難民を受け入れてから気が晴れない状態が続いている。
使える人員は街の住民と直属の部下が二名だけ。
非常事態にそなえ皆がピリピリしており、緊迫した空気が住民の精神を蝕んでいっている。
租借地に向かった部下が戻ってくるのに少なくとも一ヶ月はかかるが、彼らが戻ってくるまえに限界を迎えそうだ。
目に見えない『不安』というのは思った以上に心にくるからな。
それに緊迫状態が続けばそれが日常となり、慣れた頃に一寸したミスから大問題が発生し、パニック状態になる可能性もある。
無謀なプロジェクトに巻き込まれたときによく見た光景だ。
こんなことになるなら戦える人員を少し残しておけば良かったと後悔している。
人は武装した人間に守ってもらっていると感じることができれば安心するからな。やはり気持ちというのは重要だ。
特に変異種に襲われて逃げてきた難民は余程酷い目にあったのか、安全な場所にいるというのに未だに怯えているからな。
ここの状況は決して悪くは無い。
備蓄は十分にあるし洞窟内は魔法による結界とファロスヒルの蟲に守られている。
私やモーエレンが打って出れば街一つぐらい簡単に滅ぼせるだけの力があるから籠城することにも何の心配も無い。
だが住民の目からみたら美しいだけで強そうに見えない女が率いる集団で、変異種に見つかったら簡単に蹂躙されるように見えるだろう。
そのことにモーエレンは憤慨しているが見た目というのは案外大事なんだ。
皆が予定より早く戻ってくればいいんだが。
「私主、表にゴミがきて騒ぎ立てています。
排除する許可を頂けますか?」
「???」
「災厄の使いと名乗るゴロツキどもが門を開けろと要求してきているのです。
軍門に降れば命だけは助けてやると」
ミニマップを使って周囲を確認すると敵と思わしき者達が百名ほどいるようだ。
街の入り口を中心として周囲をぐるりと囲み絶対に逃がさないという意志を感じる。
「よし会おう」
「なりません。
私が対応しますの……」
「少々退屈していたのだ、息抜きには丁度良い」
渋るモーエレンを説得しベルナデッタと一緒に門の外に向かう。
途中、どこから聞きつけたのか武装したドワーフ達が付いてこようとしたが丁寧にお断りをする。
暴力による話し合いが行われるかもしれない所に訓練を受けてない人間を連れていくと手間が増えるだけだからな。
「それでは……」
門の所につくとモーエレンが口上を述べに先に出て行く。
彼女の姿を見た男達のざわめきと下品な声を聞くに正規軍のたぐいでは無さそうだ。
「……これは酷いな」
口上が済んだのを見計らい私も外に出ると見事なゴロツキ顔の男達と、その後ろに変異種が大人しく控えているのが見える。
男達は私の姿を見ていっそうの熱を帯びた叫び声を上げ始め、後ろに控えるモーエレンが纏う空気が冷えていくのを感じる。
「王と聞いてたが女みてえのが出てきたぞ」
「声まで女みてえな声してっぞ」
「オレは顔が綺麗なら男でも構わねえ」
「オラが楽しませてやる」
まあ、なんだ。
獣欲剥き出しの何処にでもいる人間だな。
感情を制御できず、最低限の礼節も持たず、我欲を抑えられない阿呆陀羅ども。
何人か血祭りに上げれば大人しくなるだろうが後ろに控えている変異種に暴れ始められると全滅してしまい情報を得られなくなりそうだな。
「陛下、私が大人しくさせましょうか?」
後ろにベルナデッタが私に問いかけてきたので『任せる』と呟くと、それと同時にこの世界に廻神の影が顕現する。
人を超越する存在、輪廻を司る異界の女神。
例え廻神のことを知らなくても目の前の存在に逆らうことは無意味なことを一瞬で理解させられる。
ゲーム的な説明すると女神の影から発せられる神威は意志が弱く自分の生き方に罪悪感を持つ者をひれ伏せさせる効果があるんだ。
大義が無いゴロツキなどを無力化するには便利な能力なんだが、敵味方を区別しないから使い所は注意しなといけない。
「それで私達に何の用だ?」
「そ、それは……」
手近のゴロツキAに近づき聞くと要領を得ない回答が返ってくる。
予想通り神前では言えないようなことをしようとしていたんだろう。
「私が誰だか知って来たのか?」
