「おはよう!!」
一人で座っていた私に…挨拶をしてくるクラスメイト。
並月アマエくん…私の隣の席の男の子。
「なぁマトウ、お前の兄ちゃんの体調治ったか?少し前に校庭で吐いてた所見つけたからさ、元気になったか知りたいんだけど。」
「兄さんは元気なので、心配しなくて大丈夫です。」
「………マジかよ。え?本当に返事してくれた?夢じゃないよな。」
私が返事をすると、隣に座る彼は驚いたように声を漏らす。
………ずっと無視していた同級生が急に口を開いたのだ、彼が驚くのは当然のことだろう。
ただ、私の声を聞いた彼が、なぜ嬉しそうにニヤけるのか、目に光を灯すのか理解できない。
いや、それだけじゃない、無視し続ける私に話しかけること、普段の学校での瞳、姉さんと仲が良いこと、私が彼に関して分かっていないことなんて数えきれない。
意図不明の彼が…
なぜか私なんかに関わろうとしてくる並月くんが…
思い当たる理由もなしに、私に『救い』と勘違いさせるような行動をとってくる存在が…
本当に気持ち悪かった。
「これまで無視してきた立場として申し訳ないですけど、並月くん、私一回あなたとしっかり話してみたいんです。今度二人っきりで話してみませんか?」
「………もちろん。」
「いつで、どこなら都合がいいですか?出来れば人がいない所がいいんですけど。」
「ん〜、それならウチはどうだ?家の中にいる人間…家族以外には基本話が漏れない。そんでウチの場合、一人っ子で親も仕事で帰りが遅いから、家族の耳を気にする必要はない。内緒話するならうってつけの場所だぜ?」
「………それなら今日の放課後、並月くんの家に行くということでいいですか?」
「…おっけ〜。」
「ありがとうございます。」
五月蝿い羽虫。
自分から殺そうとはしないけれども、どこで誰に殺されても別にいい存在。
それが彼…並月アマエくんへの第一印象だった。
頼んでもいないのに話しかけてくる隣の席の男の子。
私はそんな彼を鬱陶しく不快に感じてはいたけれど、そんなものは蟲をこの身に飼っていることへの嫌悪感や拒絶感に比べれば些細なもの、故に私は彼を無視し続けた。
そんな彼への印象が変化したのはいつだったか…
あまり覚えてはいないけれど、彼と会ってからかなり早い時期のことだったと思う。
ある日彼がクラスメイトと談笑している所を見た。
普段は彼のことなんて…いや、授業以外の学校での出来事に一々意識を割く余裕なんてない。
ただ、その日は昨夜に蟲蔵に入れられなかったから少しだけ余裕があって、気まぐれで彼を観察した。
そう、本当に気まぐれ…彼を知りたかったワケでも、彼に好悪の感情を抱いていたワケでもない。
どうせ彼はどこにでもいる無知で幸せなその他大勢、彼を観察したって何の意味もない…あの日の私は確かこんなことを思っていた。
クラスメイトの集団に混ざっている彼を見て驚いた。
彼は笑ってはいるけれど、その目には感情を映していない。
友人と話すことへの『嬉しさ』も…
仕方なく話を合わせることへの『苛立ち』も…
それら全ての情緒がなかった。
それは鏡に映った誰かのように、
幸せも愛も知らない、故に苦しみも不幸も本当は分からない、そんな産まれたての赤ちゃんみたいな瞳。
それは不幸なヒトがする目じゃなかったけれど、幸福な人間がする目でもなかった。
苦しんでいない時点で、私とは圧倒的に違う。
だけど、『幸せでない』という点で、私と彼は仲間だと思った。
ある日彼が姉さんと一緒に、楽しそうに話をしているのを見た。
裏切られたと思った。
だって、姉さんと話す彼の目には、
………あんな目をしてたクセに幸せを感じられる彼に、あんな目をしてた子に幸せを与えられる姉さんに、私は心底嫉妬した。
芽生えかけていたキャマラダリが反転して、私はほんの少し彼のことが嫌いになった。
「桜、お疲れ様。いつもごめんな。」
兄さんはそう言って、自分と蟲の体液で濡れた私の頭をタオルで拭く。
火照った体とは対照的に、凍えた心に染みる人の暖かさ。
深く沈んだ暗い心に明かりを灯す家族の微笑み。
些細なことだけど、これらは酷く幸せだ。
私のせいで兄さんも苦しんでいることは心苦しい。
だけど、この幸せを手放すことは出来ない。
