俺張角、剣と魔法の世界に転生する   作:さいよわ

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張角立つ

鈍色の雲が空を覆い、雷鳴が遠くで鳴り響いていた。

 戦場は血と煙にまみれ、民草の悲鳴と兵の怒号が入り交じる。

 その中心に立つのは、黄巾を巻いた道士――張角であった。

 

 彼は己が信じる「太平の世」を夢見て、数万の信徒を率いて蜂起した。だが、現実は非情である。

 官軍の波に押し潰され、仲間は倒れ、夢は潰えようとしていた。

 張角自身の体も、剣に裂かれ、血が大地を赤く染めていた。

 

「……蒼天、すでに死す……黄天、まさに立つべし……」

 

 掠れた声で呟きながら、彼は空を仰いだ。

 しかしその瞳に映るのは勝利ではなく、敗北の影。

 己の理想が、結局は官軍の刃に散らされるという無力な現実だった。

 

 視界が闇に沈むその瞬間、不思議な声が彼の耳に届いた。

 

『――汝の志、未だ尽きず。ならば、新たなる天地にて試してみよ』

 

 それが幻聴か神託か、張角には分からなかった。

 ただ、次の瞬間には意識を手放していた。

 

 

 目を開けると、そこは戦場ではなかった。

 澄み切った青空が広がり、風は清らかで、森のざわめきが耳を打つ。

 張角は荒い呼吸を整え、身を起こした。己の体は傷一つなく、若々しい。

 

「……ここは、どこだ」

 

 呟く彼の腕には、見覚えのない古びた書物が抱かれていた。

 黄巾はそのまま頭に巻かれていたが、衣は異国風で、手触りは粗い布。

 書物を開くと、そこには不可思議な文字列がびっしりと刻まれていた。

 

 不思議なことに、その言葉の意味は自然と頭に流れ込んでくる。

 火を操る術、水を呼ぶ呪文、雷を降らせる詠唱。

 さらに「聖光」と呼ばれる癒やしの術までも。

 

 張角は思わず手を掲げた。

 

「来たれ、天の力よ」

 

 すると掌に光が宿り、柔らかな輝きが辺りを照らした。

 まるで太平道の奇跡を凝縮したかのような力。

 彼は愕然とし、次いで歓喜を覚えた。

 

「……これが、この世界の“道”か!」

 

 

 その時、森の奥から咆哮が響いた。

 鋭い牙を持つ狼が五匹、音もなく忍び寄ってくる。

 黄色い瞳が彼を獲物として捉え、牙を剥いた。

 

 張角は笑みを浮かべた。

 

「かつて官軍の大軍に挑んだ我が、獣ごときに怯えるものか」

 

 彼は詠唱を紡ぎ、掌を突き出す。

 

「――雷よ!」

 

 轟音と共に、青白い稲妻が走った。

 狼の群れは一瞬で薙ぎ払われ、黒焦げの臭いが漂う。

 残った一匹は恐怖に震え、尻尾を巻いて森へと逃げ去った。

 

 張角は勝利を確信し、空を仰いだ。

 その胸には、新たな炎が宿っていた。

 

「この世界ならば……我が“黄天”を立てられるやもしれぬ」

 

 かつて潰えた理想――民が飢えず、争いもなく、皆が安らぎを得られる太平の世。

 それを築くために、今度こそ天命は自分に味方したのだ。

 

「蒼天すでに死す。黄天ここにあり!」

 

 張角は再び歩き出す。

 異世界に転生した大賢良師の物語が、今まさに幕を開けた。

 

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