リヴェルム戦記   作:あいかや

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10 侵略者がきたようだ

 執務室でベルナデッタと雑談をしている。

 厳しい冬が終わり租借地の拠点作りを開始したので部下達は其方へ向かわせた。

 そのためハンマーヒルの拠点にはモーエレンとベルナデッタの二名しか残っていないので静かで落ち着いている。

 

 本当は皆で一緒に行こうとしたのだが王に野宿なんてさせられないと言われて残されたんだ。

 予定では二ヶ月もあれば仮設住居ができると言っていたので、それまでは此処で待ちぼうけだ。

 向こうの拠点が出来て生活しはじめたらまた忙しくなるのは分かっているので、今は久々の休暇を楽しんでいる訳だ。

 

 せっかくの機会なので廻神、彼女の神徒からは大母と呼ばれている存在からの依頼で赴いた異世界の思い出話をした。

 廻神はいわゆる民間軍事会社の元締めのような存在だ。人々から信仰されることは求めず、力を与える代償に仕事を発注してくる。

 

 仕事は他の神からのものが多いため、異世界に赴いて現地で起きている問題を解決することになる。

 仕事の成否に関わらず全ては夢の中の出来事として処理されるため、異世界で何十年経とうが元の世界では一晩しか経過しない。

 ただ精神的な疲労から帰ってきても昏睡することが多いけどな。

 

 廻神からの依頼はたいていクソゲーと呼ぶのが相応しい酷い仕事ばかりだった。

 それをベルナデッタに愚痴ったら『大きな力を欲するからです』と言われてしまう。

 確かに私は物事を最短で解決しようと直接的な力を求めてしまうからな。こればっかりは性分なので直すのは難しい。

 

 なお、一回でも廻神の力を授かると改宗も足抜けもできない。彼女の子供として未来永劫付き合う羽目になる。

 救いなのは普段は穏やかで平穏な生活を送れることだ。無茶なことは言わないし理不尽なこともしてこない。

 普通の神は信徒を増やせ、異教徒は打ち倒せ、試練を乗り越えて成長しろ、とか言ってきたりするが廻神はそんなことは言わないんだ。

 

 そんな廻神あるあるネタで花を咲かせていると厳しい顔をしたモーエレンが執務室にやってきた。

 何が起きたのかと聞いてみると難民がハンマーヒル唯一の出入口前にやって来て、助けを求めているんだそうだ。

 

「人数は?」

「人が五名。

 年寄りが一、大人が二、子供が二です」

「何が起きたのか聞いたか?」

「変異種の大群に住んでいるところを追い出されたそうです」

「他の者は?」

「生き延びることに必死で他の者のことは分からないと」

 

 モーエレンが報告してきたと言うことは本物の難民なんだろう。

 とうとう侵略者とやらが活動し始めたか。できることなら此方から仕掛けたかったが。

 

「ドワーフは何といっている?」

「私達の判断にしたがうと」

 

 よく忘れそうになるが此処はドワーフ達の街だ。

 何故か私達に指示を仰ぐようなことが多くなっているが筋は通さないといけない。

 

「なら保護してやれ。

 差し出せる手があるうちはな」

 

 モーエレンは難しい顔をしているが私だって難民の受け入れはしたくない。

 一度受け入れるとその噂を聞きつけて次から次へと来ることになるからな。

 

 だが見捨てるのは後味が悪いし、情けは人のためならずだ。

 神々が私の言動を絶えず観察してると思えば多少の苦労は受け入れてもよいだろう。

 

「これから多数の難民がくることが予想される。

 周辺国から物資が無くなる前に食料等、必要なものを確保しておけ。

 後、租借地の作業は中断だ。急ぎ戻ってくるように伝えろ。

 大きな戦が始まるぞ、と」

 

 

 神はなぜ私にこんな試練をお与えになるのだろうか。

 天神アウェドゥの忠実な僕たるクーダルに何か恨みでもあるのだろうか。

 与えられた勤めは果たしているし、祈りを欠かしたことなどなく教義も遵守している。

 

 それなのに何故酷い任務ばかり私に回ってくるのか。

 司教様は私にしか出来ないと仰っていたが、私はどこにでもいる普通の信徒なのだ。

 

 今回の任務は特に酷い。

 餓えないし暴力を振るわれることもないし人間関係で胃を痛めることも無い。

 しかし仕事量が多いのだ。スタンドライトなるものを貸与され夜遅くまで働かされる。

 フェリグス国の連中は私が天神から使わされた間者だと知っているにもかかわらず、次から次へと仕事を持ってくる。

 

「おいクーダル、問題が起きたから何とかしてくれ」

 

