サイン王は特別だ。
一緒に飛ばされてきたNPCは身も心も超常存在の作り物だがサイン王だけは違う。
心には手を付けず、身体だけが超常存在の創造物なのだ。
彼の身体は人の魂が入っても違和感が感じられないように細心の注意が払われて創造された。
他のNPCは現地人をベースにキャラクタースペックを忠実に再現したためほぼ現地人だが、サイン王は超常存在が一から作り上げた別世界の生物だ。
だから魔術による治療とかを受け付けないし、薬や毒の作用が現地人とは大きく異なる。
これらは疾病などは廻神の奇跡によって治療できるが、現地人に効果があるポーション類は本来の効果を発揮することができない。
本人は元々カフェインが効きにくい体質だったこともあり『そんなこともあるか』と軽く考えているが人とは別生物だから効かないだけだ。
周囲には見た目は絶世の美女で身も心も人間と認識されているが、勘の鋭い者や超常存在からは何かが違うと違和感を抱かれやすい。
この世界にはサイン王の他にも仮面の男など異世界から呼び込まれた人間が何人かいるのだが、サイン王だけは特に注目されやすい。
何故なら彼だけが転移させた超常存在と廻神と呼ばれている超常存在の合作だからだ。
このような事情からサイン王は廻神のもたらす奇跡と非常に相性が良い。
周りからは廻神の寵愛を受けているからと勘違いされているが、実際には廻神が作った身体だから力の通りが良いのだ。
このことは廻神の契女であるベルナデッタにすら知らされておらず、彼女からは廻神から特に愛されているのだと思われている。
そんな特別製のサイン王だが、一般人からしたら人外の力を持つだけの人間としか見られていない。
それは食事も睡眠も必要で、世話をしてあげないと杜撰な生活をする人間だからだ。
女性なのに髪や身体の手入れをサボるし化粧の仕方も知らない。
衣服も軍服を着ていれば何処でも行けると考えているし、下着や髪留めなどの使い方が分からない。
それもこれも中身が男のせいなのだが、使用人からすると常識知らずの世話の焼ける主人なのだ。
そのため世話をしている女性達からサイン王は非常に人気がある。
政務をしているときの有能な姿と、私生活のダメな姿のギャップが女性の持つ本能を激しくくすぐるのだ。
サイン王は興味の無いことや不得意な分野では相手に全てを任せるために自分色に染められるという喜びもある。
そのせいで後々、何処の国の流行に合わせるのかで内紛が起きたりするのだが、まだ先の話だ。
「ボスのおかげで今日も飯が旨い。サイン王、万歳!」
リジョがジョッキを片手にガツガツと食事をかき込むように食べている。
「恥ずかしいから大声を出さないでよ」
チーズをつまみにワインを飲んでいるバリルンドがリジョに文句を言う。
「それより何で人に依存しなきゃ生きていけない奴がココにいるわけ?」
既に酔っ払っている機川が同じテーブルに座って行儀良く食事をしている美女に座った目を向ける。
黒蘭の創設者であり支配者の始祖アリーチェに無言で圧力をかけている。
「ボスから交流を理由に飲み代を貰ったからだよ。
今日は何でも、いくらでも、飲み食いしてもいいと言われたんだ。
そりゃあ受けるだろ!」
始祖は本来なら大衆居酒屋のような場所にいるべき存在ではない。
現に一般人はこの席に近寄らず、店員も泣きそうな顔をしながら料理や酒を持ってきている。
「私だってあの人(サイン王のこと)に言われなければ来なかったわ。
それよりもっと落ち着ける場所は無かったの?」
アリーチェは機川からの圧力など歯牙にもかけず涼しい顔をして食事を続けている。
「ちみっこい料理がちんたら出てくるような店なんかにいけるかよ。旨いもんを鱈腹喰うのがいいんじゃねえか」
「私はアリーチェの意見はもっともだと思うわ。たまには落ち着いて食事をしたいもの」
リジョが叫ぶもバリルンドに否定される。
「それより交流って何をするのよ。生物ですら無い奴とどんな話をすればいいの?」
「普通の人間は普段のちょっとした出来事の話をしたりして楽しむのよ。
ヤスリや金槌を握ってばかりいないで、たまには外に出て人と交わったら?」
機川は睨み付けるも手は出さない。
こんな所で暴れようものなら店に壊滅的な被害を出してしまうからだ。
そんな様子を見ながらリジョは酒を流し込むように飲み、バリルンドはアリーチェに賛同して頷いている。
「逆にトーコに聞きたいんだけどよ。何でそんなに嫌うんだ?」
「何でアンタ達は平気なの?」
「ボスが決めたことだからな。それに味方が多い方がいいんだろ?」
「こちらが決めたルールに従ってくれるなら文句は無いわ。
私にしたらそこらへんのゴロツキのほうがよほど不快な存在よ」
味方がいない機川は歯がみをしている。
「私の所に送られてきたのはその『ゴロツキ』という認識でいいの?」
「そうよ。
ルールを守ることがいかに大事なことかを教えてやって欲しいのだけど頼めるからしら?」
「構わないけど……保障はできないわよ?」
「理解しているわ。最低でも他のものへの教訓ぐらいにはなるでしょう?」
バリルンドの問いかけにアリーチェは微笑みで返す。
「ホルムからはこの世界で知りたいことがあればアンタに聞けって言われたんだけどよー」
「ええ、そうよ。何か知りたいことがあるの?」
「ああ、まずは酒だな!
この世界にはどんな酒が……」
「リーちゃん、そんな事は交易商にでも聞きなさいよ。
情報もタダじゃないの。後でアッシュに怒られるわよ」
「なんでだよ。酒と旨いもんは大事だろ?」
「この世界の文化レベルを見てわからないの?
魔物から生活を守るのに手一杯でビールやワインぐらいしかないわよ」
「ホントかよ。
もう、むせるようなキツイ酒は飲めねーのか?」
「リーちゃんがガバガバ飲めるほどの量は出回ってないでしょうね。
あっても貴族や王族が独占していると思うわ」
「ズリい。ちょっとボスに国を獲るようにお願いしてくるわ」
機川とリジョの掛け合いを見ていたアリーチェがバリルンドに問いかける。
「いつも、こうなの?」
「だいたいそうね」
「国を獲るとかいってるけど?」
「獲るだけなら何時でもできるけど統治するのは難しいわね。まだ法律が出来ていないもの」
「えっ?」
「冗談よ。
とにかく放っておいて構わないわ。いつも口だけで実際に行動に起こすことは、まず無いから」