相変わらず執務室で書類作業をしている。
自由に使える人が増えて仕事が捗るようになったが、代わりに決裁すべき書類も比例して増えていくからだ。
今はドワーフの街に間借りしている形で必要な施設を建てているのだが、部下が人を雇いまくるせいで引っ越しを余儀なくされつつある。
ドワーフ達はいつまでも居ても良いとは言ってくれているが、たぶん私の部下に脅されて言わされているのだと思う。
現に槌神ドヴェルグ神の信徒はいつまでたっても怯えたような目を向けてくるし。やはり素性不明の暴力集団とか怖いよな。
ただ新たな拠点を作るには土木系の魔法が得意なオコナーが必要となる。
そして、この私の目の前に積まれている書類作業を処理するのにも完全記憶持ちのオコナーがいないと困るんだ。
身体のスペックが高くなったせいか生前より格段に物覚えが良くなったが、完全記憶持ちのオコナーにはほど遠いからな。
コンピューターでもあれば話は違うんだが生憎と羊皮紙と機川謹製の万年筆ぐらいしかない。
せめて上質な紙があれば少しは違うんだが。
やはり文明が恋しい。
ゲームでは色々と補助ツールが揃っていたので文明レベルとか気にしたことは無かったが、リアルで生活すると不便さを実感する。
機川が得意の精錬魔術や造形魔術で必要なものを作ってくれてはいるが、量産できないため結局は趣味の範囲なんだよ。
派手にやって世界に影響を与えすぎるのは本意で無いから、今のままが良いのかもしれないけど。
「試算してみましたが王の予想した通りでした。
此処の施設では排泄物等の処理が限界を迎えます」
考え事をしているとオコナーが書類を持ってきて私に話しかけてくる。
書類をざっと見てみると、このまま街を成長させていくと一年ほどでクソ塗れになってしまう。
「移転するのを優先しないといけないようだな。
温かくなったら皆で一緒に向かうか?」
「それは……相談しないとなんとも」
拠点を建設する場所は既に決まっている。
道も無い山奥になるが軍を任せている鉄崎にお墨付きを貰ったから良い場所なのだろう。
拠点完成まで時間はかかるが、どっかの国を奪うよりはマシだと信じたい。
侵略者とやらの動向は気になるが相手もうまく隠れているからな。
本拠地が判明すれば全力で殲滅してしまえるんだが。
「ボス、ドラゴンが出たんだって?」
執務室の扉を勢いよく開けて入ってきたリジョが挨拶も無しに声を掛けてくる。
「元気そうで安心したぞ。
仕事は楽しめたか?」
「期待外れもいいところだったよ。
この世界の魔物は弱っちい奴ばっかりだ」
彼女には山岳地帯の魔物調査を命じていた。
どんな種類の魔物が生息しているのかとか、その文明レベルはどの程度なのかとをさ。
本当ならホルムが適任なのだが彼女は別件で忙しかったからな。
心配なのはリジョはちゃんと報告書を書いてくれるだろうか。
「それよりドラゴン……」
「交戦は許可しない。せっかく友好的な関係を築けているのだぞ?」
「わ、わかってるって。ただドラゴンってのは生物界の頂点だろ?
暇を持てあまして……」
「ドラゴンの住処が何処にあるのか分かっているのか?
今はお前を何週間も遊ばしておくほど暇では無いのだぞ?」
リジョは私にふて腐れた顔を向ける。
士気が下がっていい加減なことをされても困るから彼女向きの仕事を割り当てるか。
「巨人の変異種が見つかった。
一体で街を壊滅させるような強力な化け物だそうだ」
「!」
「詳しくはモーエレンに聞け。
あと報告書の提出は忘れるなよ」
◇
バザ大公国の広間に王と工房組合のドワーフが集まっている。
背の低い円卓に座り厳しい顔をしながら意見を戦わせている。
「もうよい、次の議題に移る。
取水権と通行税の件は当事者同士で詰めてから持ってこい」
「次は……フェリグスの連中の件じゃな」
「何かあったのか?」
「ハンマーヒルから出て行くといっておる」
「どこに行くというのだ?」
「南の山脈地帯に行くといっておった」
「魔物の巣だぞ。正気なのか?」
「ドラゴンの友人らしいからの。魔物なんぞ怖くもないのじゃろう」
王冠を被ったドワーフが声を張り上げる。
「アイツらにいま出て行かれては困る!
