この世界は剣と魔法の世界だ。
神が実在し、人々は魔法を使い、街の外に出れば人を捕食する魔物がいる世界だ。
エルフやドワーフのような人間以外の種族もいて、それぞれの種族には独自の創世神話がある。
人には人の神々がいて、ドワーフにはドワーフの神々がいて、互いの神々は相手を同格の存在として認め合っている。
中には排他的で好戦的な神もいるが、そのような神を信仰している民族は他の者からは嫌われている。
このような複数の神々が共存できるのは、魔物という人類共通の敵がいるおかげだ。
遙か昔に異教徒同士で殺し合ったことで魔物に対抗できなくなり人類が滅びかけたことがあり、その教訓から異教徒という理由だけで殺し合うことが禁止された。
そのため教義の違いから互いを馬鹿にしたり嫌悪し合っていても、最悪の事態になることは滅多に起こることはないのだ。
ただ人の気持ちというのは制御しきれるものではなく、神から直接諭されたとしても憎しみが消えることはない。
ゆえに信徒は政治に関わることも禁止されている。人は気づかないうちに味方を贔屓し敵を排除するため、信徒は国を差配する地位に就くことはない。
つまりこの世界では神によって政教分離がなされているのだ。これも遙か昔に起きた事件からの教訓だ。
このように神は実在していても信徒の行動が制限されているため、この世界では神を緩く信仰している人のほうが多い。
困った時にはお世話になるし道徳の手本として教義が使われたりするが、どれか一つの神だけを信仰する人は少ない。
病気をしたとき、商売するとき、豊作を祈願するとき、その時々で違う神に祈願するのだ。
このような事情から一般人は廻神とか誘女のことを『そんな神もいるんだね』ぐらいの気持ちで受け入れている。
特に廻神はサイン王の守護神として誤認されており、サイン王の人気が上がることで廻神の人気も上がるという状況になっている。
そしてこの状況は現地の信徒達にとって面白くない状況だ。
異界の神が自分達の推している神より人気を集め、自分達が仕えている神が『放っておけ』と言ってくるのだ。
特に多くの人族から信仰されている天神、法神、戦神の三大神の信徒にとって非常に不愉快な事態と言える。
「それで三大神の司教どもはどうなった?」
風神グイントの司教は配下に報告を促す。
風神は旅人と商売の女神として有名だが策謀好きな神で、その信徒は商人や旅芸人として世界各地に派遣されている。
「はい、法神と戦神はフェリグス勢力に取り込まれつつあります。
残ったのは天神だけですが、こちらも時間の問題かと」
法神は秩序と学業の神で信徒は知識欲が旺盛な者が多い。そのためサイン王が提供する異界の知識に魅了されている。
戦神は戦争と死の神で勝利することに非常に拘る。この世界では負けたら全てを奪われるのが常識だからだ。
それゆえに鉄崎の持つ戦闘教義に衝撃を受けた戦神の司教は、教えを請うために多くの司祭を派遣している。
「例の堅物の審問官はどうした?
名はクーダルといったか」
「はい、今はフェリグス勢力の中枢人物として働かされているようです。
あの間者であろうとも誰彼構わず引き入れる姿勢は何なのでしょうか?」
「我等が見ているものなど彼らにとって何の価値もないものなのかもしれないな。強者の余裕と言うべきか。せいぜい利用させてもらえば良い」
実際はサイン王と機川がゲーム的な感覚で人材収集しているだけだ。
有能な人物はどんな手段を使っても自陣に引き込む、ゲームではよくある行動を現実でしているだけだ。
「それでフェリグス勢力は変異種殲滅に向けて動いているのか?」
「はい、変異種討伐を標榜し配下を各地に送り殲滅し回っています。今ならばここハンマーヒルは無防備のようですが……」
「我等が女神は『協力し共存せよ』との仰せだ。真意がわかるまで何もしてはならんぞ?」
何事も裏をかくようなことばかりしてきたので女神の言葉さえ素直に受け取れないのは職業病のようなものだ。
「すみません。司祭様。
少し宜しいでしょうか?」
「はい、なんでしょう」
使いの者がやってきて司祭に話しかけてくると、司祭はすぐさま態度を変え和やかに応じる。
いま風神の司祭はドワーフの街ハンマーヒルに滞在している。
変異種の大軍により壊滅した報せを受け、恩を売るために救援物資を持ってきたらそのまま捕まったのだ。
「事故で怪我人が多数出ています。お手数ですが現場までご足労をお願いできませんか?」
「はい、喜んで向かわせてもらいますよ」
神職として困窮した人々を救うことに否やはないし、それによりフェリグスに恩が売れるならなおさらだ。
だが何事も限度はある。フェリグスの『立ってる者は親でも使え』という姿勢には流石に辟易していた。
だからといって彼らの元を去ることはできない。
風神から『協力せよ』と言われている以上、真意が分かるまではフェリグスとは友好的に接しなければならないからだ。
「モランテ司祭。ご協力、感謝いたします」
司祭が現場に向かうと既にベルナデッタがいて住民達に指示をしていた。
『私はいらなかっただろ』と思いつつもベルナデッタの指揮下に入り粛々と怪我人を治療して回る。
「モランテ司祭の治癒の技は素晴らしいですね。貴方は風神グイント様から特別に愛されているのでしょう」
「ベルナデッタ様と較べたらまだまだです」
「そんなことはありません。とても助かっておりますよ」
治療し終わったモランテ司祭にベルナデッタが労いの声をかける。
司祭は一瞬『嫌味か?』と考えるも、すぐにそんな必要もないほど力の差があることを思い出す。
ベルナデッタからしたら此処にいる全ての者は赤ん坊みたいなものだ。彼女を目の前にすると卑屈になってしまう自分に嫌気が差す。
「持ってきて頂いた食糧や毛布も非常に助かりました。おかげで餓える者も凍える者もおりません」
「被災者の救援に慣れているだけです。この世界は弱者に厳しい地ですから」
「私は行動を起こしてくれたことに感謝をしているのです。このことは大母にも報告させてもらいましたよ」
この世界の信徒は自分から神に語りかけることはほとんどないのだが、それは神が祈りに応えてくれないせいだ。
それなのに目の前のベルナデッタは気軽に神と交流をする。
それは神との繋がりが強いことを示唆しており、もし彼女の不興を買ったら神に告げ口される可能性があることを意味している。
だからベルナデッタの発言は司祭からしたら恐怖でしか無い。
ベルナデッタは良かれと思ってしたことなのだが、策謀好きで皮肉屋の司祭には『変な事したら報告するからな』という脅しに聞こえるのだ。
「それでは此処にいては邪魔になりますし戻ります」
「そうですか。
私は貴方の貢献に心から敬意を表してします。これからも何かありましたら宜しくお願いしますね」