『苦しい』なんて言うのは自己弁護のための建前で、本当の私は、私のために兄さんが苦しんでいることを嬉しく思っている。
あの日、兄さんが地下の蟲蔵を見つけてしまったことがきっかけで兄さんは私の味方になった。
きっと
でも私は、兄さんがあの日私を見つけたことを喜ばしく思っている。
本当に不出来な妹だ
兄さんが私の『苦しみ』をほんの少しだけ理解してくれて、優しくしてくれて、一緒に苦しんでくれる。
この『幸せ』のプロセスに、並月くんが関わっていた。
私を裏切った彼が、まだ私に関わる行動をしている現在が、その行動によって私が幸せを感じてしまった事実が、結局私も彼と同類になってしまったことが、酷く気に障った。
………私に『幸せ』を分け与えたくれた彼が傷つくのが、傷つけるのが急に怖くなった。
だからこそ私は、約2年に及ぶ沈黙を破って、自ら彼に声をかけた。
「おかわり欲しかったら言えよ。」
机の上に二つのお茶を置いた彼は、そう言って私の前に腰掛ける。
並月くんの家は、一周回って違和感を感じるほどに綺麗で、どこか生活感がなかった。
「んでマトウ、俺と何が話したくて家にまで来たんだ?」
「並月くんに、お願いしたいことがあったんです。」
「ふむ、どんなお願い?」
「私にもう構わないでください。」
「……なんで?」
「あなたの行動全てが気持ち悪いからです。」
「……辛辣だな。無視されてもしつこく話しかけたりとか、自覚してる部分はあるけれども、それを踏まえても『全て』は言いすぎじゃない?具体的に俺のどんな行動がそんなに不快なんだ?」
「学校で私に話しかけてきたり、兄さん…間桐慎二と関わりを持ったりしてることです。」
「ふむ……酷く独善的で醜いまでに偽善的なことを言わせてもらえば、マトウが言ったそれらの俺の行動は全部、『マトウのため』と思っての行動なんだが、ありがた迷惑になっちゃってたか?」
「いや、あなたの行動は『私のため』にはなっています。話しかけられたのが別に嫌だったワケではありませんし、並月くんのおかげで兄さんとこれまで以上に仲良くなれたことには本当に感謝してます。」
「今のところマトウが俺の行動を嫌う要素が見えないんだが………もし『お返しを要求されるのが怖い』とか考えてるならそんな考えは直ぐに消し去ってくれよ。今俺は一生懸命『偽善者』を気取ってるんだ。謝礼なんて受け取ったら『偽善者失格』だからな、返礼なんてする必要ないぞ。」
「別に『お返し』が嫌だったというワケではないですが……なるほど、確かに並月くんが私のために行動して、私がそれに謝意を感じている以上お返しはするべきですね。」
「いやだから返報はいらないんだって。というか返礼が嫌じゃないんだったら、マトウは俺の行動の何を不愉快に感じているんだ?」
「………『私に対する』という条件に絞れば、今の所並月くんの行動に、わざわざ非難するほどの嫌悪感は感じていません。ただ、並月くん、あなたはいつか絶対に私を裏切る。」
「………裏切るってのは具体的には?」
「………私に対する偽善的な行為をやめたり、今までの態度から反転して、悪意のある行動をするかもしれない。何にしても、あなたはきっと私を傷つける。私はそれが怖いから、あなたとの関わりを断ちたいんです。」
遠坂凛を知っている貴方が、いつまでも私と関わり続けるとは思えない。
きっと貴方は、いつか私から離れていく。
そして……私はそれがいいと思う。
そうしたら、貴方が私に傷つけられることはないのだから。
「………なぁ、別に傷つけられたっていいんじゃないのか?」
「はい?」
「『傷つけられるのが怖い』なんて一々言ってたら、誰とも仲良くなれないだろ。失礼なこと言うけどさ、そんなだからいつも学校で一人なんじゃないか?」
「………」
言葉がでなかった。
『傷つけられたことがないからそんな残酷なことが言えるんだ』と文句を言いたかった。
彼ガ傷ツケラレタコトノナイ幸セナ人ダトハ、思エナカッタ
『あんな空虚な目をしているんだ、気づいていないのかもしれないが、学校での貴方も私と同じで孤独だろう』と教えたかった。
ソンナ残虐ナ言葉ヲ言エルわけガナカッタ。
結局私は彼の言葉に何も返せなかった。
「まぁ別にただ傷つけられろって言うわけじゃない。俺がお前を傷つける代わりに、マトウも俺を傷つけていい。」
