「っ!?」
目を覚ました“おねむりくん”は、ガバッと体を起こして、私とヒミコを驚いた様な顔で交互に見た。
ヒミコも、おねむりくん同様驚いた様で、あたふたしながら私を見ている。
「………ようやくお目覚めか。寝坊助」
おねむりくんは、何かを喋ろうとするが、喉から出て来るのは、カヒュッカヒュッと言う空気が漏れる音だけだった。
そんな彼に私は言う。
「数年も眠っていたんだ。声なんぞ出ないのが当然だ」
そう言ってから、私は座っていた椅子から立ち上がり、ドアの方に移動しながら彼に振り返って言った。
「少し待っていろ。水を取ってくる。ヒミコ。帰ってくるまで頼んだぞ」
言い終えると私は部屋から出て行った。
・ ・ ・
side 三人称
研究員がいなくなった部屋は、静けさに満ちていた。
おねむりくんは、目を見開きながら周囲をキョロキョロと見まわし、ヒミコは何かを話した方がいいのか、とオロオロしながらおねむりくんを見ている。
「あ…えぇっと」
と声を上げたのはヒミコだ。
おねむりくんの肩がビク、と動き、恐る恐るヒミコを見た。
「その…、お名前…教えてくれませんか…?」
ヒミコは、おねむりくんの顔をチラチラ見ながらそう言った。
おねむりくんは、驚いた様な顔をしてから、再びカヒュッ、カフッ、コフッという音を発し始める。
だが、ヒミコには伝わらない。ヒミコは首を傾げた。
「…ん〜……“と”…ですか?」
「!」
口の動きでなんとなく伝わったらしい。おねむりくんは顔を縦にブンブン振った。
ヒミコの顔も、パアアァッと明るくなった。
「………っと……………んー…“つ”?」
おねむりくんが顔を横に振った。
違った様だ。
「ありゃ…、ん………んー? ………“う”?」
おねむりくんが顔を縦に振った。
正解だ。
「……………………………。……! “や”! です!」
コクコクコクコクッ! とおねむりくんの頭が上下に揺れまくった。
当たりらしい。
ヒミコは、この後にも文字が続くのでは、と身構えるが、おねむりくんが口を開く様子はない。
ヒミコが叫ぶ様に言う。
「“とうや”! とうやですね!」
ヒミコは、わぁあ〜! と舞い上がった。
それを見て、おねむりくん…もとい、燈矢がワタつき始める。
と、そんな場に響いたのは…。
「……どう言う状況だ?」
水が並々と入ったコップを片手に、ドアを開ける研究員だった。
・ ・ ・
「……どう言う状況だ?」
部屋に帰ってくると、ヒミコが両腕を上げてキャッキャと騒ぎ、おねむりくんが両手をワタワタさせながら私を見ていた。
「あっ! 研究員さん! 聞いてください! この子! とうやって言うんです!」
「トウヤ? …そうか。よくやったぞ、ヒミコ」
言うと、ヒミコは、えへへ、と言いながら恥ずかしそうに頭を掻いた。
そんなヒミコを尻目に、私はトウヤに近づきコップを差し出した。
「飲め。医務室から盗んできた鎮痛薬が入っている。少しは楽になると思うが…」
言い終えると同時に、トウヤはコップを受け取り、中の水を一気に飲み干した。
それから、声を出そうとしているのか、口をパクパクさせる。
トウヤから、唇を擦り合わせた時に出る、ぱ、とか、ぽ、と言った音が漏れるが、声は出なかった。
「そんな早くに効き目が出るわけがないだろう? 少し待っているんだな」
言うと、私はトウヤのベッドの側に置いてある椅子に座った。
「さて、トウヤ。いきなりですまないが、これからよろしく頼むぞ」
私は、トウヤに向けて右腕を突き出した。
だが、当の本人は、? とでも言いたげな顔で私を見ている。
「……すまない。事情を話そう」
そう言えば、”コレ“はヒミコにも話していなかったな。
「ヒミコ。座ってくれ。お前にも関係のある話だ」
ベッドから少し離れたところで舞っていたヒミコは、私の言葉を聞いた途端に踊りを止め、私の側にあった椅子に座った。
「ここに来て数日なのだが、ここはどうもきな臭い。…よって、私とヒミコは、1週間後。ここを抜け出す事にした」
その言葉に、ヒミコが目を見開き、トウヤも驚いた表情を見せる。
そんな二人を放って、私は話し続ける。
「目覚めたばかりで分からないだろうが…。トウヤ。ここは孤児院でな。お前は、倒れていたところをここのオーナーに発見され、ここに連れてこられたらしい」
軽くトウヤ自身の境遇について語ってやると、理解が追いついたのか、コク、頷いた。
「以前、事務室に忍び込んだ時、お前のことが書かれた資料を読んだ」
トウヤは真面目な顔でジッと私を見続ける。
それと逆に、ヒミコは、なんで事務室なんかに忍び込んでいるんだ? という疑問の視線を向けている。
「それには、お前の本名。住所。生年月日。個性…。その他諸々の個人情報がびっしり纏められていた。それこそ、尋常じゃないほどな」
トウヤ…いや。燈矢は驚いた様に目を見開いた。この表情の燈矢を見るのは、何度目か分からない。
ちなみに、燈矢の名前はその資料で見ていたため、事前に知っていた。
「…それは、ヒミコと私も例外じゃない。燈矢と同じ…いや。それよりももっと詳しかった。背筋が凍る様だった。私たちが知らない…いや、生まれる前の情報までびっしりだ」
ヒミコと燈矢は、顔を青くした。
お構いなしに、私は続ける。
「異様な程、子供について調べているんだ。この施設は。…私たちだけじゃない。他の子供達も全員だ。…まるで、人間の牧場みたいだ。と私は思った。私は、こんなところに1日たりとも居たくない。正直言って、今すぐにでも行きたいところだが、燈矢。お前の体を案じて、1週間後に抜け出すつもりだ。……お前はどうしたい?」
ここで、燈矢に話を振った。
彼だけは、私たちと同じでまだこの施設に染まっていない。
この施設にいる子供で、救い出せるとしたら、彼だけだろう。
「このまま牧場で飼われ続けるか…それとも私たちと来るか。どうしたい?」
燈矢は、悩み素振りすら見せずに、私達を指差した。
返事は1週間後で良いと言おうと思ったのだが…どうやら見当違いだったようだ。
「…そうか。ヒミコ。お前もそれでいいか?」
「? 何言ってるんですか、もちろんです」
ヒミコは、あの夜今後の方針について話した時の様に飄々とそう言った。
「分かった。後のことについては、追い追い話そう。院長を呼んでくる。燈矢。少し待っていてくれ」
燈矢が頷くのを見て、私は再び部屋を出て行った。
ちなみにトガちゃんの”舞っている“はnot誤字です。