サイン王の中の人は人から物を盗んだり奪ったりする奴が嫌いだ。
これは百姓だった祖父からの教育と幼少期に受けた仕打ちのせいだ。
水泥棒と野菜泥棒は袋だたきにすべしと刷り込まれ、要領が悪かったせいでお菓子などを兄弟に奪われた経験から来ている。
そのためサイン王は山賊や野盗に割と容赦が無い。
三ツ星商会の商隊を襲ったものは言葉通りに滅ぼされ、サイン王の下で乱取りなどしようものなら死ぬより酷い目に遭うことになる。
他にも中の人の国民性からか約束したことを守らない者を嫌い、特に納期に拘りを持っていることで有名だ。
その場限りの嘘やお世辞を受けると不機嫌になったり、不快感をあらわにしたりと現地人からは常識が通用しない人物として見られている。
そんな変人だが労働者階級の人々からの人気は高い。
持ち前の美貌のおかげもあるが、彼は現代人的な感覚を持っているため労働条件が非常に良いのだ。
サイン王の常識からするとまだブラック労働なのだが、休み無しで家畜のように働かされていた人からすると此処は天国のような環境だ。
そのためサイン王の下で働いている人々は追い出されないために割り当てられた仕事に必死で取り組む。
将来の希望があるため夢を叶えるべく身を粉にして与えられた役目を一生懸命に果たそうとするのだ。
それに此処には職業選択の自由がある。
流石にどんな職業にも就けるわけでは無いが素養があると認められれば教育訓練の制度があるため、自分の将来をかなり自由に決めることができる。
親の身分や職業を引き継ぎ、各ギルドが利権を握って離さないこの世界では異例のことだ。
サイン王からしたら職にあぶれた人間を遊ばしておくなんて勿体ない、少しでも生産活動をして使える資源を増やしたい、その思いからやっているだけだ。
もちろん既得権益を持つ団体との衝突は当然のように発生するが、それら全てを飲み込んでサイン王の影響力はドンドン強くなっていく。
何せ彼らには千年以上の歴史がある異世界知識と国を滅ぼせるだけの力があるのだから民間レベルの勢力では相手にすらならない。
例え相手が国家だとしても今は変異種が暴れ回っている非常事態で誰もが助けを求めているため、非常に有利な交渉ができるのだ。
そんな彼らがいま密かに進めているのは市民証と呼ばれる魔道具の開発だ。
サイン王の中の人や機川にとって貨幣による支払いは苦痛以外の何者でもない。
だからといってオンライン決済を普及させようとしても現地人はついてこれないだろう。
そのため、まずは冒険者ギルドが発行しているギルド証を参考にして市民証を発行することを思いついた。
個人毎に魔力の形質が違うことが判明したため、それを個人証明として利用することにしたのだ。
今のところは試験段階だがこれが本格稼働すれば人口統計が取れることになり徴税もしやすくなる。
ゲームの中では全てがデータ化されていたが、現実ではステータスウィンドウなど無いため何をするにも手間がかかる。
この市民証の普及は内政好きの彼にとって野望みたいなものなのだ。
「これが今開発中の市民証というやつですか?」
キュネルが魔術式がビッシリと書き込まれた板片を持ちながらオコナーに問いかける。
「魔力の形質を自由に変えられる魔族には意味ないがな」
「閣下は戸籍制度とやらに必要だとか言っていましたが……
これでポコポコ産まれてくる人間を管理できるとは思えませんね」
「別に王は完璧なものを求めている訳では無い。管理の手間がいくらかでも減れば良いのだ」
「この世界に飛ばされる前はこんな物は無くても管理できていましたよね?
どうやっていたのかは何故か思い出せませんが……」
「私もそこは不思議に思っているが、今はそんな事に時間を費やせるほど暇では無い。
出来ることを一つでも多く片付けるだけだ」
オコナーは遠回しに『邪魔するな』と言っているがキュネルには通じていない。
「今後、私のような魔力の形質が一定ではない種族が増えてきたらどうするのです?」
「その件は機川とも話しているが結論はでていない」
「この世界の人間は死後に神の元に召されるのですよね?」
「ああ、そのようだな。それがどうしたのか?」
「つまり神々は人間の魂か何かを自分の所に呼び寄せる仕組みがあるわけです。
コイツは光の神、此奴は商売の神というふうに?」
キュネルの話にオコナーは考え込む。
「神は基本的に人を群体として認識しているようですが、個別に識別できない訳ではないのでは?
現に廻神は閣下を特別扱いしていますからね」
「何がいいたい?」
「もう貴方も分かっているでしょう?
個体識別に魔力形質だけでなく神の力も借りればいい、私はそう思うのですよ」
「確かにソレが実現できれば魔族でも市民証を使えるようになるだろうな。
だが神の力を借りるのは……気が乗らないな」
「何でです?
廻神から話を通せば協力してくれますよ?」
オコナーはキュネルの提案に眉をしかめる。
「私は王の負担が増えるようなことはしたくないのだ。
廻神に力を借りるほど王の寿命が減っている気がしてならん」
「神は自身のお気に入りを無駄に消耗させて捨てるようなことはしませんよ。
滅多にいない宝物なんですから大事に大事にするはずです。
それにお気に入りから頼まれごとなんて喜ぶに決まっていますね」