………そんなことを言わないで、我慢ができなくなる。
「お前みたいな自分を不幸だと思い込んでいる人種は、無知で幸せな大衆に八つ当たりしたくて仕方ないはずだ。どうだ?そんな大衆の一人が、お前に傷つけられてもいいって言ってんだぜ?もう我慢する必要なんてない。好きにしろよ。」
彼は無抵抗を示すように両手を挙げる。
それを見た私の体が勝手に動いて彼を押し倒す。
『こんなことしたくない、してはいけない』という理性を無視して掌が開いて、彼の首に指をかけ………思いっきり握りしめた。
「ッ」
並月くんの顔が苦しみに歪む、酸素を求めて喘ぐ。
自分デモ気付カナイ内ニ口元ガ弧ヲ描ク。
同意の上だとかそんなのは関係ない。
………私に関わったら、絶対にいつか傷つけるって分かってたから、それが嫌だったから突き放そうとしたのに…
兄さんを手放すことはもうできないから、これ以上はダメだと思ったのに…
いや、まだ大丈夫。
例え事前に分かっていても、それだけで耐えられるほど『苦痛』というものは優しくない。
同意を示した彼でも泣いてしまうほどに痛めつければ、私から離れてくれるはず。
そうすれば彼が私を傷つけることも、私に傷つけられることもなくなる。
だから……これは仕方ない。
私は、彼の首を絞めている腕にさらに力を込めた。
「あなたの行動全てが気持ち悪いからです。」
だよな。
俺も自分のことだけど心底気持ち悪いと思う。
苦しみの上辺にだけ対処して、根本を、見透かせない所は放置して見捨ててるクセに、『いいことをした』なんて満足そうな顔をする。
俺はそんな偽善者がこの世で一番嫌いだ。
そしてここ最近の俺のマトウへの行動は偽善者の模範解答とも言えるだろう。
偽善者ぶるなんてらしくないことをしたせいでかなりストレスが溜まっているが、『秘策』が成功したおかげでそんなストレスはぶっ飛んだ。
心の殻を割ることができないなら、自分から出てきてもらう。
マトウに対して裏切ることが明確な偽善者を演じて接すれば怒って干渉してくるだろうと踏んで、しつこく声をかける+慎二先輩を都合良く扇動する等の俺の努力が遂に身を結び、マトウが俺に声をかけてきた。
正直俺は『間桐桜』を救うつもりはない。
学校にいる間の、過去の自分と重ねてしまった『マトウ』を救えればそれでいいのだ。
だから、臓硯に対しては何のアプローチもしない(できない)し、マトウに友達が出来て笑えるようになれば、これまで神父や慎二先輩に建前として言ってきた『俺がマトウと友達になる』というのを達成する必要もない。
マトウが学校で笑えるようにする時にネックなのが、『間桐の家でのストレス』と『一般人達への嫉妬等の悪感情』だ。
前者は解決とまではいかないが、慎二先輩のおかげで原作よりかは幾分マシになっただろう。
後者に関しては、それらの悪感情を受け止められる存在がいればいい、つまり俺がその役を担えばいいのだ。
痛いことや苦しいことは好きではないが、前世で慣れきってしまったせいであまり拒否感はない。
今の俺がほんの少し傷つくだけで、
「好きにしろよ。」
俺の言葉を聞いたマトウはしばらく固まっていたが、少しするとフラフラと立ち上がり、座っていた俺を押し倒し、首に指をかけてくる。
「ッ!」
息苦しさで頭の中が熱くなる。
それに対して、心の中は冷えていく。
きっと、目の前のマトウの悪意や敵意を感じた体が恐怖しているのだろう。
故に俺の
マトウに抵抗したら俺の目的が達成できないし、なにより俺の首を絞めるマトウの笑顔が、本当に綺麗だったから。
『昔の俺』を救うのとは別に、こんな綺麗な人間を救えるのならば、傷つくのもいいかもしれない。
そんな、俺には似つかわしくないようなロマンチシズムに浸っていると、マトウの腕の力がさらに増す。
息がさらに苦しくなって、本能が感じる恐怖がさらに膨張………することはなかった。
目の前のマトウの顔は、口に弧を描いたまま目に涙を溜めていた。
マトウから俺に流れていた冷たい害意はそのままに、俺がこれまでの人生で感じたことのない、ぬるま湯い暖かさも入ってくる。
その暖かさは、変に心地よくて、気持ち悪くて、危険な依存性があった。
「どうして笑ってるんですか?」
はい?