「し、知りません。
た、助けて、ぐぎゃっ」
私がいるハンマーヒルは三ツ星商会で扱っている魔道具の生産拠点だ。
そっちの関係者が恨みを晴らすために来たわけでは無さそうだな。
あとモーエレンは踏みつけるのは止めて欲しい。
私が会話しているんだからさ。
「災厄の使いと名乗っていたようだが?」
「う、嘘です。
ゆ、許して、べぎゃっ」
超常存在が言っていた侵略者とは災厄のことだと予想しているんだが、どうやら此奴らは違うようだ。
ただ変異種を使って暴れ回っている人間がいるという事実は使える。
このゴロツキ共が何を目的にしているか知らんが、分かりやすい敵は組織を動かす理由になる。
「キュネル!」
「お側に」
私の目前の空間が一瞬震えたと思った次の瞬間、片膝をついたキュネルが現れる。
「此奴らは変異種を使って暴れ回っているやつらの関係者だ。
モーエレンと共に必要なことを聞き出しておけ」
ゴロツキは急に現れたキュネルと私の発言に狼狽している。
キュネルが近づいていくと、私に近寄ろうとして命乞いをしはじめるが望みを聞くつもりはない。
「変異種どもは私が片付け……」
私が久々に暴れようとしたとたんにモーエレンが厳しい目を向けてくる。
「……蟲のエサにしてしまえ」
私の発言を聞いてモーエレンは笑みを浮かべる。
前回の戦闘から色々と考えて試したい魔術があるんだが暫くお預けのようだ。
「やっと捕まえた敵の尻尾だ」
私の言葉にモーエレンとキュネルが期待するような目を向けてくる。
「今回の相手は変異種を操る世界の敵だ。
遠慮も自重も無し、派手にやるぞ。
我々には解放者という大義ができたからな」
◇
ケピアン国は商人の国だ。
賄賂と汚職が横行する金さえあれば何でもできる国。欲望と背徳の国。
当然のごとく周辺国からは嫌われているが経済的に有利な立場を利用し生き残ってきた。
だが変異種が現れて流れが変わる。
奴らは金に興味が無い。興味があるのは人そのもの。
商人達は軍の維持費を嫌って国軍を持たなかったため大した抵抗もできずに喰われていった。
もちろん抵抗する商人もいたが各地が荒らされて物流が途絶えると、自己完結性が低い私兵集団ごときでは相手にすらならなかった。
「ご当主、そろそろ私達も国外へ逃げるべきではありませんか?」
ケピアン国の豪商アベガルの執事が必死に訴える。
「他の方々も既に国外へ逃げています。
また一からやりなおせば良いではありませんか」
「アイツらはワシの家族を喰いおった。
報いねば気が収まらん」
「それならば尚更逃げなければなりません。
恩知らずな傭兵共は真っ先に逃げ出しております。私達だけでは仇を討つことはできませぬ」
「わかっておるわ。
だが感情がどうしても抑えきれん。奴らに何もせずにどこかに行くなど考えられん」
禿げ上がった頭を茹で上がらせ憎しみに支配された恰幅の良い男は執事に当たり散らす。
「それにもう逃げられぬのはわかっておる。
ワシはもう覚悟を決めたのだ。奴らがワシの街に入ったら宝珠の力でまとめて消し飛ばしてくれるわ」
「勝手ながら黒蘭と話をつけました。
当主様だけでしたら逃げられます」
「吸血鬼どもの力を借りたのか!
何を勝手なことを!」
「全ては生き残るためです。
既に手の者は此方に来ております」
執事が話し終わると同時に黒い霧がどこからともなく漂ってきて人の形を形作る。
そして中から軽薄そうな若い男が現れる。
「初めましてアベガルさん。そろそろ決断できそうです?」
「吸血鬼が。誰の許可を得て部屋に入ってきた」
「そーいうのいいから。
それより例の魔物がさ、街に入って暴れはじめたよ。もう悩む時間は無いと思うんだけどね?」
吸血鬼は頭の後ろで手を組み大したことでも無いように現状を報告してくる。
「当主様、ご決断を」
必死に決断をせまる執事と憤怒の表情で決断できないアベガル。
その二人を見て吸血鬼が口を挟んでくる。
「あの魔物達が憎いのならいい人間を紹介できるよ?」
「いま何といった?」
「だからさ。
あの魔物達を殺して回っている集団がいるのさ。商人なら三ツ星印の魔道具を知っていると思うんだけど」
「ドワーフどもがか?