まだ復興の目処が立っておらん」
「傭兵は契約すれば派遣してもらえるのでは無いか?」
「変異種の駆除も依頼すれば引き受けてくれるじゃろ。
魔道具の製造もワシらの工房が一手に引き受けているからの」
「よく考えろ。拠点作りに人手がどれだけ必要だ?
奴らが何処かに行ったとしてワシらの価値は同じままか?」
ドワーフ達は考え込み将来が明るくないことに気がつく。
黙り込んだドワーフの一人がぽつりと漏らす。
「持ち込まれた鋼材の精錬方法は知りたかったのう」
「あの魔道具の魔術式が謎のままなのは良くないぞ。周辺国はワシらが秘匿していると思い責めてきよる」
ドワーフの王は『引き留める案は無いか』と周囲に尋ねる。
「ワシらの持っている物で欲しがる物はなんじゃ?」
「爵位にも金にも興味なさそうだしの」
「やはり土地じゃないのか?」
「将来どうなるか分からん者共に土地をやるのは反対させてもらうぞ!」
「じゃが、それ以外に欲しがる物を思いつかん」
「期限付きで貸与するならどうじゃ?
あいつらの王は人間じゃから百年もすれば死ぬじゃろ。王が居なくなればあの連中も扱いやすくなるだろうて」
ドワーフの王は考え込みそして決断を下す。
「土地を貸し与える方向で進める。
外交官のキュネルを呼べ」
◇
機川の工房に機川とリジョがいる。
二人ともグッタリとして机の上につっぷしている。
「ベル母さん、スゲー怒ってたよな」
「頭痛いんだから思い出させないでよ」
「機川のせいだろ。アタイは見てただけなのによ」
「まさか告げ口するとは思わなかったわ。
アイツら、いつか泣かせてやるんだから」
「いつも泣かせてるだろ。もう毟る取る所も無くなってたじゃん」
「すぐ生えてくるわよ。そしたらまた毟ってやるわ」
機川はムクリと起き上がりしかめ面しながらコーヒーを用意しはじめる。
リジョはそんな機川の行動を恨めしそうに眺めているだけだ。
「頭痛えし、気分がわりい。これ何とかなんねえの?」
「これが罰なんだから我慢するしかないでしょ。何とかしたのバレたらまた説教されるわよ?」
機川はリジョの前にマグカップを置くと、自分は席について両手で包むようにしてコーヒーを啜る。
リジョはコーヒーを一口啜りあまりの苦さに顔を歪ませている。
「それよりドラゴンの件は何とかならねーの?」
「私に相談しても何ともならないわよ。モーエレンかキュネルに言いなさいよ」
「ビューンって行けるやつあっただろ?
アレ、また作ってくれよ」
「作って欲しいなら油田を見つけてきて。そしたらいくらでも作ってあげるわ」
「ドロッとしたくせえやつだっけ?」
機川は羊皮紙の束と万年筆を取り出しリジョの前に置くと、リジョは顔を歪めて嫌そうな顔を向ける。
二人は暫く言い合うが最後は観念したのか他人の報告書を手本としつつ、リジョは報告書を書き始める。
リジョは頭を掻きむしりつつ時折悪態をつきながら報告書を書き、出来上がったそれを機川が添削していく。
「そういえば。今度出張したらトロールを捕まえてきてよ」
「いま話しかけんなよ。文章が書けなくなるだろ」
「この世界のトロールって毛むくじゃらでしょ。あの毛って凄いのよ」
「だから話しかけんなって」
「多少雑に扱っても再生するから死なないし。家畜化できたら大儲けできるわよ」
「はーーー。
お前、金に困ってんの?」
「違うわよ。トロールの毛は優秀な資源って話よ」
リジョは諦めたような顔をして機川へ向き直る。
「で、トロールの毛が何だって?」
「トロールの毛は丈夫で軽いのよ。処理のしかたで肌触りのよい服の材料にもできるし、丈夫な鎧の材料にもできるわ」
「ボスから怒られるような酷いことしてねーよな?」
「してないわよ。少なくとも殺してはないわ」
「ならいいんだけどよ。今回みてーに一緒に怒られんのは嫌だかんな」
機川は棚から布を持ってきて机に広げるとトロール毛織物の有用性をトクトクと説明し始める。
苦笑しながら話を聞いていたリジョが何か閃いたようにニヤリとして機川に提案を持ちかけける。
「わーったよ。お前が希望するだけトロールを捕まえてきてやる。
