疲れた。
自身の身に神の力を降ろして襲撃者を撃退したと思ったら早速代償を払うために異世界へ送り出された。
廻神に与えられた仕事は女師匠(中身男)として勇者(男)が間違った道に進まないように教え導くことだ。
今回は死ぬような思いはしなかったが勇者に始終纏わり付かれて大変だった。
好意を持てない人間に言い寄られるのがこんなにも苦痛なのかと理解することができた。
仕事を終えて戻ってきたら、此方の世界では二日経過していたようだ。
異界勇者と一緒にいた十数年で此方の世界の記憶が大分薄れており、それを廻神によって強制的に復元されたことで頭の中が混乱し、更に三日ほど寝込むことになった。
記憶にある事柄と時間軸に齟齬ができ、色々な記憶が何処で起きたものなのか区別できなくなって本当に酷い目にあったと思う。
起きた直後は驚くほど調子良かったがベルナデッタから私が崇められていることを聞いてすぐに気分が悪くなる。
どうやら私が戦う姿を見て救世の神女だと言い始めたやつがいるらしい。
確かに神の力の使い勝手の良さに調子に乗って英雄的な行動をしすぎたとは思う。
しかし私は神と雇用契約を交わしただけの一般人で、決して女神の使いでも女神の生まれ変わりでも無いと声を大にして言いたい。
部下達は肯定も否定もしないで民衆の想像に任せようと言ってくるが、重すぎる期待は後々問題になると思うんだよな。
「閣下、首謀者についてですが」
先日の襲撃者を尋問していたキュネルが私の所にやってきた。
「銀色の仮面を被った男。
その男が変異種による騒動を作り出した者のようですね」
「それで?」
「その男は変異種を無限に生み出す力を持ち、よく訳の分からない単語を使って話しかけてくるそうですよ」
「どんな単語を使うのだ?」
「『地政学』とか『航空戦力』とか……」
「つまり仮面の男は私達と同じように異世界から来た、と?」
「おそらくは。
捕らえた者たちはどこぞの国の貴族だと思っているようですがね」
超常存在は異世界からの侵略者とか言っていたからそれには該当するか?
「それとコウモリの翼を持つ異形の魔物が裏にいるようです」
「同族か?」
「それは何とも。
ただ仮面の男に変異種を産み出す力を与えたのはその存在かもしれませんね」
力を与えて貰った上にサポートつきかよ。
こっちは異世界に放り出されて放置されっぱなしだぞ、羨ましすぎるだろ。
「ここへの襲撃は閣下の命を狙ったもののようですね。
この襲撃で全てを決する覚悟で行われた、と推測します」
「つまり次の襲撃はすぐには無いと?」
「可能性は非常に低いですね」
でも仮面男の生産拠点を潰さないと安心できないよな。
「仮面の男はヒルサーヤ山のドラゴンにも手を出していたようですね。
彼の山の王は激怒しておりました」
「ドラゴンと協力できそうなのか?」
「それは分かりませんが彼女とその眷属は仮面の男を夢中で捜しておりましたね。
生粋の狩人が本気を出しているのですから、期待できるかと思いますよ」
ここのドラゴンには眷属なんているのかよ。
その眷属がどんなものなのか知らんが敵対しないようにしないとな。
「ところでキュネル。
お前に聞きたいことがあるのだが」
「何なりと」
「今の状況を楽しんでいるか?」
「ええ、殊の外」
「私は廻神の力を借りた。
アレを見てどう思った?」
「心躍りましたな」
キュネルが本当に楽しそうに笑顔を向けてくる。
私は崇められることになって嫌な気分なんだがな。
「お前達魔族は力の信奉者なのは知っている。
しかし、それが借り物の力であってもそうなのか?」
「閣下は思い違いをしておられます」
「何がだ」
「神と呼ばれる存在は弱き者に何度も力を貸したり致しません。何か別の思惑があれば別ですが」
「何がいいたい」
「閣下は私がお仕えするのに値する御方だということですよ。
今回の件で周りの者も閣下の力を理解したでしょう。大変結構なことです」
◇
なぜこのようなことになったのか。
天神アウェドゥの僕クーダルは、司教様よりフェリグス国の調査を命じられ、私はこの地に赴任してきたのだ。
それなのに何故か私はエーリカと呼ばれている女子と一緒に変異種を討伐するために旅をしている。
変異種を討伐すること自体は良い。
アレは民の、いや人類の敵だ。アレを討ち滅ぼすことは司教様もそして天神も認めて下さるだろう。