 リジョと呼ばれている大女がまた厄介毎を持ってきた。

 こいつもだが機川とバリルンドを合わせた三馬鹿は、すぐ面倒事を私におしつける。

 現地人同士の問題は現地人が対応した方が良い、という理屈は理解するが扱き使われてる感が半端ない。

 

「何が起きたのですか?」

「ケンカだよケンカ。

 アタイが仲裁してもいいけどオメーにやらせろって言われってからな」

「……分かりました。直ぐに向かいます」

 

 確かに私がいくべき案件のようだ。

 こいつら回復魔法が使えるからって躊躇無く人の骨を折りやがる。

 そして骨折した者に笑いながら『すぐ治してやっから待ってろ』とか言うんだ。

 

 マジ、ヤバイ。

 

 機川が使い出した言葉らしいのだが、私も知らぬうちに汚染されてしまった。他にもオツカレサマとかマアマアとか。

 此奴らといるとちょくちょく使われるので意味を教えて貰ったのだが、知らない方が良かった。

 

「そろそろココにも慣れたか?」

 

 現場に向かう途中、リジョが話しかけてくる。

 この大女はガサツだが面倒見は良い。

 ここに来たばっかりの時は色々と世話を焼いて貰い、それが助かったのは事実だ。

 

「ええ、お陰様で。

 皆さん良くしてくれますので」

「だろ?

 そろそろアタイらの仲間になっちゃえよ」

 

 そうなんだ。こいつらはヤバイのだ。間者の私を引き抜こうとしてくる。

 機川もファロスヒルも『得意な者にやらした方が効率的』とか言って私に報告書の作成とか押しつけてくる。

 おかげで内情が知れるため、司祭様に報告することに事欠かないのだが。

 

「その件は何度もお断りしています。私は天神の信徒なのですよ?」

「うちのボスはそんなこと気にしねーよ。

 ヤーコがよ、文官が足りないって嘆いていたからな。オマエ、そういうの得意だろ?」

 

 ヤーコ? バリルンドの愛称か。いや、あの女の下で働くのだけは嫌だ。

 今でも治験と称して妖しげなものを飲まされている。現地人で効果を試さないといけないとかいって。

 もしもだ、あの魔女の部下になったら私はどうなる? 懐は潤うが、私の無事は誰が保証してくれる?

 

「あー、リー姉とクー兄だ。

 どこいくのー」

 

 死神の娘が笑いながら駆け寄ってくる。

 司祭様が話していた要注意人物の一人。異界の神の娘。

 エーリカは側に来ると私とリジョの間に入り手を繋いでニコニコしてくる。

 

 私は人が大事にしているものを貶したり否定するような狭量な人では無いが、彼女の神と私の神とは相性が良くない。

 それを理解しているはずなのに、この幼子はこのような行動をしてくる。

 

 もし同僚に見つかったら何を言われるかわかったものじゃないが、子供の手を振り払えるほど私は非情な人間では無い。

 非情では無いが死の気配が強いものの側に居るのは疲れるし、どう接して良いのか分からない。

 

「エーリカ。

 もしクーダルが仲間になったらよ。どーおもう」

「うれしー」

 

 おまえ子供を巻き込むのは卑怯だろ!

 期待と喜びで満ちた目でこっちを見ているぞ。

 ああ、神は何故こんな試練を私にお与えになるのでしょうか。

 

 

 タユルト王城の一室に絶望に打ち拉がれた男達が集まっている。

 王もその臣下達もみな疲弊し暗澹たる状況に半ば諦めた顔をしている。

 

「子供達はどうなった」

「滞りなく。

 今頃は同盟国のヴリュルト神国に無事に保護されているでしょう」

「そうか。

 血が絶える心配だけはしなくてすむな」

 

 王は報告した臣下に力なく笑いかける。

 

「援軍はどうなっておる」

「難しいですな。

 物資は出せても兵はだせぬと」

「ここで我等が食い止めねばアチラにも被害が広がるのだぞ?

