この世界に来て三回目の春。
忙しいので時が経つのが速い。決して年のせいではない。
租借地に建設中の拠点はまだ完成しない。
ゲームのように数ヶ月で完成するだろうと機川に任せたが一年近く経ってもできやしない。
機川のやつ調子に乗ってアレもコレも手を出しまくっているせいだろう。
私のキャラクターは『建国の英雄』という名の能力を持たせているのだが、この力は全国民に士気や作業速度向上のバフを与えられる。
もちろんメリットだけでは無く、私が機嫌良く過ごしていないと効果が半減どころかデバフにもなりえる力だ。
この力は元々、吸血鬼のような魅了してくる相手に対抗する為の手段として獲得した。
普通なら精神攻撃に対する耐性を高める加護をくれる神を信仰するものだが、そういう神は得てして戒律が面倒くさかったりする。
だから私からの加護という形で全国民へバフを与えられる建国の英雄を選んだんだ。
実際に使用してみると作業効率向上のバフ効果は予想より大きくて、今ではこっちのほうが主目的になっている。
なんてったってタダで生産効率が改善するんだからな。この世界でも建国の英雄の効果を適用したくなるのは当然だろう。
だが、今のところは適用されている様子はまったく無い。
やはり自国民として認識されるには国が必要なのだろう。
その切り分けをしたいからこそ拠点を完成させて建国宣言したいんだけど中々思い通りにはいかないものだ。
他にもタスクリストが積み上がる速度と処理する速度が拮抗していて目の前の書類がなかなか無くならないのも何とかしたい。
というか書類が減ってくるタイミングで外交に連れ出されるので一向に減らないんだ。
確かに周辺諸国の有力者と繋がりをつくるのは私の仕事だけど、愛想を振りまくのは何時までたっても慣れない。
特に貴族達との付き合いは庶民育ちの私にはハードルが高いんだ。
「タユルトのリンフォーク伯爵から再び求婚の――」
「送り返せ」
私は男だ。
確かに権力者たるもの世継ぎを作らないのは問題だと思うが代わりに廻神と契約して実質寿命を無くして貰っているんだ。
私がずっと王なら世継ぎはいらないだろ。
「他にもタユルト各地から色々とお誘いが来ていますが」
「王族以外は断ってしまえ」
そうなのだ。
去年、招聘されて出席した慰霊祭以降、やたらとその手の話がくるようになった。
確かに私のキャラは見た目に拘りまくったワンオフ品だから当然の反応だと思うし嬉しくも思う。
しかしこんなに求婚されるされるとは思わなかった。
エルフやドワーフの国では大した騒ぎにならなかったから油断した。
あんな思いをするならもう人間の国には行きたくない。
モーエレンが呆れた目をしてこちらを見ているが、これだけは譲るつもりはない。
部下達が私の子供を見たがっているのは知っているが、私は自分の嗜好を変えるつもりはない。
「それよりだ。
変異種のような今まで見たこと無い化け物とかの目撃情報は無いか?」
「そのような報告はありません」
強引に話を変える。
私は超常存在に侵略者を撃滅して欲しいと依頼されてこの世界にきたんだ。
その目的を忘れてはならないからな。
「私達のような変わった技術や知識を持っている集団は?」
「今のところ見つかっておりません」
「タユルト隣のヤレレリアン王国だったか、様子はどうだ?」
「ヤレレリアン王国から西の国の情報はあまり入ってきません。国民がずいぶんと喰われたようですから。
復興にはいま暫くかかるかと」
「確か西に行けば海があるんだったか。
この国にも海があればよかったのだがな」
海があればこの世界でも海運業ができる。
元いたゲームの世界でも海運で儲けてたから此方でもやりたい。
「ドラゴンの件はどうなっている。人間を乗せてくれそうな個体はいそうか?」
「目処がたったようです。もうすぐ良い報告ができるかと」
念願の飛行ユニット。
この世界にはグリフォン騎兵がいると聞いていたので私も欲しかったんだ。
これで世界地図づくりが大きく進捗するだろう。
「私主。
このようなことを申し上げるのは心苦しいのですが」
「急にどうした。何か問題でもあったか?」
「現実逃避をしたくなるのはわかりますが……
溜まった書類を処理する作業に戻って下さい」
◇
私の名前は網山茜。
神に選ばれた聖女だ。
私は神から世界を救って欲しいとお願いされてこの世界に送り込まれた。
貰った力は人を魅了する力。女に使うと頭が痛くなるし、人間以外に使うと吐き気で立てなくなるような欠陥品だけど。
