だいぶ周辺地域のことが判明してきた。
現在仮拠点を構えているハンマーヒルはバザ大公国の北西に位置している。
大公国は東にタユルト国、北にヤレレリアン王国とエシュタン王国、西はトゥルク公国の四カ国と隣接し南側は魔物達の山岳地帯だ。
国土のほとんどが山岳地帯で鉱物資源は豊富だが、国土全体が冷涼なこともあり食糧自給率は低い。
タユルト国とヤレレリアン王国は人間の国で大公国とは領土問題を抱えている。
エシュタン王国はエルフの国でトゥルク公国はドワーフの国、その両国ともその奥にあるラウグ王国の従属国だ。
そのラウグ王国と大公国は歴史的経緯から同盟関係を維持している。
複雑なのは大公国は宗主国のラウグ王国と同盟関係なのに、従属国のトゥルク公国とエシュタン王国と仲が良くないんだ。
古今東西隣国と仲が良いことなんて滅多にないので、そんなものかもしれないが。
トゥルク公国は伝統を大事にしているため人間文化を取り入れて発展した大公国を見下している。
エシュタン王国は信仰神も生活スタイルも違うエルフとドワーフという種族対立から、いがみ合っている。
つまりエシュタン王国とトゥルク公国の二国とは、宗主国が同盟を結んでいるため国としては友好的な行動をとるが国民レベルでは嫌い合っている。
反対にタユルト国とヤレレリアン王国とは領土問題でやり合う仲だが、文化的には近いため国民レベルでは仲良くやっている。
ここに歴史や民族、宗教の問題も絡んでくるから、ゲームと違いこの世界で八方美人的な外交は難しそうに思える。
考えないといけないのは、この場所で私達をどうやって周囲に認めさせるかだ。
今のところ私達はポッと出の新人で何の実績も無い勢力なのだ。
調べた感じ、どんな相手であっても対抗できそうだが、私達は侵略者を防ぎに来たのであって私自身が侵略者になるつもりはない。
ゲームでは大陸の西側が未開の地で土地を選びたい放題だったが、この世界では空いている土地が寒冷で魔物が闊歩する山岳地帯だけ。
人手や物資は周辺国からかき集め、立ち上げは何とかなるとしても人口が増えてきたら食糧の自給で苦労するだろう。
いっそのことバザ大公国を乗っ取るという手段もあるが心情的にしたくない。
ただでさえウチの子達はダークサイド側の能力持ちが多いから、行動までそうなりたくないんだよ。
「キュネルより報告書が届きました」
「まずは要点を教えてくれ」
オコナーが書類の束を持って入ってきたので、まずは口頭で報告してもらう。
「バザ大公国の主要人物リストが出来上がりました」
「民間もか?」
「民間もです」
書類の束はそのせいか。
作るのは大変だったろうが読むのも大変そうだ。
「この国ならクーデターと革命のどちらでも実行……」
「どっちもしない。
アイツは外交しにいったんだよな?」
「タユルト国とヤレレリアン王国の両国とも例の変異種のせいで外に目を向ける余裕がありません。
それはバザ大公国も同様で都合良く国内が荒れております。今ならラウグ王国の対応させ間違えなければ……」
「傀儡政権を樹立させて裏から操ると?
確かに可能だろうが大義が無いだろう」
「いくらでも作り出せます。例えば……」
「それにドワーフは機川の親戚みたいな奴らだぞ?
そんな奴らを国民にしてみろ、私達の知識と技術を貪欲に吸収し、その結果世界中の国々に狙われることになる。
人は自分に無いものを欲しがり手に入らないと強奪することを考えるからな」
オコナーは『返り討ちにすればいい』みたいな顔をしているが勘弁して欲しい。
私は世界征服をしにきたんじゃなく侵略者を撃退しに来たんだ。
「それにもう一つ。
この世界には神がいて私達の言動を見ていることを忘れるな」
好き勝手やり過ぎた結果、苦情が来るのは責任者である私の所だ。
ゲーム内ならともかくリアルで神前に呼び出され詰問されるのは想像するだけでも嫌すぎるイベントだ。
「お前達の考えていることはわかる。
弱者の機嫌を取ることに嫌気がさし、停滞した現状にもどかしい思いをしているのだろう?