あいつらも国を随分と荒らされていると聞いておるぞ」
「ドワーフじゃないさ。それだったらボクたちもどんなに良かったか」
吸血鬼は残念そうに首を振りながら呟きアベガルを見つめて話をつづける。
「正直なところボクだってアイツらとは関わりたくないさ。
だけどアイツらは君みたいな有力者を探していてね。紹介すればボクたちはアイツらに貸しを1つ作れる。役に立つ集団だと証明できる。
きみの憎しみと築いてきた立場はアイツらに気に入って貰えると思うよ?」
◇
街道沿いのドワーフの街。
街は建築が得意なドワーフ達に相応しい立派な防壁に囲まれている。
そんな街に三馬鹿娘とエーリカの四人が訪れている。
街中で一番立派な店構えをした宿屋の食堂に相当する場所で、おしゃべりと食事を楽しんでいる。
店内を見てみると彼女たち以外の客は見当たらず貸し切り状態だ。
それもそうだろう。今や街の外は変異種が彷徨う危険地帯。行商なんてできたものじゃない。
そのため街全体が重苦しい雰囲気に包まれており明かりを点けている店も少ない。
そんな重苦しい雰囲気とは無関係な三馬鹿娘達は久しぶりにテーブルでとる食事を楽しんでいる。
香辛料を惜しげも無く使ったステーキに熱々の具沢山シチュー、それに焼きたての白パンや新鮮なサラダ、どれも行軍中には味わえないものばかりだ。
「オカミ、このシチューは絶品だな!
もっと持ってきてくれ」
「私もほしー。おかわりちょうだい」
「食べ終わってから次の注文をしてよ。
エーリカがいるんだから教育に悪いわ」
バリルンドはエーリカの口元を拭きながらリジョに小言をぶつけるも本人は酒を飲みながらゲップをしている。
「トーコも食事中は食事に専念して。
食べかすで汚れるでしょ。集めた物は私も使うんだから」
空間拡張された鞄から行軍中に採取したものを取り出してはブツクサ言っている機川にもバリルンドの小言は飛ぶが馬耳東風だ。
「トーコがああなったらこっちの話は聞いちゃいねえよ。気が済むまでやらしておくしかねーな」
「ベッドで寝たいなんて我が儘を言うから無理して此処に来たのよ?
明日、合流できなかったらマズイんだから」
「でもヤーコもベッドで寝たいから付いてきたんじゃねーの?
明日のことは明日考えればいいんだよ。今は酒と食事を楽しめよ」
「ねねさま も美味しいものは心に余裕をもたらすって言ってた。
心に余裕が無いと良い仕事ができないんだよ」
ほろ酔いリジョはケタケタ笑いながらバリルンドの心配を吹き飛ばす。
エーリカも仲の良いおねーちゃん達と一緒に食事することを楽しんでいるようだ。
「アンタ達はどこから来たんだい?
見たこと無い格好をしているけどさ」
女店主の何気ない質問にリジョとエーリカが要領の得ない話をし始める。
『東から』とか『世界一の国を造る』とか『サイン王万歳』とか、部外者には理解できない話で盛り上がる。
二人して『違うだろー』とか言いながら、二人にしか理解できない理由で笑い転げている。
その二人の態度に困った女店主を見かねてバリルンドが代わりに説明する。
自分たちは異国から来たものであること、今は変異種を退治するために行軍中であることなどを簡潔にまとめて話をする。
「あっ」
急にエーリカが声をあげる。
「どうした?
何があった?」
いち早く反応したリジョは真面目な顔をしてエーリカに問いかける。
「オニさんたちがきたよ。
数は……百ぐら、二百ぐらい。
リー姉の好きな大きなオニさんもいるよ」
エーリカは死兵を通して周囲を見聞きする能力がある。
そのことを知っているリジョはエーリカに次々と質問をしていく。
その様子を見てバリルンドは手元に使い魔のフクロウを呼び寄せ、機川も荷物をしまい身支度を調えている。
女店主は彼女達の雰囲気が一変したことに驚き、その会話を聞いて変異種が来たことを知り狼狽している。
エーリカから聞きたいことを聞き終えたリジョは怯えている彼女に暖かみのある笑顔を向け肩を叩く。
「安心しな。アタイ達が全て片付けてくっから。
オカミは街の住人が外に出ないようにしてくれよ。アタイじゃ誰に話を通せばいいのかわかんねーからよ」
そう言って女店主を送り出すとリジョは指示を待つ三人に向き直る。
「アタイ達三人はオフェンスで、エーリカはディフェンスだ。
エーリカには討ち漏らしの掃討もしてもらいてーんだがいいかい?」
「大丈夫だよ。
この国では死兵を使っても良くなったから何でもできるよ」
エーリカはやる気に満ちた笑みで応える。
「ヤーコはファロスヒルに使い魔を飛ばしてくれ。
教えてやんねーと後でうるせーからな」
バリルンドが苦笑しながら頷くの見てリジョは改めて皆の顔を見回す。
機川は面倒くさそうな顔をしており、バリルンドは無表情のまま、エーリカはワクワクしている。
リジョはおもむろに立ち上がりエールの入ったジョッキを掲げて声をあげる。
「アタイらは解放者としてやれることをやる。
ボスはその為なら何でもしていいと言ってる。
その期待に応えるぞ」