でも使い方さえ間違わなければ凄い力だと思う。
ただ、生まれた家については文句を言わせて欲しい。
貧しい農民の家に生まれたんだけど、この世界の農家は本当に酷かった。
両親は良い人達だったし弟達もかわいかったけど、いつもお腹を空かせていたし仕事はきつかった。
だから私の知識でみんなの生活を良くしてあげた。
私のおかげで少しは生活が楽になったと思ったら、今度は変異種と呼ばれる化け物がきてメチャクチャにされた。
せっかく少し仕事が楽になって食べるものも少し増えたのに全て無駄になってしまった。
家族も友達もみんな食べられちゃうし本当に最悪の出来事だった。
とても悲しくて死にそうだったけど私は神に選ばれた聖女だ。
村から出たことなくて、どこに逃げればいいかわからなかったけど頑張って逃げた。
そして何とか大きな街に辿り着くことができて領主様に保護してもらった。
領主様は私に優しくしてくれて本当に嬉しかった。
美味しいものを沢山食べさせて貰ったし清潔で温かい布団で寝ることもできた。
きっと苦しくても投げ出さずに頑張ってきたご褒美だと思う。
それからは領主様に伯爵様を紹介してもらい、次に公爵様を紹介して貰い、今は王城で暮らしている。
ここなら世界を救うために必要なものが全て揃うだろう。
まずは変異種に苦しめられた庶民達を救わなくちゃ。
私は神に選ばれた聖女。
必ず世界を救ってみせる。
◇
タユルト国、王の執務室。
部屋の中には王と宰相が向かい合い、諸問題について対応をどうするか話し合っている。
変異種の騒動から一年以上経過し国内も落ち着いてきたが元の生活に戻るためにはまだまだ時間が必要だ。
フェリグス国で土木技術を学んできた者達により復興は順調に進んでいるが減少した人口はすぐには戻らないからだ。
この復興にはドワーフ達の貢献も大きい。
フェリグスの仲介でタユルトとドワーフのバザ大公国と友好的な関係を結ぶことができ、技術者の派遣をしてもらっているのだ。
しかし左隣のエレニュルト公国や北にあるヤレレリアン王国とは復興具合の違いにより関係は悪化している。
幸せのパイは限りがあり、誰かがパイにありつくとどうしても割を食う人間がでてくるからだ。
特にエレニュルトの惨状は周辺国にとって土地を奪う絶好の機会といえよう。
今までのタユルトなら、その争奪戦に参加していたのだが今回は事情が異なる。
人が減ったので土地は余っているし、フェリグスから供与された知識や技術の習熟に忙しいのだ。
特にドワーフ製の紡績機と織機は、将来タユルトに大きな利益をもたらすことになるだろう。
「リンフォーク伯の馬鹿息子がサイン王に求婚しているようだな?」
「彼だけではありませんがね」
「何だと?」
「伯爵に配慮してるのか表だって動くようなことはしていませんが多数いるようです。
まあ若者どもの気持ちも分からなくも無いですがね」
「愚かなことを」
「金もある。力もある。それにあの美貌です。関係を結びたいと思うのは自然では?」
タユルトの王はうんざりした顔をして宰相に語りかける。
「あの女と話をしていて何か変な感じはしなかったか?」
「さて、何か変な事を言っていましたか?
とても聡明で親しみやすい方だと思いますが」
「そうだな。お前は色々と相談していていたようだからな」
「ええ。
先人の知恵と言うのは良いものです。実際に起きたことですから現代の我々にも役に立つことが……」
「それだ。
私も色々な話を聞いて参考になったがな。何かおかしいと感じなかったか?」
王は畳みかけるように話しかける。
「あやつは色々な教訓や逸話、歴史の出来事を面白可笑しく話してくれる。
とある国では、昔の人は、ある国の王は、とな」
「ええ。
まるで老練な吟遊詩人のようでしたね」
「そうだ。
あの若さであの知識量。そして豊富な経験。まるで数百年生きたエルフと話している気分になったぞ」
「そう言われればそうかもしれませんが……」
「アレは私達とは違う存在だと思え。何が違うのかは私もうまく言葉にできないがな」
「確かに人とは思えない美貌の持ち主でしたが同じ人間では無いのですか?
神官共も人間だと話していたではありませんか」
「そうであってもだ。
私達にこれから何が起きて、どのようすれば解決できるのか知っている感じはしなかったか?
この人に任せれば全て丸く収まると思ってはいないか?」
宰相は王に指摘されたことを考え、理解し、そして混乱する。
「なら私達はどうすれば良いのでしょうか?
