リグナルドはフリーの世界シミュレータだ。
実装されている全ての処理を実行するには複数台のパソコンが必要で、プレイヤー以外の全NPCはAIにより勝手気ままに行動する。
リアリティ重視を謳っているせいでゲームとしては煩雑で、古くさいグラフィックだったこともあり当初は誰からも見向きもされなかった。
だが、あまりにも高すぎる自由度に惹かれた変人達がキャラクタの見た目を改善するMODを公開し、改善され続けたことで大ブレイクした。
そして人が集まるとキャラクタ以外のグラフィックも改善されていき、今では業界随一の美しさを誇るまでになった。
今でも毎週のように新作衣装が投稿され続けており、SS勢と紳士達から絶大な支持を集めている。
このゲームの最大の特徴はプレイ内容が事細かに記録される所だ。会話内容から天候まで世界の全てが記録される。
記録されたデータはAIの学習データとして使用され、プレイキャラクターをNPC化したときには行動指針とし使用される。
困っている人を助けたら思いがけないところで恩返しされたり、何気ない選択が恨まれる原因になったりする。
ここにはゲームとは思えない世界があり、自分自身の言動が世界に影響を与えていく楽しみが味わえるんだ。
私はそんなゲームに嵌まり数年かけて理想のキャラクター達と共に国を興した。
衣装MODの豊富さから主要キャラは女性が多めになってしまったが非常に満足できるものになった。
国家運営が安定した今でもたまに起動して各地を視察して回るぐらいには気に入っている。
自国の子供達が大声を上げながら遊んでいるのを見ると例えAIであっても良い仕事をしたと思えてくるんだ。
だから超常存在に『どんな設定で行く?』と聞かれたときに『リグナルドの設定で』と即答した。
『とある世界に行って異世界からの侵略者を何とかして欲しい』とか言われて、自分一人の力で何とか出来るとは思えなかったからな。
それに知らない場所で独りぼっちなんて考えるだけでも胃に悪い。精魂込めて育て上げたNPC達が一緒なら何とでもなると考えたんだよ。
で、現地に送り込まれてから気がついた。
自分のキャラクターが女性だったことに。
こんなんだったら銀河系を舞台にした4Xストラテジーゲームの設定でくれば良かったと後悔したよ。
ゲーム終盤の星間文明なら何でもできるだろうに。
誤算だったのは他にもある。
この世界に一緒に連れてこられたのは自分で作成したキャラクターだけだったし、ウィンドウ表示が必要なコマンドは何一つ実行できなかったのだ。
インベントリもステータスもオプションも全体マップも何一つ開くことが出来ない。
『ステータスオープン』って言ってみたかったのにな。
まあ悪い事を考えても気が滅入るだけだ。
たとえ十一名だけでも時間と金を注ぎ込んで育成した部下がいるだけマシだと考えよう。
拠点立ち上げ時ならこれだけいれば十分だし、幸い身につけている物はそのまま持ち込むことが出来ている。
それに使い勝手は異なるもののMODで追加したミニマップ機能は何故か実装されているようだ。
マップ画面が開けないのにミニマップだけあるのはチグハグさを感じないでも無いが超常存在へ感謝を捧げたいと思う。
◇
周囲を見渡すと果てしなく広がる草原。
遠くには山や森が見え、人工物は見当たらない。
雲一つ無い空、暖かな日差し、澄んだ空気、そして呆けたりパニックを起こしている私の部下達。
私はこのような状況に陥った原因を知っているが、知らないと焦るよな。わかるよ。
異常事態にアタフタする様を眺めるのも一興だが時間が勿体ないので声を掛け落ち着かせる。
「落ち着け。そして私の言葉を聞け」
注目されるのを確認してから言葉を続ける。
「見たところ皆無事のようだ。大変素晴らしい。
健康な体と健全な精神。とても大事なものだ」
手を胸に当てゆっくりと話しかける。
「だが他に何も無い。食料も水も。国民も城も。
見知らぬ場所に理解不能な状況。
混乱し狼狽し困惑する。あたりまえだ」
部下達の行動を肯定し、自分もそうだと語りかける。
「着の身着のまま。
唯一良いことがあるとすれば信頼する、頼りになる部下がいること。
中々に楽しめそうな状況だな?」
ニヤリと笑いかけると部下達の緊張が緩むのを感じる。
「ここが何処なのかは分からないが私達の知る場所では無い。
端的に言うとここは別の世界だ。
何故分かるのか? それは落ち着いてから話そう。
今は優先しないといけないことがあるからな」
部下達を見回して目で問いかける。
「そうだ。
水と食料が必要だ。
今の私達は『何も無い』からな」
