝手に均衡が崩れました。結局、私が来てから30分後には列車は無事に運行を再開しました。
鎮圧した後に管理室から連絡があって、追加で特別手当が支給されるそうです(私は代休を希望しましたがもらえませんでした。なんで?)。
私は事態を鎮圧した後、ヴァルキューレの人に会いましたが全員ちょっと顔が青ざめていたと思います。自分達で制圧できないと上司に怒られるのでしょうか。そういう意味では私と似ているなぁと思って、改札側からの制圧をしてもらったことにお礼を言っておきました。ヴァルキューレの人からもお礼を言ってもらえましたが、お礼でお休みは貰えないのです。
そんな私は今駅前のコンビニのイートインスペースで遅めのお昼ご飯を食べています。結局配達時間の変更も連絡できてません。今頃不在票がポストに入っていることでしょう。そんなことを考えていると、不意に横から声が掛かってきました。横を見ると、「風紀委員会」の腕章をつけた褐色の生徒でした。
「横、座っていいか?」
「はぁ、どうぞ」
「ありがとう、ここにいるって聞いてさ。私はゲヘナ学園2年生、風紀委員会の銀鏡イオリ」
「ハイランダー鉄道学園2年生、列車緊急対応部の内海アオバですけど…」
「え、2年で部長やってるのか!?すごいな、それ!」
「いや、はい…」
いきなり驚かれました。ゲヘナ学園は学生数が多いから当然上のポスト争いも熾烈なんでしょう。私は特例なので、宛てにしないでほしいんですけど。
「まぁいいや。駅の鎮圧をほとんどやってくれたんだって?うちの行政官も感謝してるってさ。私も、うちで発生した問題を解決してくれて感謝してる」
「いや、駅はハイランダーの管轄なので…それにそのために私がいますし」
「でも、ハイランダーの生徒に聞いたらあんたは今日非番だって言ってた。ハイランダーがどんなとこかは知らないけど、あんたの名前はうちでもちょくちょく名前を聞くよ。それぐらい働いてるってことでしょ?」
その言葉に私は驚きました。まだ数ヵ月しか稼働してないのに、もう私の名前が他の学校に知れ渡ってるんですか?流石は三大校と言われるだけあるなぁ、って感心します。
「言いたいことは、それだけ。もしゲヘナで困ったことがあったら、相談して。助けになるから」
「あの…それならゲヘナにある「悪魔のクレープ屋さん」について、何か知りませんか?今閉業中らしいんですけど」
「あぁ、それなら」
銀鏡さんは、なんでもないことのように、教えてくれました。
「こないだ美食研究会のやつが爆破したテナントの店だろ?モモッターで人気だったから覚えてる」
「美食…研究会…?」
「あ~まぁ…気に入らない店があると、すぐ爆破する4人組のテロリストだよ。うちもよく追いかけてる」
爆破、という単語を聞いた途端、私の中に眠っていた記憶が蘇りました。クレープ、爆破、4人組。
私は、あの怒りを覚えている。
「なぁ。なんか顔が怖いんだけど。私が変なこと言ったのなら謝るよ」
「…いえ。大丈夫です。でも、もしその人達を捕まえたら私に教えてくれますか?少し
「?まぁ、それならいいけど」
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同日・風紀委員会
私は、デスクでアコからの報告を黙って聞いていた。それは、イオリに行かせたゲヘナの駅ジャックの鎮圧。…のはずだったけれど。
「…以上が、イオリからの報告です。ヒナ委員長、これを聞いてどう思いましたか?」
「何が言いたいの、アコ?」
アコは眉一つ動かすことなく、言葉を続ける。恐らく、アコが独自で集めた情報もあるだろうことが窺える。
「たった一人で、駅ジャックという組織犯罪を鎮圧するなんて異常だと思いませんか?聞くところによると、彼女は「
アコの言葉に私は暫し黙った後、デスクのコーヒーを見やる。コーヒーは、まだ淹れて間もない。内海アオバ。数ヵ月前からハイランダー鉄道学園の治安部隊の部長になった生徒。素手で爆発を起こすとか、突如現れて列車毎事態を鎮圧するだとか、そんな出鱈目な情報は入ってくる。実際、そんな生徒がいたらあの"暁のホルス"に匹敵するかもしれない、と私は思う。けれど。
「…イオリは彼女について何か言っていた?」
「イオリ、ですか?彼女は、どこにでもいる、少し内気な生徒だと」
「…そう。なら、別にマークする必要はない。イオリが直接彼女を見てそう判断したのであれば、私はそれを信じる」
「…そうですか」
私はコーヒーを一口飲んだ後、書類作業を再開する。もう日は暮れ始めていた。
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