フェリグスとは、もう付き合わないと?」
「馬鹿を言うな。
あやつらほど頼りになる国はいないし、これからも変わらぬ関係をつづけていく」
「では、どうすれば」
「距離感を見誤るなということだ。油断すれば全てを奪われるぞ」
「それは前例の無いことなので……
具体的にどうすれば良いのかわかりませぬ」
王は笑みを浮かべ話しかける。
「教師と生徒のような関係でいけば良い。あいつらから学べることは多い。寸暇を惜しみ、やつらの知識を盗み取れば良い」
「そのようなことをして気を悪くされませんか?」
宰相の言葉を王は笑い飛ばす。
「普通の国ならそうだろうな。
だが、そんな普通の国なら我等の民を実習生とやらで受け入れたりせぬ。腹立たしいことだが我等と彼奴らの差は大きいのだ。そう簡単に埋まることは無いぐらいにな」
安堵している宰相に王は忠告する。
「だが決して懐に入らせてはならぬ。
もう一度言うが全てを持って行かれるぞ」
◇
ドワーフから巻き上げた租借地。
街の真ん中には流れが穏やかなヘレスロンドール川が流れ、中心部には小高い丘が、周囲を魔術で隆起させた荒々しい岩々に囲まれている。
街の東側に広がった平野では人夫が畑を耕し、西側の広大な森には伐採所がいくつも建てられ樵が忙しそうにしている。
川沿いに整備された街道の先にはヨーロフやウェストフォードなどの大きな街があり、この場所は河からの荷物の積み卸しできる場所として期待されている。
街道に出没していた野盗も狩り尽くされ、利にさとい商人達は競って租借地にくるようになった。
建築資材や生活物資を持って行けば必ず買い取ってくれるし、運が良ければここでしか手に入らないものも仕入れられるからだ。
そう、ここ租借地は機械オタク機川の実験場なのだ。
彼女は精錬魔術と造形魔術により大抵のものをつくりだせる。大量生産はできないが試作品用途なら十分な量を確保できる。
軽くて錆びないアルミや重いが丈夫なステンレスなど、この世界にはまだ無い合金で作られた製品は天井知らずの価値を持つ。
機川が仕事に嫌気がさしたときに気晴らしでつくったものを豪商アベガルが高値で売りさばくことで莫大な利益を上げている。
人と金が集まると治安が悪くなるものだが規則にうるさい魔女バリルンドと暴力で解決したがるリジョにより租借地は平和そのものだ。
リジョの部下が街の内外を見回っており、もし馬鹿なことをしようものならバリルンドに呪われるのだからどんな荒くれ者も大人しくなる。
誰も『酒が不味くなる呪い』や『語尾がニョになる呪い』をかけられたくないし、リジョと一緒に野外訓練にいきたくないのだ。
「いやあ、ここは良いところですな。
掘っ立て小屋ばかりで見た目は悪いですが」
広場に建てられた野外酒場には商人達が集まり、旅の疲れを癒やし情報交換をしている。
「ええ、良いところですよ。
税も安いし人々も明るい。活気だけならケピアンにも劣らないと思いますね」
「おや、ケピアンの方ですか。
あちらは今どんな状況なのですか?」
「変異種の騒動から復興している最中ですからな。
向こうも景気は良いですよ」
「でも、こちらに来ているということは……」
「ええ、こちらのほうが高値で売れる」
商人達は笑顔で笑いあう。
「ケピアンということは新たに整備された街道を使用して?」
「ええ、とても快適な旅でした。
そちらはどこから?」
「私はヘレスロンドール川でウェストフォードから来ました。
つい最近船着き場が出来たでしょう?
沢山木材を持ってきたのですが、大変いい取引ができました」
お互い楽しく談笑しているように見えるが目は笑っていない。
「それにしても此処は大きな街になりそうですな」
「ええ、ええ。
道路も広く何より街の中が臭くない」
「知っていますか。
この街の下には、また別の街があるらしいですよ」
「何でまた。
もしかして何かご存じなんでですか?」
「噂だとゴミや排泄物を集める場所があるそうです。
悪いことをするとそこで働くことになるとか」
商人にとって情報も商品だが、情報そのものに値段をつけることは滅多に無い。
自分が提供した情報に対し相手が提供してくる情報で相手の力量を計り、商売相手に相応しいのかを見極めるのに使われる。
「そうそう。
ハタカワ様についての噂を耳にしたのですが聞きますか?」
「確か現場監督と呼ばれている方ですね。
何でも市場に出回っている珍しいものは全てあの方が作り出したものなんだとか」
「そうです、そうです。
その御方の話なんですがね。どうやら彼女は毛にご執心らしいんですよ」
「毛ですか?」
「一時期、トロールの毛を高値で買い取っていたそうなんです。
丈夫な服の材料になるそうで」
「毛皮では無いんですね」
「ええ、毛にしか興味ないようです。
そこでですね。ケピアンならここら辺にはいない魔物もいるでしょう?」
「まあ、そうですが」
「私は傭兵の斡旋なんかもしているんですが戦争が無くなって人が余っているんですよ。
今は護衛とかしてもらっているんですが、それだけでは彼らを雇い続けることができなくて……
だからですね。魔物狩りなんかをしてみようと思うのですが一緒にどうですか?」