 アイツラはわかっておるのか?」

 

 王は憎々しげに言うが他の者は疲れ果てたのか無表情だ。

 

「各地の状況はどうなっておる」

「冒険者共を雇い調べさせましたが西部と南部は何も残ってないと。

 家屋は焼け落ち、死体は全て喰われていたそうです」

「外道どもめ。

 敵の数はわかったのか?」

「正確な数は不明ですが数万はいると予想しております。

 街を覆い尽くす量であったと報告を受けておりますゆえ」

「まるでお伽噺の災厄だな」

「鉄の巨獣が、と言うやつですな。

 確かに今回は巨人やワイバーンの変異種がいたと報告を受けております」

 

 王は考え込み、暫くすると皆の顔を見渡し意を決したように言い渡す。

 

「ここにいても挽きつぶされる。

 我々はウラル山脈のフィンディグ城に向かう」

「それは……」

「わかっておる。

 だが、ここにいても破滅するだけだ。

 僅かでも生きながらえチャンスを待つのだ。

 決して諦めぬぞ」

 

 

 人の集団が山野を進む。

 リジョ達女性陣が先頭を歩き、鉄崎とオコナーが最後尾で周囲を警戒している。

 

 老若男女問わず皆疲れた顔をしているが悲壮感はない。

 サイン王直属の配下たちが周囲を固めているのだ、恐れるものは何もない。

 

 彼らはドラゴンと友誼を結んだ人達なのだ。変異種だろうと魔物だろうと敵ではない。

 しかし木々が茂る場所は視界が悪く人々に生理的な恐怖を抱かせる。

 特別な力を持たない彼らはビクビクしながら黙って言うことを聞くだけだ。

 

 それとは対照的に緩みまくった先頭集団はおしゃべりを楽しんでいる。

 機川だけは工房での開発を中止されたことを根に持っているのか不機嫌そうな顔をしているが。

 

「もう機嫌直せよ。

 ボスの命令なんだから仕方がないだろ」

「わかってるわよ。

 でも、ムカツクものはムカツクの」

「今からそんなに怒っても疲れるだけだろ?

 その怒りはとっておいて敵にぶつけりゃいいだろ」

「せっかく文化的で人間的な生活が送れそうだったのよ?

 私はずっと洞窟の中で暮らしていたんだから。

 リーちゃんは外に出てたからわからないかもしれないけどね」

「トーコ、酒を飲んでもないのに絡むのはやめて。

 悪いのは変異種だって理解しているでしょ?」

 

 サイン王から三馬鹿娘と呼ばれているリジョ、機川、バリルンドがじゃれ合っている。

 

「そーいえば子供達が変異種のことを『鉄の獣』って言ってたけど何か知ってるか?」

「鉄の獣? なにそれ」

「この辺りのお伽噺よ。

 災厄がやってくるというね」

 

 リジョ達の話を聞いていたホルムが会話に割り込んでくる。

 

「災厄っていう物騒な名前の歌があるんだ。

 なあファロスヒル」

 

 話を振られたファロスヒルはニッコリと笑い歌い始める。

 

「災厄がくる

 鉄の獣がやってくる

 

 鉄の馬 全てを蹴散らす

 鉄の鳥 全てを焼き尽くす

 鉄の巨獣 全てを飲み込む

 

 災厄に備えよ

 鉄の獣は相容れぬもの

 

 鉄の獣 言葉が通じない

 鉄の獣 人の心が無い

 鉄の獣 神を持たない

 

 災厄に立ち向かえ

 神々は見守っている

 

 団結せよ 諍いを忘れて

 野に散れ 見つからないように

 堪え忍べ 希望は捨ててはならぬ

 

 諦めず戦い抜け

 最後に勝つのは我々だ」

 

 ファロスヒルがその美しい歌声を披露すると皆拍手で応える。

 ホルムはファロスヒルの歌を褒め称えつつ、この地に伝わる伝承について語りはじめる。

 ホルムの話を興味深く聞いていたファロスヒルも自分が集めた民謡や流行の歌について披露する。

 

 三馬鹿娘は三馬鹿娘で他愛も無いおしゃべりをしていたが、急に機川が何も言わずに集団が離れていく。

 機川はある低木の前に着くと、おもむろに屈み込み不可視だが物を掴むことができる『魔の手』でそれを掘り起こし始める。

 リジョとバリルンドも慌てて機川の後を追うが集団は止まること無く進み続ける。

 皆は機川の奇行を横目で見つつも関わらないことを選んだようだ。

 

「あんま変なことすんなよ。ただでさえヤバイ奴だと思われてるんだからよ」

「ヤーコ、これコウゾに似てない?」

 

 興奮気味の機川はリジョを無視しバリルンドに毟り取った低木を差し出す。

 

「見えなくもないわね……

 詳しく調べてみないと断定できないけど」

「そうよね。落ち着いたら試してみるわ」

 

 機川はバリルンドとしゃべりつつ周囲の似た低木を毟りまくる。

 

「そんな草、何に使うんだ?」

「紙よ。紙!

 私は羊皮紙の臭いが大嫌いなの!」

 

 機川はリジョに向かい立ち手を突き上げて声を上げる。

 

「私は絶対に文化的な生活を取り戻してみせるわ!

 貴方たち二人にも協力して貰うから覚悟しておいてね」

 

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