その代わりにアタイがドラゴンに会えるように何か考えてくれ」
◇
部屋の中にエルフが二人いる。
室内に陽が差し込み照らされた調度品の数々は、この部屋の主が有力者であることを示している。
執務机に座った年かさのエルフは目の前の直立するエルフに目も向けず、羊皮紙を捲る音と羽ペンで羊皮紙を引っ掻く音が静かに部屋に吸い込まれていく。
暫くして羊皮紙の束を書類入れに放り込んだ年かさのエルフは目の前のエルフへ顔を向け、机から香木を取り出し口に含みながら話しかける。
「報告を」
「我が領土にも変異種が現れました。巡回兵が対処しましたので被害はありません」
「報償を出しておけ、次」
「人種の難民が押し寄せております。閣下にはその処理について判断を頂きたく」
「いつも通り追い返せば良いだろう。
いや、それができないほど数が多いのか?」
「ご慧眼感服いたします。報告では数百、収まる気配無し、と」
「厄介な。
野蛮人らしく戦って死ねばよいものを」
報告を受けて閣下と呼ばれたエルフが顔を顰め考え込む。
目の前のエルフは立ったまま微動だにせず指示を待っている。
「食料は私の方で何とかするが数を減らさねばならぬ。金も食料も無限に湧いてくるものでは無いからな」
「減らすといっても数が数です。直接手を下すのは後々……」
「変異種を使え。偶然を装い難民共にけしかければよい」
二人のエルフは表情を変えぬままうなずき合う。
「それとモーエレンと名乗るエルフが閣下にお目通り願いたいと」
「何者だ?」
「三ツ星商会の者だと言っておりました。自社製品を愛用している者に挨拶をして回っているのだとか」
「???
もしや例の魔道具を製造した商会か!」
直立したエルフは敬愛する閣下が興奮し始めたことに戸惑いを隠せない。
しかし閣下と呼ばれたエルフは興奮したまま話を続ける。
「今すぐ会うぞ。どこにいる」
「内々に会いたいと言ってきたため日程調整を……」
「そいつが来たのは何時だ?」
「つい先ほどですが」
「ならまだ市内にいるな。急ぎ伝令を出し捕まえてこい。最優先だ!
いや、丁重に決して失礼が無いようにするのだぞ」
◇
大広間に男達が集まっている。
玉座に座った仮面男、その後ろに異形が立つ。
目の前には不揃いの鎧を纏った男達が片膝をつき頭を伏せている。
石造りの広間には所々に血のシミが染みつきすえた臭いが漂っている。
部屋の中は薄暗く、隙間風が鳴らす音が寒さを引き立てる。
「バトバル、状況を説明せよ」
仮面男が問いかけると強面の男が顔を上げ説明をしはじめる。
「軍は仕上がっておる。いつでも進軍できるぞ」
「よくやった。
温かくなったら西へ進軍する。準備をしておけ」
「バザ大公国だな?」
「そうだ。敵はそこにいる」
バトバルは略奪することに喜びを見いだす男だ。
弱者から奪い殺す、そのことを思うだけで気分が高揚し笑顔になっていく。
仮面男は対照的に感情のこもらない平坦な声で淡々と話す。
「何か聞きたいことがあるのか?」
「前々から聞きたかったのだがバザにいる敵とはどんな敵なのだ?」
「聞いてどうする」
「敵を殺せば良いだけか?
憎くて恨みを晴らしたいとかか?」
「……後ろにいる奴との約束なのだ。
別に憎いわけでは無い。ただ殺せれば、滅ぼせればそれだけで良い」
異形が邪悪としか言いようのない表情を浮かべる。
それを見たバトバルの動きが一瞬止まるが、何事も無かったようにとりつくろう。
「密偵はどうなった?」
「連絡がつかん。どこからかまた専門の者を見つけてくる必要があるな」
「そうか敵の内情を知ってから行動したかったが……」
「この戦力なら何とでも戦えるぞ。
ドラゴンと戦うのでは無いのだろう?」
「どうだかな。ドラゴンより手強いかもしれんぞ」
「冗談はよしてくれ。この世でドラゴンより強いやつなんているわけ無いだろう」
仮面の男が『冗談なら良いのだが』と呟くもバトバルには聞こえなかったようだ。
「俺は兵を増やすことに専念する。
バトバルは敵に勝つために必要なことは何でもしろ。
金でも兵でも使える物は何でも使え。勝利の為に」