ただエーリカと一緒に行動していることについてはどう思われるだろうか。
彼女は誘女の寵児と呼ばれている。寵児がどのような立場の者なのか知らないが、異教徒には違いない。
エーリカは『天神は気にしてないよ』と言っているが、何で断言できるのか不思議でならない。
本来、神との対話というものは厳かで滅多に行われるものでは無いはずだ。
それなのにフェリグス国の連中は街の世話役に相談するぐらいの気安さで神と対話をしている。
これが寵児の特権なのだろうか、それとも異国では神との気軽に対話ができるのが普通なのだろうか。
他にもフェリグス国の連中は私達と違うことが多い。国柄、国民性、文化、何もかもが私達と違う。
初めは異なる大陸から来た連中だからだと思っていたが、この頃は積み重ねられた歴史が、蓄積された知識が違うのだと実感している。
何をすればどのような結果を得られるのか、まるで未来が分かっているような言動に感心することも多いが反面恐ろしいものを感じてしまう。
「クー兄、お腹空いた」
エーリカが上目遣いで私に訴えてきたので死兵を呼び寄せ準備を初めてもらう。
そう死兵だ。初めて見たときは卒倒しそうになったが今は慣れた。いや今でも嫌悪感はあるが。
ただ死兵達は荷物持ちとしても護衛としても有用だ。
彼女と一週間以上旅をしているが、その間に消費される食材や野営設備の量はかなりのものになる。
普通なら荷馬車が必要になるのだが、それが必要無くなる。彼らは疲れ知らずで護衛までしてくれる。
見た目からくる嫌悪感はどうにもならないが、人間にだって唾棄すべき輩はいくらでもいる。
そんな輩に比べれば死兵の見た目からくる嫌悪感を我慢するのはたやすい。
「あー、冒険者っぽい人達がいる。
こっちに来るかも」
私のもう一つの仕事が来たようだ。
この旅で私に任された仕事はエーリカの世話と現地人との仲介の二つ。
エーリカと死兵を見た現地人が早まったことをしないために話し合わなければならない。
暫くすると私が煮炊きしている煙に引き寄せられるように冒険者達が近寄ってきた。
顔は険しく武器を構え何が起きても対応できるように警戒している。
「見知らぬ人達よ、まずは挨拶といこうじゃないか」
冒険者。武装したならず者共。
探検と称して墓を荒らし、魔物を殺すことで日銭を稼ぐものたち。
私は正直言って奴らが嫌いだ。
「私は天神の審問官で名をクーダルという」
冒険者達も名乗ってくる。
いきなり攻撃してくる馬鹿ではないようで何よりだ。
「我等は変異種の討伐をしている。
アレらは人の世に居て良い物では無いからな」
私達を怪訝そうな顔で見てくる。
こちらの人数を見て変異種に対抗できるとは思えないのだろう。
しかし嘘だと断定することもできない。そんな表情だ。
「私は見たとおり天神の信徒だ。
お前達に害意は無いし、もし困っているならば手助けもしてやろう。そうだな……綺麗な水は足りているか? 暖かな食事を分けてやることもできるぞ?」
冒険者達はコソコソと話し合っている。
そういう態度は相手の心証を悪くするとは思わないのだろうか。
「もし神の教えに背くような行為を考えているなら覚悟することだ。
審問官である私が直々に裁定を下すことになるからな」
◇
俺の負けか。
何が起きたのかは分からないが敵に差し向けた兵達の反応が無くなった。
あの量を殲滅できるとは。敵の力を見誤ったな。
「仮面はどうした?」
グレーターデーモンみたいな見た目をした異形が私に語りかけてくる。
今更だがこんな妖しい奴と取引するんじゃ無かったな。
「元気が無いな。いつものように怒ってないのか?」
「もう怒る気力もねーんだ」
「まだバトバルが死んだだけだぞ。まだ他の者は世界で暴れ回って居る」
「直に討伐される。俺には多量のユニットを送り込んで全てを叩きつぶすことしかできないからな」
速攻デッキはその名の通り速攻で片をつけなきゃ後は死ぬしかないんだよ。
敵将が孤立している時を見計らって最大の戦力で攻めたのに凌がれたんだ。
これ以上できるこたーねえだろ。
「それでは諦めるのか?」
「諦めたくは無いが出来ることはねーよ。ドラゴンが俺のこと捜してるんだろ?」
「その為に仮面を渡しただろう。それを被っていればドラゴンに見つかることは無いぞ」
「だがゴロツキ共から俺の人相書きは広まっている、だろ?