ジェスチャーでヤレヤレ感を出す。
「だが私にはお前達がいる。優秀で有能なお前達が。
だから何も心配していないし何の不安も感じていない。
私達は国を造った。また一からやればいいだけだ」
私の言葉が受け取られたことを確認し『成すべき事をなせ』と命じると皆が一斉に敬礼を返してくる。
此方を見る部下の目に迷いは無いようだし、後はイイ感じで動いてくれるだろう。
水と食料は任せたので私は周囲を探索をしようと思う。
さっさと現地民を見つけてこの世界のことを知らないと何の準備もできない。
生憎と超常存在からは依頼概要以外、何も聞き出せていないからな。
あの時は変な奴に急に声を掛けられて受け答えするだけで精一杯だったからだ。
今、自分の部下達が同じように慌てている姿を見て、とても安心しているよ。
◇
私は相手の弱点をつく戦い方をするため出来ることが非常に多い。いわゆる器用貧乏キャラクターだ。
専門家には敵わないが戦闘から生活まで幅広く手を出しており、ゲーマーの常としてカンスト出来るところは全て上限まで育成済みだ。
そのせいで所持している能力を把握し直すのに時間がかかっている。
一通り確認し終えて周囲を見ると部下達は水や食料を探しにいった後だった。
私も探索に向かおうとすると残っている部下に理由を聞かれ止められた。『王自ら動くことは無い。私達に任せてくれ』と。
だが未開地域の探索なんて最初しかできないことだ。こんな面白そうなイベントを逃すことなんてできない。
それにウチの子達は好戦的だから現地民とのファーストコンタクトは私がやりたいんだ。
そんなことを思いながら『自分の目で確認したい』ことをコンコンと説明すると折れてくれた。凄く嫌な顔をされたが。
時々立ち止まってミニマップを確認しながら人の痕跡を探していると半日ほどして人の集団を見つけた。
護衛として一緒についてきているエルフのモーエレンに偵察を命じると『仰せのままに』と一礼して影の中に沈んでいく。
丈長の深いスリットが入ったタイトスカートの軍服を着たプラチナブロンドのエルフ。
作成した私がいうのもなんだがウチの陣営は悪役っぽい見た目のキャラクターが多いんだよな。
今度鞭を持たせて片眼鏡を掛けさせてみようと思っている。
モーエレンが偵察に行ったのを確認してからもう一人連れてきた男に周囲の警戒を命じる。
男の名前はオズボーン・オコナー。オレンジブラウンの髪はロクに手入れされていないためボサボサだ。
紺色のローブを着た背が高い彼は私の外部記憶装置を担当して貰っているNPCだ。そのため一緒に行動することが多い。
頷く彼を確認してから私はミニマップで状況を探る。どうやら集中すればするほど得られる情報が増えるようだ。
自分なりに状況を確認し終えて集中を解くとオコナーが何か言いたそうな目で此方を見ていた。
『後でな』と答えたところでモーエレンが出かけたときと同じように影の中から出てくる。知らない男と共に。
影でできた縄で縛られ目の前に放り出された男はグッタリとしている。丈の短いチェニックに革鎧。薄汚れていて不衛生な臭い。
人攫いに目で問いかけると『情報源です』と得意げな顔で返してくる。
私は自分のことを効率厨的な傾向があると自覚しているし王だから非人道的なことだってしてきた。
でも、いきなり人を攫ってくるのはどうなんだろうな。私は偵察を頼んだはずなんだけど。
「この先の廃村に巣くう集団は野盗のたぐいです。
私達と違い、ああいう輩は見張りが一人ぐらいいなくなっても問題にしません」
それは指揮官次第なんじゃないか?
まあ彼女がこういった行動を取るのは私の育て方のせいだし、本人も気が利くでしょと言わんばかりの顔をしているので否定しづらい。
私の国では公序良俗を乱す集団は見つけ次第潰していたから、この先にいる野盗らしき集団も同じように武力制圧するつもりなのだろう。
この世界の法律、中でも自力救済が許される範囲がどこまでか判明するまでは穏便にいきたかったが。
今更元に戻してこいとも言えないし。まずは情報収集だな。
「言葉はどうだった?」
「聞いたことのない言語を使用しておりました」
残念。不可思議な力で何とかして欲しかった。
「なぜ野盗だと判断した」
「武具が統一されて無く扱いが雑です。
不衛生で規律も無いゴロツキども。碌でなしの略奪者。
生きていても死んでいても……」
「いい、わかった」
この子、無法者に対して殺意高すぎなんだよな。私のせいなんだろうが。
「ゴロツキども以外は?」
「男共を世話する女子供が十名ほど。
監禁されているものが五名」
「監禁?
