やっと季節が春になった。
雪が無くなり野山に緑が戻ってきてくれた。
変異種のせいで農作物が高騰して冬場は本当に大変だった。
現地採用したアベガルという商人と風神のモランテ司祭がいなかったら餓死者を出していただろう。
彼らには感謝してもしきれない。
租借地に建設中の街は当然だがまだできていない。
救世の神女とかいう噂を払拭できそうにないのでさっさと引っ越ししたいんだけどな。
個人的には寝る所さえ有ればいいんだが、皆から受け入れ準備が出来ていないと止められている。
私はある程度動いたら実運用で問題を洗い出したい派なんだけど誰も賛同してくれない。
変異種騒動の首謀者はヒルサーヤ山のドラゴンが始末したそうだ。
自分の手で始末できなくて残念がっている者もいたが、私は誰がやろうと気にならない。
侵略者がくるまでに地盤を固めておきたいと思っており、そのための内政に専念できるなら他のことは些事だ。
変異種が侵略者だった、という可能性はあるがあの程度だとは思えないんだよな。
「私主、申請書です。
裁可願います」
モーエレンが書類の束を持って私に話しかけてくる。
事務員を増やしたのだが、管理者が足りたいためモーエレンとバリルンドを此方へ戻したんだ。
本当ならオコナーも戻したかったのだが機川に『工期が遅れる』と言われて諦めた。
「親善訪問の件はどうなっている?」
「一度は断りましたが再度要望されております。国書として来ていますので断るのは難しいかと」
「自分のことだけで手一杯なのだがな。相手の面子を潰すのも良くないか」
「情勢が落ち着いた今こそ必要なのでしょう。気持ちの区切りのためにも」
「理解はするが。
見世物になるのは気乗りしないな」
変異種の首謀者を討伐したことで各地で戦勝祭が開かれることになった。
私達は討伐隊を色々な所に派遣していたから、そのお礼がしたいとお呼ばれしているんだ。
相手の思惑は貢献者の親玉を呼ぶことで自分の力をアピールしたい、という所だろう。
正直面倒くさいが他国の有力者と会うことができる貴重な機会だし、商売の話だってできるだろうから組織の長としてはいくしかないんだよな。
「嫌なことはさっさと終わらせる。
日程調整をしてくれ」
モーエレンが退室するとバリルンドがやってきて私に書類の束を渡してくる。
「新しいフェリグス法の草案です。
現地法にあわせて修正してみたのですが、ご意見を頂けないでしょうか?」
こんな分厚いものをすぐに読めと?
少し私に期待しすぎなんじゃないですかね。
「ここでは国が法を定めているのか?
有力者が好き勝手しているように思えるが」
「土地と相続に関わる法は比較的しっかりと整備されておりました。
それ以外は領主の胸先三寸で決まることが多いようです」
バリルンドが忌々しげな表情を私に向けてくる。
彼女は決まり事を作りそれを守らせるのが好きなのだが、この子はそれをやりすぎて殺されかけたことを忘れているんだよな。
私としては問題が起きてから対処療法的に法整備していったほうが現地人に受け入れやすいと思うんだけど。
「明日までに読んでおく。
少し時間をくれ」
バリルンドが退室するとアベガルがニコニコしながらやってくる。
書類の束を抱えて。
「親善訪問すると聞きましたぞ。
それに私も同行させて頂きたいと思いましてな。お時間宜しいですかな」
◇
キュネルとファロスヒルが洞窟の中にいる。
洞窟の中は湿度が高く、腐肉とカビと草土の臭いが混ざり合い、二人の横を蟲が忙しそうに行き交っている。
よく見ると蟲たちはゴブリンやオークらしき体の一部をくわえている。
肌の色からすると一時期世間に恐怖をまき散らした変異種の体の一部のようだ。
「新しい就職先はどうですかね?」
キュネルは地面にうずくまって変異種の卵を設置している仮面の男に近づき声をかける。
「最悪だ。
ドラゴンに食い殺された件といい、こんなことなら死んだ方がマシだった」
「まあ、そういわずに。やることがある、と言うのは案外悪くないのですよ?