私達には今起きている諸問題をまとめて解決する力があるからな」
オコナーは『ならば』と期待した目で見つめてくる。
「まだその時では無い。
今は友人を増やし、場を整えることを優先せよ。
この世界に信頼できる身内は私を含めてたった12名しかいないのだぞ?」
◇
財宝の山にドラゴンが寝そべっている。
形も絵柄もバラバラな金貨や様々な装飾品類が日の光に照らされて煌めいている。
鱗に覆われた財宝の主は目を閉じ、数々の財宝に浸かるようにして体を横たえている。
ドラゴンの元へキュネルがカツカツと大きな足音を立てながら近づいていく。
口元にはいつものように笑みをたたえ、自身の身長より大きな頭部の前まで進むと身振りを交えて挨拶をする。
「ベルニクス様。キュネルがまた来ましたよ」
ドラゴンはまぶたを開き龍族特有の眼でキュネルを気だるげに見つめる。
「魔の者よ。今日は何の用だ」
「この前は大した物を持ってこられませんでしたからね。
今日は良い物を持ってきました」
キュネルが手をかざすと空気が震え、そこに金のドラゴン像が現れる。
岩山にそびえ立ち空に向かって吠える躍動感に満ちたドラゴン像。
細部まで手を抜かずに造られた、今にも動き出しそうな逸品だ。
「見て下さい。あなた様の像です。
漆箔なのは気に入らないかも知れませんが全て金で作ると私じゃ運べませんからね」
ドラゴン像はキュネルと同じ大きさなのだが本物からすると非常に小さく見える。
ベルニクスは興味なさそうに横目に見ているが、尻尾の先は機嫌良さそうに動かしている。
「私の像だと?
角と翼が少し大きすぎるように思えるが。嫌みか?」
「とんでもない。これは芸術品なのですよ?
芸術とは実物を忠実に再現するものではありません。
感じたものを表現してこそ芸術というものです」
尻尾の先は先ほどより激しく動き始める。
「絶えず側に置いてもらっても大丈夫なように不壊の魔法をかけてあります。
ぜひとも受け取って頂きたいのですがどうでしょうか?」
「確かに強い力を感じるな。
良し、置いていけ」
ベルニクスは尻尾の先で器用に像を絡め取り自分の側に持って行く。
キュネルはそれを見て大げさに礼をする。
「返礼は何が良い?」
「では、友好の証を頂きたく。
私達は東の端にネグラを作ろうと思っているのですがね。
貴方様の友人なら無用のトラブルを避けられると思うんですよ」
◇
豪華な応接間に女が三人、男が一人いる。
壁に掛けられた風景画、座り心地のよいソファ、毛足の長いカーペット。
素人目にも全てが高級品であることがわかる華美な調度品で設えられている。
二人掛けのソファには男を惑わす色香を漂わせる女性が座っている。
色白で艶やかな黒髪を高く結い上げ、背中が大きく開いた漆黒のドレスを着ている。
その女性の後ろには漆黒のスーツを着た美形の威丈夫が厳しい顔つきをして控えている。
対面するソファには狩人の服装をしたホルムと村娘風の服を着たエーリカが座っている。
ホルムは人好きのする笑顔を浮かべ女性を見ており、反対にエーリカはつまらなそうな顔をして足をブラブラさせている。
「それでお嬢さん方は、私達に何のご用なのかしら?」
女は艶やかな女性に相応しい淫靡な声でホルムに語りかける。
「アタシ達はアンタ達と敵対する気は無いんだ。
言葉に呪を乗せないでくれるかい」
ホルムは笑みを崩さずに、しかしウンザリした雰囲気を滲ませながら返す。
「アンタ達が自分たちの縄張りで何をしようが咎めるつもりは無い。
それが世間一般的に外道と誹られるようなことであってもね」
「それで?」
「アタシ達はアンタ達と仲良くしたいんだよ。
それが主の方針だからね」
「私達が行っている事業に一枚噛みたいと?」
「悪いけどアンタ達の事業に興味は無いんだ。
暴力を使って弱者から搾取することなんてさ」
「ヘル姉、ここ臭いから別の所いこ?」
エーリカの空気を読まない発言に部屋の中に空気が変わる。
「ねねさま(サイン王のこと)も『不浄な場所には嫌な物が集まる』って言ってたよ?
