幕間 異頭家
パトカーの耳をつんざく様な音が、俺の耳に延々とこだまし続ける。
ああ、どうして。
どこで道を踏み間違えたのだろうか。
…言われなくても。考えなくてもわかっている。
良の母親……。
・ ・ ・
私たちの家は、良と清美。そして俺……。
ほどほどの稼ぎで、ほどほどの生活をして。時には少し贅沢をしたり…。
何の変哲もなければ、波乱万丈でもない。普通の家庭。
周囲からの評判だって悪くはなかった。
事件だって、何も起こらなかった。
ただ。
一つを除いては。
その日は、良の誕生日だった。
良は、ウキウキで清美の手を引きながら、ケーキ屋へケーキを取りに行っていた。
もちろん、私だって居た。
と、その時だった。
交差点を渡っていた二人を、一台の大型トラックが襲ったのだ。
無論、青信号。
本来は、車なんて来るはずがない。
そんな状況だった。
清美は、咄嗟に良を抱えて前方に跳んだ。
そこに…トラックが突っ込んだ。
私の目では、清美はトラックを避けた様に見えた。
故に、安堵感に襲われながらも大急ぎで二人の元へ向かった。
そこで見た事を。いや、モノを。臭いを。
清美は、下半身がなかった。
トラックに撥ねられ、その勢いに体が耐えきれず、下半身が吹っ飛んでいたのだ。
彼女の胸に抱かれていた良は、小さい体の為に幸いして助かったようだった。
彼女の残った上半身から。息も絶え絶えで地面に横たわる彼女から。
血が広がっていく様を見て、私は意識を取り戻した。
鉄の匂いが。空気中を舞う砂塵が。悲しみが。怒りが。憎悪が…。
私のありとあらゆる部位、感情を刺激したのは、言わなくたって分かるだろう。
恐らく良には、その時の記憶はない。
ショックか、それとも、愛する母の下半身が吹っ飛んだのを見て、脳がシャットアウトしたのかは知らないが、意識がなかったからだ。
清美は、セントラル病院に搬送され……。
そして死んだ。
その時のショックは、計り知れないし、今だって思い出したくは無い。
酒に溺れかけた。
もう、全てがどうでも良く思えた。
煙草に溺れかけた。
ギャンブルに溺れかけた。
麻薬にだって手を出しかけた。
敵に堕ちかけた。
しかし、私の心を支えてくれた唯一の光は…。
良だった。
良のお陰で、私は失いかけていた自我を取り戻せた。
清美が死んでから……数ヶ月だっただろうか。それとも数年だろうか?
どちらでもいいが、こんな噂を耳にした。
死者を蘇生できる個性を持った人がいる。
劇的だった。
私に、再び命が宿ったような気がした。
脳が、心臓が。
五臓六腑は一度に震えた。
そこからは、坂から転げ落ちる石の様だった。
その人について、私の情報網で調べ上げ、ありとあらゆる方法で持って、コンタクトを図った。
そして…。
彼に、会うことに成功した。
彼は、自らをA.F.O.と名乗った。
彼は、私に親身になって寄り添い、話を聞いてくれた。
そして受け入れてくれた。
私の持つ個性を、彼に譲渡すれば。
彼は清美を甦らせると。そう誓ってくれた。
私の個性は、周りと違った。
物質変換。それが私の個性だ。
元ある物質を、別の物質に作り変える。
砂をダイヤモンドにする事だってできただろうし、金なんてそれで幾らでも作れただろう。
だが、私はそれすら投げ出した。
全ては清美のために。
そう思い、個性すら捧げた。
代わりに、と。
彼は新たな個性を私にくれた。
いや、違う。
押し付けた。
私が受け継いだ個性は、暴飲暴食。
四六時中何かを食べていないと死んでしまい、さらに素行が最悪…そんな個性らしく、彼自身も持て余していたのだろう。
彼は、それを”脳無“という開発途中の化け物に植え付ける気だったそうだが、気が変わった。と言っていた。
いつまでも待った。彼女が帰ってくるのを。
すごく待った。彼女が帰ってくるのを。
でも。
それでも。
彼女は帰ってこなかった。
私は。
救世主と思った彼にさえ。
騙された。
それからだ。
地獄が始まったのは。
いや、
地獄なんて。
とっくの昔から始まっていたのだろう。
……そうして、良との関係も最悪となり、私は今。パトカーの中で俯いていた。
どれだけ腹が減っても。飯を食えない。
どれだけ苛立っても。何もできない。
ああ、もし。過去に戻れるのなら。
誰か助けてくれ…。