日記を読み終えた私は、肉塊に気づかれないようにコッソリ家を抜け出した。腹が痛いと言ったな。別に嘘ではないが堪えた。
理由は特にないが、強いて言うなら、少し外の空気を吸いたかった。だろうか。
やはり眠気はなかった。さっき時計を確認した時には、確か11時だったか。
この地域の条例は知らないが、前世では確か中学生で11時までだったか。かなり過ぎているな。なんて思いながら、私は適当に歩いた。
もっとも、家の周囲だけだ。変なところまで歩いて行って、迷子になって死んでしまったりでもしたら目も当てられない。
私は、家の周辺を、観察するように見ながら歩いた。
まあこの辺りのことだけでも頭に入れて脳内マップでも作っておけば、ここいらで迷子になることは無くなるだろうと思っての行動だった。
とまあ、そんな感じで歩いていると、前世でも(始まったばかりの)今世でも、未だかつて遭遇したことない部類のイレギュラーに出会った。
「ひぐっ、ぐすっ」
…何故だか、年端も行かない少女が、道の角の方に体育座りで座って泣いているではないか。
どういうことだろうか。見た感じ、まだ小学1年生か2年生。いや、もっと下かもしれない少女が、こんな時間に。しかもこんな場所にいるだなんて。
私は、声をかけるか悩んだ。
こんなところにいて、しかも泣いているなんて厄介事の種であるという研究員時代の私の思想が一瞬思い上がってきたからだ。
だが、その雑念は、すぐに立ち消えになった。
今さっき、私は何と言ったか。思い出したからだ。
“二度と良の様な境遇の子供を作らない”。あれは戯言だったのか、と自分を奮い立たせる。
「……君」
意を決して少女に話しかけた。
「ひ、な、なに…?」
少女は、ビクリと肩を揺らすと、泣き腫らした赤い目で恐る恐る私の方を見た。
赤く腫れ上がった目からは、大粒の涙がボロボロと零れ落ち続けている。
「……いや、泣き声を聞いたんでな。何事かと思ったんだ。………それで、どうしたんだ?」
…私は、少し女性らしい口調を学んだほうがいいのかもしれない。将来何かと困りそうだ。
「あのね、お父さんとお母さんがね。笑うなって言ったの。お前の笑顔は異常だって…。人間じゃない子産んじゃったって…」
言い終わると同時に、先程までの比ではないくらいの涙が、少女の目からは溢れ出してきて、少女は再び嗚咽を漏らしながら泣き始めてしまった。
「………は?」
彼女の言葉を聞いて、出てきた声は、明らかに怒気が込められた、は? だった。
私だって丁度先程肉塊にアバズレだの売女だの罵られたが、人間ではないと言われたことはなかった。…もしかしたら、良は言われたことがあるのかもしれないが、少なくとも私は無い。
だが、この子の親はまだ幼い自身の子に 「人間ではない」 と罵声を浴びせるのか?
生き方を変えた今だからこそ分かる。正常では無いのは、この子の両親だと。
「……君。名前を聞いてもいいか?」
率直に、この子を知りたいと思った。
私はヒーローではない。良の日記に書いてあった、”ヒーロー免許“なるものを持っていないし、”個性“だって分っちゃいない。
だが、私はこの子のヒーローになってあげたいと。そう思った。
「トガ……渡我被身子…」
泣き叫んでいるのだからうまく声を発せないだろうに、律儀に質問に答えてくれた。なんといい子だろう。
「渡我被身子…。なあヒミコ。その、笑って見せてくれないか?」
その子…いや、ヒミコは、一瞬だけ驚いた様に肩を揺らすと、ゆっくりと顔を上げながら笑って見せた。
………異常? どこがだろう。ただの可愛らしい笑みだ。
それ以外なかった。ただの普通の笑みだと。そう思った。
「ヒミコ」
私は、目を腫らして泣きながらも笑うヒミコの目を見ながら言う。
「お前は普通だ。異常でもなんでもない。私がお前を救ってやる。絶対だ」
そう言いながら、しゃがむと、ヒミコに向かって右手の小指を立てた。
確か、指切りげんまんだったか。童遊びはあまり知らないが、前世で幼い頃に一度やった覚えがあった。いつだったかは忘れたし、誰とやったかも覚えてはいないが。
ヒミコは、驚いた様な顔をしながらも、左手の小指を絡めてきた。
「「指切りげんまん。嘘ついたら針千本飲ます。指切った」」
お互いそう言い、指を離す。
私は立ち上がると、ヒミコに向かって手を伸ばした。
「帰ろうか。ヒミコ」
何故だか知らないが、それを聞いたヒミコの目は輝いていた。
今更だが……まだ腹は痛むままだった。
tips
研究員
トガちゃん絶対救うマンになった。
トガちゃん
研究員に遭遇。今後どうなることやら…