それにココは私が住んでた所を思い出すからイヤ」
「白子ごときが我々を愚弄するか。
タダではすまさんぞ!」
「死者がしゃべるな」
エーリカの静かな一言で男は何も言わずに崩れ落ちる。
艶やかな女は驚愕に目を見開いたまま硬直し、ホルムは半ば諦めたような顔をしつつエーリカに優しく話しかける。
「エーリカさ、後で美味しい物を食べような?
だからもう少し我慢してくれよ」
「だって かかさま の……」
「ねねさま に良い報告を届けたいだろ?」
エーリカは頬を膨らませ下を向く。
それを見たホルムは一度ため息をつくと艶やかな女に向き直る。
「騒がして悪かったね」
「な、何をしたの?」
「この子の母親に連れて行かれたのさ。
此処とは別の世界、『彼の国』と言われる所にね」
「母? 彼の国?
何の話をしているの?」
「この子の母親は神なんだよ。別の世界の神だけどね。
彼女は親バカで娘の敵、特に死者には容赦ないんだ」
「!?」
「だから吸血鬼、発言には注意しておくれよ。
かの女神は生者の世界で宜しくやってる死者が大嫌いだからね」
「か、彼はどうなったの?」
「知らないし知りたくも無いね」
吸血鬼の女はうつむき黙り込む。体が僅かに震えているようだ。
「話の続きをしようか。
アタシ達はアンタ達と友好的な関係を築きたいと思っている……」
ホルムが語りかけるも吸血鬼は上の空だ。
見かねたホルムが机を叩き吸血鬼の注目を自分に向けさせる。
「アンタはここのボスなんだ。シャキっとしな」
ホルムは優しい声色で吸血鬼を励まし続ける。
だんだんと落ち着きを取り戻した吸血鬼に穏やかに語りかける。
「アンタ達『黒蘭』は裏の世界に強い影響力を持ってる。
それは金と血と時間を掛けて築いたものでアタシ達に無いものだ」
ホルムは机に肘を乗せ手を組み合わせて吸血鬼を見つめる。
「それを譲れと言うつもりは無いんだよ。
ただ友人として力を借りたいんだ。
もちろんアンタ達が困っているときはアタシ達が力になる」
ホルムは吸血鬼に手を差し出す。
「一緒に楽しいことをしようじゃないか。
アタシらは手を組む相手として悪くない相手だと思うよ」
◇
タユルト王城の一室に男達が集まって話をしている。
壮年の男が簡素な王冠を手で弄びながら、目の前に控えている上質な服を着た男達に問いかける。
「化け物共はどうなっておる」
「国内の変異種は大方片付きました。今は群れからはぐれたものを掃討しております」
「パーセル騎士団長よ、予定よりだいぶ早いな。何があったのだ?」
「特別な魔道具のおかげです。おかげで随分と時間を節約できました」
「ウォードよ、それはどんな物なのだ?」
「変異種を検知するメダルと変異種の行動を阻害するスクロールですな」
「それは我らでも作ることができるのか?」
「メダルは複製できそうですがスクロールは無理ですな」
「宮廷魔術師のお前でも無理か」
「スクロールは神の力を利用しているように思えます。
ご命令とあらば調査を続けますが?」
王冠の男は暫く考え込み首を横に振る。
「それら魔道具の出所は?」
「わかりませぬ。バザから来たようですが」
「ドワーフが魔道具を?
魔法のかかった武具は作っておったが道具もつくるようになったのか?」
「これらの魔道具は元々冒険者共が使用していたのです。
無理を言って譲ってもらったゆえ出所を聞き出すのも難しく」
「ならず者どもめ。
炎神に焼かれてしまえ」
王冠の男は憎々しげに手印を切り呪詛を口にする。
「復興はどうなっておる」
「棄村させ街へ移住させていますが、まだ暫くはかかるかと」
「周辺国はどうだ」
「どの国も変異種に荒らされ我が国に目を向ける余裕は無さそうです」
「久しぶりに心温まる知らせだな」
男は王冠を被り姿勢を正し深呼吸をする。
そして手を横に振り宣言する。
「化け物共に報復せねばならぬ。
魔道具の製造元を探しだし協力させろ。
決して他国に押さえられてはならんぞ」