貴方は私達のように永遠を生きる存在になってしまったのですからね」
仮面の男はキュネルの眷属となり人では無くなった。
キュネルが滅びない限り永遠に扱き使われる存在になってしまったのだ。
「そんなことより肉の生産量は増やせるの?
私の子供達がお腹を空かせているんだけど」
「増やすことは簡単だが地上に影響がでる可能性があるぞ?
魔術が使用しにくくなったり、精霊が寄りつかなくなったりしても良いのか?」
「それは良くないですな。
閣下はここで行われていることを何も知らないのですから。知ったらきっと驚かれてしまいます」
仮面の男はキュネルの言葉に一瞬動きを止めるも何も言わない。
「あの異形の方から連絡とか無いですか?」
「無いが何か用でもあるのか?」
「貴方の大気中の魔素を肉に変換する力は重宝していますからね。少しお礼でもしたほうが良いかと思いまして」
「いらんだろ」
「人だろうと神だろうと繋がりというのは大事なんですよ?
選択肢が大きく広がりますからね」
キュネルの話が長くなりそうなのを感じた仮面男は話をそらす。
「ところでお前達の王をチラっと見たが、アレは人間なのか?」
「良いでしょう?
アレが神に好かれる人間というやつですよ」
「あの子は私達姉妹が育てたの。どこに出しても恥ずかしくない自慢の子」
「まだ魔力の嗅ぎ分けがうまくできないがアレは人では無いだろ?
うまく言葉にできないが別のもんだ」
「閣下は何回も死んだり蘇生したりを繰り返しておりますからね。
人の体だったものは何処にも残っておりませんな」
「体がどうなろうとも魂魄はあの子のまま。私達の王であることに変わりはない」
仮面の男は鼻を鳴らし気に入らないことを態度で表す。
「俺はあのタイプの人間が苦手なんだ。聖人みたいな顔をしてるがアレは此方側の人間だろ?
敵を打ち負かすことに喜びを見いだすような」
キュネルとファロスヒルは互いの顔を見合わせ、それから仮面男に向き直り微笑みかける。
「だからですよ。
私のような魔族が聖人に仕えると思いますか?」
「あの子と一緒にいると退屈しないの。
いっつも争い事を呼び寄せるんだから。貴方も直にわかるわ」
◇
租借地は朝から大忙しだ。
日が昇り明るくなると女達が煮炊きを初め、男達は力仕事に駆り出される。
男達は近隣住民と班を組まされ、広場に張り出された馬鹿でかい日程表の前にいる仲介人たちから仕事をもらい持ち場へ向かっていく。
皆疲れているが表情は明るい。衣食住は保証されているし賃金も出る、それに働きが良ければこの地に住居を貰えるのだ。
だから男達は辛い作業にも耐えている。いつも納期に追われて苛ついている現場監督に目をつけられないように必死に頑張っている。
「トーコさー。
ここんところ働きすぎじゃねーの?」
「知ってるわ。でも、ここで手を抜くことはできないの」
報告書の山に埋もれている機川にリジョが話しかけるも本人は書類を睨んだままだ。
「知ってる?
ここの子供達、サナダ虫を引っ張り出して遊んでいたのよ?」
「それが?」
「嘘でしょ!?
アレをみて何も思わないの?」
「長さを競ったりしてたんだろ?
他にもシラミを……」
「やめて!」
リジョは急に声を荒げる機川に驚きを隠せない。
「衛生観念が違うのは知ってたけど此処まで違うとは思わなかった。
やっぱり改革が必要だわ」
「頭がおかしい貴族みたいなこと言うなよ。そんな興奮することか?
誰も死んでないだろ?」
「アッシュに寄生してからじゃ遅いのよ?