ノコノコと街中に出て行ったら袋だたきだろうな」
それに私自身はそれほど強いわけじゃない。
こんな知らない土地で人々から逃げ回れる知識も経験もねーし。
「これで終わりか?」
「だな、終わりだ。約束守れなくて悪かったな」
日も当たらぬこんな所で死ぬことになるとはな。
どうせならサクッと逝かせてもらえないもんかな。
「最後に聞きたいことがあるんだがいいか?」
「対価を。と言いたいが、ここまで頑張った褒美だ。何でも聞くがいい」
「敵は何だったんだ?
何をしようとしていたんだ?」
私の質問に異形は目を丸くした後に笑い始める。
そんな変な質問だったか?
「お前達人間はいつも最後になってその類いの質問をするな。普通は最初に気にするところじゃないのか?」
「普通と違って悪かったな」
「いや、私の人選がいつも悪いのだろう。お前が謝ることでは無い」
異形は私を上からのぞき込むように見ながら話してくる。
「この世界は近い将来、未曾有の危機に直面することになる。
お前はそれに対抗する手段として連れてきたのだ」
「……」
「お前が敵と呼んでいた相手も他の者が連れてきたものだったがな」
「何故それを教えてくれなかった!」
「対価を支払えば教えたぞ?
だがお前は払うのを渋ったでは無いか」
くそっ、俺はとんだ無能だったわけだ。
「お前は決して無能などでは無い。私の予想を越えて与えた力を使いこなしていた。ただ目標を見誤っていただけだ」
それで納得すると思っているのか?
そうと知っていれば違う形でアプローチしたものを。
「そろそろ良いですかな?」
いつの間にか身なりの良いダンディな男が現れて話しかけてくる。
これが私の死刑執行人か?
「それは違う。
お前に分かりやすく説明すると再就職先の斡旋というやつだ」
「ああ?
意味わかんねーんだが」
「その男はお前が敵と呼んでいたものの配下で名前をロゲール・キュネルという。そいつはお前の力を欲していて……」
「その先は私から話させてもらいますよ。
初めまして仮面の男さん?」
人好きする笑顔を浮かべてキュネルとやらが私の目の前にくる。
こういう友好的な雰囲気を出している奴は信用ならん。
「自己紹介は……したくないようですな。
貴方が警戒する気持ちはわかりますがね。話ぐらいは聞いてみませんか?」
「……」
「貴方はいま八方ふさがりの状況ですな。
好き勝手に殺しまくったせいですから自業自得とは思いますが」
「用件をいえよ」
「いいでしょう。
貴方、私の眷属になりませんか?」
いきなり何を言い始めた?
眷属とは何だ? 吸血鬼か何かなのか?
「私は未曾有の危機とか、世界を守るとかには一切興味はありません。
ですが、貴方が持っているソレに対抗しうる力には大変興味があります。使い所が難しい力だと思いますが、そういう力は得てして盤面をひっくり返すことができますからな」
「意味わかんねーんだが。
俺をどうするつもりだ」
「端的に説明すると人間を辞めて頂きます。今のままでは死んで終わりですからね」
「死ぬ? 俺がか?」
「ご自身が何をしたのか理解していますか?
自分がしたことは自分で始末をつけないといけませんよ」
キュネルは両手を広げて俺に優しく語りかけてくる。
何かがおかしい、信用できないはずなのに、頭がうまく働いていない?
「私に任せてもらえば悪いようにはしませんよ。
こう見えても人間のことは勉強してよく知っていますからね」