何者だ?」
「雰囲気からしてドワーフかと。
激しい戦いの末、囚われたように見受けられます。
辛うじて生きているような状態でした」
何故こんな何も無いところでドワーフを監禁しているのだろう。何があった? 何の為に?
情報が少なくて推測もできないが、ドワーフを助け出すことは武力制圧する理由に使えるか。
「制圧できそうか?」
「何の問題もなく。
命じていただけるのならば直ぐにでも制圧して参りましょう」
手を上げて労いの言葉をかけると満足そうに微笑んでくる。
こうやって微笑んでいる顔だけ見ると虫も殺さないように見えるんだけどな。
◇
この世界のことを何も知らないままでは何をするにしても加減がわからない。
異世界からの侵略者とやらが既に活動しているのか、それとも此方が準備を整える余裕があるのか。
私達という異物を呼び込むぐらいだから余裕は無いと考える方がいいか。
気が進まないが捕まえた彼からこの世界のことを教えて貰おうか。
「オコナー、ブレインリーディングを」
「仰せのままに」
オコナーに命じたブレインリーディングは対象が記憶している知識を術者に与える。
とても強力な魔術だがその分副作用も強力だ。オコナーは副作用を無効化できる能力を持たせているが対象の男は廃人になるだろうな。
オコナーを見ると男の上半身を支え頭に手を当てていた。ゲームと同じだ。ただ男のほうはあまり表現したくないよう有様だが。
作業を終えたオコナーが男から手を離す。廃人となり砂袋のように横たわる姿を見て心の中で謝罪する。
傍らに置いてあった杖を手に取りながら立ち上がりローブに付いた土埃を手で払うと私を見て軽く頭を下げる。
「王よ、終わりました」
「ご苦労。
この世界のことはわかったか?」
「滞りなく。
ただ検体が平民でしたので不明なことが多いですが」
「よい、何も無いよりマシだ。
手に入れた知識は私に転送してくれ」
私の命令にオコナーが頷くと、そのタイミングを見計らったようにモーエレンが男を指さして話しかけてくる。
「ソレを頂いてもよろしいでしょうか」
「何に使う?」
「妹から蟲のエサが欲しいと」
「首は廃村にあるだろう共同墓地に埋葬してやれ。
体は好きにすればいい」
哀れな犠牲者が影の中に沈んでいくのを見ているとオコナーが近づいてきたので、相対し知識を受け入れる準備を整える。
オコナーが手を掲げると犠牲者の記憶が流れ込んできて自分の記憶が混ざり込む。思考が纏まらなくなり危うく正気を失いかける。
モーエレンが心配して駆け寄るのを手で制し、リーダーとしての義務と責任を思いだし、それらで自分自身を縛り何とか自我を持ち直す。
ゲーム内では知識習得のため気軽に使用していたが、これからは気軽に使うのは控えよう。
だが得るものは多かった。これでこの世界を少しだが知ることができた。
土地の支配者や生息する魔物のこと、野盗がどういう扱いをされるのか等を知れた。
この男が育った国の文化や親から聞いた昔話、技術水準や魔法の普及度合い、神と宗教について学ぶことができた。
手に入れた情報から廃墟の連中は野盗で確定した。情報源の彼から見ると頭領は恐ろしい男のようだが私達なら問題なく対処できる。
問題は囚われているドワーフ達だ。彼らは見たことも無い魔物に故郷を滅ぼされたらしく、運良く逃げ延びた所を野盗に捕まったらしい。
いきなり当たりを引いたのかそれとも違うのか現状ではわからないが、それを確かめるためにもドワーフ達に話を聞かねばならない。
ただ私達は無法者の集団では無いから何か理由が欲しいな。
目の前に欲しい物があるから奪いましたでは体面が悪い。
ドワーフ達と渡りをつけたいから助けた、というのは後々説明が大変になりそうだ。
悪い奴らがいるから成敗したというのもガラじゃ無い。
ここは野盗共の頭領を捕まえに来た賞金稼ぎという体でいくか。
方針は決まった。
自分の実力を確認したい所だったし、色々試させてもらうことにしようか。