尻から紐出してる王なんて最悪だわ」
「そ、そりゃあそうだけどよ」
さすがのリジョもサイン王の名前が出てくると反対はできない。
「上下水道の整備はキッチリやるわ。トイレもゴミ捨て場も風呂も全部」
「わかったけどよ。工期がおしてんだろ?」
「悪いけど死ぬ気で働いてもらう。妥協するつもりはないわ」
リジョは機川の剣幕に飲まれてしまい何も言い返せなくなる。
「リーちゃんはオコナーを捜してきて。
アイツ、私を避けてるみたいなのよ。仕事はまだまだあるんだから首に縄つけてでも連れてきて」
◇
バザ大公国の王城。
ここは建国の父であるドリン大公が所有していたドリン大鉱山を城としても使えるように改造された場所だ。
山の斜面を削り垂直になった面に城を合体させたような作りをしており、ドワーフの石工が作り上げた芸術品だ。
王城の一室でドワーフ達がフェリグス国の扱いについて話をしている。
彼らには変異種の騒乱で世話になったが、自分たちを滅ぼす力を持った集団を自国内に置いておきたくない。
かといって彼らが持っている知識や技術をみすみす他国に渡すようなことはしたくない。
そこに個人の思惑や立場が重なり意見をまとめることができずにいる。
「彼奴らは今何をしているのだ?」
「ハンマーヒルに引き籠もっておる。もう彼所は彼らのものになりつつあるな」
「エルフ共に招待されエシュタンに行くらしいがチャンスじゃないのか?」
「何をする気か知らんが下手なことをすると他の街の工房長から締め上げられるぞ?
ワシらはトゥルクの奴らと違って街毎の主権を大事にしているからの」
「言われなくてもわかっておるわい。だが、このままでは国を乗っ取られるぞ?」
「街の工房長どもは自分の街のことだけ考えれば良いから気楽で良いの」
「そういうお前も奴らと技術提携しようとしていたではないか」
ドワーフ達はフェリグス国の危険さを理解しつつも対等な関係を築くことができていると考えている。
フェリグスとは文化や思想の違いはあれど付き合いやすい隣人だと思っている。
変異種の犠牲者を弔う慰霊祭にはサイン王自ら出席し、死者に捧げられた追悼の辞に遺族達は涙した。
ドワーフの仕来りに嫌な顔を一つせず応じた姿は、多くのものに評価されている。
技術や知識を少ない対価で提供してくれる所も彼らを嫌いになれない理由の一つだ。
実際に新たに入手したガラス製造技術と製紙技術により雇用と外貨獲得手段が増えたのだから。
「神殿の連中はどうだ?
神の威光とやらでフェリグスを取り込めんのか?」
「本当かどうか知らんがサイン王は神降ろしができるそうじゃ。
あの方々の機嫌を損ねることはしてくれるな、と言ってきおった」
「普段は口うるさく指図してくるのに肝心な時に役に立たんの」
「そこまでにしておくんじゃな。槌神に嫌われてもしらんぞ」
この世界には神がいて畏れ敬われている。
だから神に近い者ほど神の言葉に逆らわない。神と対話できる上位神官ほど神の言葉に盲従する。
「奴らに貸した租借地はどうなっておる?」
「丘ができておったな」
「丘? どういうことだ?」
「そのままの意味だ。彼奴ら地形を変えおった」
「その件でトゥルクの連中が川の流れを変えるなと抗議してきたぞ。
本人達に直接言えと追い返してやったがな」
「大規模な街をつくるつもりらしいからのう。見たこと無いことをしておる」
「うちの職人連中を送っておるから直に何をしているか分かるだろうて」
ドワーフは生まれつきの職人だ。
新しいことや珍しいことには興味を持ってしまうし知りたくなる。
フェリグスの連中はドワーフの性分を良く理解している。
「やはり今のワシらに出来ることはあるまい。
出来ることといえば奴らの技術と知識を少しでも吸収しワシらの力を高めるぐらいだ。
いつかワシらが同じ鉱脈を手に入れることができたなら、その時に改めて奴らの処遇をどうするか決める。
それで良いな?」