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某日・???
私はとあるビルの執務室のデスクで一人、同僚がやってくるのを待っていました。というのも、私が"暁のホルス"と別に秘密裏に進めていた研究が露見してしまったからです。そもそも彼女の研究からして、ロイヤルブラッドがいる時点で彼女にとっては無用の長物、と高をくくっていました。
しかし彼女は"それ"を知るや否や、私に「説明の場を設けるように」、と言ったのです。彼女の性格からして何をしようとしているのかは明らかですが、それは直接彼女の口から聞いた方がいいでしょう。やがて、デスクと扉の間の空間に黒い歪みが生じ、彼女は現れました。
「おや、ベアトリーチェじゃないですか。テリトリーの維持は大丈夫なのですか?」
「御託は結構です、黒服。なぜ貴方が"あんなもの"を知っていたのですか?」
「あんなもの、とは?常々言っていますが、私が研究対象にしているのは"暁のホルス"ですよ」
「くどい。ハイランダー鉄道学園の列車緊急対応部、あれを作らせるよう仕向けたのは貴方でしょう?」
ベアトリーチェは相当頭にきているようで、一方的に質問を投げかけてきます。まぁ彼女からしたら寝耳に水でしょう。何せ全くマークしていなかった学校から上質な神秘が観測されたのですから。神秘とは元来生まれ持った生徒の性質ですから。その神秘が後天的に発生したのです。彼女も見つけた時は目を見張ったでしょう。
「ククッ…貴方には私が何をしたか分かっている、と」
「ハイランダーの内海アオバ、と言いましたか?つい先日まで、彼女の存在なんて終ぞ知りませんでした。まさか彼女に"テコ入れ"をしたんじゃないでしょうね?」
「それはゴルゴンダの得意分野でしょう。私はただ、然るべき舞台に彼女が降り立った場合、どのような反応をもたらすか、それが知りたかっただけですよ」
「では、あれは後天的に自然発生した神秘であり、偶然貴方が先に捕捉したと言いたいのですか?」
彼女の質問に答える前に、私はコーヒーを一口啜ります。我々は同じ研究者ではありますが…得意分野も違えば"崇高"に至るアプローチも異なります。増してや彼女の研究は私達のアプローチとは特に方向性が違います。然らば、彼女がより理解しやすいように整理して伝えるのが私の説明義務でしょう。
「内海アオバ…彼女の神秘の発生原因については、まだ調査中です。ですが敢えて形容するなら…"鉄砂のウィツィロポチトリ"と、そう呼べるでしょうね」
「ウィツィロポチトリ…?まさか、彼女は」
彼女はその名を聞いて目を見開きました。それは彼女がこの先"崇高"に至るために、ある意味とても必要な存在です。とてつもなく輝いて聞こえるでしょう。何せ、彼女が現在進行形で進めている計画を覆すほどの存在ですから。
「アステカの常勝の戦神…凄まじい神秘ではないですか!そんなものが偶発的に発生するはずがない!」
「ベアトリーチェ…だから私は彼女を調査しているのです。彼女が神秘を獲得した環境、条件さえ特定してしまえば、私達の研究は容易に進むでしょう。実際、彼女が神秘を発動した場面は、並の生徒とは比較になりませんでしたよ」
「ふむ。…なるほど、黒服、私から一つ提案があるのですが」
まぁ、ここまで聞いてしまえば、彼女は絶対に譲らないと分かっていました。言ってしまえば、トランプの"ワイルドカード"。我々の研究を盤石にするだけの魅力が、内海アオバには在る。私は一応、彼女の提案を聞き入れることとします。
「なんでしょうか?」
「私のアリウス領、及び兵力を三分の一譲りましょう。その代わり、内海アオバの研究内容と彼女の神秘を私に譲りなさい」
ベアトリーチェの提案に私は思わず、乾いた笑いを上げてしまいました。その態度が癪に障ったのか、彼女の熱は増々抑えられなくなっていきます。私の態度は確かに良くなかった。いくら駒といえど、ベアトリーチェはアリウス領を手中にするために歳月を費やしてきました。それを侮辱されるのは業腹でしょう。
「何が可笑しいのです、黒服!私の兵は訓練され、駒としては十分役に立つでしょう。それほどまでに内海アオバが優れていると?」
「あぁ、いえ。そういうことではありません。確かに貴方の兵は兵力として十分でしょう。アリウス領も、有効活用すれば私の研究には役立つでしょうし」
「では、何が不服なのですか」
「"特性"ですよ、ベアトリーチェ。貴方の兵とは根本が違うのですよ。彼女の内情を知っているかは知りませんが…彼女はそもそも、ハイランダーにおいては特級の爆弾です。この意味が分かりますか?」
ここは、ベアトリーチェに彼女が持つ精神について教えるのが最も分かりやすいでしょう。案の定、ベアトリーチェは暫し考えた後、その可能性に気付いて目を見開きました。
「…彼女の精神性が私の兵に劣ると?まさか、自分の神秘さえまともに制御できないのですか?」
「そういうことです。彼女はそもそも自身に才能があると思っていません。だから彼女の内面には常に強者への妬み、僻み、猜疑心が澱のように溜まっています。下手に突けば、彼女は何を引き換えにしてでもこちらに損害を与えてくるでしょう。故に、私達の管理下で御することができないのです」
ベアトリーチェは私の言葉を聞くとフッ、と笑い、徐に扇子を広げました。恐らく現時点で彼女には算段が立っているのでしょう。
「ですが、そんなものは私にかかれば抑えるのは容易い。生徒が悪感情を糧にしているなら、その矛先を変えればいいだけのこと。違いますか?」
「クククッ…まぁ貴方が制御するのは、恐らく可能でしょう。"戦神"として、キヴォトス最強戦力へのカウンターとすることも可能です。まぁ最も、「捕らえることができれば」、という前提ですが」
「まさか。どこまで行ってもただの子供でしょう?追い込んで、逃げ道を塞いで、隙を作り、弱らせれば、捕らえられる」
「そのまさかですよ、ベアトリーチェ。言ったでしょう?彼女は特級の爆弾だと。これ以上は私の調査結果に触れてしまうので明言はできませんが…彼女は我々が研究で積み上げてきた常識を遥かに凌駕する」
ベアトリーチェはその言葉を聞くと、溜息をついて踵を返します。もはや彼女には是が非でも己が手中に収める、という意思を感じました。であれば、無理に止めるのも無粋でしょう。
「このままでは平行線ですね。…私は私のやり方で進めます。くれぐれも手出ししないように」
「えぇ、説明義務は果たしましたからね。貴方の行く末を見届けさせていただきましょう」
ベアトリーチェが去った後、私は一人考えを走らせます。ベアトリーチェはああ言っていましたが、実際のところ内海アオバの神秘を計るには、データが足りません。何せ彼女の神秘が観測されるのは、列車に関する場所だけ。私は内海アオバを観測した時点で、ある構想を練っていました。
それは、上質な神秘同士を交差させること。彼女は強者と立ち会った場合、どう立ち向かい、何を感じ、そしてそれをどう昇華するのでしょうか。私はこれからの彼女"達"のことを考えると心が浮足立つのが分かります。私は笑いを堪えずにはいられませんでした。
「クククッ…クククッ!」
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