笑ってる?
首を絞められてるのに?
いくらマトウが綺麗だと言っても、いくらこの正体不明の「暖かさ」が安楽をもたらしているとは言っても、窒息しているのに笑っているなんて、普通に考えてありえない。
………でももし、マトウが流れてくる「暖かさ」が「■」なのならば、俺が求めていたかったモノなのならば、苦しさよりも幸せが勝るのも仕方ない。
きっと俺は「■」に対しては重度の不感症だ。
なんせ、学校にいる時は何も感じないし、凛姉とご飯を食べていたって、自分からはともかく凛姉からの「■」を感じたことがない。
自惚れでなければ、一緒にご飯を食べようと言ってくれた彼女が、俺に何の「■情」も持っていないとは考えにくいのに……
不感症な俺でも分かる、疼痛を伴う■を伝えてくれる人が目の前の少女以外にいるのだろうか。
「■」かもしれないのこの暖かさを知ってしまった後に、それを手放す?
そんなのムリだ。
現状俺に「■」を教えてくれるかもしれない唯一の存在から離れる?
そんなことは受け入れられない。
だから…
俺は、首を絞めるマトウの手を解く。
あの神父に鍛えられているのだ、素人の絞め技を外せないワケがない。
これまではマトウに抵抗する理由がなかったから外さなかっただけ。
喋る必要が出来た今、発声に邪魔な手を解く。
マトウの手が離れた瞬間、暖かさも忽然と消え去る、それに寂しさと喪失感を抱きながら口を開いた。
「マトウ、俺とトモダチになってくれないか?」
もちろん、直ぐに「Yes」は返って来なかった。
罪悪感からなのか、マトウは謝りながら「友達になんてなれない。」と言ってきたが、そんなことは許さない。
俺はどうにかマトウを説得して、マトウと出会ってから2年目、遂にトモダチになった。
俺とマトウのトモダチとしての条件は二つ。
『互いに互いを傷つけていい。』
『相手への友■を忘れないこと。』
たった二つだけの、だけど大事なこの二つが、俺とマトウを繋ぐために必要なモノだった。
並月くんの首に残った索状痕…あれは彼と私を繋ぐ縁、験、首輪
唯一私が好きにできる存在である彼に…
姉、蟲、群衆…それらへの悪意をぶつけられる彼に…
偶々出会ってしまった、『間桐桜』の被害者である彼に…
私は縋って
俺の首の索痕はマトウの『自■』の証、あの日のマトウの涙は俺への『慈■』のmaybe
俺はきっと『■』の喪失に耐えられない、そして俺に『■』を感じされることのできる人物がマトウしかいない以上、マトウの失踪は俺を壊す。
そうなるとマトウと主人公の出会いは俺にとって致命的だ。
『ヒーロー』と出会った彼女は、きっと俺から離れるだろうから。
まぁでも、それは仕方がない。
唯一『■』を与えてくれた存在の幸せを願えないほど俺は偽悪者じゃない。
だから俺は、彼女が俺を捨ててでも幸せになることを希う、それまでは俺は彼女からの『■』を感じていたい。
………それはそれとして、俺はマトウが『衛宮士郎』を知った後も、トモダチで居続けてくれることを望んでもいいのだろうか。
小2にこんな会話させてる自分…
キモ…(正気)